三大勢力






 沖縄、とあるビルの一室。ここは、不動連合直系のヤクザ組織、”勝連かつれん会”の事務所のある場所なのだが。

 構成員は全員が地に倒れ、窓や壁の一部は粉々に壊されていた。


 そんな悲惨な現場で、唯一立っている一人の男。

 サングラスを掛けた金髪の男、遺物レリック保有者ホルダーのジョナサンである。


 彼はフォーマルスーツではなく、観光に来た外国人のようにアロハシャツを身に纏い。

 そして、観光気分でこの一帯のヤクザを全滅に追い込んだ。




「ジョン、遺物レリックを見つけたよー!」




 白いドレスを着たピンク髪の少女が、ジョナサンのもとへと駆けてくる。




「ご苦労、”アスタ”」



 ジョナサンは少女に礼を言うと、手渡された”黄金の指輪”に注視する。




「……やはりここの連中も、悪魔を使役していなかったな」


「そうだね。その指輪、遺物レリックの純度が低いから。悪魔召喚の力が備わってないんだと思う」




 ソロモンの夜。

 お互いの悪魔を戦わせて、勝者が遺物レリックを手に入れる。


 しかし今回の戦いは、そもそも悪魔バトルとして成立していなかった。

 彼ら勝連会は、悪魔を一体も使役していなかったのだから。




遺物レリックを他の金属と混ぜて、指輪の数を増やしているわけか」


「うん。悪魔召喚の機能は失われるけど、”人間の魔力を覚醒させる機能”は残ってるみたいだから。多分彼らは、そっちを優先したんじゃないかな」




 日本の裏社会を支配する一大組織、”不動連合”。それに属する幹部は、みな黄金の指輪を身につけている。

 おそらくはその大半が、今回のように純度の低い代物なのだろう。




「魔力に目覚めた人間。確かに、武装した人間や下級の悪魔よりかは強いけど。正直、ジョンとは比べるまでもなかったね」


「ああ、そうだな」




 壊滅させられたヤクザ、勝連会。100人近い構成員の内、10名ほどが”魔力”を扱えていた。

 魔力を扱える人間は、一般的な価値観からすると十分に超人であり、警察やロンギヌスが手をこまねく最大の理由でもある。


 しかし勝連会は、”ジョナサン1人”によって壊滅させられた。

 使役する悪魔を1人も使わず、彼単独で戦ったのである。




「日本各地に存在する、ヤクザ。全員がこのレベルなら、正直拍子抜けだな」


「ふふっ、ジョンは強いからね」




 純度の低い遺物レリック。しかし数を集めて錬成すれば、悪魔を召喚する力も蘇るだろう。

 少しずつ、けれども着実に仲間を増やすことができる。




「レヴィは当然として、君の力も必要なさそうだ」


「ラッキー! 僕も、できれば戦いは面倒だし」




 ランキングNo.2の遺物レリック保有者ホルダー、ジョナサン・グレニスター。

 彼は紛うことなき、覇者の風格を帯びていた。

















 アルマデル・オンライン、汚染森林エリア。


 数多くの汚染獣の生息するエリアで、初心者でもパーティを組めば十分に通用するエリアであり。

 輝夜たちの設立したギルド、デビルハンターズも、この場所で狩りを行っていた。


 デビルハンターズのメンバーは6人。輝夜、善人、桜という人間組と。カノン、ドロシー、アモンという悪魔組によって構成されている。

 このメンバーのうち、桜は戦いが初体験、カノンとドロシーはゲームが初体験なのだが。




「とっ、おりゃ!」




 桜は仲間のサポートもあり、順調にプレイスキルが上達。盾と剣を駆使して、雑魚汚染獣相手には苦戦しない程度の力を身につけていた。




「ふぅ」




 カノンは、普段の戦い方、魔力弾を扱う要領で戦い。すでに、現実と変わらない射撃を可能にしていた。


 だがしかし、”問題児が1人”。




「……?」




 ドロシー・バルバトスは、最強と名高い魔王である。

 圧倒的な魔力を持ち、それによって捻出された身体能力で他者を圧倒、大剣を一振りすれば建物すら崩壊する。

 それ故、戦ってはいけない存在として、悪魔にも恐れられる存在なのだが。




「おかしいわね」




 ゲーム内の性能は、全員が”平等”である。現実で圧倒的な魔力を持っているからと、ゲーム内でも大量のエネルギーを使えるわけではない。

 つまり、限られた”性能スペック”の中で、自分だけのバトルスタイルを見つけ、プレイスキルを上達させることが重要な要素となっている。

 当然、ゲームを何も知らないドロシーには、そんなことは理解できておらず。




「ッ」




 いつも通りのやり方で、大剣を振るうも。

 ひどくゆっくりなので、小型の汚染獣にもかわされてしまい。


 反撃に遭って、吹き飛ばされてしまう。




「……このげーむ、難しいわね」



 ゲーム内の感覚に対応できず、ドロシーは落ち込んでいた。








「しっかし、便利になったものだな」



 赤いボディの片手剣使い、輝夜がつぶやく。


 今、彼女の視界はロボットのカメラを通じたものであり、視界の右上に小さなマップが表示されている。

 マップには、仲間の位置が青い点で記されていた。


 この機能も、最近の”アップデート”で実装されたもの。

 頭部パーツにマップモジュールを装着すると、ギルドメンバーの位置が分かるようになっている。この機能がある限り、鬱蒼とした森でもメンバーがはぐれることはないだろう。




「”アーク・エインセル”、か」




 輝夜がつぶやいたのは、今出現している特殊個体の名前。出現場所はここ、汚染森林エリアである。

 とはいえ、情報によるとプレイヤーの人数が多いと襲ってこないらしく、デビルハンターズが遭遇する可能性は低いと考えられる。




 特殊個体、アーク・エインセル。


 これまでになかった、人型に近い汚染獣であり。そのサイズは人間より少し大きく、まるで蝶のような羽根を生やしているという。

 特殊な能力を複数有しており、バリアを張ったり、衝撃波を起こしたり、ロボットを機能不全にする鱗粉を撒き散らしたりなど。


 危険を察知すると逃げるらしく、交戦報告自体が少ないため、詳細な情報も少なかった。




「わたしは少し、お花を摘みに行ってくるよ」



 そう言って、輝夜は1人、別の場所へと向かうことに。




「お花を摘みに? かぐち、ロボットなのに、なに言ってんだろ」


「ログアウトして、トイレに行ったんじゃないかな?」




 しかし、彼らは気づくべきであった。

 輝夜が普段、お花を摘みに、などという上品な言葉を使わないことに。















「さてさて、妖精はいるかな」




 輝夜は、一応現実世界でのトイレを済ませ。それでも仲間と合流せずに、森のさらに深い場所へと入っていた。謎の多い妖精を、1人で狩るために。


 桜、カノン、ドロシーなど、初心者の面倒を見るのも嫌いではないが。やはり、輝夜はより高度な”闘争”を求めていた。




 庭を散歩するかのように、雑魚の汚染獣たちを剣一本で斬り伏せながら。より深く、森の奥へと入っていき。

 そして輝夜は、”それ”と出会う。




「ッ、なんだ?」




 一瞬、ノイズが入ったような感覚。システムが異常を起こしたのか、右上のマップ機能が完全に使えなくなってしまった。これでは、仲間の場所まで戻れない。


 しかし、輝夜は野生の勘のようなもので気づいていた。

 求めている存在が、近くにいることに。




「……あれは」




 輝夜の見つめる先、そこでは一つの戦闘が行われていた。


 戦っているのは、”大きな妖精のような汚染獣”と、”白銀のロボット”。

 妖精のような汚染獣は、情報が確かなら今回の特殊個体であろう。

 白銀のロボットは、剣と盾というオーソドックスな戦闘スタイル。初心者の桜と同じである。


 たった1人で、特殊個体である相手と戦っている。よほどの実力者なのかと、輝夜は思うも。

 一瞬で、その判断を覆した。




「うぅ……」



 善人と同じ、白銀のロボット、名前は”アーサー”と表示されている。

 ”彼女”は見るからに腰が引けており、ロボットながら震えているようにも見えた。


 おまけに、全身に傷が入っており、劣勢なのは明らかである。





「ったく、仕方がないな」



 輝夜はブレードを構え、その戦いに介入することに。





 両足の”ブースト機能”を全開にし、両者の間に割って入ると。

 妖精の放つ衝撃波に対し、左腕の”ビームシールド”を展開した。



 久々にゲームに入って、変わったのはボディカラーだけではない。両足のブースト機能や、腕に内蔵されたビームシールドなど、輝夜はより高度な戦闘スタイルを搭載させていた。

 道中の雑魚相手には、使う必要のない機能。

 新生、スカーレット・ムーンの初陣である。




「あ、あの。ウヴァルさん……じゃ、ない?」


「よく分からんが、わたしの邪魔をするなよ」




 どうやらアーサーは、輝夜を誰かと一瞬勘違いしたようだが。輝夜は気にせず、アーク・エインセルとの戦いに身を投じる。



 現実と違い、ロボットの体なら痛みを恐れる必要がない。いや、もしも生身でも輝夜は変わらなかったであろう。

 能力的には上の相手にも、輝夜は刃を向ける。



 妖精は手をかざし、エフェクトの分かりづらい衝撃波を放つ。

 おそらくはこれが、このボスの主な攻撃手段なのだろうが。


 輝夜はそれをスライディングでかわし、正面から突破。

 その胴体へと、剣を突き刺そうとするも。



 妖精の羽根が光り輝き。




「ダメ、逃げてください!」 


「ッ」




 輝夜は危険を察知し、妖精から距離を取った。


 すると、妖精の羽根から”鱗粉”のようなものが撒き散らされる。




「……なるほどな」




 これだけ距離を取ったというのに、”視界にノイズが入る”。

 つまりあの鱗粉は、プレイヤー側のシステムをジャミングする機能があるのだろう。だから、この一帯ではマップがろくに機能していない。

 もしも至近距離で食らっていたら、致命的なダメージを受けていた可能性もあった。




(鱗粉が邪魔で、接近戦は不可能。とはいえ、遠距離攻撃へ対するバリアもあったはず)




 輝夜は冷静な頭で、このボスの攻略方法を導き出す。


 見た目からして、本体の耐久力は低いと仮定。首でも落とせば簡単に倒せるかも知れない。

 しかし、鱗粉がある限り接近は不可能。ならば遠距離武器だが、情報によると強固なバリア機能も有している。


 パッと思いつく攻略方法は、バリアをも突破できる大火力攻撃。前に戦ったアーク・バイドラのように、罠を張って敵をおびき出せば可能だろうか。


 しかし、その倒し方は美しくない。やはり輝夜は、自分の手で相手を殺したかった。




(衝撃波か何かで鱗粉を吹き飛ばす? いや、そんなモジュールを用意するのも面倒だな)




 鱗粉さえ何とかできれば、確実に相手の首を落とせる。

 その対処法として、輝夜の脳裏に浮かんだのは、”大きな翼を持つ仲間”の姿。




(善人の翼なら、たぶん”風”を起こせるよな?)




 本来なら、1人で殺したいものの。プライドを捨てて、仲間の手を借りるべきか。

 妖精と睨み合いながら、輝夜がそんな事を考えていると。





 空から、1機のロボットが飛来した。


 白銀のボディカラーに、ウィングパーツを装着したロボットが。





「……」



 善人が来たのかと、輝夜は一瞬錯覚するも。そのロボットは物理シールドとブラスター銃を装備しており、ウィングパーツも彼のものより小さかった。




「”グレモリー”!」




 ボロボロのプレイヤー、アーサーが喜びの声を上げる。

 だがしかし、




「馬鹿者! 見つけたら信号弾を撃てと言っただろう!」


「ごめんなさい!」




 おそらくは女性であろう白銀のロボット、グレモリーは辛辣であった。




「それで、お前は誰だ?」


「……スカーレット・ムーン。ただの通りすがりだよ」




 輝夜とグレモリーは、ほんの少し言葉をかわし。何となくではあるものの、互いの実力を察知する。




「奴に勝てそうか?」


「そうだな。誰かが敵の鱗粉を吹き飛ばしてくれれば、確実に殺せるとは思うが」




 作戦会議など、それで十分。




「ならば、わたしが援護しよう。お前は奴の首を落とせ」


「ああ」




 輝夜とグレモリーは、ともに妖精に立ち向かった。

















「よう、アモンさんよ」


「……君は、ウヴァルかい?」


「おうよ」




 汚染森林エリア。黒いロボットのアモンが、輝夜と似たような”赤いロボット”と出会っていた。

 ロボットの名は、ウヴァル。声からして男のようで。装備は片手剣一つと、輝夜と似通っていた。




「どういう風の吹き回しで、”プレイヤー側”に回ってるんだい?」


「あぁ、それはだなぁ……」



 ウヴァルは、気まずそうに頬をかく。



「人間に、召喚されちまったんだよ。ソロモンの夜とかいう、”バカみてぇな祭り”がやっててよ」


「なるほど、ね」



 アモンは、だいたいの事情を察した。




「そういや、あんたの話してた”希望”ってのは、日本にいるんだろう?」


「ああ」


「なら、気をつけたほうが良いぜ。ジョナサンっていう遺物レリック保有者ホルダーが、そっちに行ってるからな」


「へぇ。君にそこまで言わせる相手なのかい?」


「ああ。あいつと、あいつの使役する悪魔は強いぜ。こっちには”女王”も居るんだが、それでも確実に勝てるか分からねぇ」


「……女王? まさか、グレモリーも人間界に?」


「ああ。俺と同様、”バルタの騎士の末裔”に召喚されたのさ」




 アモンと、ウヴァル。

 彼らは同じ悪魔であり、それでいて友好的な関係にあるようだった。




「君とグレモリーでも怪しい相手とは、もしかして”魔王級”かい?」


「いいや、なんていやぁ良いんだろうな。……”得体の知れないナニカ”、ってとこだな」




 静かに、しかし着実に。

 強大な魔の手が、輝夜に届こうとしていた。















「ふぅ」




 ”首をはねられた妖精”。アーク・エインセルの亡骸の上で、真紅のロボット、輝夜はため息を吐く。


 白銀のロボット、グレモリーと協力することで、輝夜はたった二人で特殊個体を討伐した。

 魔界での経験を得た結果であろうか。彼女の戦闘スキルは、以前よりも確実に上がっていた。


 そして、輝夜と共に戦ったグレモリーは。




「おいお前、誰のための訓練だと思ってるんだ?」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」




 同じ白銀のロボット、アーサーを叱っていた。

 一体、彼女たちはどういう関係なのだろうか。輝夜は気になるものの、今は勝利の余韻に浸る方が重要であった。


 そうしていると。




『――おめでとうございます! あなたが今回のMVPです』




 真っ白なドローンのようなものが飛来し、輝夜に対して称賛を述べた。




「前のロボット。ロビー、じゃないのか?」


『あの人は、現在休暇中です』


「どういう意味だ」




 運営側の事情はよく分からないものの。とりあえず輝夜は、今回もMVP賞の特殊素材を手に入れることができた。

 前回と違うのは、機体がほぼ無傷なことだろう。


 輝夜自身の強さも勝利の要因の一つだが。

 もう一つ、あのグレモリーというプレイヤーの活躍も大きかった。


 だがしかし、




(……あいつの動き、おかしかったな)




 輝夜が気になったのは、グレモリーの”挙動”。

 なぜあのパーツ構成で、あれだけの機動力があるのか、あれだけの攻撃力を出せるのか。

 同じ飛行&射撃タイプの善人をよく見ているからこそ、その違和感に気づくことができた。


 とはいえ、輝夜もしばらくのブランクがあるため。何か工夫があるのだろうと納得することに。

 まさか、”運営側ゆえのチート”を使っているなどと、毛ほども思わずに。




 叱られるアーサーと、叱るグレモリーの様子をしばらく眺め。

 すると、ある程度区切りがついたのか。


 叱られていた方のプレイヤー、アーサーが輝夜のもとへとやって来る。




「あ、あの! さっきは助けてくれて、ありがとうございました」


「いや、気にするな。助けようという気は、全く無かったからな」


「そう、ですか」




 輝夜の率直な言葉に、アーサーは落ち込むも。

 めげずに、コミュニケーションを続けてくる。




「わたし、バルタ騎士団のアーサーと言います! これでも、一応ギルドのリーダーやってます!」


「……そうか。お前が、例の」




 このアーサーというプレイヤーはともかく。

 グレモリーは確かに強かったため、輝夜はそれに納得することに。





「わたしは、スカーレット・ムーン。ギルド、デビルハンターズのリーダーだ」


「……え?」





 これが、彼女たちのファーストコンタクト。


 後に友となる、二人の少女の出会いであった。





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