夜の始まり
全てが始まったのは、およそ一週間前。なぜ始まったのか、なぜ今まで始まらなかったのか。魔界に眠っていた最後の欠片が、地上に現れたせいか。なにはともあれ、システムは起動した。
世界中に点在する、ごく一部の人々。”
『夜会への招待状』
禁断の遺物を保有する者たちへ。
あなた方の持つそれは、古より紡がれし偉大なる王の欠片。世界中に散った全ての遺物を集めた者に、特別な夜会への参加権をお与えします。
魔神の反逆により霧散した、黄金の時代。
三界を統べる富と栄光を、あなたの手に。
メールを読み終わると、スマホの中に一つのアプリがインストールされていた。
アプリの名は、”ソロモンの夜”。
ソロモンの夜を通じて、世界中に散った遺物の保有者たちが繋がり。夜会への参加権を賭けた、大いなる戦いが幕を開けた。
◇
姫乃、神楽坂高校の屋上にて。二人の少女、二人の遺物保有者が対峙する。
これもまた、ソロモンの夜によって仕組まれた一つの戦い。
紅月輝夜は、堂々とした様子で腕を組むも。
「――そんなアプリ、初めて聞いたぞ」
何がなんだか、正直わけが分からなかった。
◆
「おかしい。
屋上。何か、バトル的な展開が始まりそうだったのだが。
今は二人して、輝夜のスマホに意識を向けていた。
「……くろは、だったか?」
「うーん、惜しい。わたしの名字は”
「……覚えた」
たまに、勉強を教えてもらったりしていたのに。残念ながら、輝夜は未だにクラスメイトたちの顔と名前を覚えていなかった。
黒羽、黒羽と、頭の中で復唱して名前を覚える。
上履きを餌に、輝夜はここまでおびき寄せられた。黒羽は輝夜と同じ遺物の保有者であり、それを賭けてバトルを挑まれた関係にある。
だがしかし、輝夜は自然と黒羽への接近を許していた。その直感にて、”敵意”を微塵も感じていなかったから。
黒羽いわく、ソロモンの夜というアプリは一週間ほど前に送られてきたもの。遺物を保有する、全ての人間に配布されたらしいのだが。なぜか、輝夜はその存在を一切認識していなかった。
(一週間前なら、もう魔界から戻ってたよな?)
このアプリが、どういう代物なのかは分からない。インストールすることで、後々面倒なことになる可能性もある。しかし、遺物を持つ者として、その情報を知らないというのはあまりよろしくなかった。
それらしいメール、アプリを探すものの。スマホ内には存在せず。すると輝夜は、一つの考えに辿り着く。
「おい、マーク2。変なメールとか来てなかったか?」
『にゃん。迷惑メールは、全部ミーがシャットアウトしてるにゃん!』
「……」
「えーっと?」
隣にいた黒羽も、思わず苦笑い。
高性能のセキュリティによって、輝夜のスマホは守られていた。
「復元して、そのアプリってのをインストールしろ」
『了解にゃん』
輝夜の指示に従い、マーク2は削除したデータの復元を開始。
それが終わるまで、とりあえず二人は待つことに。
「紅月さん。今のって、もしかして電子精霊?」
「うん? ああ、知ってるのか?」
「知ってるも何も、最近ニュースでやってるし」
「あー、そうだったか?」
「うん。悪魔によって作られたものだから、絶対に使わないようにって。もし使ってるのがバレたら、警察に捕まっちゃうらしいよ」
「……ほう」
毎日、テレビは見ているはずなのに。肝心な情報は脳に届かない。
輝夜とは、そういう人間であった。
「わたしは、別に通報したりしないけど。電子精霊って、対価として人の血液や情報を奪うんでしょ? クラスメイトとしては、そこが心配なんだけど」
「あぁ、その点に関しては大丈夫だ。わたしの電子精霊は、悪魔の友達から貰ったものだからな。たぶん、セーフだろう」
「へぇ。そういう交友関係があるんだ」
輝夜の話に、黒羽は感心し。
それでいて、僅かに微笑んだ。
◇
『ようこそ、紅月輝夜さん』
マーク2の手によって、削除されたメールが復元され。それと同時に、輝夜のスマホにソロモンの夜がインストールされた。
隣で黒羽が見つめる中、輝夜はアプリを操作する。
『現在の遺物保有率は、およそ25%。世界ランク、第1位です』
「……わたしが、1位?」
思いもよらぬ事実に、輝夜は驚く。
「そう。遺物の保有者は世界中にいるけど、その中で最も多くの量を持ってるのが、何を隠そう紅月さんなんだよ」
戦いに参加する、参加しないという次元ではない。始まる前から、輝夜は渦中に組み込まれていた。
「ちなみに、保有率のランキングはアプリのユーザーなら誰でも見ることができるから。世界中の保有者が、紅月さんの名前を知ってるはず。だから、ちょっとした有名人なのかな」
だがしかし、輝夜がアモンから託されたのは、それよりも遥かに大きな”遺物の塊”。輝夜のイヤリングに同化し、質量は少なく感じるものの。事実、輝夜の保有量はぶっちぎりの1位であった。
輝夜は、自分以下のランキングに目を通していく。
「わたしの次に持ってるのは、この”ジョナサン”って奴か」
輝夜に次ぐランキング2位は、ジョナサンという人物。その保有量は11%。
それ以下の人々は、大半が1%~2%と、ほぼ同率であった。
ランキングの中には、父親である紅月龍一の名前も。
その下には、”紅月不動”という名前もあった。
(……親戚か?)
輝夜は、自身の親戚事情を知らない。血の繋がりがあるのは、父と弟のみ。祖父母の話すら聞いたことがなかった。
「このジョナサンって人は、相当危険だと思う」
「そうなのか?」
「うん。このアプリが配信されて、まだ一週間だけど。この人はその間に、10%近くも集めてるから」
「つまり、他の所有者から奪ってるわけか」
「それもあるんだけど」
黒羽は自身のスマホを操作し、とあるニュース記事を輝夜に見せた。
「……博物館が、強盗?」
「白昼堂々と、”悪魔”が襲ってきたんだって」
世界中に散らばる遺物。それらが全て、個人の手にあるわけではない。厳重に保管されていたり、あるいは打ち捨てられていたり。
いくつかの遺物は、博物館などに保管されていた。
「つまりこいつは、博物館から遺物を盗んでるのか」
「うん。それで力を手に入れて、今は他の保有者たちを狙ってる」
遺物の保有者にも、様々なタイプが存在した。
龍一のように、”その道”に精通した者もいれば。黒羽のように、何も知らない素人も。
ジョナサンのように、精力的に遺物を集める者もいれば、輝夜のようにアプリの存在すら知らない者もいる。
「最初はイギリスで、今はヨーロッパ全土。そこでも遺物を集め終わったら、次は日本に来るかも知れない。そうしたら、彼は誰を狙うのかな」
「……」
ランキング2位のジョナサン。いや、彼だけではない。遺物を集めようとする者ならば、遅かれ早かれこの姫乃の地にやって来るだろう。最も多くの遺物を持つ、輝夜から奪うために。
「ならお前も、わたしのを狙ってるのか?」
輝夜に、そう問われ。
黒羽は微笑みつつ、自らのスマホを操作した。
すると、輝夜のスマホに通知が入る。
『”黒羽える”さんから、悪魔バトルを申し込まれました。このバトルをお受けしますか?』
「……面白い」
これでようやく、二人の関係性は始まりに戻る。
お互いの遺物を賭けた、悪魔バトルの開催である。
「わたしも初めてだから、ちょっと緊張するなぁ」
「わたしも、こういう形式の戦いは初めてだ」
ソロモンの夜。この戦いが始まった以上、いずれは全ての遺物が一つに集まるだろう。
だからこうして、二人も出会った。
「黒羽は、もう悪魔と契約してるのか?」
「うん。とりあえず、だけどね」
悪魔バトルのルール。
ユーザーは、互いに契約した悪魔を召喚し、戦闘を行わせる。どちらかの悪魔が死亡するか、ユーザーが降伏した場合に勝敗は決する。
敗者は遺物の所有権を失い、ソロモンの夜は自動的に端末から削除される。
輝夜は、黒羽から距離を取った。
「紅月さん?」
その行動に、黒羽は首を傾げる。
「ふっ」
輝夜は自信ありげに笑みを浮かべ。
手をかざすと、そこに漆黒の刀が出現する。
輝夜の愛刀、カグヤブレードである。
それを見て、黒羽は困惑。
「なに、それ」
「別に、本人が戦ってもいいんだろう?」
屋上へと辿り着く前に、輝夜はすでに魔力を起動してしまっていた。一度起動すれば、”面倒な後遺症”に悩まされることは確定している。
なので、せっかくなら思いっきり動きたかった。
そんな事情で、ブレードを構える輝夜であったが。
それを見て、黒羽は苦笑い。
「えーっと。夜にならないと、バトルはできないよ?」
◆
悪魔バトルのルール。
ユーザー同士が一定の距離に近づくと、互いに悪魔バトルを申し込むことが可能になる。
申し込まれたバトルを拒むことはできない。バトルを棄権した場合、ユーザーは遺物の所有権を失う。
また人目を避けるため、バトルを行えるのは”夜の時間帯”のみ。戦闘場所は、アプリの指示に従うこと。指示に従わない場合、ユーザーは遺物の所有権を失う。
「むぅ。……面倒だな」
リビングのソファに寝転びながら、輝夜はアプリを凝視する。
台所では、影沢が夕食の準備を行っており。
輝夜は、ちらりと視線を送った。
「なぁ」
「はい、何でしょう」
「9時か10時くらいに、少し出かけてくる。一人で行くから、車はいいよ」
「……はい?」
影沢の手が、止まる。
しまった。という様子で、輝夜は寝たフリをした。
すると影沢は料理を中断し、輝夜のもとへとやって来る。
「何か、買い物が必要ですか?」
「……いや、別に。ちょっと人と会うだけだよ」
「ご友人。花輪善人さん、竜宮桜さん、並木栞さんのどれかですか?」
「……違う。クラスメイト、かな」
「なるほど。ご友人が増えるのは良い事です」
影沢舞という女は、かなりの過保護である。
かつて輝夜は、自分がどういう人間なのかを影沢に告白した。精神年齢はそれなりに大人であると、伝えたはずなのだが。
むしろ、過保護さが増しているような気がした。
(黙って抜け出せばよかった)
輝夜は後悔するも、時すでに遅く。
「ちなみに、そのクラスメイトのお名前は? もちろん、女子ですよね」
「あぁ、うん。黒羽えるっていう、女子だよ」
女子と聞いて、影沢は心なしか笑顔になる。
「あいつ、頭がいいからな。ちょっと、テスト勉強を教えてもらおうかと」
「なるほど。――”嘘”、ですね」
「……」
敗北を悟り、輝夜は瞳を閉じた。
「夜の9時から勉強。オンラインでやれば済むのでは?」
「……」
「基本、歩くのが嫌いな輝夜さんが、一人で外出しようとするのも不思議です」
「……わたしも、たまには健康を気にするぞ?」
「健康を気にする。そんな言葉を聞くのも初めてですね」
「……」
このままではマズいと、輝夜は無意識にスマホを隠そうとしてしまう。だがしかし、逆にその行動が影沢の目に留まり。
ササッと、スマホを没収されてしまう。
「あっ、おい!」
「……これは」
輝夜の声など、もはや届かず。
影沢は、アプリを隅から隅まで閲覧した。
「察するに、この黒羽えるという少女と、今夜戦うおつもりですか?」
「ノーコメントだ」
下手な意地を張るも、もはや言い逃れはできず。
「とりあえず、この件に関しては龍一さんに報告させてもらいます」
「お前、龍一の側につくのか?」
「わたしは、輝夜さんの保護者なので」
「……」
輝夜は黙るしかなかった。確かに保護者の立場からすれば、この行為は到底受け入れられるものではないのだろう。
バカ正直に報告したことを、後悔する輝夜であったが。
「ですが今夜、出かけることは許可します」
「本当か!?」
「ええ」
まさか、了承を得られるとは思わず、喜ぶ輝夜。
とはいえ、世の中そんなに甘くはない。
「――しかし、一つ条件があります」
◇
月明かりの照らす時間。神楽坂高校の屋上に、黒羽えるは立っていた。
アプリの指定した場所は、偶然にもこの場所であった。
扉を開けて、訪問者がやって来る。
「あっ。ようやく来た……ね?」
屋上にやって来た人物を見て、黒羽は固まってしまう。
アプリの導きに従って、やって来たのは紅月輝夜その人。
しかし、なぜか”もう一人”、黒羽の知らない女性が一緒にいた。
「えっと、その人は?」
「……」
黒羽に尋ねられ、輝夜は恥ずかしそうに顔をそらす。
すると、隣にいた女性、影沢舞が代わりに言葉を発する。
「――すみません。心配でしたので、”保護者同伴”でお願いします」
輝夜の戦いは、始まる前に終わっていた。
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