青の閃光






 地上への帰還と、魔王アガレスの討伐。

 それを果たそうとする輝夜たちの前に、恐るべき鋼鉄の兵器が立ちはだかる。



 魔導兵器、スキュラMk-Ⅱ。

 人類を殺すためだけに造られた、巨大クモ型ロボット。



 魔界にやって来て、輝夜は様々な敵と対峙してきたものの。流石に、これには言葉を失い。

 無意識のうちに、カノンの側へと寄っていた。




「おい、龍一。百戦錬磨のお前なら、こんな奴お手の物だろ?」


「いや。流石に、このレベルの機械は初めて見る」


「……はいかイエス以外、聞きたくなかったよ」




 龍一からしてみても、このスキュラという相手は全くの未知数であり。

 刀を構え、臨戦態勢に。


 カノンも同じように、輝夜を守れる位置に立つ。




「はっはっは」



 そんな彼らの様子を見て、アガレスは笑う。




「魔法や武器の時代は終わり。これからは全て、機械の時代となるだろう」




 スキュラのボディに、光の線のようなものが走り。全身にエネルギーが満ちていく。

 そこから放たれるプレッシャーを、輝夜も肌で感じていた。




「プラン変更だな。輝夜、先に地上へ戻れ」


「はぁ?」


「俺はこいつを食い止める。アガレスの討伐はなしだ」




 魔導兵器スキュラ。アガレスの自信を見るに、魔王級か、それ以上の力を有しているはず。そんな化け物を相手にしつつ、魔王であるアガレスを倒すのは、流石の龍一でも厳しかった。


 それゆえ、輝夜を先に逃がそうとするものの。

 そんな選択を、輝夜は絶対に受け入れられない。


 


「いいや、アガレスはわたしとカノンで殺す。龍一は、そのおもちゃの相手をしてろ」


「無茶を言うな。お前の実力で、魔王と戦うのは無理だ」


「無理じゃない」


「いいや、無理だ」


「うっさい! このハゲ」




 会話を一方的に切り上げて、輝夜はブレードを構える。




「あいつを殺せば、そのロボットも止められるだろう?」




 意識を集中して、全身に魔力を纏わせる。


 輝夜の使える力は、たったそれだけ。

 そんな初歩的な力で、魔王アガレスを倒そうとしていた。




「こんな老いぼれジジイ、わたしが血祭りにあげてやる!」




 殺意と怒り。

 輝夜の衝動は止まらない。

















 スキュラの前足と、龍一の刀が衝突。


 凄まじい魔力のぶつかり合いにより、空間が軋む。




「タマモめ、面倒なものを残したな」




 この一太刀で、龍一は理解した。

 スキュラの持つ、異常なまでの戦闘能力を。




「はっはっは」



 その様子を見て、やはりアガレスは笑う。




「死ね!」



 余裕そうな彼に対し、輝夜はブレードで斬りかかるも。


 強固なバリアによって阻まれる。




「ちっ、カノン!」


「ええ」




 アガレスめがけて、カノンが魔力弾を連射する。


 だがしかし、それもバリアを突破できない。




「おい! バリアなんか張らずに、堂々と斬られたらどうだ?」


「随分と、威勢のいい小娘だな」




 声をかけられ、アガレスはようやく輝夜たちを敵として認識する。




「どれ」



 すると、彼もサイボーグなのだろうか。

 影沢と同じように、腕が”巨大な銃”に変形する。




「あー、くそ」



 輝夜は、挑発したことを後悔した。





 アガレスの腕から、弾丸の雨が降り注ぐ。





「ッ」



 輝夜にできるのは、魔力で身体能力を向上させることだけ。

 防御手段など、この瞬間まで考えてすらいなかった。




「輝夜さん!」



 カノンが間に入り、その手から魔力障壁を展開。

 アガレスの放った弾丸を、真正面から受け止める。




「ッ」



 弾丸の雨は、なかなかに強力で。

 カノンの表情は険しかった。




「おい、カノン。それのやり方を教えろ」


「い、今ですか?」


「今しかないだろ!」




 そんな滅茶苦茶なやり取りをする二人を、龍一は戦いの最中も気にかける。




「まったく、だから逃げろと言っただろ」


『……あの子って、もしかして馬鹿なの?』




 指輪の中の者と一緒に、そんな散々な評価をしつつ。

 本来なら、すぐさま助けに向かいたいものの、目の前の殺戮兵器がそれを許してくれない。



 兵器ではあるものの、飛び道具のたぐいは一切使わず。スキュラが行うのは純粋な格闘戦のみ。

 だがしかし、それが驚くほどに強かった。


 ボディ全体が、膨大な魔力に覆われ。手練の戦士のように、攻撃と防御で魔力の比率を変えている。


 龍一をもってしても苦戦するのだから、人類殲滅用というのは伊達ではない。




「おい、ニャルラトホテプの遺産だと言ったな! この12年間、ずっと寝かしていたのか?」



 龍一が、アガレスに問う。




「いいや、奴は基礎設計をしたにすぎん。完成させたのは我々だ」


「つまり12年かけて、ようやく技術が追いついたということか」


「はっ。確かに、奴は紛れもない天才だった。1000年に1度、現れるかどうかという逸材だろう」




 輝夜たちに対し、弾丸の雨を降らせながら。

 アガレスは余裕そうに言葉を返す。




「今更ながら、殺したのを後悔しておる」


「……なに?」




 その言葉に、この場にいる全員が驚く。




「お前が、殺しただと?」


「ああ、その通り。どのみち、貴様らは生きては帰れんからな。冥土の土産に教えてやろう」




 アガレスの口から語られるのは、誰も知らない”12年前”の真相。





「ニャルラトホテプは、貴様ら人類との融和を考えていた。憎たらしいことに、何人かの魔王どもと共謀してな。……ゆえに、存在を抹消したのだ。奴に作らせた新型兵器、”AMコア”を使ってな」





 その事実に、カノンは拳を震わせる。




「あれは、人間側からの攻撃だと」


「はっはっは。わたしがそうだと言えば、それが”事実”になる。それこそ、わたしの持つ力だ」




 技術、情報、権力。

 それこそが、魔王アガレスの持つ力。


 それによって生み出されたのが、”大崩壊”と呼ばれる偽りの歴史と。

 テックマスターのような、”人類を憎む悪魔”たち。


 そのような負の要因を、彼はこの世に生み出した。




「わたしは貴様らのように、”ただ強いだけの存在”とは違う。多くの時間と労力をかけ、悪魔が生き残る道を模索している。……そして今、このスキュラの完成によって、貴様らの武力さえも――」



「――うるっさい!!」




 弾丸の雨を飛び越えて、輝夜が渾身の力でブレードを叩き込む。


 それでも、バリアを突破できないものの。


 関係ないと、輝夜はブレードを振るい続ける。 




「話が長いんだよ、老人」


「ふっ。蜂の巣にしてくれる」




 再び、銃口を向けられながらも。

 輝夜は一歩も引かない。




「やってみろ」




 先ほどのカノンのように。そして、善人がやっていたように。

 輝夜は同じようなイメージで、淡いピンク色の障壁を展開する。


 それで、弾丸を受け止めようとしたのだが。




「とわっ!?」




 輝夜の生み出した障壁は、まるで発泡スチロールのように脆く。

 見る見るうちに削られていく。




「あぁ、くそっ」



 このままでは、全身に穴が開くと予感し。輝夜は障壁の展開を放棄。





 自分に当たりそうな弾丸だけを、カグヤブレードで”叩き切る”戦法へと切り替えた。





「ほぅ、随分と動けるな」





 父親譲りのセンスと、魔力で強化された身体機能。

 そして、過剰なまでに研ぎ澄まされた”五感”により、輝夜はその速度に対応する。




(龍一の刀のほうが、もっと)




 この直前に、”弾丸より速い存在”を見たことも、その要因の一つであった。






「……はぁ、はぁ」


 

 しかし、人間を超えた動きを、僅かながらもしたことにより。輝夜の体力は一気に底をつき。

 フラフラと、その場に倒れそうになる。



 そんな彼女の姿を見て、アガレスは気づいた。




「貴様ら、もしや親子か?」


「……だったら、どうした」




 無駄な質問に、輝夜は苛立つ。




「はっはっは。なるほど、ようやく合点がいった。だから奴は魔界にやって来たのか。連れ去られた娘を救い出すために」




 アガレスが抱いていた、一番の疑問。

 それが解消し、愉快に笑う。




「まさか、紅月龍一の娘を連れ去るとは。テックのクズ連中も、少しはまともな仕事をしてくれる」




 彼の口から出る言葉は、どこまでも傲慢で。

 輝夜の怒りは収まらない。




「これが、魔王アガレスか。こんなクズなら、殺しても何の問題もないな」




 元より、殺すつもりではあったが、躊躇する理由が完全に消え去る。


 殺したい、ではなく。

 殺さなくてはいけないと。




「まったく、威勢のいい小娘だ。その珠のように美しい顔を、自らの血で染めることになるぞ?」


「はっ。黙ってろ、老害魔王」




 口を開けば、罵声しか飛んでこない。そんな輝夜を相手に、アガレスは笑みを浮かべる。

 自分にこれほど楯突く存在は、久しく訪れていなかった。




「だがそもそも、わたしを殺してよいのか? ここのシステムは全てわたしの管理下にある。転移装置の起動も、スキュラの制御も、わたし抜きでは――」



『――それは、どうかにゃん?』



「……なに?」




 聞こえてきたのは、アガレスにも聞き覚えのある声。

 二度と聞くはずのない、忌々しい悪魔の声が聞こえてきた。




『にゃははは!! この基地のシステムは、ミーが掌握したにゃん!』



 周辺にあるスピーカーから、マーク2の声が鳴り響く。




『エレベーターは全て閉鎖、通信も遮断。地上からの救援も、絶対に来ないにゃん!』




 ここは、施設の地下深く。輝夜たちも、そしてアガレスも、完全に閉じ込められたことになる。

 転移装置の制御も、すでにマーク2の手の中に。




「だ、そうだぞ?」



 輝夜は小悪魔のように微笑む。




「馬鹿な。ニャルラトホテプ、だと」


「正確には、それを模した電子精霊だけどな」


「……まさか、これほど厄介な存在がいたとは」




 形勢自体は、何も変わらないものの。

 アガレスの表情からは、余裕が消え去っていた。

















「マーク2、あのロボットも無力化できるか?」


『あー。それはちょっと、難しいにゃん』


「あぁ?」




 輝夜は理不尽にキレる。




『さっきからずっと頑張ってるけど、こいつだけセキュリティがレベチにゃん!』


「お前、同じ奴の製品だろう? 根性を見せろ!」


『スパルタにゃん!』




 輝夜がどれだけ叱責しても、マーク2の能力が上がることはなく。

 スキュラの動きも止まらない。




「残念だったな。そいつの制御システムは特別製だ。……12年も時が経てば、”奴に匹敵する技術者”も現れる」


『にゃんと!? それは驚きにゃん』


「感心するな! バカ」




 マーク2でも止められないなら、自分でアガレスを殺すまで。

 アガレスさえ殺せれば、スキュラの制御も奪うことができる。




「結局、頼れるのは自分だけか」




 震える足と、腕に力を入れて。カグヤブレードをギュッと握りしめる。


 しかし、輝夜は一人ではない。

 イヤリングを通じて、”パートナー”との繋がりを感じる。




(おい、カノン。あのバリア、どうにかできないのか?)


(……フルパワーで撃てば、あるいは)




 イヤリングを通じて、カノンと作戦を練る。




(なら、任せたぞ)




 カノンが、そのフルパワーとやらを発揮できるように。

 輝夜は自分にできることを。


 がむしゃらに、アガレスに斬りかかった。






 そして、もう一方の戦いは。




『ちょっとリューイチ、あの子本当に大丈夫なの?』




 指輪の中から、輝夜を心配する声が上がるものの。

 龍一は気にする様子もなく、スキュラとの戦いに集中する。




(俺の娘なら、銃弾くらい問題ないはずだ)


『本気で言ってる!?』




 テックマスターのアジトで、輝夜からの一方的な攻撃を受け続けたことで。龍一は輝夜の戦闘力を、自分なりに評価していた。



 銃への対処くらいなら、ギリギリいけるだろうと。

 そしてその考えは、間違ってはいなかった。



 アガレスは、魔王としてはそこまで強くはない。

 テックの者たちのように、人体改造によって強さを得ている。


 あの二人のポテンシャルなら、不可能な相手ではなかった。




 そう判断したからこそ、龍一は目の前の敵に集中できる。




 巨体に似合わないスピードに加え、魔力制御による隙の無い攻防性能。

 攻撃のパターンも非常に豊富だが、その中に龍一は”機械の限界”を見る。




(この制御システム、”分かってないな”)




 もしもこの兵器が、ニャルラトホテプの手によって完成していた場合、これほどお粗末ではなかったであろう。




 龍一は、見極めたその一点を突き。

 鋭い一閃が、スキュラの前足を抉り取った。





「なっ、馬鹿な」



 ダメージを受けたスキュラに、アガレスは完全に気を取られ。




「よそ見は禁物だぞ、ジジイ」




 微笑む輝夜の、その後方から。

 カノンが全力の魔力弾を解き放つ。



 限界まで魔力が圧縮された、まるで大砲のような一撃。

 その直撃を受けて、アガレスのバリアが粉々に砕け散る。




「こんのぉ!」




 待っていたのは、この瞬間。


 輝夜は跳躍し。


 そのままの勢いで、アガレスに斬撃を叩き込んだ。




「ぐぅっ」



 アガレスの胴体に、大きな傷が生じ。

 そこも機械化されているのか、派手に火花が散る。




「あ、悪魔が、わたしに逆らうのか」


「……大崩壊の事実を知れば、誰でもこうしますよ」





 そして、もう一つの戦いも。



 一点の綻びから、次々と亀裂が生じていくように。





「――所詮は、機械だったな」





 龍一の手によって、スキュラが真っ二つに両断される。


 結果を見てみれば、それは無傷での圧勝だった。





「まさか、スキュラが」





 自慢の兵器が、人間の力に敗れ去り。

 驚くアガレスであったが。


 そんな彼にも、終わりを告げる声が聞こえてくる。





「――お前も、おさらばだ!」





 龍一に続くように、輝夜も鋭い一閃を放ち。


 アガレスの首を切断した。

















「あははははっ、余裕だったな!」




 途中、何度か死にかけたような気もするが。

 嫌なことは全て忘れて、輝夜は勝利の余韻に浸る。



 この世に生を受けてから、これほど達成感を感じたことがあっただろうか。

 いや、ない。




「はぁぁ、さいこう」



 恍惚とした表情で、輝夜はカグヤブレードを抱き締める。


 そんな彼女の様子を、カノンは微笑ましそうに見つめていた。




 しかし龍一は、未だに警戒を緩めない。




「輝夜」


「んー?」


「こいつは、どうしたら生き返るんだ?」


「……え」




 輝夜は、ようやく気がついた。アガレスの蘇生が、未だに始まっていないことに。

 今まで殺してきた連中は、死んだらすぐに蘇っていた。


 しかしアガレスは、未だに首と胴体が分かれたまま。




「おかしいな。確定機能じゃないのか?」




 絶対に蘇るわけではないのか、それとも何か条件があるのか。

 輝夜がブレードを叩いたりしていると。





「――全く、予想外は続くものだ」





 殺したはずの、アガレスの声が聞こえてくる。

 目を向けてみると、落とされた首が言葉を発していた。




「まさか。サイボーグだから、その状態でも生きられるのか?」


「いいや、少し違うな。これはわたしの本当の体ではなく、”端末”なのだ」


「端末? ……つまり、遠隔操作?」


「その通りだ、娘よ」




 サイボーグという次元ではなく、そもそも生身の部分が存在しない。

 それならば、いくらぶっ殺しても意味がなかった。




「お前たちの健闘を称えて、褒美でもやりたい気分だが。ご覧の通り、手持ちがなくてな」


「あぁ?」




 最後まで余裕を崩さないアガレスに、輝夜は苛立ちが収まらない。




「最後に一つ、教えやろう」




 アガレスは、笑う。

 これまでにないほど、愉快そうに。




「実はこの端末には、”AMコア”が仕組まれていてな。機能を停止すると、自動で爆発するようになっている」


「……はぁ?」




 それは、先ほどの話にも出てきた兵器の名前。

 大崩壊の引き金となった、”超威力の爆弾”である。




「ッ、輝夜さん! 今すぐ転移を!」


「もう遅い」





 これこそが、魔王アガレスの切り札。

 ”最終的な勝利”を約束する、叡智の結晶。





「紅月龍一と、その娘よ。お前たちとの戦い、なかなかに有意義であったぞ」





 その言葉を最後に、アガレスの端末は完全に機能を停止。

 それと同時に、胴体に仕組まれたAMコアが起動する。






 ”一足先に、天国で待っていてくれ”。


 ここではないどこかで、魔王アガレスが笑う。






 全てを消し去る力、破壊のエネルギーが、この空間を――






「――憑依融合アビスフュージョンッ!!」




 最後に聞こえたのは、龍一の声。






 そうして、世界に光が満ちた。










◆◇










 人類の叡智が集う街、姫乃。

 その外壁の側に、二人の人影が転移してきた。




「あっ」




 そのうちの一人、輝夜がバランスを崩し。

 父親である龍一が、転ばないように抱きかかえる。




『輝夜さん、お怪我はありませんか?』


「まぁ、そうだな」





 イヤリングの中には、パートナーであるカノンが宿り。


 結果として、誰一人欠けることなく、輝夜たちは地上への帰還を果たした。






 あの瞬間、一体何が起こったのか。輝夜には何一つ理解ができなかった。


 ただ、強烈な光りに包まれて。

 気がつけば、アガレスの端末を含めた地下一帯が、見事な”消し炭”になっていた。


 龍一が、何かしらの力を使ったのは明白だが。案の定、彼はそれ以上の口を開かず。

 転移装置も無事だったので、こうして戻ってくることができた。






 空は夕暮れに染まり。

 あとは家に帰るだけなのだが。



 輝夜はなぜか、龍一に”お姫様抱っこ”をされていた。





「おい、下ろせ」


「歩けないんだろう?」


「歩ける」


「無理をするな」


「ちっ」




 もはや、抵抗する気力もないので。

 死ぬほど不機嫌そうに、輝夜は抱きかかえられる。





「俺の助けなしで、あの場を切り抜けられたか?」


「その質問、最高にムカつくぞ」





 結果として、アガレスを仕留め損ねたのだから。

 輝夜の怒りは未だに収まらない。




「一回助けた程度で、”父親面”できると思うな」


「……」




 輝夜の言葉が、龍一の胸に突き刺さる。




「今まで一度も話したこと無いなんて、”育児放棄”なんてレベルじゃないんだぞ?」


「……」




 もはや言葉も出ない。




「わたしはまぁ、精神的には大人だからな。寛容な心で、お前を許してやってもいいが。普通の娘だったら、”心に深い傷”を負ったりとか、なぁ」


「……」




 拳で敵わなくても、輝夜には言葉の暴力が残されていた。


 言いたいことを言いまくり。

 溜まりに溜まった怒りを発散させていく。




 姫乃に戻ってからも、思いつく限りの悪態、不満を口にして。



 それで、ようやく彼女も満足したのか。





「……死ぬほど感謝してるよ、おとーさん」




 

 抱きかかえられたまま、輝夜は眠りについた。





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