愛を込めて斬撃を






「なっ」




 ようやく見つけ出した実の娘が、謎の刀で斬りかかってくる。その事実に、龍一の脳はパニックに陥った。




(バカな。一体何が起こっている)




 得体の知れない、あの黒い刀は何なのか。なぜ急に攻撃してきたのか。そうやって考える合間にも、輝夜は問答無用で斬りかかってくる。


 それも、”満面の笑み”を浮かべながら。






(――あっ、楽しい!)




 最初の一撃を、いともたやすく回避された瞬間から。輝夜の脳には、喜びの感情が溢れていた。

 一体、なぜなのか。大嫌いな父親に対し、鬱憤を晴らすつもりで斬りかかったはずなのに。

 なぜか、楽しくてたまらない。



 仮面をつけた父親は、本当に強かった。

 どれだけ刀を振るっても、どれだけ近づこうとも、龍一はすべて紙一重でかわしていく。


 決して、反撃などせずに。背負った刀も使わずに。この状況への驚きは感じつつも、圧倒的な実力によって攻撃をかわしている。



 それゆえ、輝夜は歓喜した。



 父と娘という関係上、龍一は絶対に反撃をしてこない。娘への愛情が存在するのなら、怪我をさせないようにするはず。

 つまり、一方的に殴り放題ということ。



 最強の魔王と、互角に戦えるほどの実力者である。

 絶対に避けてくれるという安心感から、気兼ねなく刀を振るうことができた。





「ははっ」



 戸惑う父親。という名の”おもちゃ”を相手に、ひたすら楽しむ輝夜であったが。






「……はぁ、はぁ」



 残念なことに、彼女には体力というものがなかった。



 カグヤブレードという重さを感じない武器を持っていても、動き続ければすぐに息が切れてしまう。


 ゴレムやアトムを倒した時もそうだが。

 今の輝夜は、”不意打ち”でしか敵を倒すことができなかった。




(くそっ)




 龍一は距離を取り、安全な間合いから輝夜を見つめている。

 それを見て、輝夜は無性に怒りを覚え。



 ”意地の悪い作戦”を思いつく。





「……くぅうう、胸がっ!」



 胸を押さえながら、輝夜はその場にうずくまった。





「ッ」



 すると、龍一は反射的に輝夜のもとへ駆け寄ってしまう。

 父親として、輝夜の体のことをこの場にいる誰よりも理解しているから。





 だがしかし、心は何一つ分かっていない。





「――死ねっ!」




 心配して近づいてきた龍一に対し、輝夜は問答無用で首を狙う。




 悪意に満ち溢れた完全なる不意打ちだが。


 それでも、龍一は紙一重で回避すると。




「くっ」



 たまらず、輝夜から距離を取った。




『ちょっとリューイチ!? あんたの娘、頭おかしいんじゃない?』


「……」




 指輪から聞こえる声に、龍一は何も言い返せなかった。




「おい、輝夜。今の一撃は、完全に首を狙っていたな? どういうつもりだ」


「……なんか、ムカついたから」




 衝撃的な一言に、龍一は戦慄する。




「その武器は、人を殺せる代物じゃないのか?」


「まぁ、死んだら死んだで、ある意味都合がいいからな」


「なっ」




 カグヤブレードで斬り殺せば、殺された者はすぐさま生き返る。

 輝夜に逆らえないという、”呪い”を魂に刻まれたまま。



 どうせ生き返るなら、殺してもいいか。

 輝夜は真面目にそう考えていた。



 すでに昨日、100人規模の虐殺を行いながらも、その行為に精神を病んだりはしない。


 100回殺して、100回生き返らせるのだから。

 しっかりと、輝夜の中では”チャラ”になっている。


 むしろ、良い事をしている気にもなっていた。




 だから輝夜は、実の父親だろうと容赦なく刃を振るうことができる。

 影沢はともかくとして、龍一への好感度はマイナスに近いのだから。




 輝夜は息を整えると、再び龍一に斬りかかる。

 まだまだ、この遊びを終わらせるつもりはなかった。






(……何とも、恐ろしい子だな)



 一方的に襲われながらも、龍一は冷静に輝夜のことを考える。



 躊躇なく斬りかかってくる、その精神性もさることながら。

 龍一が着目したのは、”刃の鋭さ”。


 輝夜の身体能力は、軽く平均を下回っている。足は遅く、スタミナもない。小突けば壊れてしまうほどに、その体は脆い。

 しかし、刀を振るう速度だけは、異常なまでに速かった。




 あまりにも、殺傷能力が高すぎる。




 とは言え、龍一もやられっぱなしではいられず。

 対抗手段に打って出ることに。




「……手荒な真似は、したくないが」




 背負っていた刀を抜き。

 龍一は鋭い一閃を解き放つ。



 すると、斬撃が輝夜の真横を通過し。

 地面と壁に、大きな亀裂が入った。




 自分には、これだけの力がある。その気になれば、お前を簡単に殺すことができる。

 というプレッシャーを与えるために、龍一は刀を振るったのだが。




 それでもお構いなく、輝夜は攻撃を続けてくる。




「ッ、おい。怪我をしたくなければ、今すぐその刀をおろせ」




 そんな言葉を投げかけても、輝夜は一切止まらない。


 ”自分を斬れるはずがない”と、確信しているから。




 分かってるよな? わたしは娘だぞ。


 そう言わんばかりの顔で、嬉々として斬りかかる。





『やっぱおかしいわよ! リューイチ、もしかしたら”洗脳”されてるのかも』


(……そうだな。きっとそうに違いない)




 龍一はそう推測する。

 でなければ、こいつは一体どういう教育を受けてきたのか。




「おい、貴様ら。この子に何をした」




 龍一に、そう問いかけられ。


 カノンを含む、見物していた悪魔たちはギョッとする。

 むしろ、自分たちの方が”された側”である。






「……ふぅ」



 周囲を睨みつける仮面の男を見つめながら、輝夜は息を整える。



 向こうは、周囲に意識を向けるだけの余裕があるというのに、対する自分はただ攻撃するだけで息が切れてしまう。




(この体は、本当に不便だな)




 本来ならば、満足に武器も握れない体である。カグヤブレードが重量を感じさせないため、かろうじて振り回すことができている。



 しかし、この身体能力では、どうしても”先の次元”へ進めない。

 絶対的な壁が存在していた。


 その壁を超えるための力が、今の自分には備わっているはず。


 この”遊び”の中で、輝夜は自分への理解を深めていく。

 そこへ至るために、一体何が必要なのか。




(力は、あるはずだ)




 左耳のイヤリング。

 アモンから託された、王の力が宿っている。


 善人が使っていたような、圧倒的な異能の力が。




(あいつだけできるのは、悔しいしな)




 心に、微熱が灯り。

 イヤリングが輝き出す。




「……馬鹿な」



 その力の波動は、指輪を持つ龍一にも感じられた。




 輝夜は、それを必死に理解しようとする。

 イヤリングから流れてくる”それ”が、すべての力の源だと。



 脳裏に浮かぶのは、かつて見た龍一とバルバトスの戦い。

 人間である龍一が、どうして最強の魔王と互角に戦えるのか。それはきっと、”その力”を使っているから。





「ふぅ」




 輝夜は、真っ直ぐな瞳で龍一を見つめた。


 血の繋がった実の父親。

 仮面を被り、色々なことを隠している大嫌いな父親。



 しかし輝夜は、その”血の繋がり”に感謝する。



 初めてゲームを、アルマデル・オンラインをプレイした時から感じていた、自分の圧倒的な”戦闘センス”。

 それは間違いなく、この父親から受け継がれたものであるから。


 この才能がなければ、きっと生き延びることはできなかっただろう。




(ふふっ、知っているぞ。子供の成長を見るのが、親にとっての幸せだと)




 純粋な善意をもって、輝夜は”その力”を掌握する。




 すると、ほんの微かに。

 ”淡いピンク色の粒子”が、輝夜の周囲に舞い始めた。




 善人の”黄金”や、龍一の”青”とも違う。




 その気性の荒さとは裏腹に。

 輝夜の持つ魔力は、淡いピンク色に輝いていた。





「ゲームも悪くないが。やっぱり、現実じゃないとな」





 ブレードを持っていない左手を、握ったり、開いたりを繰り返す。

 いつもとは違い、そこには力強さがあった。





(……ここまで来るのに、随分と時間がかかったな)





 輝夜は初心を思い出す。


 この世界の名は、”スカーレット・ムーン”。


 悪魔と、魔法と、戦いに満ちた世界。





 長かったチュートリアルが終わり。


 輝夜はようやく、スタートラインに立った。

















 眠りから目覚めた栞は、広間へと足を運び。

 他の悪魔たちと一緒に、その光景を見つめていた。




「……あれ、何やってるの?」


「さあな」




 栞の問いに、アトムがぶっきらぼうに答える。




 彼だけでなく、他の悪魔たちも。

 その”美しい光景”に瞳を奪われていた。





 淡いピンクの魔力を纏いながら、剣戟を解き放つ輝夜の姿。


 それはまるで、舞を踊っているようであり。



 

 対峙する龍一と、同じ領域まで辿り着こうと。

 必死に、必死に、手を伸ばしているようにも見えた。





 だがしかし、そんな剣舞の中で。



 龍一の振るった刀により、カグヤブレードが呆気なく弾き飛ばされてしまう。






「あ」


「……これで、満足か?」





 魔力を纏い、その力を操ったところで。輝夜はまだ、スタートラインに立ったばかり。

 龍一のいる領域には、まだまだ届くはずもなかった。



 その事実を理解してか。





「ふふっ、あはは」



 輝夜は笑いながら、その場に座り込んだ。





「……」



 娘の情緒が分からずに、龍一は困惑するしかない。





「……あー、楽しかった」



 纏っていた魔力が消失し、同時にカグヤブレードも消えていく。


 すると輝夜は、非常にリラックスした表情で龍一の方を見た。




「なぁ、変態仮面」


「その呼び名はよせ」


「なら、なんて呼べばいい?」


「……俺のことは、ドラゴンとでも呼んでくれ」




 少し悩んで、龍一は安直な名を名乗った。




「……そうか」



 ドラゴンと名乗られ、輝夜は少しだけ残念そうな顔をする。




 ここまで来ても、仮面を取らず、名乗るつもりもない。


 印象は確かに悪いが。

 それでも龍一は、一度も輝夜に手を出さなかった。


 無理やり止められるだけの力があるのに。

 すべての技を受け止めて、最終的に無傷で刀を奪った。




(……いい人、なんだな?)




 正体を隠しながらも、ずっと陰ながら守ってくれて。いざという時は、命を投げ捨ててまで助けてくれる。

 これほど理不尽な攻撃を浴びせられても、こちらの身を案じて全力で受け止めてくれる。





 輝夜の中で、父親に対する印象が少しずつ変化していき。



 ”歩み寄ろう”という気持ちを、生み出した。





「……遊んでくれてありがとう。”おとーさん”」


「……気づいて、いたのか」





 気づいたわけではない。

 ただ、未来で知っていただけ。




 この世界で、しっかり生きると決めたのだから。


 親子の関係からも、目を背けたままではいられなかった。








「――あっ、それはそうと。その腕時計、貸してほしいなー」




 手始めに、輝夜はおねだりをしてみた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る