デビルハンターズ






 紅月家の廊下で、二人の人物が顔を合わせていた。

 一人は、この家の住人である紅月朱雨。

 もう一人は、最強の魔王ドロシー・バルバトス。


 二人はこれが完全なる初対面であり。ドロシーはいつもと変わらない無表情だが。流石に、朱雨は唖然としていた。


 知らない女が家の中にいる。しかも、輝夜の部屋から出てきた。

 意味の分からない状況に、完全に思考が停止していると。




「ねぇ。輝夜はどこにいるのかしら」


「……知るわけないだろ、そんなこと」


「そう」




 輝夜の所在が分からないと知ると、ドロシーはその場を離れようとする。しかし、朱雨も黙ってはいられない。




「おい、ちょっと待て! お前は誰だ? なぜ輝夜を探してる」



 呼び止められて、ドロシーは振り返る。



「わたしはバルバトス。あの子と契約している悪魔よ」


「なっ……悪魔、だと」


「そうよ」




 自己紹介は軽めに終え、ドロシーは階段を降りていく。




「……影沢舞。いいえ、あの電子精霊に聞こうかしら」




 そんな彼女の後ろ姿を、朱雨は黙って見ていることしかできなかった。


 完全に彼女の姿が消え。

 我に返ったように、朱雨は拳を握りしめる。




(……結局、俺は何も知らないってことか)




 悪魔が力を持つように、一部の人間が特別な力を持つことは知っている。自分の姉が、悪魔由来の呪いに侵されている事も知っている。

 しかし、それは教えてもらったことではない。彼が子供ながらに、自らの意思で調べ上げた事実である。影沢も龍一も、輝夜でさえも、自分に真実を話さない。


 ”大切な人”を守るために、自分は何もすることができない。

 朱雨は、怒りに震えた。

















「ちょっと、あんなの聞いてないんだけど!?」




 アルマデルオンライン、スクラップシティ。

 数多くのロボット、プレイヤーがひしめく街中で。初心者であろう片腕のロボットが、”赤いボディのロボット”を相手に怒っていた。




「ははっ。言ったら面白くないからな」



 赤いロボットの名は、スカーレット・ムーン。紅月輝夜の操るアバターである。




「かぐ……スカーレットさんは、意地悪だから」



 スカーレットの隣りには、善人の操る白いロボット、ヨシヒコが立っていた。




「あのチュートリアルは、流石にトラウマになるって」




 初心者ロボットの名は、”ガンガル”。

 子供向けのロボットアニメから取った名前であり、操るのは輝夜の友人、竜宮桜である。


 桜は絶対に勝てない理不尽チュートリアルを終えて、輝夜と善人の二人と合流していた。















「まぁ。とりあえず、わたしが基本を教えてやろう」



 スクラップシティ、武器やパーツの作成を担当する赤いNPCの前で、輝夜は桜にレクチャーを始める。




「見ての通り、わたし達はロボットだ。全身が機械でできてるし、動くにはエネルギーを消費する」


「例えば、わたしは片手剣を使うんだが。特にエネルギーが必要ないから、バッテリーパーツは小さくていい。だから軽量化が可能で、素早い戦闘が可能になる。まぁ。その分、プレイスキルが重要だがな」



 遠回しに、輝夜は自分の強さをアピールする。



「じゃあ、ヨッシーは?」


「そう、だね。僕は飛行型で、遠距離武器を使うから、かなりバッテリーも大きいかな」


「ふーん」


「だが、こいつは少し特別だぞ? ボスドロップでしか手に入らない特別な翼を持ってるから、重くても速く飛べるんだよ」


「うっそ。ヨッシー、そんなに強いんだ」


「……いや。ウィングパーツは、スカーレットさんからの貰い物だから」




 リアリティを重視し過ぎた結果か。このゲームの飛行はかなり難しく、輝夜は完全に挫折していた。




「わたしが飛ぼうとすると、なぜか首がもげるからな」


「いや、その。ネットの書き込みからすると、半数以上の人が飛べないらしいから。スカーレットさんが、特別下手ってわけじゃ」



 落ち込む輝夜を、善人は何とかフォローする。



「ふーん。やっぱり、ゲーム内ではプレイヤーネームで呼んだほうがいいんだね」



 二人のやり取りに、桜はそんな雰囲気を感じ取る。



「そうだな。他のプレイヤーとの交流もあるから、本名は止めたほうがいいぞ」


「りょーかい! スカーレット・ムーンさんに、よしひ……ヨシヒコさん?」



 善人よしひとのプレイヤーネーム、ヨシヒコに引っかかる。

 なぜ、”と”を”こ”に変えたのか。



「ははっ。こいつはバカだからな、文字入力でミスったんだよ」


「えぇ……思考で入力するのに、入力ミスなんて起こるんだ」


「……しょうがないですよ。あんなチュートリアルの後だったので」




 このゲームのチュートリアルは、何の説明も無しにバトルが開始し、自分が倒されない限り終わらない。

 恐ろしい怪物、汚染獣に襲われる感覚は多くの初心者にトラウマを与えていた。そのため、すぐに辞めるプレイヤーも多いのだが。




「ねー! あれ、ホント理不尽だったよね。最初の雑魚は倒せたんだけど、あのデカいのは流石に」


「えっ、倒せたんだ……」



 どうやら桜は、善人よりも適正があったらしい。



「まぁとりあえず、初期装備くらいは揃えてやろう。お前は、どういうスタイルが良いとか要望はあるのか?」


「うーん。そうだなぁ」




 自分は、どのようなプレイスタイルで戦うのか。周囲にいる他の多くのプレイヤーたちを眺めながら、桜は考えた。

















 崩壊都市エリア。かつては、ビルなどが建ち並ぶ土地だったのだろうが。今は瓦礫の山であり、多数の汚染獣が生息している。


 そんな場所で。剣と盾を装備した初心者。桜が、”イノシシのような汚染獣”と対峙していた。


 通常個体の汚染獣、その名もファング。

 黒と白という異様な色のイノシシのような汚染獣であり、他の敵と同様に好戦的である。



――ガァ!



 鼻息を荒くしながら、ファングが駆ける。

 強烈な突進で、初心者である桜に襲いかかるものの。




「ッ」




 桜は冷静にそれに対処。突進を右に避けると同時に、盾でファングの横顔を殴打した。

 それにより、ファングは体勢を崩してしまい。


 その隙を突くように、桜は剣を振り下ろし。

 汚染獣、ファングの息の根を止めた。




「ふぅ……」




 仕留めた獲物を前に、桜はほっとため息を吐く。

 鮮やかな勝利だが、その緊張感は本物であった。




「――ははっ。わたしのアドバイスに従ったら、簡単だっただろう?」



 瓦礫の奥から、真っ赤なロボット、輝夜が姿を現す。




「正直、僕よりも強いような……」



 同様に善人も観戦していたが。桜の鮮やかな手腕に自信を失っているようだった。




「いやいや。これでも、めっちゃヤバかったから! もう、心臓バクバクって感じ」




 ゲームとは言え、ここは仮想世界。機械の体ではあるものの、強大な怪物と戦う感覚は本物である。

 ただの学生ならば、普通に尻込みしてもおかしくはない。




「そうか? 殺すの楽しいだろう」



 輝夜は、ちょっと普通ではなかった。








「それにしても。しばらくログインしないうちに、いろんな装備が増えましたね」


「ああ、だな」




 殺した汚染獣の素材を袋に詰め、拠点であるスクラップシティに帰る。その道中で、輝夜たちはそんな会話をする。




「なになに? 何が変わったの?」



 桜はそもそも初心者なので、変化など知る由もない。




「そうだな。例えば、あの”変な遠距離装備”。あれは初めて見るな」




 帰りの道中で、輝夜たちは他のプレイヤーたちとすれ違う機会があった。その中の何人かは、背中に見覚えのないパーツを装着し、”ドローン”のような物を引き連れていた。

 あれを使って、どのような攻撃が可能なのか。輝夜がそんな事を考えていると。




「――あれは”フィン”っていう装備だよ。新種の汚染獣から作れるんだ」




 現れたのは、漆黒のボディをしたロボット。

 輝夜にとっても特別なプレイヤー、アモンである。


 アモンも初心者と行動を共にしているのか、2体のロボットを連れていた。

 それだけなら、別に驚くこともないのだが。




「……あぁ?」




 アモンの連れている2人のプレイヤー。

 その名前は、”カノン”と”バルバトス”。


 カノンは右手をブラスター銃に改造してあり。

 バルバトスは大剣を背負っている。

 輝夜にとって、見覚えしかない2人であった。















「あの電子精霊に聞いたのよ。あなたが仮想世界でげーむをしてるって。だから来たわ」


「僕も、成り行きでこうなりました」




 ドロシーとカノンは、ともに輝夜と契約する悪魔である。

 しかし、今の輝夜は諸事情でイヤリングを外しているので、居場所が分からず。影沢舞からマーク2を紹介され、紆余曲折を経てゲームの世界までやって来た。




「お前たち、どうやってユグドラシルに入ったんだ? わたしと同じで、脳をインプラントしてるのか?」




 スクラップシティへの帰り道。敵の姿もない瓦礫の側で、輝夜たちは会話をする。


 近くでは善人がウィングパーツで空を飛び、桜が興奮した様子で眺めていた。


 輝夜の問いに対し、アモンが口を開く。




「僕たち悪魔に、そんなのは必要ないのさ。魔法を使えば、ちょちょいとね」




 情報の送受信を行うために、輝夜のような人間は脳内に小さな機械が埋め込まれている。それがいわゆる脳インプラントであり、電脳世界と繋がる資格でもある。

 しかし、悪魔にはそんな技術は必要ない。なぜなら、科学より優れた魔法があるのだから。


 身体能力を強化したり、魔弾を放ったりするのが魔法の全てではない。

 戦闘だけでなく、人体や電子の分野でも魔法は優れた汎用性を有していた。

 ある程度、魔法に長けた悪魔ならば、電脳世界への干渉も可能なほどに。




「……確かに、電子精霊なんてのもいるしな」



 身近に、有能すぎる実例がいるため、輝夜は素直に納得ができた。




「君たちが忙しくしている間に、ゲーム内でも色々とあったんだよ。特殊個体も倒されたしね」


「なるほどな。それで、そいつは強かったのか?」




 前々回の特殊個体、アーク・バイドラを倒した輝夜からすれば、気になる情報である。

 だがしかし、




「いいや。僕は戦ってないから、強かったのかは分からないかな」


「はぁ? ”暇人”のくせに、討伐戦に参加しなかったのか?」


「……暇人というのは、少々引っかかるけど」



 アモンは、たった一人で魔界の崩壊を食い止めている偉大な悪魔である。



「特殊個体を倒したのは、”バルタ騎士団”っていうギルドだよ。彼らが討伐したらしい」


「……バルタ騎士団。いや待て、”ギルド”だと?」



 輝夜にとっては、初めて聞く単語である。



「ああ。君たちのいない間に、色々とアップデートが入ってね。正式に、ギルド機能が追加されたんだよ」


「ほぅほぅ」


「公式の発表によると、街の外にギルド用の拠点を作る機能も実装予定らしい」


「はぁー」




 一ヶ月も経っていないのに、そこまで環境が変化するものなのか。

 輝夜は他にゲームを知らないため、そういうものかと納得する。




「それじゃあ、あの白銀同盟ってのはどうなったんだ?」



 輝夜は思い出す。ボス攻略のために作られたクランの存在を。



「あー。あんなの、とっくの昔に解散してるよ。所詮は烏合の衆だし、僕や君たちも顔を出さなくなったしね」


「なるほどな」



 輝夜の反応は淡白なもの。それも仕方がない、オフ会で見た彼らの印象はあまり良くなかったのだから。

 善人のように、”素直で従順な奴”がいればそれで良かった。



「そのギルドってやつ、強いのもいるのか?」


「そうだね。さっき言った、バルタ騎士団が筆頭かな。なにせ、たった10人足らずなのに特殊個体を討伐したからね」


「ほぅ。そんな連中もいるのか」


「まぁ、プレイ人口も増えてるし、環境も常に変化してるから、ね」




 アモンを筆頭に、仲間たちとそんな会話をして。

 当然のように、輝夜はある思考へと至った。




「――よし。ならとりあえず、わたし達もギルドを作るか」


「そうですね。僕も、もちろん参加します」


「ねー、初心者だけど入れる?」


「あぁ、当たり前だろ。人間だろうと悪魔だろうと、お前たちなら”強制参加”だ」




 輝夜は提案を行ったわけではない。

 正確には、”命令”である。


 アモン、カノン、ドロシーの3人も、断る理由がなかった。





「ギルド名は、”デビルハンターズ”にしよう」





――え。



 まさかの名前に、悪魔勢は唖然とする。




「あの、輝夜さん。なぜ、そのような名前に?」



 恐る恐る、カノンが尋ねる。




「はぁ? それはもちろん、悪魔が多いからだろ」


「……だとしたら、その名前にはならないような」



 カノンの考えは至極当然なのだが。

 残念、輝夜は少し頭が弱かった。




「いい名前だよな? デビルハンターズ」


「ええ。わたしも、ぴったりな名前だと思うわ」




 ドロシーも、どちらかと言うと”そっち側”のため。輝夜の問いに即答する。

 善人、桜の人間勢は、何とも言えない空気であった。




「……まぁ、そうですね。所詮はゲームなので、それでいきましょうか」




 結局の所、カノンも輝夜には逆らえないので。


 ギルド、デビルハンターズが結成されることになった。

















 ベッドの上で、輝夜は目を覚ます。

 眠っていたわけではない、仮想世界から帰ってきたのである。




「あぁ、そうか」




 足元を見れば、善人の身体を踏んづけていた。結局、ずっとこの体勢でゲームをやっていたらしい。


 凝り固まった身体をほぐすように、輝夜はベッドの上でごろごろする。自分の部屋のベッドほどではないが、悪くない寝心地であった。

 そんな中、輝夜は思い出したようにスマホを手に取る。




「なぁ、マーク2。普通の人間でも、魔法で仮想世界に侵入できるのか?」


『にゃ〜ん。いくら何でも、普通の人間には無理にゃん』


「……黒羽は、一応遺物レリックの保有者だったはずだが」


『にゃん。ミーの感覚からして、黒羽えるに魔力は扱えないにゃん。どうしてもと言うなら、修行とかが必要にゃん』


「なるほどな」




 遺物レリックを手にして、すぐに魔力に目覚める。

 輝夜や善人のように、誰もが”特別な才能”を持つわけではないのである。


 輝夜がマーク2とそんな話をしていると。




「ん?」




 気がつくと、地面で寝ていた善人が姿を消し。

 なぜかカーテンを開けて、外の様子を眺めていた。


 時刻はすでに夜。きっと、月も出ているだろう。

 輝夜は嫌な想像をしてしまう。




「おい。まさか、暴走はしないだろうな?」



 輝夜が問いかけると。善人はゆっくりと振り返る。




「いえ」



 その表情は、いつもと変わらない穏やかさであった。




「ただ、とても気分が落ち着いているので」




 そう言って、善人は再び外へと視線を向ける。

 夜に怯えない、月に怯えない。それだけで、彼にとっては夢のような心地なのだから。


 ゲームをしている間、ずっと輝夜に踏まれ続け。前回と同様に、善人は月の呪いへの耐性を獲得していた。

 どうやら、あの方法でも効果はあったらしい。




「ふっ。わたしに感謝しろよ」


「ええ、もちろんです。命を賭けても守れるくらい、輝夜さんには感謝してます」


「……いや。それは、流石に重いな」




 輝夜からしてみれば、数時間踏んでいただけである。踏むのは好きなので、気分は悪くないが。


 善人は、月の美しさに瞳を奪われる。




「輝夜さんって、本当に凄い力を持ってるんですね」


「まぁ、な。正直、わたしも理解はしてないんだが……」




 そんな話をしながら、輝夜は龍一から言われた言葉を思い出す。



――この話は、もう絶対口にするな。



 人も悪魔も苦しめる、強大な月の呪い。科学でも魔法でも、それを払拭することはできず。

 それを完全に無力化できるのは輝夜のみ。

 もしもこの事実が、他の人々に知られてしまったら。




「……まさか」




 龍一が、極端に自分を遠ざけていた理由。存在を秘匿しようとしていた理由。

 ”どんな感情で、今まで守られてきたのか”。輝夜は少しだけ、それに近づいた。





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