二つの結末(三)
一番可愛いお嬢さん。そう呼ばれて、輝夜は男たちの前へと出ていく。
彼らの反応を見るに、間違ってはいないらしい。
これで満足かと。
輝夜は敵のリーダー、レパードを睨みつける。
「安心してくれ、君には一切危害を加えない」
「あぁ、そう」
その一言で安心できるほど、輝夜の脳みそはお花畑ではない。
キレた悪魔がどれほど凶暴なのか、あの夜の一件でよく分かっている。
「君は随分と気が強そうだ。恐怖を感じていないのかい?」
「さぁな」
「もしかして、助けが来るとでも?」
「……」
図星を指され、輝夜は目を逸らす。
「ふっ。残念だけど、ここに助けは来ないよ。この場所は探知器にも引っかからず、地上に電波も届かない。もう二度と、太陽の光は拝めないだろう」
万事休す。
電波が繋がらないのなら、マーク2にも期待できない。
助けを呼ぶ手段は存在せず、自力で逃げ出す手段もない。
せめて、影沢や善人に連絡していれば、また違っていただろうが。
「ッ」
何か、手段はないのか。
不安か無意識か、輝夜は身につけたイヤリングに触れる。そこには、何の力も宿っていないというのに。
善人とは違い、特別な力なんて持っていない。
輝夜がそうしていると、
「ダメ!」
栞が男たちの前へと出てくる。
まるで輝夜を庇うように。
「この人は、ダメです」
「バカっ、相手を刺激するな」
悪魔の手にかかれば、人間なんて容易く殺されてしまう。
首を折られても平気なのは、”本当に特別な人間”だけ。
「なるほど、君たちはお友達かな? ご希望なら、”セット商品”として売り出してもいい」
「ッ」
ふざけた言葉に憤りを覚えるも、それをぶつけていい相手ではない。
しかし、このままでは魔界送りにされて、どんな目に遭わされるか分からない。
どうにか時間を稼ごうと、輝夜は頭を働かせる。
「……あのプライヤって悪魔は、どうなったんだ?」
「プライヤを知ってるのか?」
「あぁ、もちろん。ボコボコにしたのは、わたしの仲間だからな」
少しでも、興味のありそうな話で時間を稼ぐ。
「あいつは使える奴だった。でもメンタル的に駄目になったから、”チーム”からは追放されたよ」
「まだ生きてるのか?」
「さぁ、それは知らない。……もっとお喋りしたいなら、向こう側でしようか」
輝夜が時間を稼ごうとしているのは、レパードにもお見通しであり。
さっさと話を切り上げ、輝夜を魔法陣の上に移動させる。
「さて、リラックスしてくれ」
「嫌だ」
「ふふっ、やっぱり気が強い。君は高値で売れるだろう」
男たちが機械を操作し、魔法陣が発動する。
このままでは、本当に最悪な結末が待ち受けている。
その刹那、
「――輝夜!」
”勇気”を出した栞が、輝夜に駆け寄り。
彼女をその手で突き飛ばした。
そしてそのまま、魔法陣は起動し。
一人の少女が、この世界から消えた。
◆
二人の悪魔を捕縛した影沢と、善人たちのもとへ、武装したロンギヌスの特殊部隊がやって来る。
しかし、そこに立つアミーという悪魔に、彼らは警戒を露わにした。
「この二人は協力者です。ゆえに、一切の攻撃を禁止します」
動揺する特殊部隊の人たちを、影沢が制する。
「この悪魔たちを遮断室へと連行。情報の抜き取りを行ってください」
「了解しました」
彼らの手によって、二人の悪魔が連行されていく。
この街へ侵入した目的、仲間の所在、それらの情報を引き出すために。
「ッ」
肉親の皮を被った悪魔を見送って、桜はその場に座り込む。
知りたくなかった真実に、心が壊れそうだった。
「桜さん」
一体、どれほどの悲しみを抱いているのか。
善人に出来るのは、ただ側にいることだけ。
心の傷を癒やすのは何よりも難しい。
善人の持つ力も、ここでは役に立たない。
「……お兄ちゃんは、死んじゃったんだね」
ただゆっくりと、自分の中で気持ちを整理するしかない。
「弟の
「……」
桜の問いに、善人は何も答えられない。
悪魔に連れ去られた人間がどうなるのか、それを知る術は存在しない。
「ヨッシーてさ、昔からこの街で暮らしてるの?」
「小学校の高学年、くらいかな」
「なら知ってるよね、”この街以外”の酷さ」
姫乃の外にある街。
すなわち、ロンギヌスの庇護下にない土地。
「頻繁に悪魔が現れて、それと戦うのは”ヤクザ”の連中。無責任に人や街を傷つけて、怖くて眠れない夜なんてしょっちゅう。家族が悪魔に拐われたって、誰も探してくれないし、警察だって役に立たないッ」
桜は怒りを滲ませる。
多くの先進国では、都市部には必ずロンギヌスの支部が存在する。
街は最新のテクノロジーによって守られ、人々を悪魔から守護する。
そうやって、世界は平和に保たれていた。
だがしかし、”日本だけ”が、それに当てはまらない。
東京を始めとする大都市に、ロンギヌスが支部を作ろうとする動きは過去にもあった。しかしいずれも、激しい”妨害行為”によって頓挫してしまった。
それゆえ、日本では姫乃以外の土地にロンギヌスの力が及ばない。
悪魔が現れたら、別の存在が対処を行う。
人知を超えた力を持つ、ヤクザと呼ばれる者たちが。
「悪魔も、ヤクザも、この世から消えればいいのに」
「……」
桜の悲痛な声に。
流石に気まずかったのか、アミーは指輪の中へと消えていった。
自分たちではどうしようもない、世の不条理に対し、善人たちが立ち尽くしていると。
影沢のスマホに、朱雨からのメッセージが届く。
『さっきから輝夜と連絡が取れない。一応、知らせておく』
そのメッセージを見て、影沢は凍りついた。
「輝夜さんは、喫茶店にいると言っていましたよね」
「そう、ですけど」
嫌な予感がして。
影沢はスマホを操作し、GPSで輝夜の現在地を割り出すことに。
すると、”反応なし”という表示が。
「ッ、行動履歴は?」
考えるより前に、影沢は走り出した。
◆
入口のドアを蹴破って。
影沢と善人、そしてアミーが地下室へと乗り込んでくる。
地下室に居たのは、恐らく悪魔であろう五人の男たち。
部屋の奥には、女性や子供が集められている。
そして部屋の中央には、光の残滓の漂う魔法陣と。
呆然とした様子の輝夜が立っていた。
「どうしてここが分かった?」
悪魔たちのリーダー、レパードが尋ねる。
(……輝夜さんは無事。しかし、かなり面倒な状況ですね)
影沢はひとまず安心しつつ、冷静に現状把握を行う。
「この場所はすでに包囲されています。その人たちを解放して投降すれば、命の保証はしましょう」
「こっちには人質がいる。どっちの立場の方が上だ?」
「くっ」
向こうは、身代金を要求するテロリストではない。それよりも、よっぽどたちの悪い存在である。
人の命を奪うことに抵抗がなく、交渉だって通じない。
(……せめて、位置が違えば)
入口側から影沢たちが入り、部屋の中央には悪魔たちと輝夜、最奥には囚われた人々がいる。
下手に攻撃を行えば、彼女たちに被害が出てしまう。
「善人さん。あなたの力で、向こうの人々を守れませんか?」
「僕の、力」
善人は、深くイメージする。
自分の中に存在する力、”黄金に輝く障壁”を。
そしてそれを、他者へと分け与える様子を。
(奥にいる人たち。いや、輝夜さんも)
全員まとめて守ってみせる。それを可能にするだけの力が、自分には眠っている。
そう信じて、
善人の右の瞳が、”黄金の輝き”を帯びる。
そこから発せられる”圧”に、対面する悪魔たちは確かな恐怖を抱いた。
「全員、守れます」
「ならば、お願いします!」
彼の言葉を信じて、影沢は自身のフルパワーを解放する。
両腕が激しく変形し、巨大な銃へと。
”ガトリング砲”へと姿を変える。
それと同時に、善人は右手を前にかざし。
内より溢れ出る黄金の魔力を、その手で制御。
”ただ守る”ことだけを考えて、力を解き放つ。
「――フルバースト!!」
両腕のガトリング砲から、影沢は銃弾の雨を発射する。
眼前に存在する全ての生命体、それを駆逐するほどの勢いで。
その隣りでは、善人が魔法の力を行使しており。
彼を信じて、影沢は銃弾を放ち続けた。
やがて、影沢は搭載された全ての弾丸を撃ち尽くし。
両腕のガトリング砲が再び変形し、元の人型の腕へと戻る。
硝煙が揺れ動くと。
部屋の中央と奥では、黄金の輝きが健在であり。
輝夜を含めた全員が、その場で無傷で守られていた。
影沢の持つ”火力”もさることながら、それをも寄せ付けない”善人の力”。
これで、問題は解決かと思われたが。
「……野蛮な武器を」
魔法陣の側にいたレパードは、”血の鎧”を展開することで銃弾に耐えていた。
するとそこへ、
「おらぁ!」
拳を熱く燃やしながら、アミーが飛びかかり。
彼の顔面に、拳をめり込ませる。
その一撃をまともに食らい、レパードは吹き飛ばされた。
「痛たた、なんて硬さだ」
血の鎧だけでなく、レパード本人の硬さに、アミーは拳を痛めた。
それでも、行動への支障はなく。
「よし、嬢ちゃんを確保したぞ」
アミーは輝夜を保護すると、安全な入口の方へと連れていく。
「輝夜さん、お怪我はありませんか?」
「……あぁ」
この状況に、少々”ショック”を受けているようだが。
輝夜を無事に保護できて、影沢は一安心する。
これでもう、何も恐れることはない。
「善人さん、障壁はどの程度持ちますか?」
「この状態なら、しばらくは」
依然として、善人は力を行使し。部屋の奥にいる人々を障壁で守っていた。
そうして、
活躍する善人と、
輝夜の視線が交差する。
(――あぁ)
こんな所まで駆けつけて、特別な力でわたしを救ってくれた。
まるで、本物のヒーローみたいに。
瞳を黄金に輝かせて、その姿が妙に凛々しく見える。
それに比べてわたしは、”一体何をしているのか”。
「……舞。魔界に連れて行かれた人間を、助ける方法はあるのか?」
「いくらロンギヌスでも、魔界への干渉は難しいです。なので輝夜さん、決して彼のそばを離れないでください」
「……そうか」
善人の側にいれば大丈夫。
それでも、魔界に連れて行かれた人間は助けられない。
自分だけが助かった今の状況と、あまりにも無情な現実に。
輝夜は静かに、”絶望”した。
「善人さんは、そのまま障壁の維持をお願いします」
「残った連中は、俺たちに任せろ」
五人いた悪魔のうち、三人は影沢の火力によって蜂の巣になった。
しかし、リーダーのレパードと、輝夜をここに連れてきた男は、共に”血の鎧”を展開しており。
異形と化した姿で、こちらを見つめていた。
無論、やる気である。
「……カノン、お前は悪魔の方をやれ。俺は女をやる」
「分かりました」
もう言葉など通じない。
ただ相手を倒すための、原始的な戦いが始まる。
そんな彼らを見つめながら、輝夜は――
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