かぐやかぐ
神楽坂高校、一年一組の教室。
今日も今日とて、変わらない授業風景が存在していた。
ただ、一人を除いて。
「……」
学校一の美少女、紅月輝夜。
左耳には主張の激しいイヤリングと、中々のメンタルの持ち主だが。何か悪いものに取り憑かれたような、異様な雰囲気をまとっていた。
端的に言えば、不機嫌そうである。
――あー、難しいのかな?
――後で教えてあげよ。
やはり、授業内容に苦労しているのか。クラスメイトたちはそう予想する。
しかし、輝夜は授業の内容よりも、別のことを気にしていた。
(わたしの、上履きぃ……)
自分の上履きが、今どこで何をしているのか。それが気になって仕方がない。
一応、スリッパを用意してもらったものの、そういう問題ではない。
気になって気になって、授業なんて入ってこなかった。
授業が終わり。
それでも輝夜は、気だるそうに机に突っ伏している。
瞳には生気が感じられない。
すると、そこへ竜宮桜がやって来る。
「かぐち、次は体育だけど」
「……やだ」
「やーや?」
上履き一つで、ここまでダメージを受けるのか。
意外と繊細なのかと、桜は思った。
◇
「ゆっくりサーブするから、怖がらなくて大丈夫だよー!」
「怖くない!」
体育の授業。女子の内容は軟式テニスであり、輝夜は桜とペアを組んでいた。
輝夜の運動能力の無さはもはや有名なので、宣言通りに桜は優しくボールを打つ。
「ッ」
そのボールの軌道、輝夜には止まって見えていた。
輝夜という人間は、体力は皆無だが優れたセンスを有している。それに加え、魔界での経験を経て神経が研ぎ澄まされている。
ゆえに、たとえプロ級のボールが相手でも捉えることが可能であった。
(捉えた)
完璧な形で、輝夜のラケットがボールを捉える。
これ以上ないという当たり方だが。
輝夜の握力は、その衝撃に耐えきれず。
ボールはコロコロと転がっていってしまう。
なんとも言えない光景に、空気が凍った。
「痛ッ」
輝夜はラケットを手放して、苦い表情で右手をさする。
ボールを弾いた影響であろうか、じんわりとした痛みがあった。
心配した様子で桜が寄ってくる。
「だ、大丈夫?」
「一応、セーフだな」
じんわりと痛みはあるものの、怪我をしたような感覚はない。
これが軟式のボールで幸運であった。もしも硬式だったら、手首がポッキリいっていた可能性もある。
「かなりゆっくりだったのに、腕の力が負けてたね」
「……疲れた」
自分の非力さに落ち込み、輝夜は隅っこで休憩することに。
桜も、隣に座って休憩する。
しばらく、ボーッとする二人であったが。
おもむろに、桜が輝夜のイヤリングをつんつんする。
「魔法で、強くなれるんじゃないの? ちょっとぐらい使ったら?」
「もちろん、最初はそうしようとも思ったが。まぁ、デメリットもあるしな」
「デメリットって?」
「……」
色々と敏感になるなど、口が裂けても言えない。
「かぐち、汗かきすぎじゃない?」
「うるさい」
身体能力が低すぎるのか。運動量の少なさの割に、輝夜はかなりの汗をかいていた。
すると、そこへクラスメイトの女子がやって来る。
輝夜としても、あまり話したことのない生徒である。
「あの、紅月さん。よかったら、タオル使って」
「いいのか? 汗、かなりかいてるんだが」
「う、うん。使って使って」
そう言って、輝夜はタオルを押し付けられる。
せっかくの厚意を無下にもできないので、輝夜はもらったタオルで汗を拭うことに。
「……」
そんな輝夜を見つめながら、女子生徒は若干緊張気味に喉を鳴らした。
「あー、えっと。後で、洗って返せばいいか?」
「あっ、ううん! 全然、そのままで大丈夫だから」
「いや、でも。けっこう汗が……」
「お願い!」
「……わ、分かった」
相手の圧力に負けて、輝夜はタオルを返却する。
「ふふふっ」
彼女は、興奮した様子で去っていった。
「……もう、あいつが犯人じゃないか?」
「だとしたら、隠す気がなさすぎるような」
確かに、今の女子なら輝夜の上履きを盗んで不自然ではない。
「まぁでも、仕方ないんじゃない? かぐち、実は女子からも人気だから」
「まぁ、可愛いからな」
「それもあるけど、ギャップ萌えとか」
「ギャップ萌え?」
「そうそう。顔はすっごく綺麗なのに、言葉遣いは最悪でさ」
「おい」
「雰囲気だけはいっちょ前なのに、勉強はダメだったり」
「おーい」
「体力ゼロなのも、やっぱりポイントかな」
「……」
輝夜は無言で桜を睨みつける。
「そうやって睨まれるのも、人によっては好きだったり」
「変態じゃないか」
「しょうがないよ。美少女あるところに、変態ありってね」
「くっ。わたしの上履きも、そんな変態の手に渡っているかも知れん」
上履きのことを思い出して、輝夜はテンションが下がる。
「そんなにショック?」
「……」
ただ、私物を盗まれた。それだけだったら、もう少しマシなテンションになっていただろう。
しかし、”上履き”というのが大きな問題であった。
「……ここだけの話、だぞ」
「大丈夫。わたし、口堅い」
なぜここまで気にするのか、輝夜は桜に理由を話す。
「実はわたしは、”足フェチ”だったんだ」
「え」
衝撃的な言葉に、桜は固まる。
「ちょっとまって、どういうカミングアウト?」
「まぁ、少しややこしくてな。今はそうでもなくて、昔はそうだったという話で」
「昔って、いつくらい?」
「そうだな。ずーっと前だな」
「えっと、入院中とか?」
「まぁ、そんな感じだ」
正確に言うと、もっと昔だが。
「ともかく、元足フェチの感覚からすると、わたしの足は”魅力的”すぎるんだ。もしも同種の変態がいたら、黙ってはいられないはず」
「……あー」
(可愛い顔して、この子は何を言ってるんだろ)
残念な人を見るような目で、桜は輝夜を見つめていた。
◆
「というわけで、捜索を行うぞ」
「はい」
「おー」
放課後。
輝夜、善人、桜の三人は下駄箱前に集合し、上履きの捜索を行おうとしていた。
「絶対に、今日中に見つけるぞ。一晩経ったら、もう手遅れだからな」
「ですね」
持ち帰られたら、探すのは難しくなる。そういう意味の手遅れだと、善人は予想するも。
「もしも相手が変態なら、絶対”変なこと”に使われる」
「「あー……」」
輝夜の思考は、完全にそっち方面に傾いていた。
「よし! とりあえず、ゲソコンを探すぞ」
「かぐち、昨日の刑事ドラマ見たでしょ」
ゲソコンとは、足跡のことである。
「ふっ。犯人が警官なのは、ドラマの前半部分で分かってたぞ」
「あー、分かりやすかったもんね」
輝夜の趣味はテレビを見ること。
入院していた頃からの習慣である。
「でも、足跡なんて無理じゃないですか? 少なくとも、クラス全員分はあるし」
「……」
とはいえ、善人は冷静だった。
「なら、”臭い”だ。わたしの上履きの臭いを辿ろう」
「かぐち?」
桜の視線が、またもや残念な人を見る目に変わる。
輝夜は、無言で善人を指さした。
「でも僕、警察犬じゃないですよ?」
そんなごもっともな言葉を受け、輝夜はイヤリングに触れる。
「魔力を使って、鼻を強化すればいいだろ」
「そんなことって」
「言っとくが、わたしはできるぞ?」
輝夜はドヤ顔で胸を張る。
「だったら、輝夜さんがやったら」
「いや、わたしはやらん」
下手に魔力を使ったら、しばらく身体が面倒なことになってしまう。それはなるべく避けたかった。
「でも僕、上履きの臭いなんて分からないし……」
「あー、もう。だったら、わたしの足の臭いを覚えればいいだろ!」
そう言って、輝夜はスリッパを脱ぎ、足を上げようと――
しかし、その動きを桜が制止する。
「ちょっとストップ!! ……かぐち、とりあえず冷静になろっか」
こんな人の往来の多い場所で、何をしようとしているのか。
「……たしかに」
輝夜は、ようやく冷静になる。
「足フェチの変態なら、わたしの蒸れた足はご褒美かも知れんが。流石に善人には、迷惑だろうしな」
「あ、あはは」
どう反応したら良いのか、善人には分からなかった。
「仕方ない。父に連絡して、警察犬でも用意してもらおう」
「……いや、臭いから離れよっか」
◇
上履きを探すとは言いつつも、やはり一筋縄ではいかず。
しかも、生徒たちは次々と下校していってしまう。
そんな様子を眺めつつ。
輝夜は一人、覚悟を決めた。
(……背に腹は代えられんか)
瞳を閉じながら、イヤリングに触れて。輝夜は自分の中の魔力を起こす。
自らの五感が研ぎ澄まされていくような、不思議な感覚に包まれた。
その状態のまま、輝夜は下駄箱の隅っこで靴下を脱ぎ。
密かに臭いを覚えようとしていると。
「ねぇ、ちょっと」
「ッ」
振り返ると、そこにいたのは一人の女性教師。
優しい雰囲気をした、輝夜の担任の先生である。
「紅月さん、大丈夫? とてもまともな行動には見えないけど」
「いえ。盗まれた上履きを探すために、臭いを辿ろうと思って」
「……あなた、凄いことするのね」
輝夜の行動力、もしくは大胆さに彼女は驚く。
「でもね、紅月さん。人間の鼻って、犬とは違うのよ?」
小学生に教えるように、先生は優しく”常識”を教えてくれる。
とはいえ、輝夜もそれくらいの常識は知っていた。
先生の胸元に近づいて、鼻を利かせてみる。
「……今日のお昼は、カップラーメンですね。しかもシーフード味の」
「え、すごい」
輝夜は常識を打ち破った。
どこかの誰かが、捜査に鼻を導入し始めた頃。善人や桜も、同じように手分けして捜索を行っていた。
そんな中、善人は魔力の波動を感じ取る。
(……まさか、そこまでの覚悟があったなんて)
輝夜が何をしているのか。全てを察し、愕然としていた。
研ぎ澄まされた嗅覚を駆使して、輝夜は校舎内を捜索する。
誰が何を食べたのか、それを当てられるほどの嗅覚ではあるのだが。
なぜか、輝夜の表情は険しかった。
(あぁ、クソ。色々な臭いで、頭が痛い)
確かに、輝夜の嗅覚は犬並みに鋭くなっていた。
しかし、常人の脳では強化された嗅覚に処理が追いつかず、頭痛という形で悪影響が出始めていた。
おまけに、ここは学校という環境。
生徒数百人の生活臭が、輝夜の脳に突き刺さる。
(やらなきゃよかった)
すでに輝夜は、涙目で後悔していた。
だがしかし、
「……ん?」
輝夜は”妙なもの”を感じ取り、天井へと視線を向けた。
◆
施錠されていない扉を開けて、輝夜は屋上へとやって来た。
屋上にいたのは、一人の女子生徒。
その後ろ姿は、輝夜にも見覚えがあった。
「あっ、やっと来た」
振り返ったのは、眼鏡が特徴的な少女。
輝夜に勉強を教えてくれる、クラスメイトの女子である。
しかしその手には、輝夜のものと思しき上履きがあった。
「どうしてここが分かったの?」
「……”魔力”を、感じたんだよ」
研ぎ澄まされた感覚によって、輝夜は他人の魔力をも強く感知できるようになっていた。
しかし、学校内で輝夜が感知した魔力は二つ。一つは善人のものとして、もう一つは一体誰なのか。
それを確かめるために、輝夜は屋上へ来たのだが。
待っていたのは、予想外の人物であった。
「やっぱり、紅月さんも力が使えたんだね」
物知り顔で、女子生徒は微笑む。
「ごめんね、上履きは返すよ。変なことはしてないから安心して」
床に輝夜の上履きを置いて、彼女は後ろへと下がる。
「……」
相手の動きに警戒しつつ、輝夜は上履きを回収し。
イタズラされていないかを念入りに確認してから、上履きを履いた。
「それで。わたしをこんな場所に誘い出して、何が目的だ?」
「ふーん。その口ぶりからして、やっぱりアプリを知らないんだ」
「アプリ?」
言っている意味が分からず、輝夜は首を傾げる。
「……仕方ない、か」
その反応に、女子生徒はどこか決心した様子で。
胸元から、ネックレスを引っ張り出す。
ネックレス自体は、大したものではないのだが。
その先には、”黄金の指輪”が付けられていた。
「ッ」
輝夜は本能で感じ取る。彼女のネックレスにある指輪が、自身の持つイヤリングと”同質”のものであると。
警戒する輝夜を見つつ、女子生徒は微笑む。
「お互いの
巡り巡って、輝夜は決闘を申し込まれた。
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