鬼畜と純愛






 オババの店を後にして、輝夜とカノンはまた別の家屋へとやって来る。


 どう見ても、ギャングのアジトなどではなく。

 他と変わらない普通の住居のように見える。




「ここは?」


「わたしの家です」


「はぁ?」




 なぜ家に案内されたのか。輝夜は、皆目見当がつかない。




「着替えるんですよ。流石にこの格好で、仲間の前には行きたくないので」




 今のカノンの服装は、ゴミ漁りから奪った粗悪なボロ布である。

 これ以上この服装でうろつくのは、彼のプライドが許さなかった。




 カノンは自宅の扉を開けると。

 なんとその場で、着ていた服を脱ぎ始めた。




「……おい」


「この汚物を、家の敷地に入れたくないんです」




 よほど綺麗好きなのか。それとも、輝夜に”臭い”と言われたことを気にしているのか。

 彼は自宅の玄関で再び全裸になり、着ていた服を外へ投げ捨てた。




 またもや、”全裸の悪魔”が相手だが。

 やはり輝夜は動じない。




「わたしは軽くシャワーを浴びてくるので、適当にくつろいでいてください」



 そういって、カノンは家の中へと入っていった。




 家の目の前で、輝夜は立ち止まる。

 



「くつろぐったって、こんなボロ屋で?」




 生まれてからずっと、輝夜は清潔な空間で暮らしてきた。

 病院はもちろんのこと、三人で暮らす自宅も清潔である。


 こんなスラム街のような場所で、くつろげる体ではなかった。



 とはいえ、ずっと家の外で待つのも危なそうなので。

 意を決して、輝夜は家の中に足を踏み入れる。




「……お?」




 家に入った瞬間、輝夜は驚く。

 外観こそ、”ゴミの寄せ集めのような家”だが、内観は普通の家らしくなっていた。



 汚れ一つ無い真っ白な壁に、お洒落な間接照明。


 シンプルなデザインが好きなのだろうか。

 ベッドやソファ、カーテンなどは全て黒で統一されている。


 一人暮らしの男の部屋、まさにその通り。




(……いい匂い)




 芳香剤でも使っているのか。花の香りのような、心地の良い匂いがする。

 ここへ来てからずっと、輝夜はゴミ山続きだったため。ここがまるで天国のように感じられた。




「あー、靴は脱いだほうがいいか?」


「ええ、土足厳禁です」




 輝夜は靴を脱いで、部屋の中へと入っていく。





「ふーん」




 服が趣味なのか。

 壁に、ジャケットやシャツなどが飾ってある。


 このゴミ山の街に似つかわしくない、シティボーイのような部屋だった。




「悪くない」




 何となく、かつての自分の部屋を思い出しながら。


 輝夜はソファに腰掛けた。















「いやぁ、ようやく不快感が消えました」




 輝夜がソファでくつろいでいると、シャワールームからカノンがやって来る。

 汚れを全て洗い落とし、開放的な表情で。



 無論、彼は全裸だった。



 カノンの鍛え上げられた肉体を、輝夜はなんてことない様子で見つめる。




「どうでもいいが、お前には恥じらいってものがないのか? それとも、悪魔はみんな開放的なのか?」


「あぁ、いえ。人も悪魔も変わりませんよ。わたしは自分の体に”自信”を持っているので、隠す必要がないんです」


「あぁそう」




 つまらなそうに、輝夜は顔をそらす。




「そういうあなたこそ、あまり驚いたりしないんですね。あなたほどの年頃なら、もっと顔を真っ赤にするものかと」


「ふっ。あいにく、わたしは”経験豊富”だからな。男の裸程度で、動じるわけがないだろ」




 無論、嘘である。


 前世があるからこその余裕であり。

 ここまで”裸体”を見せつけられたのは、輝夜としても初めてだった。




「……どうやら、人間は進んでいるようですね」




 しかし、輝夜の心情などつゆ知らず。

 経験豊富な少女と、カノンは勘違いした。





「あなたも、シャワー使いますか?」


「いや、いい。そんな暇はないからな」




 今この瞬間も、栞は悪魔たちに囚われている。

 なのに自分だけ、のんきにシャワーを浴びる余裕はない。




「分かりました。では、少々お待ちを」



 タオルで体を拭きながら、カノンは何かを探し始める。




「それにしても、ここはやたらと綺麗だな」


「ええ、わたしは綺麗好きなので。この家の内装は、全て他の階層から取り寄せています」


「ふーん」





 綺麗好きなのに、なぜこんなボロボロの街で暮らしているのか。

 輝夜には分からない。





「これを着てください。サイズが、合うといいですが」




 そう言ってカノンが持ってきたのは、黒い女物の服。




「なんで?」


「むしろ、その格好のまま行けると思いましたか? 本気でやるつもりなら、もっと悪魔らしい格好をしてください」


「……わかった」




 そこまで言われたら、輝夜も着替えるしかない。




「お前も、さっさと服を着ろよ」


「ええ、もちろん」




 服を持って、輝夜はシャワールームへと退避した。















「なるほど」




 カノンの用意した服を着て、輝夜は洗面台の鏡で確認する。



 黒いレザーのコートに、同じく黒のショートパンツと。

 若干、”履いてない”ようにも見える、ちょっと大人なファッションだった。





「こういう服は、初めてだな」


「ええ、とてもお似合いですよ」




 輝夜が部屋に戻ると、カノンもすでに着替え終わっていた。


 輝夜と同じような、レザー系の服装である。




「こういうのが趣味なのか?」


「まぁ、否定はしませんが。……そもそも魔界では、今レザーが流行ってるんです」




 人にも悪魔にも、流行というのは存在する。


 現在魔界では、若者を中心にレザー系ファッションが流行っていた。




(あぁ、そういえば)




 思い返せば、アミーも世紀末覇者のような服装をしていた。

 輝夜は内心”クソダサ”と思っていたが、案外魔界では普通なのかも知れない。




「それにしても、よく女物の服なんて持ってたな。もしかして、彼女の服か?」


「いえ、わたしに彼女はいませんよ。第5層に住んでいると、女性にはモテないので」


「ふーん」


「実はわたし、ブランド物の服を集めるのが趣味なんです」


「……確かに、着心地は悪くない」




 やはり、カノンはシティボーイのような悪魔だった。









「で、お前はどこまで協力してくれるんだ?」




 二人はソファに座り、これからのことを話し合う。




「ずっと言っている通り、わたしは仲間を裏切りたくないので。……とは言え、美しいレディの頼みも断れない」


「そういうの、最低って言うんじゃないか?」


「ええ、否定はしません」




 そもそも、ここに輝夜と一緒にいる時点で、彼は裏切り者と言っても過言ではない。




「なのでわたしは、”騙されたという体”で行こうかと」


「騙された?」


「はい。……これをどうぞ」




 そう言ってカノンが渡してきたのは、黒い尻尾のような物。




「これは?」


「”フェイクテール”です。主に、尻尾の数を多く見せるために使うものですが、悪魔になりすますには丁度いいでしょう」




 悪魔の強さは、基本的に尻尾の数で決まる。

 ゆえに、偽の尻尾で誤魔化す者も存在した。




「ちなみに、これもブランド品です」


「だと思ったよ」




 輝夜は、尻尾の手触りを感じ取る。





「それで、わたしはどうすればいい?」


「あなたは、”テックマスターに入りたい下級悪魔”、という設定にしましょう」


「なるほど。つまり、お前はそれを案内したに過ぎないと」


「ええ」


「……確かに。それなら、お前の責任も軽くなりそうだな」


「はい。正面からの裏切りならまだしも、単に騙されたゆえの結果なら、ボスも大目に見てくれるでしょうし」




 まさか、人間だとは知らなかった。

 最終的に、そう言えば済む話である。




「わたしに出来るのは、そこまでです。少女を助けるとなると、流石に言い訳が効かないので」


「……そうか」





 譲歩できるのはそこまで、カノンはそう言い切るものの。



 これまでの経験から、輝夜は考える。



 このカノンという悪魔。

 色々と話した感触からして、女は絶対に殴らないタイプであろう。

 それでいて、中々のお人好し。


 付け入る隙は、十分にある。




(……)




 半ばやけくそ気味に、輝夜はここまでやって来た。

 しかし、囚われの身になっている栞を、一人で助け出すのは不可能である。




 邪魔者は全員殺すと言ったが。

 冷静に考えたら、相手が子供でも負けかねない。




 栞を助け出すには、この目の前の悪魔を利用するしか無い。


 たとえ、”どんな手段”を使っても。




(……まさか、こんな日が来るとはな)




 輝夜は、静かに覚悟を決める。

















「やっぱり、シャワーを借りていいか?」


「ええ、構いませんよ」




 若干、顔をこわばらせながら、輝夜はシャワールームへ向かった。



 中に入ると、そこは人間界のものと何ら変わらず。むしろ、それよりも進んだ設備のように見えた。

 やはり、悪魔の技術は進んでいるのだろう。






(……)




 シャワーを浴びながら、輝夜は考える。



 他人の命と、”自分の体”。

 どっちが大切か。



 ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。





(やってやる)




 しっかりと、体を清め。


 再び黒の服に着替えると、輝夜は部屋へと戻った。









「ホットコーヒーです。ミルクはご自由に」


「……ありがとう」




 部屋に戻ると、カノンはコーヒーを用意してくれていた。

 輝夜は、座ってそれをいただくことに。




(……わたしがここまで体を張るんだ。絶対、朱雨と付き合えよ)




 心の中で、輝夜は栞に念を送る。





「なぁ」


「はい?」




 先程と同様、共にソファに座りながら。

 輝夜は、心臓の鼓動が鳴り止まない。




「あの時、わたしがお前を庇ったから。そのお返しとして、手を貸してくれたんだろう?」


「ええ、その通り。恩には恩を、当然のことですから」




 カノンは澄まし顔で話す。




「……なら、それ以上の手伝いを頼むには、”それ相応の対価”が必要ということか」


「と、言いますと?」




 今まで感じたことのない気持ち。

 はち切れそうな胸を抑えながら、輝夜は本題を口にする。






「――栞を助けるのに協力してくれたら、”わたしの体を好きにしていい”。……言ってる意味は、分かるな?」






 大事に扱っても、どのみち数年で死んでしまう体である。

 ならば、最大限に利用するしかない。



 輝夜は、”本気”だった。





「……なるほど」




 カノンは視線をそらし、何かを考える。




「……わたしが、あなたと同じくらいの年の頃。自分が生きるのに必死で、他人のために何かをしようとは思いませんでした」


「しかし、あなたはなぜ、そこまで自分を犠牲にするんですか? その行動力は立派だが、とても理解できるものではない」


「”その理由”を、教えて下さい」




 輝夜に対し、カノンは問いただした。 




 まさか、こういう話になるとは。


 輝夜は戸惑いつつも、問いに対する答えを口にする。





「……オババが言ってただろ? わたしが呪われてるって」


「ええ」


「今のわたしは、特殊なナノマシンを使って、何とか無理やり生きてるような状態なんだよ。しかも、それを込みで考えても、もって数年の命らしい」





 輝夜が、”かぐや”であるがゆえに。

 生まれ持った罪がある。






「――わたしは、どうせ先のない自分よりも、もっと別の人間に良くなって欲しい。わたしなんかと違って、あいつらには”幸せになる権利”がある」






 みんな、この世界で本気で生きている。

 しかし、輝夜だけがそれに当てはまらない。



 目覚めてからずっと、”嘘”をついて生きているのだから。




「この理由じゃ、不満か?」




 身体を差し出す程度、もはやどうということはない。

 すでに輝夜は、”堕ちる道”を選んでいた。




 そんな彼女の、真剣な眼差しを受け。




「はぁ……」




 カノンは、深く溜め息をつく。







「……こう見えてもわたしは、”純愛派”なんです」


「……はぁ?」




 彼の思わぬ一言に、輝夜は唖然とする。




「まぁ、なんと言いましょう。単に性欲をぶつけるのではなく、お互いに愛を感じたいというか、はい」




 カノンは、急に早口で話し始める。




「無論わたしも男なので。正直、あなたが”どストライク”なのも確かです。ですが、望んでもいない相手と、無理やりそういった行為をするのは抵抗があると言いますか」




「……あー、つまり。”愛のないセッ○ス”はしたくないって?」




「セッ!? いえ、その。そういうわけではなく」




 輝夜の口から出た直接的な表現に、カノンは更に動揺する。


 そんな、彼の様子を見て。





(こいつ、単なるシティボーイじゃない。――チェリーボーイか)





 輝夜の中で、カノンに対する認識がガラリと変わる。


 そして、”悪魔のような笑み”を浮かべた。





「おいおい。なんでも良いから、さっさと結論を言ってくれ。――わたしとやるのか? やらないのか?」


「いえ、その」




 尻込みする彼を見て。

 ”押し通せる”と、輝夜は確信。




 ソファの上に立ち、カノンを踏みつける。




「あっ、ちょっと!」


「ふふっ」




 その自慢の美脚をもって、ぐりぐりと。

 サディスティックに振る舞う。




「はっ、そこはっ」


「ああー? 聞こえんなぁ」






 自分よりも弱い奴が相手なら、どこまでも鬼畜になれる。



 輝夜は、”そういう人間”であった。






「――し、します! 協力しますから」


「ほう? それで、条件は?」


「無しで大丈夫です!」


「よしっ」





 かくして、輝夜は勝利した。



 純愛だの言っているような坊やに、負けるはずがないのだから。





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