二人の問題児





 紅月輝夜はピンチに陥っていた。

 人生始まって以来の、羞恥と言えばいいのか。




「ダメよ、紅月さん。課題は自分の力でやらないと」


「……はい」




 学校の休み時間、教室で輝夜は担任に呼び出されていた。理由はもちろん、今日提出した課題である。

 昨晩、輝夜は黒羽とのバトルを行うにあたり、カノンとアトムの二人に課題の代筆をやらせていた。しっかりと、筆跡を真似るように指示をして。

 だがしかし、結果はご覧の有様である。




「わたしね、字の個性とかを見るのが好きで、クラス全員の筆跡を判別できるんだけど」



 それはそれで異常である。



「今日の紅月さん、ちょっと字が”綺麗すぎた”かな?」


「……」




 輝夜は赤面する。

 カノンたちは頑張ったのだ。主の命令に従って、できるだけバレないように努力をした。

 しかし、輝夜の字が素で汚すぎた。




「ちょっと、適当に書くのが癖なのかな? テストだとそれが原因でバツになったりするから、気をつけるように」


「……はい」




 教室の中で、こんな恥ずかしい内容を暴露されて。まさに、穴があったら入りたい状態。

 しかしながら、クラスメイトたちは微笑ましい表情で眺めていた。もはや萌キャラを見ているように。


 うつむく輝夜を見て、教師は微笑みかける。




「大丈夫よ、紅月さん。少しずつ覚えていけばいいの。みんな、あなたの味方だから」




 輝夜は幼少期より入院しており、学校に通うのはこれが初めて。だから勉強も苦手で、人付き合いや、細かな常識などが欠如している。周囲の人間からは、そう認識されていた。前世由来の知識が有るなど、知っているのは影沢くらいなものである。


 落ち込む輝夜が不憫に見えたのか、課題はこれで大丈夫という事になった。

 輝夜は、果たして反省しているのか。















「うがああぁぁぁ」




 昼休み。輝夜は屋上でうなだれる。

 この鬱憤を晴らさねば、昼食など食べられない。




「かぐち、今日荒れてんね」


「まぁ、先生に怒られてたから」



 うなだれる輝夜の様子を、善人と桜の二人が見つめる。



「紅月さん、リアクションが面白いね」



 そして今日は、黒羽えるも一緒であった。




 ひとしきり鬱憤を吐き出し、輝夜たちは昼食を食べる。

 多少落ち込んだとしても、輝夜の食欲は消えはしない。




「そういえば。上履き、戻ったんですね」


「あぁ、まぁな」


「ちなみに、盗んだのはわたしです」


「「えぇ!?」」



 黒羽のカミングアウトに、善人と桜は驚愕。



「まぁ、色々と事情があったんだよ」



 輝夜は気にする様子もなく食事を続ける。



「事情があったって。それでも、一緒に昼休みを過ごすかな」



 桜の指摘はごもっともである。



「上履きを隠した罰として、こいつにはやってもらうことがあるからな」




 ソロモンの夜を教えるためとはいえ、上履きを盗むのはいただけない。

 それを許すための交換条件が、”これ”であった。

 弁当を食べ終えて、レジャーシートの上にノートと筆記用具が置かれる。




「よしっ」



 みんなが見守る中、輝夜はお昼の勉強タイムに突入した。




「紅月さんの苦手な部分とか、重点的に作ってあるから」




 黒羽が付きっきりでレクチャーする。

 これが、輝夜の提示した罰。テストが終わるまで、自分に勉強を教えること。

 放課後に軽く教えてもらったり、輝夜はそれくらいの内容を想定していたが。思ったよりも、黒羽はやる気だったらしく。一晩で特製の問題集を作り上げ、輝夜に渡してきた。



――何というか。紅月さん、このままじゃヤバそうだったから。



 紅月輝夜。

 自分で思っている以上に、彼女は”問題児”であった。




 しばらく、教えられながら問題を解く輝夜であったが。

 思い出したように、善人に声をかける。




「そういえば。お前も指輪を持ってるのに、アプリに名前がなかったな」


「アプリ、ですか?」



 善人は意味が分からないと首を傾げる。



「ソロモンの夜だよ。お前、もしかして指輪失くしたのか?」


「指輪なら、ありますけど」




 なんてことのない様子で、善人はポケットから王の指輪を取り出し。それを輝夜たちに見せる。


 輝夜と桜にとっては、見覚えのある代物。

 しかし、黒羽にとっては……




「……あり得ない」



 誰にも聞こえないほど、小さな声で呟いた。




「それ、本物か? アミーを召喚してみろ」


「えっ、でも」


「大丈夫だ。黒羽も指輪を知ってる。……まぁ、わたしが奪ったが」




 一応、正当な方法で輝夜は黒羽の指輪を手に入れた。

 今頃、自室の引き出しにでも入っているだろう。




「じゃあ、喚びますけど」




 善人が指輪に念を込めて、すぐ側に魔法陣が発生。

 そこから、熱血の悪魔ことアミーが召喚された。


 短パンにタンクトップという、あまりにもラフな格好で。

 その手には、分厚い漫画雑誌が握られていた。




「……ニートか、お前の悪魔は」



 輝夜の心無い一言が突き刺さる。




「相棒。今週のジェントル刑事は面白いぞ」


「本当? それは楽しみかも」



 このコンビは、相性良くやっているらしい。




「じゃあな、俺は飯を炊かねばならん」


「うん、よろしく」



 そんなやり取りをして、アミーは消えていった。




「ふむ。指輪は機能してるのに、アプリに名前が載ってない。なんでだ?」



 輝夜は黒羽に尋ねる。



「……どう、なんだろうね。わたしも詳しくないから。アプリの不具合かも」


「まぁ、そうか。ったく、いい加減なアプリだな」




 全ての遺物を集めろという話なのに、そこに”抜け”があったら意味がない。

 そんな話をする中、黒羽は妙に深刻な表情をしていた。




「もしかしたら、お前の指輪はパチもんかもな。ほら、変な露店で買っていたし」


「あれは、輝夜さんも一緒じゃ……」


「わたしの場合、ちょっと事情が複雑なんだよ」




 輝夜のイヤリングは、元々普通のイヤリングであった。

 魔界でアモンと出会い、約束を交わしたことで遺物と同化した。




「知ってるか? 本物にはワニのマークが付いてるんだが」


「えっ、そんな!?」




 輝夜の嘘に、善人は見事に惑わされる。

 そうやって笑う面々だが。やはり、黒羽は静かに善人の指輪を見ていた。

 それに輝夜が気づく。




「おい、どうかしたのか?」


「えっ? ううん、何でも」



 指摘され、黒羽は焦りを見せる。



「……何なら、指輪を返そうか?」


「いやいやいや。わたし、指輪を集めることには興味ないから」


「そうか?」




 指輪に未練はないと、黒羽は改めて明言した。




「そういえば、昨日召喚したあの悪魔は? 何か、凄い悪魔とか言ってたけど」


「あぁ、バルバトスか」




 輝夜は何ともない様子で街の様子を見る。




「自由にしていいぞ、と。朝に言ったきりだな」


「え?」




 輝夜は放任主義であった。

















 姫乃の繁華街。

 飲食店が建ち並び、人通りの多い場所に魔王バルバトスはいた。


 大剣こそ持っていないものの、漆黒のドレスという目立つ格好。周囲の視線を浴びながらも、バルバトスは何食わぬ顔で街を行く。

 尻尾を露わにしていたり、異能を使ったりしない限り、誰も彼女を悪魔だとは疑わないだろう。

 そんな彼女を、尾行する者が二人。




「ちっ、面倒くせぇな」


「仕方ねぇよ。あいつが何かしたら、お嬢に迷惑がかかっちまう」




 浅黒い肌に、人殺しのような目付きをした男と。人間離れした筋肉を持つ、巨漢のスキンヘッド。アトムとゴレム、輝夜の使役する悪魔である。

 二人は律儀にも、バルバトスが面倒事を起こさないように監視を行っていた。


 二人とも、服装はいつものギャングファッションではない。街に溶け込むように、ちょいワル程度の格好を与えられていた。立派な半グレである。




(しっかし、よりにもよってバルバトスか。あいつも面倒なの喚びやがったな)



 内心、アトムは悪態をつく。



(共存派か殲滅派か。思想も不明な、謎多き魔王)



 そんな事を考えていると。



「ア、アニキ」


「なんだぁ?」


「……その、見失っちまった」


「……あ?」




 適材適所。

 この二人に、尾行などできるはずがなかった。















 放課後。いつも通り、影沢の迎えで帰ろうとする輝夜であったが。

 校門に立つ人物を見て、思わず足が止まる。


 白銀の長髪に、美しき漆黒のドレス。

 その強さを抜きに考えても、彼女は目立つ存在であった。



――何あれ、モデル?


――芸能人じゃない?



 学校の校門で、バルバトスは死ぬほど目立っていた。

 輝夜は、面倒くさそうにため息を吐き。仕方がないので、近づくことに。




「おい。どうしたんだ?」




 校門の外には、車と一緒に影沢が待っている。

 とはいえ、今はバルバトスの相手が先である。




「……」



 しかし、バルバトスは何も言わない。

 じーっと、輝夜の制服姿を見つめている。



――嘘、何あれ。


――もはや芸術。




「ちっ」



 周囲の視線もあるので、輝夜は少し恥ずかしかった。




「一緒に帰るのか? 車に乗ってもいいぞ」


「?」




 なぜそこで首を傾げるのか。輝夜には意味が分からない。




「言いたいことがあるなら、さっさと――」




 その瞬間、バルバトスは輝夜を抱きかかえ。

 お姫様抱っこの格好に。




「え」




 あらゆるものを置き去りに、その場から飛び去った。

















 輝夜を抱きかかえたまま、バルバトスは建物の上を駆けていく。

 人間とは違う、悪魔の身体能力。この程度の芸当は朝飯前である。

 とはいえ、運ばれる者からすればたまったものではない。




「おい! お前、正気か?」


「……何が?」


「何が!?」




 輝夜は確信する。こいつはとんでもない奴だと。


 バルバトスは、しばらく無言で跳躍を続け。

 ようやく口を開く。




「……見てみたい、景色があるの」


「景色?」


「ええ、景色」




 ようやく話し始めたものの、やはり要領を得ない。




「一人で見るのも、ちょっとあれだと思ったから。その……」


「……わたしと一緒に、見ようって?」


「ッ」




 なぜなのか。

 バルバトスは顔を赤くして、再び口を閉ざしてしまう。




「だったら、先に言えばよかっただろう。無言で連れ去るか? 普通」


「言おうと思ったけど、その」


「その?」


「……なんて言ったらいいのか、よく分からなかったわ」


「……」



 輝夜は、言葉を失った。

 呆れ、もしくは驚きか。


 そして、一つの仮説へと辿り着く。




(こいつ……)




 何を考えているのか分からない、ではない。


 澄ました顔をして、”何も考えていない”。

 とてつもなく単純な性格をしていると。




 今となっては、もはや理由を知る術がないが。前回の時、輝夜と出会ったバルバトスは、なぜか輝夜の持つイヤリングに執着した。

 何の脈絡もなく奪い、返せと言われても拒否する。意味の分からない行動に、輝夜は困惑していたが。その答えは簡単である。



 気になる相手に”いじわる”をしてしまう。

 まるで、幼児のような思考から来る行動であった。




 最強の悪魔とも呼ばれる彼女。

 しかし、それほど警戒する必要はないのかも知れない。輝夜がそんなことを考えていると。


 ”目的地の手前”で、バルバトスは立ち止まる。


 辿り着いたのは姫乃の中心地。姫乃タワーの目の前。

 彼女はタワーを見たかったのか。

 いや、目的地はまだ先である。しかし、”先へ進めない理由”があった。




 建物の屋上。二人の人物が、輝夜たちを待ち構えている。

 まるで、タワーへの行く手を阻むように。




「やっぱり、来ましたね」


「……ああ」




 いつも通り、渋い表情をしたスーツの男と。

 陽気そうなアロハシャツの男。


 輝夜の父親である”紅月龍一”と。

 その仲間、”ウルフ”と呼ばれる男である。




 ひとまず、輝夜は地面に下ろしてもらう。

 ウルフは懐からタバコを取り出し、ライターで火を付けた。




「龍さん、吸います?」


「……娘の体に悪影響だ。今すぐ捨てろ」


「へいへい。もう吸わないんすね」




 そう言って、ウルフは火の付いたタバコを素手で握り潰した。




「龍一、何だそいつは」


「こいつはウルフ。お前を護衛するために、俺が呼び寄せた男だ」


「どうも。初めまして、お嬢様。あなたを守るイケメン騎士です」




 ウルフは、飄々とした態度を取り。

 輝夜はちょっと機嫌が悪くなる。




「嫌いなタイプの男だな。女を平気で泣かせるような。……いや、平気で暴力を振るうタイプか」


「……へ?」



 辛辣すぎる言葉に、ウルフも面を食らってしまう。



「もしかして俺、いきなり嫌われました?」


「当然だ。俺の娘なら、もっと誠実な男を好むはずだ」


「……きもいぞ龍一」




 そんな無駄話が続くも。

 何の理由もなしに、これほどの者たちが集まることはない。




「……輝夜。召喚した悪魔を制御できないなら、そのイヤリングは相応しくない」


「……あぁ?」



 龍一の一言に、空気がピリつく。



「上級程度ならまだしも、そんな化け物が街を徘徊していると、こちらとしても気が休まらん」


「……しっかりと手綱を握れ、ということか?」




 まるで、ペットの世話を咎められているような。

 完全に子供扱いしてくる龍一に、輝夜は内心キレる。




「いやぁ。それにしても、二人ともレベル高いっすよね。輝夜お嬢様だって、かなり発育が」




 ウルフの視線は、輝夜の胸や腰に行き。

 輝夜は無意識に身体を隠す。




「おっと、その反応もいいねぇ」


(……殺す)



 輝夜の心は、地獄の業火のように燃えていた。




 すると、ずっと黙っていたバルバトスが口を開く。




「あの男、昨日の夜もわたし達を監視してたわよ」


「なに?」


「おっと、バレてたか。流石は魔王だねぇ」




 何の断りもなく、勝手に監視を付けていた。

 その事実が、輝夜の意思を決定づける。




「……なぁ、バルバトス。お前はどこに行きたかったんだ?」


「……あそこよ」




 バルバトスが指差すのは、姫乃タワーの頂上。

 輝夜を連れて、彼女はあそこへ行きたかったのだ。




「ふっ」



 そんな可愛い理由に、輝夜は微笑み。

 怒りは、邪魔者たちへ。




(なぁ、聞こえるか?)


(ええ)



 イヤリングを通じて、輝夜はバルバトスと話す。



(左側のスーツの男は、わたしの父親で、正直お前と同じくらい強い)



 輝夜の言葉を聞き、バルバトスは龍一を見つめる。



(わたしが一言、あいつを油断させるから。お前はその隙を突いて思いっきりぶっ飛ばせ)


(……あなたの父親なのに?)


(大丈夫だよ。多分、死にはしないだろ)


(分かったわ)




 輝夜たちの、ちょっとした”悪巧み”が開始する。


 前に一歩出て、輝夜は一言。





「――なぁ、龍一。実はわたし、彼氏ができたんだ」





「ッ!? なん、だと」



 明らかな動揺。バルバトスはその隙を見逃さない。





 全速力で突進し、拳に力を。

 龍一の腹にぶち当てる。


 おそらく、世界で最も重いパンチであろう。

 その威力に、龍一は遥か彼方まで吹き飛ばされた。





「なっ」



 最強最速の一撃。それは隣りにいたウルフにも反応できず。

 目の前で起きた衝撃映像に、言葉を失っていた。




「ナイスパンチだったぞ」


「……ありがとう」




 本音を言えば、自分の手で殴りたかったが。

 早速、バルバトスは役に立ってくれた。




「で、お前はどうする?」


「……あの人が死んでないか、見てきますよ」




 そう言って、ウルフは龍一が吹っ飛んでいった方向へと向かっていった。


 輝夜たちの完全勝利である。




「さて、お前の行きたかった場所に行くか?」


「ええ」




 邪魔者はもういない。二人は、姫乃タワーを見上げた。

















 姫乃の中心、この街を象徴する建物でもあるタワー。その最上部に、輝夜とバルバトスはやってきた。

 当然、正規の方法で頂上に登るわけにもいかないので。物理的に跳んできたのだが。




「うっ」



 これほどの高所に来るのは、輝夜としても初めてであり。恐怖と吐き気に襲われていた。




「高いところが好きなのか?」


「そうね。そうかも知れないわね」




 バ○と煙は高いところが好き。輝夜の頭に、そんな言葉が浮かぶ。




「あれを見たかったの」




 そう言って、バルバトスが指し示す先。そこにあるのは、真っ赤な太陽。

 なんてことはない、”夕焼け”の風景である。


 心地の良い暖かさを感じる。見ていると、ちょっと眩しい。

 輝夜にとってはその程度のものなのだが。バルバトスにとっては違った。




「これほど美しいものは、生まれて初めて見たわ」



 完全に、心を奪われている。




「……美しい。美しすぎると言っていい」




 魔界の常識を、輝夜は知らない。

 悪魔にとってはそれほど驚く光景なのか。それとも、彼女がそれだけ純粋なのか。




「魔界で、今まで色々な光景を見てきたけど。これには到底敵わないわ」


「いや、それは流石に言い過ぎだろう」




 バルバトスは、一つも冗談を言っていなかった。彼女の口から出るのは、本心ばかり。




「これが毎日見られるなんて、とっても贅沢ね」


「ふぅん」




 輝夜の知っている魔界に、確かに太陽はなかった。

 ルシファーの光という、神秘的な光の柱がそびえ立ち。悪魔たちはその光を頼りに生きている。




「……太陽が、欲しいのか?」



 なんとなく、輝夜は尋ねた。




 もしも、人類と悪魔が戦争になって、悪魔が地上を手に入れれば。全ての悪魔が太陽を拝めるようになる。

 そんな話を輝夜に聞かされるも、バルバトスは変わらずに夕日を見る。




「ただ、これを見たかったから」


「……そうか」




 このバルバトスという悪魔は、何を考えているのか分からない。というより、何も考えていないのだろう。

 その行動に、深く理由を求める必要はない。


 単純な奴。

 つまり、輝夜の好きな人種である。




「物を壊すのは簡単だけど、作るのはとても難しいわ」


「何の話だ?」


「この街。いいえ、世界と言うべきかしら」




 彼女が美しいと思うのは、この夕焼けだけではない。目に見える全てが、彼女には尊いのだろう。




「綺麗なものは、そのままの形がいい」




 それで、言葉を言い尽くしたのか。バルバトスは膝を抱えて、ただ夕焼けを眺め続けた。

 輝夜にとっては退屈極まりない時間だが。こういうのに付き合うのも、たまには悪くない。




「わたしの本名、”ドロシー”って言うの」


「ドロシー?」




 魔王には、似つかわしくない名前である。




「バルバトスというのは、アガレスに付けられた名前。”お前はその名に相応しい”、とか言ってたわ」


「……」




 ずっと夕日を見ていて、輝夜は少し眠くなっていた。

 もはや、話もろくに聞いていない。


 しかし、かろうじて言葉を返そうとして。





「まぁ。ドロシーのほうが、可愛くて好きだな」


「……急に、何を言うのよ」





 遺物によって紡がれた絆。果たして、この先どのような道を辿るのか。


 夕日に照らされ、世界は真っ赤に燃えていた。





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