罪の剣
自分の命だけでなく、大切な存在をも犠牲にして。
その果てに得たのは、地獄のような結末。
しかし、アモンと名乗る悪魔と”約束”を交わし、輝夜はもう一度やり直すチャンスを得た。過去へと戻り、結末を変えるチャンスを。
そのはず、だったのだが。
輝夜が辿り着いたのは、想定よりも遥かに近い過去。
手遅れになる、その一歩手前のような場面であった。
「くっ」
目の前に立ちはだかるのは、機械仕掛けの巨体を持つ悪魔、ゴレム。頼れる味方であるカノンは、その攻撃によりノックアウトされていた。
そして自分は、その間に立っている。
右手に持つのは、劇薬であるアドバンスの入った注射器。これを使えば、戦えるだけの身体能力が手に入る。
事実、一度はそうしてしまった。
だがしかし、それでは何も変わらない。
これを使って得られるのは、”自分を犠牲にして、誰かを守ったという自己満足”のみ。
ゆえに、輝夜は右手を開くと、注射器を投げ捨てた。
ここから、変わらなければ。
そんな決意のもと、輝夜は太もものホルダーを開き、二本のナイフを取り出す。
アドバンスが無くとも、武器があれば戦える。
だが、輝夜は完全に失念していた。自分という人間の非力さを。
「あっ」
手が滑った。というより、握力が無さすぎるのが原因か。
上手く掴みきれずに、輝夜は二本のナイフを地面に落としてしまう。
一体、何がしたいのか。
それを見ていたゴレムは、呆れた様子だった。
「はぁ、嬢ちゃんよ。戦う力もねぇのに、前に出てくるもんじゃないぜ。……怪我したくなけりゃ、そのまま大人しくしてな」
輝夜に戦う力はないと判断し、そのまま前へと歩き始める。
手を震わせ、呆然とする輝夜を尻目に。
悠然と、その隣を通り過ぎていく。
カノンに、とどめを刺すために。
今すぐ落ちたナイフを拾って、後ろから攻撃すれば。
輝夜はそう考えるも、すぐに不可能と判断する。今の自分の身体能力では、簡単にあしらわれてしまうだろう。
ナイフ一本も、まともに使いこなせない。
それが、自分の本当の力。
(結局わたしは、何も出来ないのか)
結末を塗り替えるために、過去へと戻ったというのに。今のこの状況では、何も打つ手がない。
力をくれると言ったアモンとも、今は接触する手段がない。
栞を連れて逃げても、カノンが殺されてしまう。
(……いや。もう何も、失くしたくない)
もう一度。
もう一度と願って、ここまで来た。
願いと、後悔。
輝夜の感情のうねりが、一つになり。
”真っ黒な刀”として、輝夜の目の前に姿を現した。
それは、未来を変える力か。
あるいは、新たなる罪か。
◆
その刀は、何もない空間から現れた。
力を望む、輝夜の願いに応えるように。
前の時には現れなかった、明らかに”異常な存在”。
それを理解しつつも、輝夜は真っ黒な刀を掴んだ。
「――ッ」
刀を掴んだ瞬間、輝夜の脳に衝撃が走る。
(なんだ、これは)
刀身を含め真っ黒なこと以外、ただの刀にしか見えなかったが。
まず驚いたのは、その重さ。
輝夜はその刀を、軽々と握ることが出来た。ナイフすら、まともに握れなかったというのに。
持っているのに、持っているという感覚すらない。まるで、元々”体の一部”だったかのよう。
「……」
そして輝夜は、”この刀に宿る力”を理解する。
この刀で、何をするべきなのかも。
輝夜は、迷わず走り出した。
「……あぁ?」
気配を察知して、ゴレムが振り返る。
すると目に入ったのは、刀を握り締めながら、こちらへ向かってくる輝夜の姿。
武器を持っている。
こちらに敵意を向けている。
ゴレムはそれを認識するものの、やはり輝夜を戦力外と考えているのか。
軽く動きを止めようと、右手を伸ばし。
瞬間、斬り落とされる。
「……あっ、え」
右手が無くなった。
敵に斬り落とされた。
それを理解するのに、彼の愚鈍な頭では僅かに時間がかかり。
その隙を、輝夜は見逃さない。
瞬時にゴレムの懐に入ると、迷うことなく刀を左胸に突き刺した。
そこは、心臓がある場所。
悪魔であろうと、問答無用で殺せる場所。
輝夜はそれを理解しつつ、その場所を貫いた。
前回は、それで迷いが生じてしまい、ゴレムを殺すことが出来なかった。
しかし、今回は迷わなかった。この刀を持った瞬間、それが”最善”だと理解したから。
”人も悪魔も救いたい”。
アモンの語った言葉が、輝夜の脳裏をよぎる。
(……いいや、これで大丈夫だ)
これが正しいのだと、輝夜は確信し。
刀を抜くと、ゴレムから距離を取った。
「う、嘘だろ」
輝夜の奇襲と、その殺傷能力に驚きながら。
ゴレムはそのまま、真後ろに倒れた。
残った左手で胸を押さえ、必死に生きながらえようとするも。
輝夜の放った一撃は正確であり、彼の生存を許さない。
血に濡れた刀を握りながら、輝夜はゴレムの死に様を見届ける。
手に持つ武器が、ただの鋭い刃物だったら。
輝夜は単なる”
でも、この刀なら。
この武器ならそうはならないと、輝夜には確信があった。
「か、輝夜さん」
おぼつかない足取りで、カノンが輝夜の側へとやってくる。
光の柱の方からは、栞もこちらへ向かってきていた。
「その剣は、一体」
「……」
カノンに問われるも、輝夜は答えず。
ただ無言で、倒れたゴレムを見続けた。
すると、切断された右手と、穴の空いた心臓部が、見る見るうちに修復されていく。
まるで、時間が巻き戻っていくかのように。
「なっ」
その光景に、カノンは言葉を失い。
輝夜は安心するように息を吐く。
自分の持つ刀に、”その力”が宿っていると。
やがて、ゴレムは息を吹き返し、ゆっくりと立ち上がった。
「ッ」
「うそ」
カノンと栞が、その姿に驚くも。
輝夜は刀をかざし、二人の動きを制す。
そして、ゴレムの前に立ち、正面から顔を合わせた。
「気分はどうだ?」
「……お、おう。何だか、妙な気分だ」
ゴレムは胸を押さえつつ、混乱している様子。
しかし、”敵意”はまるで感じられなかった。
「輝夜、何がどうなってるの?」
恐る恐る、栞が尋ねる。
「そう、だな」
輝夜は刀を見つめながら、どう説明するべきなのか考える。
「……どうやらこの刀には、”倒した奴を味方に変える力”があるらしい」
「え?」
突拍子もない言葉に、栞は反応に困るも。
あれほど恐ろしかったゴレムが、黙って突っ立っているのも事実であった。
「輝夜さん、そんな力を持っていたんですね」
「……」
感心した様子のカノンだが、輝夜は何も言わない。
輝夜自身、この刀のことを何も知らないのだから。
気づいたら、目に前に現れていた。
触れると、どういう代物なのか理解できた。
前の時には現れなかった、そんな不思議な刀。
(……だが、この刀があれば)
刀を握り締めながら、輝夜の見つめる先は。
◆◇
テックマスターのアジト。
カノンの裏切りにより、大きな打撃を受けた彼らであったが。
再び、”それ以上の脅威”に晒されていた。
「やっ、止めてくれ――」
「うるさい」
構成員である悪魔が、抵抗むなしく首を切断される。
真っ黒な刀を持った、一人の少女の手によって。
当然ながら、首を斬られれば悪魔であろうと致命傷である。
だがしかし、斬られた傷は瞬く間に元に戻り、倒された悪魔たちは立ち上がる。
「なるほど。首を斬ろうが、心臓を貫こうが、この刀の力なら蘇るのか」
斬り殺した悪魔を見ながら、輝夜は冷静に分析する。
(……アモンも、便利な力を残してくれたな)
要するに、この刀ならどれだけ敵を斬り刻んでも問題ないということ。
どれだけ傷をつけても、どれだけ殺しても、”味方になって蘇る”。
「へへっ。悪いな、お前ら」
あれほどこちらを敵視していたゴレムも、嬉々としてテックの構成員をぶん殴っている。
そのおかげで、輝夜も効率よく”味方を増やす”ことができた。
「ふふっ」
刀を血で濡らしながら、輝夜は微笑む。
殺しても生き返るなら、つまりはプラマイゼロ。
罪悪感すら感じない。
生き返らせる際に、相手の人格や尊厳を破壊しているような気もするが。
その部分は、あまり気にしていない。
輝夜は、エゴイストだった。
「――この刀を、”カグヤブレード”と名付けよう」
とても上機嫌な様子で、刀を周囲に見せびらかす。
”武器に自分の名前をつける”タイプなのか、と。
誰もが思ったが、決して口には出さなかった。
◆
「――では、対処はそちらに任せます。こちらも、侵攻の準備を整えるので」
テックマスターのアジト、リーダーの自室にて。
アトムは電話越しに、”上”との会話を行っていた。
仲間の悪魔が裏切ったこと、人間を連れて逃げたことを報告するために。
事実、この報告により輝夜たちは窮地に立たされたのだが。
”今回”も、そうなるとは限らない。
「では、また後ほど」
電話を切り、アトムは椅子に深く座る。
カノンの不意打ちにより、彼は体に大きなダメージを負ったものの。
新型のパワーフレームを身に纏うことで、すでに動ける体になっていた。
とはいえ、痛みは消えない。
「……カノン。絶対に殺してやる」
彼の心は、激しい憎しみに包まれていた。
すると。
部屋の扉が、力強く開かれる。
「……あぁ?」
アトムは鋭い視線を向け。
部屋に入ってきたのは、人間の少女が一人と、悪魔が二人。
輝夜、カノン、ゴレムという面子であった。
その後ろには、栞とテックの悪魔たちが勢ぞろいしている。
「ゴレム、てめぇが捕まえたのか?」
「……」
アトムが問いかけるも、ゴレムは何も答えない。
すでに、彼の部下ではないのだから。
「ちっ、やっぱり装備してるか。あれを殺すのは骨が折れるぞ」
漆黒の刀を持った輝夜が、そうつぶやく。
その振る舞いは、まるでボスのようであり。
後ろに並ぶ悪魔たちは、まるで手下のように見える。
それは、アトムの目にも明らかであった。
「おい、何がどうなってやがる。カノンはともかくとして、てめぇら正気か?」
「……悪いな、アトム。どうやら俺ら、この嬢ちゃんに逆らえないらしい」
ゴレムが前に出て、そう宣言すると。
「――あぁ?」
アトムの声色が変わり、部屋の空気が冷たくなる。
もはや、衝突は避けられない。
「よしっ。カノンとゴレムは、一緒にあいつを止めてくれ。残りの連中は、栞を連れて離れてろ」
輝夜の命令に従い、悪魔たちが一斉に動き出す。
「輝夜! もう、よく分かんないけど頑張って」
「おぅ」
非戦闘員である栞と、力の弱い悪魔たちは待避。
輝夜、カノン、ゴレムという三人が、テックのリーダーであるアトムと対峙する。
「ったく、アガレスになんて説明すりゃいいんだ?」
「その心配は無用だよ。なぜならお前も、わたしの”下僕”になるんだからな」
輝夜が、カグヤブレードの切っ先を向ける。
「――クソガキが」
舐め腐った態度が、彼の逆鱗に触れたのか。
アトムは机を粉砕すると、輝夜に向かってその破片を投げつけた。
しかし、ゴレムが間に入り、破片を体で受け止める。
「おいおい。ほんとにどうした、てめぇ。洗脳でもされてんのか?」
「ああ。どうやら、”心”に刻まれちまったらしい」
輝夜の刀に斬られ、”自分を変えられたという自覚”がゴレムにはあった。
だがそれでも、輝夜からの命令に抗えず、今こうしてアトムと戦っている。
ダメだと分かっているのに、輝夜の味方をせずにいられない。
まるで、”中毒”になってしまったように。
「じゃあ、まとめて殺してやるよ」
話は無駄と判断し、アトムは実力行使に打って出る。
装着された外骨格、新型パワーフレームの力を全力で発揮し、まずはゴレムへと殴りかかった。
ゴレムの身体強度は、テックマスターでも随一のもの。
殴り合いでは、負けなしのパワーファイターだが。
アトムとゴレム、双方の拳がぶつかり合い。
ゴレムの拳が、一方的に破壊された。
「がっ、あ」
「”出力”がちげぇんだよ」
続けて、アトムは強烈な回し蹴りを繰り出し。
ゴレムは派手に吹き飛ばされてしまった。
「くっ」
アトムにめがけて、カノンが魔力弾を連射する。
だがしかし、アトムは全くの”無傷”。
片腕で全ての衝撃を受け止めていた。
「おいおい、不意打ちじゃなきゃその程度か?」
余裕を見せるアトム。
すると、そこへ輝夜が音もなく近づき。
彼の首めがけて、カグヤブレードの一閃を叩き込んだ。
「ぐっ、てめぇ」
「……しまった」
しかし、アトムは咄嗟に体を捻り。
首を狙った一撃は、僅かに肩を斬り裂く結果に終わった。
魔王級の身体能力を持つアトムと、一般女性のそれを下回る輝夜。
至近距離で正面から戦えば、その戦力差は圧倒的であり。
「ッ」
容赦なく繰り出された拳を、輝夜は紙一重で回避。
しかしバランスを崩し、地面に思いっきり尻餅をついてしまう。
「まったく。ガキの分際で、物騒なもん持ちやがって」
輝夜の落とした刀を、アトムは拾おうとし。
その寸前で、カノンの魔弾によって妨害を受ける。
「……そういや、まずはてめぇを殺さねぇとな」
妨害を受けたことで、カノンに対する憎しみを思い出し。
転んだ輝夜をよそに、アトムはカノンの元へと向かった。
カノンの実力では、今のアトムに対抗することは出来ず。
容赦なく、一方的に攻撃を受ける。
そんな光景を、輝夜は悔しそうに見つめていた。
すぐに立ち上がって、カノンの援護に向かいたいものの、転んだせいでお尻が痛い。
脆弱な肉体が、どこまでも足を引っ張っている。
(……マズいな)
輝夜は、改めてアトムの戦闘力を理解する。
体に装着された外骨格。それにより生み出されるパワーが桁違いであった。
カノンはおろか、ゴレムでも太刀打ちできない。おまけに動きも速いので、輝夜では攻撃すらままならない。
前回の時は、姫乃の病院で何とか倒すことができた。
しかし、輝夜と影沢の二人が死力を尽くして、何とか相打ちに持ち込んだ結果である。
戦力的には悪くないものの、今回は命を無駄にしたくない。
とはいえ、このままではカノンから殺されてしまう。
「ふぅ……」
何とか、立ち上がろうとする輝夜であったが。
「え」
そこに、傷を負ったゴレムが近づいてきて――
◇
「がはっ」
「おいおい、もっと頑張れよ」
アトムからの一方的な打撃を受け、カノンは口から血を吐き出す。
まるで勝負にならずに、カノンは遊ばれていた。
すると、
「――きゃっ」
「このクソガキめ、よくも俺を操りやがったな!」
離れた場所では、輝夜がゴレムに押さえつけられていた。
カグヤブレードによる洗脳が解けたのか、容赦なく輝夜の髪の毛を掴んでいる。
「そんな、輝夜さん」
「……どうやら、魔法は終わりのようだな」
三人がかりでも、アトムには敵わなかったというのに。
ゴレムまで敵になると、もはや輝夜たちに勝ち目はなかった。
「すまねぇ、アトム。アンタにぶっ飛ばされて、完全に目が覚めた」
「いや、気にすんな。てめぇは戻ってくると信じてたぜ」
アトムに謝罪をすると、ゴレムは輝夜の体を掴み上げる。
「このガキ、どうする?」
「あー、そうだな。とりあえず足を折って、絶対に逃げられないようにしとけ」
「了解だ。……何なら、カノンの目の前で折ってみるか?」
「ははっ、お前は変わんねぇな」
その言葉を了承と受け取り。
ゴレムは輝夜を抱えながら、アトムたちの元へと向かう。
しっかりと、”カグヤブレードを回収しながら”。
そして、彼らの目の前に立つと。
ゴレムは一瞬、カノンに”目配せ”を。
作戦会議は、それで十分であった。
「――ッ!!」
残る力を振り絞って、カノンはアトムの下半身を掴み。
ゴレムは胴体を押さえつける。
「ッ、てめぇら!」
「……悪いな、アトム」
ぶっ飛ばされた程度で、”魂に刻まれた傷”は消えたりしない。
『――
『おいおい、大男が泣くなよ』
情けなく、自分に泣きついてくるゴレムを見て、輝夜は咄嗟にこの作戦を思いついた。
正面から倒せないなら、”彼らの絆”を利用すればいい。
尊厳を踏みにじる、悪魔のような作戦である。
「――このっ、人間がぁ!」
アトムの叫びなどお構いなしに。
輝夜は刀を構え、狙いを彼の首に定める。
二度目の攻撃、今度は絶対に外せない。
(これで変わる。――全てを、変える)
そんな想いを、刀に込めて。
輝夜は、アトムの首を斬り裂いた。
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