二つの結末(二)






 スーツ姿をした、五人の男たち。彼らはこの場において、恐怖の象徴であった。


 人間離れした力を持ち、逆らえば殺される。


 輝夜が訪れる前に、恐らく誰かが抵抗したのだろう。

 その結果として、首を一回転させられた。




「あの人達、何なんだろう」


「……多分、悪魔だな」




 白スーツ、リーダーらしき男が口にした、プライヤという名前。輝夜はその名前の持ち主を知っていた。

 つまり彼ら五人は、”そっち側”の存在なのだろう。

 この姫乃の街に、居るはずのない生き物。




「でも、どう見ても人間にしか」




 栞が知っている悪魔は、もっと”化物”のような姿をしている。

 少なくとも、ネットやニュースではそう映っていた。




 人にしか見えない、”擬態”した悪魔。

 だからこそ、ここまで入り込めたのだろう。







 男たちがパソコンのような機械を起動すると。

 地下室の真ん中に、”魔法陣”のようなものが発生する。




「まずはそいつを送ろう」




 雑に引きずられながら、首の折れた男が魔法陣の上に運ばれる。


 その状態で、彼らが機械を操作すると。



 魔方陣の上にいた男が、瞬く間に消えてしまう。

 まるで、どこか別の場所へ”転送”されたように。



 それを確認すると、リーダーの男がスマホでどこかと連絡を取る。




「ひとまず一体目だ。……いや、別に転送事故じゃない。単に見せしめで殺しただけだ。”加工”には問題ないだろう?」




 スマホで通話しながら、リーダーの男は集められた人々を見る。




「次からは、ちゃんと生きた人間を送る」

















 善人を殴ろうと、思いっきり振り抜かれた拳。


 けれどもそれは、善人の持つ”黄金の魔力”によって阻まれていた。


 そんな光景を、桜は困惑した様子で見つめる。




「お兄ちゃん、なんで?」


「さぁ、なんでだろう」




 メガネを掛けた”悪魔おとこ”は、ただ淡々とした口ぶりで。

 桜との間に、親しい関係があるようには見えなかった。

 故に善人は、目の前の二人を明確な敵であると認識する。




「アミー!」


「おう!」




 善人の声に呼応して、アミーがすぐ側に実体化する。

 もう一人の悪魔と対峙するように。




「下がってて」



 善人は、桜を自分の背後に下がらせた。






 二人の悪魔と、善人たちが向かい合う。




「指輪を身に着けた人間は、時に不思議な力を使うことがある。そう聞いていたが、まさか悪魔を召喚するとは」



 メガネの悪魔は、冷静に相手の力を確認する。




「見たところこいつ、呪いの影響を受けてねぇぞ」


「あぁ、かなり分が悪い」




 敵は、”全力を出せる悪魔”と、特殊な力を持った人間。

 対するこちらは、あくまでも”潜入用”の姿と。

 双方の戦力を比較する。




「”レパード”の指示を覚えてるか?」


「……ああ」




 二人の悪魔はアイコンタクトを交わすと。

 同時に地面を蹴り、壁を伝って建物の上へと登っていく。




「あいつら、逃げる気か!」




 彼らが選んだ道は、逃走の一手。

 地上での戦闘は、悪魔にとってあまりにも”リスク”が高すぎた。




「ちっ」



 アミーは追いかけようとも考えるも。敵は二人いるため、追跡は厳しいと判断する。





 人間離れした身体能力で、二人の悪魔は建物を移動する。


 このような都会の街では、自由自在に飛び回る彼らを捕まえる術がない。

 それ故、かつてアミーもロンギヌスの特殊部隊から逃れることが出来た。


 彼らに追いつけるとしたら、それはもはや人間ではない。





「――がッ!?」




 ”空から飛来した何か”に、思いっきり蹴られ。メガネの悪魔は地上へと落下する。

 そして”彼女”は、間髪を入れずにもう一人の悪魔を視界に捉えると。



 右腕を”ロケットパンチ”のように射出し。

 その伸ばした腕で、悪魔の首を掴んだ。



 彼女の腕は、見るからに機械仕掛けであり。太いワイヤーで繋がって、その胴体へと戻ってくる。





 悪魔の首を掴みながら。

 彼女、”影沢舞”は地上に降りた。





「にわかに信じがたいですが。身体能力からして、確かに人ではなさそうですね」


「くっ、テメェ」




 悪魔が必死に抵抗するも、影沢の腕は振り解けない。

 圧倒的に、”馬力”が違っていた。




「ッ」




 メガネの悪魔は地上に蹴り落とされ。

 もう一人は影沢に捕まった。


 その場所へ、善人たちもやって来る。




「輝夜さんは?」


「喫茶店で待ってます」


「なら、大丈夫ですね」




 悪魔をその手で捕らえたまま、影沢はスマホを操作する。

 すると、





『――悪魔の侵入が確認されました。安全が確認されるまで、市民の皆様は屋内への避難をお願いします』





 彼女の通報によって、街中に緊急放送が流れ始める。

 白昼堂々と戦う以上、もうその存在を隠すわけにはいかない。




「こうなれば戦争です。あなた方も、”お仲間”を呼んだらどうですか?」


「……あいにく、こっちは二人だけなので」




 メガネの悪魔が立ち上がる。




「気をつけろ。この女、”サイボーグ”だ」


「見れば分かる」




 前方には、得体の知れないサイボーグ女。

 背後には、悪魔と人間のコンビと。


 どう見ても勝ち目のない状況だが、彼にもプライドがあった。




「人体改造は”こちら側”の技術だ。コピー品が、本物に勝てると思うな!」




 まずは仲間を助けるべく。

 影沢に接近すると、右の拳を放った。



 対する影沢は、持っていたスマホを投げ捨てると。

 空いた左の拳で、相手の拳を迎え撃つ。



 影沢と悪魔、双方の拳が激突。

 すると、





 パワーの差が如実に表れ。

 悪魔の拳が、一方的に破壊された。





「があぁぁッ」



 ひしゃげた右の拳、破れた皮膚の間から、”真っ赤な粒子”が溢れ出る。

 その内側を、晒してしまったがために。




「……やはり、皮ですか」



 苦しむメガネの悪魔を見ながら、影沢はつぶやいた。






 なぜ、悪魔がこの街に侵入できたのか。


 基本として、悪魔は人間界で普通に活動することが出来ない。

 月の呪いから受ける影響が人間の比ではなく、体中から生命力が抜けて、最終的には死んでしまう。


 それを克服する唯一の手段は、”人間の血液”を纏うこと。

 人間の血液をフィルターとして利用することで、彼らは月の呪いを軽減し、地上での活動が可能になる。


 血液を纏う方法は、いくつか存在する。


 一つは、血液を”鎧や外殻”のように加工し、全身を覆う手段。この方法を使うことにより、悪魔は地上でも十分な戦闘を行うことが可能となる。

 悪魔が地上で暴れる場合、大抵はこの手段を用いるため、必然的に人類には悪魔=”赤い化物”というイメージがついた。


 とはいえ、鎧のように纏う方法は、自分が悪魔であると言いふらしているようなものであり。

 もっと自然に溶け込めるように、血液を”薄い膜”のように纏う方法が開発された。

 その性質上、戦闘行為には向かないものの。人間のふりをして紛れ込むには、十分過ぎる技術であった。




 しかし、それらの方法を用いたとして、悪魔が姫乃に侵入することは不可能である。


 街への出入りには検問所を突破する必要があり、僅かでも”血の匂い”がすれば弾かれてしまう。

 また、街中の至る所に”魔力検査器”が設置されており、悪魔が悪魔である以上、その存在を隠すことは出来ない。



 ならば、彼らはどうやってこの街に侵入したのか。

 なぜ検査器に引っかからないのか。





「殺した人間の皮を、被ってるんですね」




 影沢が口にした言葉に、善人たちは衝撃を受ける。

 それが本当ならば、あまりにも。




「”人の皮を被った悪魔”と、昔から言いますが。まさか文字通りの存在が現れるとは」




「……何を、言ってるの?」



 突きつけられる現実に、桜は理解が追いつかない。




「とはいえ、戦闘には不向きですね。被った皮膚に損傷を受ければ、途端に呪いの影響を受けてしまう」




 ひしゃげた拳から、生命力が抜けていく。

 このメガネの悪魔は、放っておいたら死んでしまうだろう。




「ここの本部には、月の呪いを遮断できる部屋があります。大人しくしてくだされば、そこへ連れていきましょう」


「ッ、テメェ」




 もう一人の悪魔は、影沢に首を掴まれつつも対抗心が剥き出しであった。


 そうやって、影沢と二人の悪魔が話していると。





「――ちょっと待ってよ!」



 居ても立っても居られず、桜が話に割って入る。





「どういうこと? どういうことなの? 殺した人間の皮を被ってるって。じゃあ、そこにいるお兄ちゃんは?」



 それが意味する事実を、桜は直視できなかった。





「……そういう、事情でしたか」



 なぜ、この悪魔たちを発見できたのか、影沢はその理由を察し。




むごいことを」


「ぐっ」




 悪魔を掴むその手の力が、自然と強くなる。




「この街へ来た理由は? 一体何を企んでいる」


「……」




 問いただされても、二人の悪魔は口を割らない。


 首を掴まれようと、呪いに晒されようと。

 彼らの中には、確かな信念とプライドがあった。




「テメェら、もう終わりだぞ」



 首を掴まれた悪魔が、嘲笑うように言葉を発する。




「どういう意味ですか?」


「ハッ、言うかよバカ」




 人が人を思うように。

 悪魔もまた、強い結束で結ばれている。





「この街も、世界も、――俺たち悪魔のもんだ!!」





 絶対に、相容れることのない。

 心からの憎しみを叫んだ。

















「やめてくれぇ!」




 悲痛な叫びを上げながら、人々が魔法陣の中へと消えていく。


 回収されたスマートフォンと、”電子精霊”の集めた情報を元に。

 ”社会的地位”の高い人間から優先的に転送されていた。




「最後に連れてきた少女は、素性がはっきりしませんが」


「気にするな。どのみち、あれは計画には使わない」




 白スーツを着たリーダー、”レパード”が。

 想定外の客である、輝夜を見つめる。




「”オークション”に出せば、かなりの高値がつくだろう」


「……ですね」




 聞こえてくる会話に、輝夜は最悪の未来を予見した。




「魔界に連れて行かれて、食べられちゃうんじゃ」


「……心配するな。必ず助けは来る」




 不安に震える栞を、優しく励ましながら。


 影沢や善人など。

 必ず助けが来ると、輝夜はそう信じて。








 無情にも、時間は過ぎていった。








「とりあえず、これでノルマは達成だな」


「ええ」




 すでに、半数以上の人間がこの場から消え。

 残されたのは、女や子供ばかり。




「計画に必要なのはこれで全部だ。今から、”おまけのおもちゃ”を送る」



 リーダーのレパードが、スマホで向こう側と連絡を取る。




「そこの一番可愛いお嬢さん、こっちへ来なさい」


「……あぁ、くそ」




 生まれて初めて、輝夜は自分の美しさを呪った。





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