メタノイア






 ルシファーの光によって繋がれた、72層の魔界。

 その最も深い場所に、彼は居た。


 最下層に暮らす悪魔は、彼一人だけ。

 階層の支配者を魔王と呼ぶのなら、彼も紛れもなき魔王であろう。




 彼の名は、”アモン”。

 沈黙の魔王とも呼ばれる存在である。




 普段なら、ここでは彼の独り言しか聞こえないはず。

 しかし、今日は珍しく話し相手が居た。




「輝夜一人じゃ、魔界で生き延びるのは不可能にゃん。アモンの助けが必要にゃん」




 彼と話すのは、電子精霊の”ニャルラトホテプMk-II”。

 魔界のどこかに飛ばされた輝夜を助けるため、アモンに協力を仰いでいた。



 しかし、アモンは首を縦に振らない。




「僕がここを離れられるのは、せいぜい2~3分が限界だ。居場所も分からない彼女を助けるのは、流石に難しい」




 彼には、ここに留まらなければならない理由があった。




「にゃん! アモンが輝夜を選んだにゃん。心配じゃないのかにゃん?」


「……確かに、適任だと思ったんだ。ゲーム内で見せた、あの動きから判断してね」




 アモンがゲームをプレイしていたのは、”強い人間”を探すため。


 仮想空間で行われる戦いなら、現実でのセンスをそのまま拝むことが出来る。

 そして彼は、”スカーレット・ムーン”というプレイヤーに目をつけた。




「でも実際の彼女は、とても戦えるような人間じゃないんだろう? 君の報告によれば、日常生活すらままならないとか」


「……それは、そうにゃん」




 輝夜の現実での非力さは、マーク2もよく分かっている。

 だからこそ、こうやって助けを求めてやって来た。





「――これで、”世界が終わる”かも知れないんだ。僕が力を貸すからには、それに相応しい者じゃないと」





 アモンは動かない。

 この世界の奥底で、ただその時を待つ。










◆◇










 流行りのレザーコートに、黒のショートパンツ。それにフェイクテールも欠かさずに。


 輝夜は、完全に悪魔になりきっていた。




「さぁ、着きましたよ」




 そんな彼女がカノンと一緒にやって来たのは、街の一角にある”テックマスターのアジト”。

 まるで、軍事施設のような巨大な建物である。




「随分、他と雰囲気が違うな」


「一応、この階層では”最も力のある組織”ですから」




 瓦礫の街には不釣り合いなほど、彼らのアジトは立派な建物だった。


 その周辺には、構成員らしき悪魔達がたむろしている。

 服装も、かなりまともな格好をしていた。




「わたしから離れないでください」


「ああ」




 二人は、建物のゲートへとやって来る。




「中に入るには、虹彩と魔力認証が必要なんです」


「めちゃくちゃハイテクだな」




 周りは瓦礫の山だというのに、ここだけテクノロジーのレベルが違っていた。




「リーダーの”アトム”は、有力な魔王との繋がりがあるそうです。なので、サイボーグのような先端技術や、このようなセキュリティシステムがあります」


「……よく分からんが、凄いな」




 機械の前に立ち、カノンがセキュリティをクリアする。




「さぁ、行きますよ」


「……ああ」




 いよいよ、輝夜は敵陣へと乗り込んだ。















 テックマスター。

 先端技術を駆使する、魔界のギャング組織。


 そんな意味の分からない集団の本拠地に、輝夜は足を踏み入れていた。




 いくら悪魔っぽい服装をしているとはいえ、やはり輝夜の容姿は目立つのか。

 周囲の悪魔たちからの視線が痛い。


 やはり流行っているのか、彼らもレザー系のファッションに身を包んでいた。




 多くの悪魔たちは、輝夜とカノンを遠巻きに眺めるだけだったが。

 すると、一人の悪魔が近寄ってくる。




「よう、カノン。死んだんじゃなかったのか?」


「見ての通り、生きていますよ」




 現れたのは、スキンヘッドの屈強な悪魔。

 輝夜が今まで出会った中で、一番身体が大きいかも知れない。


 これみよがしな筋肉が、輝夜の癇に障る。




「それで、そっちの嬢ちゃんは?」


「入団希望者です」


「へっ、そりゃいい」




 スキンヘッドの悪魔が、ジロジロと見つめてくる。

 輝夜は、完全にシカトしていた。




「それにしても、今日は随分と人が集まっていますね。街でも、仲間を見かけませんでしたし」


「ああ。どうやら大規模な作戦があるらしい。お前たちの集めた、”ヒューマンスキン”の適格者を探してる」




 ヒューマンスキン。

 文字通り、擬態用の人皮のこと。


 体格など、それに見合った悪魔を選んでいるのだろう。





 スキンヘッドの悪魔と、適当に会話を終え。

 カノンと輝夜は移動を再開した。





「……大規模な作戦って?」


「さぁ」




 カノンも、詳しい情報は知らないものの。

 何となくの察しはついていた。




「恐らくは、”姫乃を落とす”つもりかと」


「ッ」


「我々は、そのための準備を進めてきましたから」





 姫乃が、鉄壁の街とされる理由はいくつかある。

 悪魔の侵入を許さないセキュリティに、万が一に備えた特殊部隊の存在など。


 そしてもう一つは、”外部からの転移”を遮断する技術を有していること。


 それにより、今回のような例外的な侵入はともかくとして、大規模な”侵攻”は完全に無効化していた。



 しかし、悪魔にも学習能力はある。

 その鉄壁の防御を破るために、幾人もの悪魔が送り込まれてきた。





「――数十人のヒューマンスキンを送り込み、破壊工作で街の防衛機構を無力化。そして、こちらから大量の兵隊を転送し、一気に街を侵略する。……恐らくは、そのような作戦になるかと」




 これから起こる出来事を、カノンはそう予想する。




「テックの構成員は、200人を優に超えています。しかも、ほぼ全員がサイボーグによる強化済み。果たして、あの街の戦力で撃退できますか?」


「……それは」




 いくら、姫乃とはいえ。街中に200人を超える悪魔が現れたら、きっとひとたまりもないだろう。




「たとえ少女を救出したとしても、あの街に戻るのはオススメしません。十中八九、あそこは”地獄”になるでしょうし」




 それだけの力が、彼らには存在する。

 なにせ”悪魔”なのだから。




「……」



 カノンの話を聞いて、輝夜は拳を震わせる。



 姫乃には、影沢たちが暮らしている。

 もしも悲劇が起きるのなら、それを黙って見過ごすわけにはいかない。




「カノン。わたしに協力するって、言ったよな」


「ええ」


「ならその作戦、止められないのか?」




 そんな輝夜の言葉に、カノンは思考を巡らせる。




「……転移装置さえ破壊できれば、侵攻は阻止できるでしょう。しかし、100人単位の兵隊を送るとなれば、ここにある設備では足りないはず。……ともかく、もっと情報が必要ですね」


「そうか」





 誰を倒せば、何を壊せば。

 それで解決するほど、この問題は小さくない。



 これから起こるのは、紛れもない”戦争”なのだから。

















「なぁ、武器とかは無いのか? 流石に丸腰は怖いぞ」




 これから栞を救い出して、なんとか人間界へと帰還する。

 上手く事が運べば、一切の衝突無しで行けるだろうが。


 最悪の事態に備えて、輝夜は自衛手段が欲しかった。




「……確かに、万が一ということもありますし。少々、武器庫から拝借しましょうか」




 栞のもとへ向かう前に、二人は武器庫へ向かうことに。









 そこはさながら、ミリタリーショップのようだった。


 壁には大量の銃火器が掛けられており、テックマスターの軍事力が垣間見える。

 これらを装備した悪魔が200人も攻めてきたら、一体どれほどの命が失われるだろう。




「カノン? 珍しいな、お前がここに来るとは」




 顔のデカい、強面の悪魔が武器庫を管理していた。




「この子は新入りなんです。非力ですが、手先は器用らしいので。手頃な武器を用意してください」


「なんだ、そういう事情か。てっきり、お前もついに武器を使うのかと」


「いえ、必要ないので」




 カノンは、テクノロジーに頼らなくても十分に強かった。

 ゆえに、武器を持つどころか、”サイボーグによる強化すら”行っていない。




「ははっ。お前のそういう所、俺は嫌いじゃないが。……気をつけろよ?」


「と、言いますと」


「分かってるだろうが、うちのメンバーは下級悪魔ばかりだ。無論、お前を良く思わない奴だって少なくない」


「……肝に銘じておきます」





 テックマスターは、”弱い悪魔”による集団である。

 足りない能力を、サイボーグ技術で押し上げることで戦っている。


 輝夜には知る由もない事だが。

 この組織において、カノンという悪魔はかなり微妙な立ち位置にあった。





「それでお嬢さん、年はいくつだ?」


「15です」


「おっと、そりゃ若いな。ここに入るってことは、よっぽどの事情でもあるのか?」


「えぇ、まぁ」




 強面の悪魔と話しながら。

 自分の正体がバレないか、輝夜はヒヤヒヤする。




「それで、なにか希望はあるのか? 近接用の武器が欲しいのか、それとも銃か」


「……”切れ味が鋭くて、軽めの刃物”は?」


「そうだな、探してみよう」




 輝夜からの要望を受けて、悪魔は武器の棚を探しに行った。





「わたしは、少し情報を集めてくるので。輝夜さんはここに居てください」


「あぁ、了解」




 輝夜が武器を選ぶ間、カノンは情報収集を行うことに。




 しばらく輝夜が待っていると。

 強面の悪魔が、何やら重厚な箱を持ってくる。




「これなんてどうだ?」




 箱を開けると、中に入っていたのは”二本のナイフ”。

 両方とも同じデザインだが、それぞれに青と黄色のラインが引かれていた。




「”上”から送られてきた、特殊装備の試作品だ。悪魔同士での戦いで優位に立てるらしいが、うちには需要がないからな」


「……なるほど」




 輝夜でも扱えそうな、手軽なナイフ。しかも、対悪魔用の装備だという。

 どういう仕組なのかは分からないが、まさに求めている一品である。




「青い線が入ってる方は、”高周波ブレード”になってる。説明書によると、BAパッケージを貫くほどの威力があるそうだ」


「BAパッケージ?」


「ああ、知らないのか。俺たちが地上で戦う時に使う、”特別な鎧”のことだ。人間の血液を材料に、高度な魔法で構築されてる」


「……」




 輝夜の脳裏に浮かぶのは、何度か見た記憶のある”赤い外殻”。

 最初に遭遇したプライヤと、カノンやレパードも使っていた。




「それでこっちの黄色い方は、刃に”強力な電流”が流れるらしい。大人の悪魔も、一撃で戦闘不能に出来ると書いてある」




 青と黄色、二つのナイフにはそのような機能が搭載されていた。


 高周波ブレードで敵の装甲を貫き、もう一方の電流で無力化する。

 それにより、理論的は二発で悪魔を倒せることになる。




「とはいえ、扱いはかなり面倒だぞ? なにせナイフを二回も、それも同じ場所に当てないと倒せないんだからな。……まぁ、相手が武装してないなら、電流の方だけで十分だが」




 悪魔は基本的に、人間よりも遥かに優れた能力を持っている。

 素手で鋼鉄の壁を突き破り、壁を駆けて屋根にも上れる。


 こんなナイフのような、小手先の武器に頼る必要はなかった。




 とはいえ、輝夜にとってはうってつけの武器なので。

 試しにナイフを握ってみるも。




「……案外、重いな」




 普通の人間にとっては、かなり軽い部類に入るのだろうが。

 致命的に非力な輝夜には、それでも重く感じてしまった。


 ただ持つだけなら問題ない。するつもりはないが、料理にも使えるだろう。

 しかし、これを武器として扱って、なおかつ敵に当てる必要があるとなると、非常に難しいものがある。




「これで重たいとなると。正直、嬢ちゃんに使える武器はないぞ?」




 ここに存在するのは、全て悪魔が使うための武器。

 ペットボトルの蓋も開けられない輝夜では、そもそもの土台が違っていた。




「さっさと、改造手術を受けたらどうだ?」


「……そうですね、検討します」




 それで強くなれるのなら、サイボーグになっても構わない。

 しかし、そんな時間の余裕もなかった。




 今の自分でも使えるような、手軽な自衛手段が欲しい。

 そんな事を考える輝夜に、





「――なんなら、”アドバンス”でも使ってみるか? 確実に寿命が減るから、無論オススメはしないが」





 不可能を可能にする、悪魔の囁きが聞こえた。















 輝夜が武器庫で待っていると、情報収集を終えたカノンが戻ってくる。




「おや、武器は無いんですか?」


「ふふっ、よく見てみろ」





 スラリと伸びた輝夜の足。


 その両方の”太もも”に、黒いナイフホルダーが装着されていた。





「……なるほど」




 装着されている位置も位置なので、カノンは若干気まずそうに視線をそらす。

 輝夜の所有するアイテムが、”ナイフ以外にもある”とは知らずに。








「それで、どうだった?」




 武器庫の外で、輝夜はカノンの集めた情報を聞くことに。




「予想通り、姫乃に大規模な侵攻を行うそうです。それで今、ヒューマンスキンの部隊を”加工中”とのことです」


「なら、こっちに送られてきた連中は?」


「あの少女以外は、もう手遅れでしょう」




 人の外皮などを剥ぎ、悪魔を覆うように加工する。それにより、呪いを無力化出来るらしいが。


 とても、正気の方法とは思えなかった。




「とはいえ、侵攻にはまだ猶予があります。今のうちに、少女の救出を行いましょう」


「ああ」





 ここから先は、どう転がるのか分からない。

 穏便に、バレずに事を進められるのか。強硬手段が必要になるのか。


 なにはともあれ、助ける以外の未来はあり得なかった。





「それにしても、本当に無条件で協力してくれるのか?」


「ええ、もちろんです」


「……成功したら、”足くらい”なら触っていいぞ?」


「結構です」




 いつの間にか、提示する対価が安くなっていた。




「でもそれだと、お前に何のメリットも無いんじゃないか? ……いいのか? 仲間を裏切るのに」





 なぜ、カノンがここまで協力してくれるのか。


 なにが彼を”心変わり”させたのか。


 輝夜には、理由が分からない。





「――ありますよ、メリット」





 しかし、カノンはこの裏切りを、無駄とは考えていなかった。


 なぜなら、もっと欲しいものが出来たのだから。





「んん?」




 自らを純愛派と呼称する彼が、一体”何のため”に行動するのか。


 疎い輝夜には、それが分からなかった。





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