地獄の始まり
自分は一体、何をしているのか。
何を見つめているのか。
輝夜の心の中で、ふつふつと感情が溢れてくる。
宝石のように美しい、輝夜の瞳。
その目の前で繰り広げられるのは、とても熾烈な戦い。
ここは地下だというのに、アミーはその体から爆炎を生み出し、血の鎧を纏うカノンという悪魔と戦っていた。
カノンの使用する攻撃方法は、指先から発射される強力な”魔力弾”。
その威力と発射速度はかなりのもので、アミーは中々に攻めあぐねていた。
一方では、紅月家の使用人である影沢と、敵のリーダーであるレパードが戦っている。
両者ともに、肉弾戦を好むようで。
拳や蹴りを、これでもかと打ち合う。
その力は、両者ともに拮抗しているように見えた。
「君のそのサイボーグ。もしかして、ニャルラトホテプの遺産か?」
「ええ、ご名答です。未来を夢見た彼女の意志が、この身体に宿っている」
拳と拳がぶつかり合い、衝撃が響く。
「ッ」
「だが所詮は、10年前の技術だ」
僅かながら、影沢が押されているようだった。
そんな熾烈な戦いを見つめながらも、輝夜の心には何も響かない。
苦戦しているようだが、きっとどうにかなるだろう。
善人なら、何とかしてくれるだろう。
彼の背中からは、それだけの安心が感じられる。
戦いの結末なんてどうでもいい。
輝夜にとって、この戦いは始まる前から終わっていた。
始まる前から負けていた。
たとえ、あの悪魔たちを全員倒したとしても、時間は決して巻き戻らない。
取り返しはつかないのだから。
一歩下がって、戦いを俯瞰する輝夜であったが。
すると、あるものが目に入る。
影沢の一斉射撃で破損した敵の機械と、まだ生きている”魔法陣”。
気がつくと、輝夜は動いていた。
「影沢さん!」
苦戦する影沢とレパードに向けて、善人が右手を構えていた。
まるで、銃を撃つようなポーズで。
するとその指先から、黄金の魔力の光が発生する。
見よう見まね。
向こうにいるカノンの戦い方を、この場で模倣し。
善人は、指先から魔力弾を発射した。
「ぐっ」
黄金の魔力弾は、凄まじい勢いでレパードの胴体に命中。
その外殻、血の鎧を粉砕した。
影沢はそのチャンスを見逃さず。
右腕を剣に変形させ、剥き出しになった彼の胴体を貫く。
「ッ」
「これで、終わりです」
影沢と善人、双方からの攻撃を受け。
レパードは力無く、その場に崩れ落ちた。
「……これは流石に、分が悪いですね」
レパードが崩れ落ちる様を見て、カノンはつぶやく。
自分以外の仲間は全員倒され、敵はほぼ無傷。
影沢とアミーはタフで実力があり、善人の魔力障壁にいたっては突破自体が不可能。
大人しく投降するべきか、決死の覚悟でここから逃げるか。
どうするべきか、カノンが悩んでいると。
壊れかけの機械が、再び動き出し。
魔法陣が起動を始める。
あれはまだ、動く。
「なんという好機」
カノンは一目散に駆け、魔方陣の上へと飛び乗った。
とは言え、それをみすみす見逃すほど、敵対者は甘くはなく。
「行かせるかッ」
「くっ」
拳に炎を纏わせながら、アミーが殴りかかる。
その刹那、
「なっ」
カノンを守るように、”輝夜”が間に割って入り。
流石に、アミーの攻撃も静止する。
「……なぜ、あなたが」
狭い魔法陣の上に、輝夜とカノンが立つ。
なぜ、どうして。
彼女がこのような行動をしているのか、カノンには分からない。
分からないまま、魔法陣が起動する。
『――輝夜!』
あの時、輝夜を庇う形で、栞は飛ばされてしまった。
どうしてそうなったのか。
栞のことが心配で、輝夜はここまで来たというのに。
守ろうとした相手に助けられて、自分だけが救われてしまった。
もしも、善人がヒーローなら。
特別な力で人々を救うヒーローなら、輝夜は一体何になる。
常人以下の力しか持たず、たった一人の少女すら救えず。
まるで、役立たず。
そんな結末のまま終わりたくない。
「わたしとあいつは、セット商品なんだろ?」
栞が勇気を出して変わって、勇気を出してここへ来て、勇気を出してわたしを助けたのなら。
こちらも、それ相応の勇気で応えなければ。
「ですが、二人同時の転移は!」
カノンが何か言っているが、もう全てが遅く。
起動した魔法陣の力によって、
二人は、向こう側へと飛ばされた。
それが最後と言わんばかりに、機械が崩れ去り、魔法陣が消失する。
もう、向こう側と繋がる手段は存在しない。
なぜ輝夜が、なぜ魔法陣が。
残されたメンバーには、それを理解することが出来ず。
「……輝夜、さん?」
ただ、立ち尽くすしかなかった。
持つ者と、持たざる者。
選ばれた者と、選ばれなかった者。
未来のある少年と、未来のない少女。
その二つの結末は。
その勇気の代償は。
◆◇
(あぁ)
一体、何が起こったのか。
なぜこうなったのか。
あの悪魔と一緒に魔法陣に乗って、不思議な力で飛ばされて。
それで、どうなった?
「……痛い」
何を考えようにも、とにかく全身が痛い。
もしかしたら骨が折れているかも知れない。
痛みに悶ながら、輝夜が目を開けると。
そこは、”ゴミ山”の上だった。
鉄やプラスチックなど、様々なゴミの山。もしくは、瓦礫の山にも見える。
どこかにあるゴミ集積場か、はたまた遠い異国のゴミ山か。
少なくとも、正しい目的地ではないだろう。
(そう言えば。一人で乗らないと危ないとか、言ってたような)
空を見上げれば太陽は存在せず、一見すると夜のように思えるが。
何かが、いつもと違うような気がする。
とりあえず、輝夜は起き上がろうとして。
「ッ……最悪」
左腕が上がらない。
というより、左腕に何かが刺さっていた。
鋭いガラス片だろうか、完全に腕を貫通して。両足骨折以来の大怪我である。
抜くべきか、抜かないべきか。
それ以前に痛すぎて、一ミリも動かせない。
「はぁ」
もしかしたら自分は、ここで死ぬのかも知れない。
何一つ達成できず、文字通りゴミのように死んでいく。
そうやって、輝夜が半ば諦めかけていると。
どこからか、口笛のような音が聞こえてくる。
(……何だ?)
顔を向けると、ゴミ山の方から男のような影が近づいていた。
しかも、一人ではない。
服とも言えないような、ボロボロの布切れを纏った男たちが、数人近づいてくる。
そんな彼らのお尻には、分かりやすく尻尾が揺れている。
つまり、”悪魔”であった。
「ヒヒッ、お宝発見」
悪魔は悪魔でも、今までで一番品がないかも知れない。
今までに出会った悪魔が上級なら、こいつらは絶対に下級悪魔であろう。
(どうせ捕まるなら、清潔感のある悪魔が良かったな)
ゴミ山で活動しているような”最底辺”に乱暴されるなら、まだ金持ち悪魔に売られたほうがマシである。
「見つけたのは俺だ。だから俺が貰う」
「あぁ? ざけんなよテメェ」
輝夜をどうするかについて、どうやら悪魔たちは揉めているらしい。
しかし、輝夜にはどうでもいい。
どれも最底辺の悪魔、どんぐりの背比べである。
傷の痛みに悶ながら、そんな最悪な状況に晒されて。
すると、
「ガッ」
言い争いをしていた悪魔。
その一体の首が、突如として吹き飛んだ。
「は?」
仲間の悪魔も、そして輝夜も。何が起こったのか理解できず。
首を失った悪魔の死体が、ピクピクと痙攣する。
「……ここから、消えなさい」
声のする方向に顔を向けると。
”一糸まとわぬ姿”をした、また別の悪魔が立っていた。
銀色の髪をした、かなりイケメンな若い男。
そのお尻付近からは、”3本の尻尾”が生えている。
男は怪我をしているのか、片足を引きずりながらも。
右手を前に構え、その指先に魔力を溜めていた。
一緒に魔法陣で飛ばされた、”あの悪魔”と同じように。
「ひ、ひぃぃ」
よほど、先ほどの一撃が恐ろしかったのか。
それとも、彼の尻尾の数に驚いたのか。
彼の存在に恐れをなして、悪魔たちはこの場から逃げていった。
「ふぅ」
銀髪の悪魔は、ため息を吐きながらゴミ山を下りて。輝夜の元へと近づいてくる。
彼が、悪魔じゃなければ。
股間に”ぶら下げているもの”がなければ。
助けてくれたことを、素直に喜べるのだが。
色々な意味で、輝夜は警戒しながらも、その場から動く事ができず。
銀髪の悪魔が、彼女の目の前に立つ。
そして、その手を伸ばすと。
輝夜の履いていたスカートを、思いっきり引き裂いた。
「ッ」
助けてくれたとは言え、所詮は悪魔、所詮は男。
屈辱を覚悟して、輝夜が目を瞑っていると。
「落ち着いてください。今、止血をしますので」
銀髪の悪魔は、優しく輝夜の腕に触れていた。
◇
突き刺さっていたガラス片は取り除かれ、スカートの切れ端で止血。
銀髪の悪魔によって、輝夜は一通りの応急処置をしてもらった。
そして、そんな彼はというと。
「酷いですが、無いよりかはマシですね」
殺した悪魔の着ていたボロ布を剥ぎ取り、その身に纏っていた。
彼の名は、”カノン”。
輝夜と一緒に、こちら側へ飛ばされた悪魔である。
被っていた人の皮、血の鎧を失ったことにより、本来の素顔へと戻っていた。
ゆえに、彼は素っ裸で輝夜の前に現れた。
「足の怪我は、大丈夫なのか?」
「わたしは悪魔なので。この程度の怪我、しばらくすれば治りますよ」
「そうか」
治療に数週間必要な輝夜とは、まさに雲泥の差である。
「しかし、あなたもその程度の傷で済んでよかった。わたしが空中で庇わなければ、もっと酷い怪我を負っていましたよ?」
「……むぅ」
輝夜は覚えていないものの、どうやらかなり高い場所へと転移してしまったらしい。
そこで輝夜を庇ったために、彼は血の鎧を失い、足にも怪我を負っていた。
「で、ここは魔界で合ってるのか?」
「ええ、もちろん。――”あれ”を見るのは、初めてですよね」
彼が指差す方向に目を向けると。
天まで届く”巨大な光の柱”が、遥か遠方に存在していた。
とても不思議で、それでいて神々しい。
地球ではお目にかかれない光景である。
「あれは?」
「”ルシファーの光”です。魔界を構成する骨組みのようなもので。68、全ての階層を繋いでいます」
「はぁ」
現実とかけ離れた神秘的な光景に、輝夜は目を奪われる。
「その、魔界っていうのは、”68階建て”なのか?」
「あっいえ、そういう認識ではなく。それぞれ独立した空間が68個存在し、あの光で繋がっていると考えてください」
「……なるほど」
仕組みはよく分からないが、輝夜は言葉通り受け取ることに。
「かつては、全部で”72の階層”に分かれていましたが。人間側からの攻撃によって、数が減ってしまいました」
「?」
思いがけない言葉に、輝夜は首を傾げる。
「この場所こそが、その残骸ですよ。第5階層から第9階層が吹き飛び、砕け、一つとなり生まれた、”名無しの土地”。――我々、テックマスターの本拠地でもあります」
「テックマスター?」
「えぇ、まぁ。いわゆるギャング組織だと思ってください。先ほどのチンピラと、そう大差ありませんよ」
そんな事を言いつつも。
話をする彼の瞳は、とても理知的に思えた。
◇
「では、そろそろ行きましょうか」
「……」
カノンに手を差し伸べられ。
素直に握って良いものか、輝夜は訝しむ。
「そんな顔をしないでください。わたしに、あなたを害する気はありません。この場所へ帰ってこられたのは、あなたのおかげだと思っていますから」
輝夜が魔法陣を起動しなければ。
輝夜が間に入ってくれなければ。
カノンは魔界への帰還を果たせず、影沢たちに捕まっていたであろう。
その恩を感じているからこそ、カノンは輝夜を助け、治療まで行ってくれた。
「……分かった」
彼の手を借りて、輝夜は立ち上がる。
体の節々が痛むが、幸いにも左腕以外は大した怪我ではなかった。
「それで、どこに行くんだ?」
「あなたには恩がありますから。あなたの望む場所まで、わたしが案内しますよ」
「……なら、栞のいる場所まで」
「しおり?」
「わたしを庇って、こっちに飛ばされた子だよ。彼女の所まで案内してくれ」
「それはもちろん、構いませんが。行ってどうするおつもりですか?」
「決まってるだろ」
少々、予定は狂ったが、ここへ来た目的は変わらない。
「――邪魔する奴は全員殺して、あいつを人間界に連れて帰る」
良くも悪くも、輝夜の覚悟は決まっていた。
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