≠偽りの主人公

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「教えてくれ、僕はどうしたらいい」




 この世の果て、地の底。魔界の最下層で、アモンは問いかける。

 しかし、彼の声に応える者はいない。彼にはもう、友人はいない。忘れ形見である電子精霊も、すっかり音沙汰がなくなってしまった。

 それゆえ、地上が今どうなっているのか、輝夜がどうなっているのか、アモンには何もわからない。


 いや、それを認めたくないだけで、本当はある程度の察しがついていた。

 最強の守護者が消えた以上、もう悪魔たちは人間を恐れない。双方のバランスは完全に崩壊し、どちらかが滅びるまで、戦いは終わらないだろう。




(僕の愚かさが招いた結末なら、僕の手で止めるしかない)




 アモンの姿が、光の粒子となり消えていき。

 ずっと眠り続けてきた、”彼の本体”が目を覚ます。


 右手を上げて、”光”を支えるその姿。


 12年前のあの日から、彼はずっと一人で支え続けてきた。

 この役割を放棄すれば、もう後戻りは出来ない。でも仕方がないと、アモンは決断を下す。




「――行こうか」




 どちらか一方ではなく、”両方”が生きる未来でなければならない。


 かつて、友と交わした信念を胸に。


 自らに課した役割を放棄し、アモンは地上へと向かった。















 単独で、次元の壁を突破したアモンは、姫乃タワーの真上に出現。

 そこから、変わり果てた地上を見つめる。


 およそ、2000年ぶりとなる人間界。

 夜空の下で、街並みが無惨にも燃えていた。


 するとアモンは、自身の背中に”漆黒の翼”がある事に気づく。




「……少し、光に触れすぎたかな」




 とはいえ、別に問題はないと判断し。

 アモンは地上を見つめ、輝夜の居場所を探し始めた。


 この広い街から、たった一人の少女を見つける。

 中々に、骨の折れる作業だが。




「あれは、まさか」



 どこか懐かしいような、不思議な力を感じ。

 アモンは飛翔した。










 戦場と化した姫乃の街で、善人とアミーは悪魔の軍勢と戦っていた。


 黄金の魔力の持ち主と、炎を操る上級悪魔。この街において、随一の戦闘力を持つ彼らだが。

 敵は個人ではなく軍隊。全員が血の鎧、BAパッケージを身に纏い、”強力な銃火器”を装備している。


 単純な力だけでなく、技術力まで上回っている相手に、人類では太刀打ち出来ず。

 善人とアミーも、その圧倒的な戦力に苦戦していた。




「こいつは、マズいな」




 思わず、アミーも弱音を漏らす。

 悪魔の軍勢だけでも、防戦に持ち込むのがやっとだというのに。その後ろには、更に強力な存在が待ち構えていた。


 他と同じく、BAパッケージを身に纏いながらも。特注品なのか、有象無象とはデザインが違う。

 そこから発せられる魔力は、アミーよりも格上。



 つまりは、”魔王級の悪魔”である。



 敵の銃撃程度なら、善人の展開する魔力障壁で耐えられる。しかし、もしも後方に控える魔王が動き出せば、きっとただでは済まないだろう。


 敵は未だに、本気を出していない。その事実が、彼らに絶望を感じさせていた。





 だがしかし。

 突然、周囲に”漆黒の羽根”が舞い。


 そこから発生した、鋭い魔力の波動によって。

 悪魔の軍勢は、バラバラに斬り刻まれた。





 それは、後方に控えていた魔王も例外ではなく。

 たった一瞬で、この場にいた全ての悪魔が死滅した。


 障壁を展開する善人と、仲間であるアミーを除いて。





「一体、何が」



 善人とアミーが呆気にとられていると。




「ごめんね。久々だったから、少し加減が分からなくてさ」



 街灯の上に座るアモンが、二人に声をかける。




 当然のように、双方は初対面なのだが。

 善人には、微かに覚えがあった。




「あなたは。もしかして、アモンさん?」


「おや? 僕を知っているということは。君はもしかして、ヨシヒコくんかな?」


「あっ、はい。本名は、善人よしひとですけど」




 ユグドラシル上で行われた、作戦会議という名のオフ会で。アバター越しではあるものの、彼らは一度顔を合わせている。


 それなら、話は早かった。




「――輝夜がどこにいるのか、知らないかい?」

















「ッ」




 どこからか、急に声をかけられて。輝夜は咄嗟に影沢の体を抱きしめる。

 すでに、息はしていないものの、その亡骸を守るように。最後まで離さないと、そう言わんばかりに。




「どこにいる?」


「……一応、目の前に立ってるんだけど。もしかして、目が見えないのかい?」




 髪の毛は完全に真っ白になり。血まみれになりながら、亡骸を抱えている。

 そんな輝夜の姿を、アモンは痛ましく思う。




「例の薬とやらを、もう一度使ったんだね」




 力を得るために、払った代償と。

 それを持ってもしても、守れなかった現実。


 涙で濡れる輝夜の表情が、全てを物語っていた。





「……お前、アモンか?」


「その通り。一応、初めましてになるかな」




 人と、悪魔。ゲームを通じて出会った二人が、こうして現実でも顔を合わせる。

 この上なく、最悪の状況ではあるが。




「マーク2が、お前を呼んだのか」


「いいや。ここへ来たのは、僕自身の判断だよ。マーク2は、電磁パルスの影響でダメージを受けててね。君の状況を判断するのに、時間がかかってしまった」




 輝夜と話しながら、アモンは彼女が抱える存在に目を向ける。




「その人は、君の家族かい?」


「……ああ」


「すまない。もしも普通の人間なら、無理やり治せた可能性もあるけど。”そういうタイプ”の人間は、ちょっと難しくてね」


「ッ」




 影沢の体を、ギュッと抱きしめる。

 機械の軋むような音が、輝夜の胸を締め付けた。






「今さら、何しに来たんだ」



 輝夜が問いかける。




「こんなわたしを見て、満足できたか?」




 怒るような、嘆くような。

 そんな輝夜の言葉に、アモンは表情を曇らせる。



 最悪、としか言いようのない光景。

 しかし悲しいかな、これが現実であった。




「……こういう結末にならないように、僕も動こうとはしてたんだけどね。どうやら僕は、とことん遅すぎるらしい」



 アモンは、自らの愚かさを口にする。




「もっと早く、君に手を貸せていればよかった」



 今さら、何もかも遅いというのに。






「一つ、君にも知ってほしいんだ。”僕が動けなかった理由”を」



 そう言って、アモンは話し始める。




「君は知っているかな? 12年前、魔界で起きた”大崩壊”という事件を」


「……ああ。人類が攻撃した、とか言ってるやつだろう?」



 もう、自力では動けないため。輝夜は大人しく、カノンの話に付き合う。




「そうだね。まぁ、実際に誰がやったのかは、この際どうでもいいんだけど。問題は、その攻撃の”結果”にある」





 大崩壊の結果。

 人類に友好的な魔王が、不運にも全滅し。魔界の総人口の約1割が命を落とした。

 それは、魔界でも周知の事実ではあるものの。


 実は、アモンだけが知っている、”もう一つの被害”が発生していた。

 そしてそれが、彼の動けない理由でもあった。




「魔界を支えている柱、”ルシファーの光”。あれが、致命的なダメージを負ってしまったのさ」




 魔界に存在する、72の階層。その全てを繋げる柱が、もしも壊れてしまえば。一体、どれほどの被害をもたらすのだろう。




「魔界が、バラバラになるってことか?」


「……ふふっ。”その程度”なら、いいんだけどね」





 地球上に存在する人間界とは違い、魔界というのは非常に不安定な場所に存在している。

 ゆえに、全てを繋げるルシファーの光が、同時に大黒柱のような役割を担っていた。


 ならもしも、それが無くなってしまえば。魔界は次元の狭間へと飲み込まれ、跡形もなく消えてしまうだろう。

 つまり、”悪魔の絶滅”を意味する。





「……12年前のあの日。本当なら、魔界は崩壊していたんだ。でも偶然にも、僕は魔界の最下層で暮らしていてね。光が壊れるのを察知して、咄嗟に支えたんだ」





 アモンという悪魔は、”規格外”と言えるほどの力を有している。

 それゆえ、ルシファーの光を一人で支えることができた。



 そして、それから12年もの間。

 アモンはたった一人で、魔界の崩壊を食い止めてきた。


 だからずっと、動くことができなかった。





「……なら今は、どうやってここに?」




 そんな輝夜の問いに、アモンは微笑みを浮かべる。




「それはもちろん、支えるのを止めたからさ。きっと今頃、魔界は崩壊を始めているだろう」


「……はぁ?」




 それは流石に、輝夜にも意味が分からなかった。

 魔界が滅びるのを防ぐために、12年間も柱を支え続け、そのせいで動けなかったというのに。


 なぜ、今になって。

 ”何もかも手遅れになってから”、彼は動き出したのか。




「……」



 それこそが、アモンが苦悩し続けてきた理由でもある。





「僕はね、人間も悪魔も、”両方の世界”を守りたいんだ」





 どちらか一方だけならば、きっと簡単な話だったのだろう。


 悪魔を守りたいのであれば、ずっと魔界を支え続ければいい。

 人間を守りたいのなら、その役割を放棄すればいい。


 しかし、両方を守るとなれば、アモン一人ではどうしようもなかった。



 それが、アモンが今まで動けなかった理由。

 動こうとすれば、魔界が滅び。

 何もしなければ、こうして人間界が滅びてしまう。






「そのバランスが崩れたのは、”君のお父上”が死んでしまったからだ」


「ッ」




 本来ならば、魔王アガレスもここまで本気を出すつもりはなかったであろう。

 テックマスターという子飼いの組織を使い、姫乃の防衛力を調べられればよかった。

 紅月龍一がいる以上、侵攻が失敗するのは目に見えているのだから。



 しかし、”輝夜が魔界にやって来た”ことで、全ての歯車が狂い始めてしまった。




「また、わたしのせいか」


「君のお父上は、君の思っている以上に影響力が強かったんだ」




 なにせ、最強の悪魔と互角以上に戦える人間である。

 魔界ですら、それだけの力を発揮できるのだから。もしも人間界で戦闘になった場合、まず敗北はありえないだろう。


 呪いの影響で、悪魔は地上では不利になる。

 たとえ、今回ほどの軍勢が相手だとしても、紅月龍一は街の防衛を成功させていた。




 しかし、龍一は守るべき持ち場を離れてしまった。

 街の平和よりも、”より大切なもの”を守るために。






「わたしの父は、死んだのか?」




 輝夜の問いを受け。

 アモンは懐からある物を取り出し、それを輝夜に手渡した。




「……あ」




 目が見えなくても、触っただけで理解できてしまう。

 これが一体何なのか、何を意味しているのか。



 月とうさぎのイヤリング。




「――ッ」



 声にもならない。悲痛な叫びが、輝夜の口から漏れた。




 たった、これだけ。

 ”こんなもの”を欲しがったために。




「……君のお父上は、決して愚かではなかったよ」


「……え?」





 事実、龍一には”切り札”と呼べるような力があった。

 カノンを庇いながら、魔王たちを退けられるほどの力が。





「そのイヤリングを取り返して、なおかつ彼は無事に帰還するつもりだったんだ」





 だがしかし、魔王アガレスはそれを良しとせず。

 街と仲間を犠牲にしながら、”全て”を吹き飛ばした。







「……全部。全部か」




 自分のことを想ってくれた、大切な人々が命を失い。姫乃の街も崩壊してしまった。


 そして、その原因は。





「……そうだね。極論、君が魔界に来なければ、こんな結末にはならなかっただろう」





 それが、残酷な現実。


 輝夜の下した選択によって、世界は破滅の道へと歩み始めた。















「全部、わたしが悪い。わざわざそれを言うために、ここに来たのか? 魔界を支えるのを止めてまで、こんな死にかけのわたしに」


「……いいや。僕も、君にそんな意地悪はしたくない」


「なら、なんで」


「ふふっ」




 アモンは微笑みながら、最初と同じ言葉を口にする。






「――もう一度だけ、やり直すつもりはあるかい?」






「……はぁ?」



 突拍子もない言葉に、輝夜は言葉を失う。




「やり直す? つまりお前は、時を戻せるのか?」


「そうだね。単純に戻すのは、流石に難しいけど。”君の魂を、過去へと飛ばす”ことは出来る。…………たぶん」


「……たぶん、だと? こんな時に、そんな冗談を」


「いや、冗談というか、まぁ。僕も、時間に干渉するのは初めてなんだ。専門外って言うべきかな?」




 アモンは気まずそうに顔をそらす。




「とはいえ、不可能ではないさ。君一人の魂なら、十分に可能だと思う」


「……そんな便利なことが出来るなら、お前が過去に戻ればいいだろ」


「いいや。僕じゃちょっと、力が強すぎてね。魂の容量が大きいというか、なんというか。とても過去へは送れない」





 もしも、自分の魂を過去へと飛ばせるのなら、アモンはとっくの昔にそれを行っていただろう。

 それこそ、大崩壊が起きるより前の時間へ。





「でも、君なら別だ。君の魂なら、きっと過去へと送れる」





 今すぐにでも、消え入りそうなほど。

 小さくて弱々しい、人間の魂。



 それは、輝夜に与えられた最初で最後のチャンス。





(……わたしが間違えなければ、みんなが死ぬこともなかった)





 影沢とも、もっといっぱい話すことができた。

 父親とも、親子の関係を始めることができた。



 断る理由は、輝夜にはなかった。











「とはいえ、僕からも一つ条件がある」


「……条件?」




「ああ。――”君を救う代わりに、君も僕を救ってくれ”」




 それが、アモンの提示する条件。




「まぁ、僕というよりも、”世界”を救って欲しいんだけどね」






 アモンはずっと、協力者を探していた。


 動けない自分の代わりに、世界を救ってくれる存在。

 人も悪魔も、平等に愛することの出来る人間を。






「……いや。わたしが過去に戻ったところで、世界をどうこうは無理だぞ?」




 せいぜい、魔界落ちを回避するのが関の山である。




「ふふっ、そこは平気さ。僕にも”切り札”があるからね。上手く使いこなすことが出来れば、君にも世界を変えられる」




 そう言ってアモンが取り出したのは、”小さな黄金の欠片”。




「これは、古き王の力が宿るもの。最近の呼び名なら、”禁断の遺物フォビドゥン・レリック”と言ったところかな」


「?」



 聞き慣れない言葉に、輝夜は首を傾げる。




「あぁ、そうか。目が見えないんだったね」



 輝夜にも分かるように、アモンはその欠片を手渡した。




「……石? 金属か?」



 手触りで、輝夜はそれを認識する。





 その欠片に宿るのは、紛れもない”王の力”。

 所有者の可能性を開花させ、悪魔を使役することすら可能とする。





「善人くんの持つ指輪、その材料となる金属だよ。……まぁ、正確には金属でも無いんだけど」



 これこそが、アモンの持つ切り札であった。





「この欠片の大きさなら、きっと何人もの悪魔を使役できるはずだ。手を貸してくれる悪魔は、きっと他にもいるだろう。……過去に戻ったら、僕に全てを説明してくれ。そうしたら、君に欠片を渡すことができる」





 アモンの話を聞いて、輝夜は欠片を握り締める。


 善人と、同じ力。

 これを手にすれば、きっと多くのことが可能になる。


 この結末だけではない。

 さらに、先の未来まで変えられる。




「分かった。……頼む、アモン」




 何とも艶美な、悪魔の誘惑であった。

















 漆黒の翼と、”8本の尻尾”を広げ。

 アモンが魔法の発動準備を整える。




 通常、悪魔の尻尾は1〜2本が大半を占め、3本もあれば上級扱い。

 そして、4本を超えると魔王級と呼ばれる。


 そんな中で、8本もの尻尾を持つ。

 アモンは紛れもなく、”規格外”の悪魔であった。






「最後に一つ、いいか?」


「なんだい?」


「……どうして、わたしなんだ?」




 それが、輝夜には分からなかった。






「……僕は元々、協力者を探しててね。ある種、”相応しい者”を探してたんだ」





 その一つ目の条件は、”強さ”。

 戦う力がなければ、世界を変えることが出来ないから。





「運のいいことに、現実と変わらない動きができるゲームがあったからね。そこで、君を見つけたんだ」





 そして、もう一つの条件は、”心”。

 ただ、強いだけではいけない。力を授けるのなら、それに相応しい心が必要となる。





「友だちから貰った電子精霊を使って、君という人間を知りたかった」





 マーク2を通じて知ったのは、輝夜の心臓に厄介な呪いがあり、とても戦えるような人間ではないということ。

 その呪いが原因で、若干自暴自棄になっていること。





「君が、”さっき告白していたこと”も、もしかしたら原因の一つかな?」


「……聞いてたのか」


「ごめんよ」





 何も、アモンは隠れていたわけではない。

 ただ単純に、輝夜が視力を失っていただけ。





「君は、こことは別の世界から来たんだろう?」


「ああ」


「それで、君の選択が原因で、その呪いが生まれたと」


「……ああ、そうだよ」






 それはある意味、輝夜にとって”最大の後悔”でもある。



 だが、しかし。






「僕が断言しよう。――”君は悪くない”。その呪いは、ある強大な悪魔によって刻まれたものだ」






 アモンは、輝夜の罪を否定する。




「……え」


「その悪魔の名前は、”サタン”。全てが謎に包まれた、神と呼ばれる悪魔だ」







 その悪魔は、20年前に初めて存在が確認された。


 それまで、どこで暮らしていたのか、どういった悪魔なのか、何一つ情報は存在しない。


 ただサタンは、人間界の”姫乃”という街に顕現し、規格外の力を持って”月”への攻撃を行った。




 以上が、サタンに関する”全ての情報”である。




 サタンは忽然と姿を消し、一説には呪いによって死亡したと考えられている。

 しかし、サタンの放った一撃が、月に何らかの影響を与えたことは確かであり。

 数多の悪魔たちが、人間界に干渉できるようになってしまった。




 すなわち、今の世の中ができた、”全ての元凶”と言っても過言ではない。







「……そのサタンが、わたしに呪いをかけたって?」


「ああ。その魔力には、ちょっと覚えがあってね。その呪いがあるということは、サタンもまだ生きてるんだろう。君がいつ、サタンに呪いを刻まれたのか。かなり興味深くはあるけどね」




 そして、アモンは改めて断言する。







「――その呪いは、決して君のせいなんかじゃない」







 運命に嘆くことも、自分を恨む必要もない。




『初期ポイントを容姿に全振りしたら、とんだクソザコナメクジに生まれ変わってしまった』




 それは、”輝夜の勘違い”なのだから。







「さぁ、涙を拭って。こんな悲劇が起きないよう、君が世界を変えるんだ」


「……ああ」





 何も見えない、真っ暗闇の世界に。

 微かな、光が生じた。















 輝夜の胸に手をかざし、その魂へと触れる。


 アモンがこれより起こすのは、世界の理を超えた、紛うことなき”奇跡”。





「飛ばすなら、”一ヶ月前”にしてくれ。それなら足も折れてないし。アルマデルをやれば、お前に会えるだろう?」


「ああ、そうしようか。……成功すればだけど」





 何とも、不吉な言葉である。





「時間をどうこうするのは、専門外だったか?」


「まぁでも、多分どうにかなるさ。これでも僕は、”最も古い悪魔”の一人だからね」


「……そうか」




 それが凄いのかは、輝夜には分からなかった。








「――さぁ、強く願うんだ。全てをやり直すために」


「ああ」





 輝きが、力が強くなっていく。

 魔法を超えた領域、”奇跡”を生み出すために。





 輝夜は、ひたすらに祈りを捧げる。





「あ」





――絶対に、こんな結末は認められない。





「あれ? おかしいな」





――もう、自分を偽らない。





「君の魂って、思ったよりずっと」





――誰よりも本気で生きてみせる。





「……あ、ごめん」







 もう一度、もう一度だけでいい。


 ひたすらに、輝夜は願い続けた。













◆◇


≠偽りの主人公


◆◇














「あっ」




 衝撃で、輝夜は思わず尻餅をついてしまう。


 柔らかいお尻で助かった、などと思いつつ。

 周囲の様子を確認しようとして。






「――おいおい。ビビっちゃって、可愛いじゃねぇか」






 輝夜は、見覚えのあるスキンヘッドの悪魔と目を合わせる。





「……」




 右手を見てみれば、中身の入った注射器が。

 どうやら、今まさに自分はこれを使おうとしていたらしい。





 目の前には、ゴレムが立ちはだかり。

 後ろを見てみれば、カノンが倒れている。





 光の柱の方からは、栞がこちらを心配そうに見つめていた。





(うーん?)





 ゆっくりと起き上がりながら、輝夜は自分が置かれている状況を整理する。








(――んんんん!?)





 思ったより、時が戻っていなかった。





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