デビルハンターズ
紅月家の廊下で、二人の人物が顔を合わせていた。
一人は、この家の住人である紅月朱雨。
もう一人は、最強の魔王ドロシー・バルバトス。
二人はこれが完全なる初対面であり。ドロシーはいつもと変わらない無表情だが。流石に、朱雨は唖然としていた。
知らない女が家の中にいる。しかも、輝夜の部屋から出てきた。
意味の分からない状況に、完全に思考が停止していると。
「ねぇ。輝夜はどこにいるのかしら」
「……知るわけないだろ、そんなこと」
「そう」
輝夜の所在が分からないと知ると、ドロシーはその場を離れようとする。しかし、朱雨も黙ってはいられない。
「おい、ちょっと待て! お前は誰だ? なぜ輝夜を探してる」
呼び止められて、ドロシーは振り返る。
「わたしはバルバトス。あの子と契約している悪魔よ」
「なっ……悪魔、だと」
「そうよ」
自己紹介は軽めに終え、ドロシーは階段を降りていく。
「……影沢舞。いいえ、あの電子精霊に聞こうかしら」
そんな彼女の後ろ姿を、朱雨は黙って見ていることしかできなかった。
完全に彼女の姿が消え。
我に返ったように、朱雨は拳を握りしめる。
(……結局、俺は何も知らないってことか)
悪魔が力を持つように、一部の人間が特別な力を持つことは知っている。自分の姉が、悪魔由来の呪いに侵されている事も知っている。
しかし、それは教えてもらったことではない。彼が子供ながらに、自らの意思で調べ上げた事実である。影沢も龍一も、輝夜でさえも、自分に真実を話さない。
”大切な人”を守るために、自分は何もすることができない。
朱雨は、怒りに震えた。
◆
「ちょっと、あんなの聞いてないんだけど!?」
アルマデルオンライン、スクラップシティ。
数多くのロボット、プレイヤーがひしめく街中で。初心者であろう片腕のロボットが、”赤いボディのロボット”を相手に怒っていた。
「ははっ。言ったら面白くないからな」
赤いロボットの名は、スカーレット・ムーン。紅月輝夜の操るアバターである。
「かぐ……スカーレットさんは、意地悪だから」
スカーレットの隣りには、善人の操る白いロボット、ヨシヒコが立っていた。
「あのチュートリアルは、流石にトラウマになるって」
初心者ロボットの名は、”ガンガル”。
子供向けのロボットアニメから取った名前であり、操るのは輝夜の友人、竜宮桜である。
桜は絶対に勝てない理不尽チュートリアルを終えて、輝夜と善人の二人と合流していた。
◇
「まぁ。とりあえず、わたしが基本を教えてやろう」
スクラップシティ、武器やパーツの作成を担当する赤いNPCの前で、輝夜は桜にレクチャーを始める。
「見ての通り、わたし達はロボットだ。全身が機械でできてるし、動くにはエネルギーを消費する」
「例えば、わたしは片手剣を使うんだが。特にエネルギーが必要ないから、バッテリーパーツは小さくていい。だから軽量化が可能で、素早い戦闘が可能になる。まぁ。その分、プレイスキルが重要だがな」
遠回しに、輝夜は自分の強さをアピールする。
「じゃあ、ヨッシーは?」
「そう、だね。僕は飛行型で、遠距離武器を使うから、かなりバッテリーも大きいかな」
「ふーん」
「だが、こいつは少し特別だぞ? ボスドロップでしか手に入らない特別な翼を持ってるから、重くても速く飛べるんだよ」
「うっそ。ヨッシー、そんなに強いんだ」
「……いや。ウィングパーツは、スカーレットさんからの貰い物だから」
リアリティを重視し過ぎた結果か。このゲームの飛行はかなり難しく、輝夜は完全に挫折していた。
「わたしが飛ぼうとすると、なぜか首がもげるからな」
「いや、その。ネットの書き込みからすると、半数以上の人が飛べないらしいから。スカーレットさんが、特別下手ってわけじゃ」
落ち込む輝夜を、善人は何とかフォローする。
「ふーん。やっぱり、ゲーム内ではプレイヤーネームで呼んだほうがいいんだね」
二人のやり取りに、桜はそんな雰囲気を感じ取る。
「そうだな。他のプレイヤーとの交流もあるから、本名は止めたほうがいいぞ」
「りょーかい! スカーレット・ムーンさんに、よしひ……ヨシヒコさん?」
なぜ、”と”を”こ”に変えたのか。
「ははっ。こいつはバカだからな、文字入力でミスったんだよ」
「えぇ……思考で入力するのに、入力ミスなんて起こるんだ」
「……しょうがないですよ。あんなチュートリアルの後だったので」
このゲームのチュートリアルは、何の説明も無しにバトルが開始し、自分が倒されない限り終わらない。
恐ろしい怪物、汚染獣に襲われる感覚は多くの初心者にトラウマを与えていた。そのため、すぐに辞めるプレイヤーも多いのだが。
「ねー! あれ、ホント理不尽だったよね。最初の雑魚は倒せたんだけど、あのデカいのは流石に」
「えっ、倒せたんだ……」
どうやら桜は、善人よりも適正があったらしい。
「まぁとりあえず、初期装備くらいは揃えてやろう。お前は、どういうスタイルが良いとか要望はあるのか?」
「うーん。そうだなぁ」
自分は、どのようなプレイスタイルで戦うのか。周囲にいる他の多くのプレイヤーたちを眺めながら、桜は考えた。
◆
崩壊都市エリア。かつては、ビルなどが建ち並ぶ土地だったのだろうが。今は瓦礫の山であり、多数の汚染獣が生息している。
そんな場所で。剣と盾を装備した初心者。桜が、”イノシシのような汚染獣”と対峙していた。
通常個体の汚染獣、その名もファング。
黒と白という異様な色のイノシシのような汚染獣であり、他の敵と同様に好戦的である。
――ガァ!
鼻息を荒くしながら、ファングが駆ける。
強烈な突進で、初心者である桜に襲いかかるものの。
「ッ」
桜は冷静にそれに対処。突進を右に避けると同時に、盾でファングの横顔を殴打した。
それにより、ファングは体勢を崩してしまい。
その隙を突くように、桜は剣を振り下ろし。
汚染獣、ファングの息の根を止めた。
「ふぅ……」
仕留めた獲物を前に、桜はほっとため息を吐く。
鮮やかな勝利だが、その緊張感は本物であった。
「――ははっ。わたしのアドバイスに従ったら、簡単だっただろう?」
瓦礫の奥から、真っ赤なロボット、輝夜が姿を現す。
「正直、僕よりも強いような……」
同様に善人も観戦していたが。桜の鮮やかな手腕に自信を失っているようだった。
「いやいや。これでも、めっちゃヤバかったから! もう、心臓バクバクって感じ」
ゲームとは言え、ここは仮想世界。機械の体ではあるものの、強大な怪物と戦う感覚は本物である。
ただの学生ならば、普通に尻込みしてもおかしくはない。
「そうか? 殺すの楽しいだろう」
輝夜は、ちょっと普通ではなかった。
「それにしても。しばらくログインしないうちに、いろんな装備が増えましたね」
「ああ、だな」
殺した汚染獣の素材を袋に詰め、拠点であるスクラップシティに帰る。その道中で、輝夜たちはそんな会話をする。
「なになに? 何が変わったの?」
桜はそもそも初心者なので、変化など知る由もない。
「そうだな。例えば、あの”変な遠距離装備”。あれは初めて見るな」
帰りの道中で、輝夜たちは他のプレイヤーたちとすれ違う機会があった。その中の何人かは、背中に見覚えのないパーツを装着し、”ドローン”のような物を引き連れていた。
あれを使って、どのような攻撃が可能なのか。輝夜がそんな事を考えていると。
「――あれは”フィン”っていう装備だよ。新種の汚染獣から作れるんだ」
現れたのは、漆黒のボディをしたロボット。
輝夜にとっても特別なプレイヤー、アモンである。
アモンも初心者と行動を共にしているのか、2体のロボットを連れていた。
それだけなら、別に驚くこともないのだが。
「……あぁ?」
アモンの連れている2人のプレイヤー。
その名前は、”カノン”と”バルバトス”。
カノンは右手をブラスター銃に改造してあり。
バルバトスは大剣を背負っている。
輝夜にとって、見覚えしかない2人であった。
◇
「あの電子精霊に聞いたのよ。あなたが仮想世界でげーむをしてるって。だから来たわ」
「僕も、成り行きでこうなりました」
ドロシーとカノンは、ともに輝夜と契約する悪魔である。
しかし、今の輝夜は諸事情でイヤリングを外しているので、居場所が分からず。影沢舞からマーク2を紹介され、紆余曲折を経てゲームの世界までやって来た。
「お前たち、どうやってユグドラシルに入ったんだ? わたしと同じで、脳をインプラントしてるのか?」
スクラップシティへの帰り道。敵の姿もない瓦礫の側で、輝夜たちは会話をする。
近くでは善人がウィングパーツで空を飛び、桜が興奮した様子で眺めていた。
輝夜の問いに対し、アモンが口を開く。
「僕たち悪魔に、そんなのは必要ないのさ。魔法を使えば、ちょちょいとね」
情報の送受信を行うために、輝夜のような人間は脳内に小さな機械が埋め込まれている。それがいわゆる脳インプラントであり、電脳世界と繋がる資格でもある。
しかし、悪魔にはそんな技術は必要ない。なぜなら、科学より優れた魔法があるのだから。
身体能力を強化したり、魔弾を放ったりするのが魔法の全てではない。
戦闘だけでなく、人体や電子の分野でも魔法は優れた汎用性を有していた。
ある程度、魔法に長けた悪魔ならば、電脳世界への干渉も可能なほどに。
「……確かに、電子精霊なんてのもいるしな」
身近に、有能すぎる実例がいるため、輝夜は素直に納得ができた。
「君たちが忙しくしている間に、ゲーム内でも色々とあったんだよ。特殊個体も倒されたしね」
「なるほどな。それで、そいつは強かったのか?」
前々回の特殊個体、アーク・バイドラを倒した輝夜からすれば、気になる情報である。
だがしかし、
「いいや。僕は戦ってないから、強かったのかは分からないかな」
「はぁ? ”暇人”のくせに、討伐戦に参加しなかったのか?」
「……暇人というのは、少々引っかかるけど」
アモンは、たった一人で魔界の崩壊を食い止めている偉大な悪魔である。
「特殊個体を倒したのは、”バルタ騎士団”っていうギルドだよ。彼らが討伐したらしい」
「……バルタ騎士団。いや待て、”ギルド”だと?」
輝夜にとっては、初めて聞く単語である。
「ああ。君たちのいない間に、色々とアップデートが入ってね。正式に、ギルド機能が追加されたんだよ」
「ほぅほぅ」
「公式の発表によると、街の外にギルド用の拠点を作る機能も実装予定らしい」
「はぁー」
一ヶ月も経っていないのに、そこまで環境が変化するものなのか。
輝夜は他にゲームを知らないため、そういうものかと納得する。
「それじゃあ、あの白銀同盟ってのはどうなったんだ?」
輝夜は思い出す。ボス攻略のために作られたクランの存在を。
「あー。あんなの、とっくの昔に解散してるよ。所詮は烏合の衆だし、僕や君たちも顔を出さなくなったしね」
「なるほどな」
輝夜の反応は淡白なもの。それも仕方がない、オフ会で見た彼らの印象はあまり良くなかったのだから。
善人のように、”素直で従順な奴”がいればそれで良かった。
「そのギルドってやつ、強いのもいるのか?」
「そうだね。さっき言った、バルタ騎士団が筆頭かな。なにせ、たった10人足らずなのに特殊個体を討伐したからね」
「ほぅ。そんな連中もいるのか」
「まぁ、プレイ人口も増えてるし、環境も常に変化してるから、ね」
アモンを筆頭に、仲間たちとそんな会話をして。
当然のように、輝夜はある思考へと至った。
「――よし。ならとりあえず、わたし達もギルドを作るか」
「そうですね。僕も、もちろん参加します」
「ねー、初心者だけど入れる?」
「あぁ、当たり前だろ。人間だろうと悪魔だろうと、お前たちなら”強制参加”だ」
輝夜は提案を行ったわけではない。
正確には、”命令”である。
アモン、カノン、ドロシーの3人も、断る理由がなかった。
「ギルド名は、”デビルハンターズ”にしよう」
――え。
まさかの名前に、悪魔勢は唖然とする。
「あの、輝夜さん。なぜ、そのような名前に?」
恐る恐る、カノンが尋ねる。
「はぁ? それはもちろん、悪魔が多いからだろ」
「……だとしたら、その名前にはならないような」
カノンの考えは至極当然なのだが。
残念、輝夜は少し頭が弱かった。
「いい名前だよな? デビルハンターズ」
「ええ。わたしも、ぴったりな名前だと思うわ」
ドロシーも、どちらかと言うと”そっち側”のため。輝夜の問いに即答する。
善人、桜の人間勢は、何とも言えない空気であった。
「……まぁ、そうですね。所詮はゲームなので、それでいきましょうか」
結局の所、カノンも輝夜には逆らえないので。
ギルド、デビルハンターズが結成されることになった。
◆
ベッドの上で、輝夜は目を覚ます。
眠っていたわけではない、仮想世界から帰ってきたのである。
「あぁ、そうか」
足元を見れば、善人の身体を踏んづけていた。結局、ずっとこの体勢でゲームをやっていたらしい。
凝り固まった身体をほぐすように、輝夜はベッドの上でごろごろする。自分の部屋のベッドほどではないが、悪くない寝心地であった。
そんな中、輝夜は思い出したようにスマホを手に取る。
「なぁ、マーク2。普通の人間でも、魔法で仮想世界に侵入できるのか?」
『にゃ〜ん。いくら何でも、普通の人間には無理にゃん』
「……黒羽は、一応
『にゃん。ミーの感覚からして、黒羽えるに魔力は扱えないにゃん。どうしてもと言うなら、修行とかが必要にゃん』
「なるほどな」
輝夜や善人のように、誰もが”特別な才能”を持つわけではないのである。
輝夜がマーク2とそんな話をしていると。
「ん?」
気がつくと、地面で寝ていた善人が姿を消し。
なぜかカーテンを開けて、外の様子を眺めていた。
時刻はすでに夜。きっと、月も出ているだろう。
輝夜は嫌な想像をしてしまう。
「おい。まさか、暴走はしないだろうな?」
輝夜が問いかけると。善人はゆっくりと振り返る。
「いえ」
その表情は、いつもと変わらない穏やかさであった。
「ただ、とても気分が落ち着いているので」
そう言って、善人は再び外へと視線を向ける。
夜に怯えない、月に怯えない。それだけで、彼にとっては夢のような心地なのだから。
ゲームをしている間、ずっと輝夜に踏まれ続け。前回と同様に、善人は月の呪いへの耐性を獲得していた。
どうやら、あの方法でも効果はあったらしい。
「ふっ。わたしに感謝しろよ」
「ええ、もちろんです。命を賭けても守れるくらい、輝夜さんには感謝してます」
「……いや。それは、流石に重いな」
輝夜からしてみれば、数時間踏んでいただけである。踏むのは好きなので、気分は悪くないが。
善人は、月の美しさに瞳を奪われる。
「輝夜さんって、本当に凄い力を持ってるんですね」
「まぁ、な。正直、わたしも理解はしてないんだが……」
そんな話をしながら、輝夜は龍一から言われた言葉を思い出す。
――この話は、もう絶対口にするな。
人も悪魔も苦しめる、強大な月の呪い。科学でも魔法でも、それを払拭することはできず。
それを完全に無力化できるのは輝夜のみ。
もしもこの事実が、他の人々に知られてしまったら。
「……まさか」
龍一が、極端に自分を遠ざけていた理由。存在を秘匿しようとしていた理由。
”どんな感情で、今まで守られてきたのか”。輝夜は少しだけ、それに近づいた。
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