王道ヒロイン
「……」
薄暗い部屋。清潔感のある簡素なベッドで、輝夜は横になる。
これからのことに備え、なるべく体力を温存しておきたいのだが。それでも輝夜は、素直に眠ることができなかった。
地獄を見て、絶望し、そして帰ってきた。
最悪の事態は乗り越えられたものの、未だにここは人の暮らす世界ではない。
唯一、輝夜の心の支えになっているのは、漆黒の刀、カグヤブレード。安心を得るために、ベッドのすぐ側に立てかけてある。
驚くほどに扱いやすく、敵を斬ることで”その心を奪う”力を持つ。
輝夜が手に入れたのは、テックマスターという悪魔たちの集団。
前の時には、想像すらしていなかった。彼らの憎しみにも理由があり、信念すら持ち合わせているなどと。
野放しにしていたら、きっとまた人間を殺すだろう。しかし、素直にこちら側に引き込めば、他の悪魔たちと敵対しなければならない。
この魔界という土地では、人類は明確な敵なのだから。
(もしも、わたしが”全ての悪魔”を従わせたら、世界は平和になるのか?)
そんな突拍子もないことを考えながら。
輝夜は静かに、夢の中へと沈んでいった。
◇
「グッモーニン!! おはようにゃん!!」
「……うるさい」
耳元から聞こえてきた、甘ったる少女のような声。もとい、苛つくアラームよって、輝夜は目を覚ます。
案の定、そこにいたのは自身の電子精霊であるニャルラトホテプMk-Ⅱ。
彼女に起こされたことで、輝夜は一瞬、”日常”にいるような錯覚をしてしまった。
ここは未だに、魔界だというのに。
「お仲間のおかげで、場所を特定できたにゃん」
「らしいな」
輝夜の眠っている間、カノンがネットの海を通じてマーク2とのコンタクトを取ってくれていた。
やかましい電子精霊ではあるものの。実際、これほど頼りになる存在も他にいない。
輝夜は安心しつつ、大きなあくびをする。
別のベッドでは、栞が静かに寝息を立てていた。
「静かにしていろよ」
「にゃ〜ん」
再会の気持ちを分かち合うように、輝夜はマーク2をぐりぐりといじめる。
「あぁ、そうだ。アモンにメッセージを頼めるか?」
「にゃん? なんて送るにゃん?」
「……”約束は交わされてる。とりあえず、切り札の欠片をよこせ”、という感じで送ってくれ」
「了解にゃん!」
アモンにメッセージを送るため、マーク2はどこかへ消えていった。
途端に静かになった部屋で。輝夜はストレッチのように体を伸ばす。
すると。
「やぁ」
「んん!?」
唐突に、目の前に現れた存在。
アモンに声をかけられ、輝夜は心臓が飛び出るほど驚いた。
「お前、魔界を支えてるはずじゃ」
「……なるほどね。それを知ってるってことは、どうやら確からしい」
魔界を支えている。輝夜の口から出た言葉に、アモンはおおよその事情を理解した。
どういう方法で、今の輝夜が存在しているのかも。
「つらい夢を、見てきたようだね」
「そうだな。……まるで、地獄のような悪夢だったよ」
まだ起きていない出来事。
あり得たかも知れない未来。
それは確かに、輝夜以外の人間にとっては、夢にも等しい話であろう。
その夢が現実にならないように、今の輝夜は生きている。
「今ここにいるのは、僕の分身みたいな物だよ。ごく少量の魔力で動かしてるから、戦ったりはできないけど」
「なるほど」
アモンの本体は、未だに魔界の最下層で光の柱を支えている。
その事実に、輝夜は安堵した。
「君は、どのくらい時を遡ったんだい? 数ヶ月? それとも数年?」
「いいや、一日ちょっとだよ、まったく。一ヶ月は戻せるって話だったのに、いい加減にもほどがあるぞ。……”こいつ”がなかったら、何もかも無駄になるところだった」
そう言って、輝夜はカグヤブレードを見せる。
「……なにそれ」
「なにって。お前がくれたんじゃないのか? 正確には、未来のお前が」
「いや、どうだろう」
アモンは興味深そうにブレードを眺める。
「……正直、僕には作れないかな」
「はぁ?」
「というより、驚いたよ。まさかこの時代に、こんな代物が現れるなんて」
輝夜の予想とは裏腹に、アモンはブレードへの関与を否定する。
「じゃあ、どっから来たんだ? こいつは」
「さぁね。僕も長いこと生きてるけど、こんな力は初めて見る」
アモンの目からしても、驚愕に値するほどの力が、カグヤブレードには込められていた。
「僕が言うのもあれだけど。あんまり、得体の知れない力を信用しないほうがいい」
「……」
結局、謎は謎のままに。
しかし、今さらこれを手放すという選択肢は、輝夜には無かった。
「さてと、本題はこっちだよね?」
そう言って、アモンが懐から出したのは。
手のひらに軽く収まるような、小さな黄金の欠片。
「おおー、これか」
前回の時には、すでに輝夜は視力を失っていたため。実際に欠片を目にするのは初めてであった。
王の指輪の材料でもある、
善人の持つ力と、同質の物である。
「そもそも、これはどういう物質なんだ?」
「そうだね。詳しく説明するには、およそ3000年ほど話が遡るけど」
「あー、ならいい。さっさとよこせ」
長話は不要と、輝夜は欠片を要求した。
「……ふむ。とはいえ、どうしたものか。指輪のような形にしてもいいけど、それにしては大きすぎるから」
アモンは欠片を持ったまま、何かを考え始め。
枕元に置いてある、輝夜のイヤリングに目が留まる。
「丁度いいし、それと同化させようか」
「ん?」
アモンはイヤリングを手に取ると、それと欠片を近づけていき。
見る見るうちに、欠片とイヤリングが”一つ”になっていく。
やがて、欠片は完全に消失し。
残されたイヤリングは、僅かに輝きを増していた。
「さぁ、これで君のものだ」
アモンから渡されたイヤリングを、輝夜は左耳に装着してみる。
すると、奇妙な温かさのようなものを感じた。
ただの熱ではない。
言葉では表せない何かが、体の中に流れ込んでくるような。
「僕は、君の辿った未来を知らないから。君との間に、どういう約束があるのかは知らない。だけど、君を信頼しているよ」
「なぜだ?」
「簡単さ。”自分の今いる世界を諦めてまで、君という可能性に賭けた”。そんな僕の覚悟を、裏切ることはできないさ」
そう、輝夜の視点から見てみれば。アモンの手によって、もう一度やり直す機会をもらったことになる。
しかし、アモンから見た場合はどうなのだろうか。
輝夜の魂を過去に送って。向こうのアモンは、その後どうなったのか。
もはや、輝夜には知る手段がない。
一つの世界、一つの未来を無かったことにして。
今の輝夜は、ここにいた。
「……なら、もう一度約束を交わそうか」
輝夜は小悪魔のように微笑みながら。
アモンに小指を差し出し、ともに指切りをする。
「人も悪魔も、わたしがどうにかしてやる。魔界の崩壊とかも、まぁ、うん」
「君にできるのかい?」
「もちろん。お前に、どうしてもって頼まれたからな」
もう一度やり直す。そんなチャンスは、もう二度と訪れないだろう。
それだけで、アモンには返しきれないほどの恩がある。
”君は悪くない”と、そう言ってくれたのを輝夜は一生忘れない。
遠慮も、言い訳も、もう必要ない。
輝夜は本気で生きると決めていた。
「とりあえず、魔王アガレスをぶっ殺そう。それが平和への第一歩だ」
「……え?」
屈託のない笑顔で、輝夜はそう宣言した。
◆
魔界、第1階層アガレス。
都会の街並みを一望できるビルの屋上に、一人の男が立っていた。
それは人間。刀一本であらゆる敵を薙ぎ払う、唯一の人間。
その素性を隠すために、真っ白い仮面を装着していた。
彼が見つめる先には、騒々しく、まばゆい悪魔たちの社会が広がっている。
慌ただしく活動するセキュリティチームも、都会の喧騒に飲み込まれていた。
「……どうやら、かなり上手く逃げているらしい」
セキュリティが動いているということは、目的となる人物が見つかっていない証拠。
その事実に、彼は少なからず安堵していた。
『こんな事態になるなら、初めから側で見守ってればよかったのに。ほんっと、リューイチってバカ』
仮面の男、龍一の持つ指輪から、幼い少女のような声が聞こえてくる。
「……何度言えば分かる。”秘密”を守るためにも、輝夜を目立たせるわけにはいかん。俺の娘というだけで、どれだけの存在に狙われると思う」
『あっ、確かにそうね。娘がいるって情報、リューイチのwikiにも載ってないもの。……正直、加筆しようか悩んでたのよ?』
「……お前、スマホを没収されたいのか?」
『はーい、ごめんなさ〜い』
指輪からの声は、龍一にしか聞こえない。
もしも側に人がいれば、かなりの奇行に見られていただろう。
しかし、龍一は気にせず、人混みの中から”自分の娘”を見つけ出そうとしていた。
「……埒が明かんな」
上から眺めるだけでは、効率が悪いと判断し。
龍一はビルから飛び降りると、光の届かない路地裏へと入っていった。
(なんとしても、見つけ出さなければ)
生まれてからずっと、病院暮らしで。社会も常識も知らず、ガラスのように体が脆い。
輝夜に対して、龍一はそのような印象を持っている。
一秒でも早く、見つけ出さなければ。
そうやって、龍一が焦りを募らせていると。
「――あのー、ちょっといいっすか?」
チンピラにしか見えない、一人の悪魔に声をかけられる。
その手には、一枚の紙が握られていた。
◇
「はっ」
テックマスターのアジト、その広間にて。
イヤリングをしっかりと身につけたまま、輝夜はそれっぽい動きで、何か力が使えないかと奮闘していた。
腕を前に突き出して、傍から見れば必殺技の練習をしているようにも見える。
そのすぐ側では、カノンが温かい目で見つめていた。
「どうだ?」
「頑張りましょう」
「ちっ」
アモンから欠片を託され、イヤリングにその力が宿った。
それゆえ、指輪を持つ善人のように、それっぽい力が使えないかと試しているのだが。
かれこれ一時間ほど経つものの、未だにそれらしき力は感じられなかった。
「アモンのやつ。偽物じゃないだろうな?」
本当に、王の力とやらが宿っているのか。
輝夜がそう疑っていると。
「リーダー、連れてきました!」
テックのアジトに訪問者が。
輝夜の知る限り、最も強い人間がやって来る。
構成員に連れられて来たのは、刀を背負った白仮面の男。
こんな場所にいてはならない、人間世界の大物である。
「おお〜」
その風貌を見て、カノンは思わず声を漏らす。
輝夜の描いた下手くそなイラスト。その通りの人物が現れたのだから、当然である。
「……小娘、わたしを探していたのか?」
輝夜と仮面の男が対峙する。
そう。今はあくまでも、彼は”仮面の男”という立ち位置にある。
彼が自ら名を明かさない以上、輝夜にはその正体を知る術がないのだから。
少なくとも、龍一はそう思っているため。
仮面の男として、輝夜に問いかけた。
(……どうしようか)
輝夜は考える。
自分たちの最大の目標、無事に人間界へ帰還すること。それに必要な手段は、すでに揃っている。
敵の技術を無力化できるマーク2に、カノンという協力者もいる。
おまけに今回は、カグヤブレードという追加装備と、役に立つかわからないイヤリングもある。
ここに、紅月龍一という戦力が加わったと考えれば、地上への帰還などすでに容易いものである。
しかし、輝夜はそれだけでは物足りなかった。
前回と違い、今の輝夜には”明確な目標”がある。
アモンとの約束を果たすため。そして、テックマスターという集団を率いる者として。
どうにか上手いこと、”アガレスをぶっ殺したい”と考えていた。
姫乃への侵攻を命じられているため、テックとしての立場を使えば、アガレスに近づくチャンスはあるはず。
しかし、流石に魔王を殺すとなれば、こちらも父親である龍一の助けが必要不可欠となる。
なら、どうやってそれを伝えるべきか。
そうやって、考えていくうちに。輝夜の中にある感情が芽生えていく。
それは、”怒り”。
(……そもそもわたしが大事なら、こうなる前にもっとやることがあっただろ)
娘と接することを避け、今もこうして仮面で素性を隠している。
この親子の関係を”客観的”に見た場合、あまりにも
(どんな事情があるのか知らないが)
輝夜は思い出す。
確かに、前回の最後の時には、素顔を見せて父親らしい台詞を言っていたが。
そもそも輝夜は、この父親のことが”大嫌い”であった。
「――娘の反抗期がどれほど恐ろしいか、その体に刻んでやる」
いつの間にか、輝夜の手にはカグヤブレードが握られており。
父親に対する、”物理的なコミュニケーション”が始まった。
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