命、咲き






 指先に集められた魔力。

 それを弾丸として発射する戦法を、カノンは得意としている。


 上級悪魔にカテゴリーされる才能。

 サイボーグ手術はおろか、まともな修練すら行わない彼であるが、”魔弾”の一撃には自信があった。


 BAパッケージすら、容易く粉砕する威力。

 たとえ身構えていても、並の悪魔には防ぐことは出来ない。




 テックのリーダー、アトムは、その魔弾をほぼ不意打ちで食らってしまい。


 凄まじい衝撃で、上半身の骨が一瞬で粉砕。




 何の抵抗も出来ずに、後ろの壁に叩きつけられた。




 崩れ落ちる、憧れた男の姿を見ながら。

 それと決別するように、カノンは強く拳を握る。




「……さぁ、転移装置を起動しましょう」








 サイエンスルームの一角に、その装置はあった。

 操作盤を兼ねた四角いパソコンのような機械と、人間一人が入れるほどの円形の土台。

 人間界にあった物より、幾分スリムだが。紛れもない、”転移装置”である。



 カノンは転移装置を、慣れた手付きで動かし始めた。

 輝夜と栞は、その後ろで装置の起動を待つ。




「それにしても、凄い技術だな」



 転移装置だけでなく、周囲の他の設備を見ながら、輝夜はつぶやく。




「こういうの、見たことあるか?」


「ううん。わたしも初めて、かも」




 栞の目から見ても、ここに置かれている技術は想像を容易く超える物だった。


 悪魔の技術は進んでいる。話で聞くだけでは、冗談としか思えなかったが。

 いざ目にしてみると、反論の余地がなかった。




「――”ニャルラトホテプ”という、天才的な悪魔がいたんです」


「……にゃる?」




 輝夜にとって、非常に聞き覚えのある名前であった。

 脳裏に、あざと可愛い電子精霊の姿が思い浮かぶ。




「現代科学の、礎を築いた女性ですよ。この転移装置を始め、BAパッケージ、電子精霊、脳インプラントに、サイボーグなど。その他にも、多くの発明を残しています」


「……なるほど」




 つまるところ、ほぼ全てのオーバーテクノロジーの生みの親、ということになる。




「その、ニャルラトなんちゃらってのは、今も生きてるのか?」


「いえ、12年前の大崩壊で、亡くなっているはずです」




 魔界の大崩壊。

 それは物理的な被害だけでなく、魔界の歴史にも大きな影を落としていた。




「……大崩壊、か」




 もしも、それが起こらなければ。

 人と悪魔の関係は、ここまで拗れることはなかっただろう。


 大崩壊の原因は人間側にあるという。

 だから悪魔たちは、人間を憎んでいる。


 憎み、憎まれ。

 殺し、殺され。

 人と悪魔の対立は、さらに加速していくかも知れない。




――それで一体、誰が得をするのだろう。




 転移装置の起動を待ちながら、輝夜はそんな事を考えていた。








 すると、





 まさに、その”憎しみ”を体現するかのように。

 撃たれ、倒されていた悪魔が、満身創痍の体に火を付けた。




「……させるかよ」




 テックのリーダー、アトム。

 カノンの魔弾によって、すでに行動不能の身でありながら。

 人への憎しみ、カノンへの憎しみから、ゆっくりと右腕を動かし始める。


 彼は恐らく、影沢舞と同じタイプのサイボーグなのだろう。

 その右腕は、ルービックキューブのように形を変えていき。



 巨大なライフル銃へと、変形した。



 誰にも気づかれず、彼は右腕の銃を構え。

 狙うのはカノン、――ではなく。




 ”転移装置”めがけて、銃弾を放った。





 放たれた銃弾は、狂いのない軌道で進んでいき。

 転移装置の本体を、軽々と貫通。





「なっ」



 カノンが気づいた時には、もう何もかもが遅く。





 ただ、単純に。

 ”地上へと繋がる唯一の道”が、その一撃で閉ざされた。





 動揺するカノンたちを尻目に、アトムは近くにあった携帯端末を拾い。

 それを、施設内にある全てのスピーカーへと接続。




「――カノンを殺せ! 人間側につきやがった!」




 ただ一言。

 彼らを絶対に逃さない、怒号のような命令を口にし。




「……バカめ」




 とても満足するように、アトムはその瞳を閉じた。









「……なんという、最悪」



 破壊された転移装置を前にして、カノンはつぶやく。



 あの一発で、全てを出し切ったのか。

 アトムは今度こそ動く様子がなかった。



 輝夜たちが狙われなかったのが、不幸中の幸いだが。

 転移装置さえ壊すことが出来れば、彼には満足だったのだろう。


 逃げ道は、これで完全に塞がれてしまった。




「……転移装置ってのは、他にもあるんだろ?」


「ええ、もちろん。探せばいくらでもあるでしょう」




 所詮、これは単なる装置。

 魔界では、それなりに普及している技術である。




「とはいえ、もうこの階層にはありませんが」


「……まじか」




 輝夜は一気に、事の重大さに気づく。



 破壊された転移装置に。

 施設の全域に響いた、アトムのメッセージ。



 ”絶体絶命”という文字が、脳裏に浮かぶ。




「ほかの階層へ行きましょう。それしか手はありません」


「……ああ」





 カノンの裏切りが知られてしまった以上、ここにいる全ての悪魔が敵となる。


 一刻も早くここを脱出し、ほかの階層へ向かわなければ命はない。


 だがしかし、





「ちょっと待った。わたしは走れんぞ」


「あの、わたしも遅いです」




 輝夜と栞には、体力的な不安があった。


 というより、そもそも人間の身体能力では、悪魔に対抗することは不可能である。




「……分かりました」




 カノンは、地獄の道を覚悟した。















「ッ」



 振り落とされないように、輝夜は背中に必死にしがみつき。




「うっ」



 栞は、左腕で犬のように抱えられる。





「激しく動くので、首には気をつけてください!」


「あぁ、クソ!」




 輝夜と栞を運びながら、カノンは全力でアジトを駆け抜けていた。






 当然、他の悪魔とも遭遇する。




「――カノン、テメェ!」




 まだ、事態を正確に把握していないのか。

 テックの悪魔たちは、少なからず動揺しており。



 それに対するカノンは、一切の容赦がない。



 空いた右手から、正確無比な魔弾を放ち。

 出会い頭に敵を撃ち倒していく。





 相手が複数人でも関係ない。


 魔力に物を言わせた攻撃で、瞬く間に殲滅させていた。





「お前、強いな!」


「いえいえ、それほどでも」




 若干、興奮した様子の輝夜の声に、カノンは気を良くする。




「……ぅ」



 栞は小脇に抱えられているため、吐き気に耐えるので精一杯であった。








 壁を魔弾で撃ち抜いて、カノンたちはアジトの外へ脱出する。


 彼らが通った道には、”大量の悪魔”が横たわっていた。





「……案外、余裕でしたね」




 カノン自身、仲間と事を構えるのは初めてのため、どうなるものかと思っていたのだが。

 蓋を開けてみれば、案外楽に突破することが出来た。


 サイボーグ技術によって身体能力を底上げしているとは言え、それだけで才能の差は埋まらない。

 カノンが指先に魔力を込めれば、容易く打ち破られる程度の”脆い力”であった。



 もしも、上級悪魔である彼に肉薄できるとすれば、より高度なサイボーグである”幹部級”のメンバーだけであろう。

 しかし、プライヤとレパードは地上で敗れ、アトムも不意打ちにより倒された。



 残るメンバーの中で、カノンを止められる者はほとんど残っていない。





「それで、どこに逃げるんだ?」



 背負われながら、輝夜が尋ねる。




「無論、あそこですよ」




 カノンが指し示すのは、天と地を繋ぐ巨大な柱、”ルシファーの光”。

 全68層に分かれている魔界を自由に移動できる、数少ない手段である。





 輝夜と栞を抱えたまま、カノンはゴミ山の街を駆けていく。




(それにしても、彼らが弱くて助かった)




 もしも、幹部級メンバーが相手なら、これほど容易くアジトを脱出することは出来なかったであろう。


 自分の幸運に感謝しながら、カノンは街を駆け。

 ルシファーの光、そのすぐ側までやって来る。




「さぁ、お二人とも」



 輝夜と栞を、地面に下ろした。




「うぅ」


「疲れたな」




 ひたすら運ばれるだけの二人であったが。

 さながら、ジェットコースターに乗った後のように疲れていた。



 栞は、その担がれ方から。

 輝夜は、純粋な体力不足から。


 それぞれぐったりとしている。




「この光の中に入れば、他の階層へ自由に行き来出来ます。流石に、そこまでは彼らも追ってこないでしょう」




 帰還への道は遠ざかったものの。

 他の階層へ行けば、安全も確保できる上、転移装置を探すことも出来る。




 ひとまずこれで、一件落着。

 そう、思ったのだが。






「――待てやぁぁ!!」






 凄まじい怒号とともに、一つの人影がカノンたちの目の前に降ってくる。


 その重さと衝撃で、地面が激しく揺れた。




 そこに現れたのは、スキンヘッドが特徴的な大柄の男。


 先ほど、電流による不意打ちで倒された、”ゴレム”という名の悪魔である。




 何か異常でもきたしているのか、体中のいたる場所から電気が漏れ出ていた。





「テメェ、絶対に許さねぇぞ」


「そういえば、あなたがいましたね」





 ゴレムを前にして、カノンも警戒心を露わにする。


 彼と他のメンバーとでは、”改造の度合い”が違うのだから。





「あいつ、強いのか?」


「さぁ、どうでしょう。――これで終われば、問題ないのですが」





 カノンは右手の指先に魔力を込め。

 渾身の一撃、魔弾を解き放った。




 それに対しゴレムは、右の剛腕を振りかぶり。


 思いっきり、魔弾をぶん殴る。




 激しい衝撃が、周囲に波及し。




 打ち勝ったのは、”ゴレムの拳”であった。





「へっ、それが全力か?」


「……少々、困りましたね」





 輝夜たちの手前、その表情こそ変えないものの。

 ゴレムの戦闘能力に、カノンは焦りを覚える。





「俺は常にアップグレードを続けてるんだ。もう、”あの頃”とは違うんだぜ」


「らしいですね」





 ”積み重ね”とは恐ろしいものだと、カノンは実感させられる。



 カノンとゴレムは、実は同じ頃にテックに入った、いわゆる同期であった。


 当時のゴレムは、カノンよりもずっと体も小さく、まるで絵に描いたような下級悪魔だった。


 しかし、彼は気の狂ったように改造手術を繰り返し。

 偽りの筋肉や骨格によって、誰よりも大きな体を持つようになっていた。



 まさに、カノンとは正反対。


 能力にあぐらをかき続けたカノンと。

 狂ったように改造を続けるゴレム。


 リーダーのアトムが、一体どちらを気に入るかなど。

 もはや、一目瞭然であった。





「粉砕してやる!」





 ゴレムが跳躍し、その剛腕を思いっきり叩きつけてくる。


 これが普通の戦いなら、回避するのが一番だが。


 カノンのすぐ後ろには、輝夜と栞が立っていた。

 ゆえに、迎え撃つ以外の選択肢はない。





「ッ」



 ゴレムの剛腕を、カノンは同じく両腕で受け止める。





 度重なる改造で肥大化した腕と、強い魔力で補強された腕。


 両者の力は、それなりに拮抗するものの。


 その執念の賜物か。




「ぐっ」


「ははっ!」




 カノンは相手を抑えきれず、ジリジリと後ろに押されていく。


 単純な力比べでは、ゴレムに軍配が上がっていた。





「こいつはわたしが抑えるので、二人は先に光の中へ!」




 容易く倒せる相手ではないと踏み、カノンは輝夜たちを先に行かせることに。




「光の中に入ったら、とにかく一番上の階層を目指してください。すぐに、わたしも駆けつけるので」



 ゴレムを必死に抑えながら、カノンは二人に言葉を告げた。





「……ど、どうしよう」


「……言う通りにするしか、ないだろ」




 カノンの言葉を信じて、先に他の階層へ向かう。

 そうする他に道はない。



 このままここに残っていても、戦いの邪魔になるだけである。

 もしかしたら、他の悪魔も追ってくるかも知れない。



 カノンの必死な様子を見ながら。

 輝夜と栞は、光へと向かった。








「人間は高値で売れるからなぁ。独り占めしようって魂胆か?」


「まったく。相変わらずあなたは、シンプルな脳みそをしていますね」




 掴み合い、力比べをする両者であったが。




「うるせぇ!」


「がはっ」




 ゴレムの蹴りを受け、カノンは吹き飛ばされる。


 超改造された彼の蹴りは、非常に強烈であり。

 カノンも、少なくないダメージを受けた。





 その様子を見て、

 逃げようとしていた輝夜の足が、”止まってしまう”。





「最初に会った時から、テメェは気に食わないと思ってたぜ」



 起き上がれないカノンのもとへ、ゴレムはゆっくりと近づいていく。




「バカにしたような喋り方に、ムカつく顔。いつかぶっ殺したいとは思ってたが、まさかこんなチャンスが来るとはなぁ」



 やはり、カノンはとんでもなく嫌われていた。





「テメェを殺した後は、あの人間どもを滅茶苦茶にしてやるぜ。……特に、あの黒髪の方は最高だな」


「……まったく、品性の欠片もない男だ」





 温厚なカノンの心に、ふつふつと怒りが沸き上がる。


 今まで、抱いたことのない激情。


 それが彼の中で、”より大きな力”を引き出そうとし。






――ゴレムの前に、輝夜が立ちはだかる。






「……輝夜、さん? なぜ」




 なぜ、戻ってきてしまったのか。

 なぜ、自分を守るように立っているのか。

 カノンには理解が出来ない。



 それも仕方のないことである。

 輝夜を”本当に理解できる”者など、この世界にはいないのだから。





「チッ。相変わらず、お前は女にモテるな。ますますムカつくぜ」



 ゴレムは悪態をつく。





「よう、嬢ちゃん。俺の強さはよーく分かっただろ? 大人しく言うことを聞けば――」




「――黙れ、筋肉ダルマ」




「な、なんだと?」




 まるで、”汚物を見るような目”で、輝夜はゴレムを睨みつける。




 こういう男には虫酸が走る。


 だが、それ以上に。




 それに何も抵抗できない、”弱すぎる自分”が大嫌いだった。




 だから輝夜は、今ここに立っている。





「こいつを失うと、道案内が居なくなるからな」




 カノンを助けるのは、あくまでもそれが理由にすぎない。

 魔界に詳しい者が一緒でなければ、この先の道が分からないから。




 ”ちょっと気に入った”とか。

 そんな理由では、断じてない。




 輝夜は、ふともものナイフホルダーを開き。

 武器庫で貰った、もう一つの”アイテム”を取り出した。




 それは、何の変哲もない”ペン型の注射器”。

 しかしその中身は、普通とは程遠い代物である。




 使えば最後。

 きっと、”取り返しのつかないこと”になる。




 だとしても。




 脆い花のように、このままジワジワと枯れていくのなら。


 いっそのこと、美しい花火のように散ってみたい。




 だから輝夜は、






「――斬り殺してやる」






 手に持った注射器を、首へと押し込んだ。


 悪魔ですら躊躇する劇薬、”アドバンス”を。





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