二つの結末(二)
スーツ姿をした、五人の男たち。彼らはこの場において、恐怖の象徴であった。
人間離れした力を持ち、逆らえば殺される。
輝夜が訪れる前に、恐らく誰かが抵抗したのだろう。
その結果として、首を一回転させられた。
「あの人達、何なんだろう」
「……多分、悪魔だな」
白スーツ、リーダーらしき男が口にした、プライヤという名前。輝夜はその名前の持ち主を知っていた。
つまり彼ら五人は、”そっち側”の存在なのだろう。
この姫乃の街に、居るはずのない生き物。
「でも、どう見ても人間にしか」
栞が知っている悪魔は、もっと”化物”のような姿をしている。
少なくとも、ネットやニュースではそう映っていた。
人にしか見えない、”擬態”した悪魔。
だからこそ、ここまで入り込めたのだろう。
男たちがパソコンのような機械を起動すると。
地下室の真ん中に、”魔法陣”のようなものが発生する。
「まずはそいつを送ろう」
雑に引きずられながら、首の折れた男が魔法陣の上に運ばれる。
その状態で、彼らが機械を操作すると。
魔方陣の上にいた男が、瞬く間に消えてしまう。
まるで、どこか別の場所へ”転送”されたように。
それを確認すると、リーダーの男がスマホでどこかと連絡を取る。
「ひとまず一体目だ。……いや、別に転送事故じゃない。単に見せしめで殺しただけだ。”加工”には問題ないだろう?」
スマホで通話しながら、リーダーの男は集められた人々を見る。
「次からは、ちゃんと生きた人間を送る」
◆
善人を殴ろうと、思いっきり振り抜かれた拳。
けれどもそれは、善人の持つ”黄金の魔力”によって阻まれていた。
そんな光景を、桜は困惑した様子で見つめる。
「お兄ちゃん、なんで?」
「さぁ、なんでだろう」
メガネを掛けた”
桜との間に、親しい関係があるようには見えなかった。
故に善人は、目の前の二人を明確な敵であると認識する。
「アミー!」
「おう!」
善人の声に呼応して、アミーがすぐ側に実体化する。
もう一人の悪魔と対峙するように。
「下がってて」
善人は、桜を自分の背後に下がらせた。
二人の悪魔と、善人たちが向かい合う。
「指輪を身に着けた人間は、時に不思議な力を使うことがある。そう聞いていたが、まさか悪魔を召喚するとは」
メガネの悪魔は、冷静に相手の力を確認する。
「見たところこいつ、呪いの影響を受けてねぇぞ」
「あぁ、かなり分が悪い」
敵は、”全力を出せる悪魔”と、特殊な力を持った人間。
対するこちらは、あくまでも”潜入用”の姿と。
双方の戦力を比較する。
「”レパード”の指示を覚えてるか?」
「……ああ」
二人の悪魔はアイコンタクトを交わすと。
同時に地面を蹴り、壁を伝って建物の上へと登っていく。
「あいつら、逃げる気か!」
彼らが選んだ道は、逃走の一手。
地上での戦闘は、悪魔にとってあまりにも”リスク”が高すぎた。
「ちっ」
アミーは追いかけようとも考えるも。敵は二人いるため、追跡は厳しいと判断する。
人間離れした身体能力で、二人の悪魔は建物を移動する。
このような都会の街では、自由自在に飛び回る彼らを捕まえる術がない。
それ故、かつてアミーもロンギヌスの特殊部隊から逃れることが出来た。
彼らに追いつけるとしたら、それはもはや人間ではない。
「――がッ!?」
”空から飛来した何か”に、思いっきり蹴られ。メガネの悪魔は地上へと落下する。
そして”彼女”は、間髪を入れずにもう一人の悪魔を視界に捉えると。
右腕を”ロケットパンチ”のように射出し。
その伸ばした腕で、悪魔の首を掴んだ。
彼女の腕は、見るからに機械仕掛けであり。太いワイヤーで繋がって、その胴体へと戻ってくる。
悪魔の首を掴みながら。
彼女、”影沢舞”は地上に降りた。
「にわかに信じがたいですが。身体能力からして、確かに人ではなさそうですね」
「くっ、テメェ」
悪魔が必死に抵抗するも、影沢の腕は振り解けない。
圧倒的に、”馬力”が違っていた。
「ッ」
メガネの悪魔は地上に蹴り落とされ。
もう一人は影沢に捕まった。
その場所へ、善人たちもやって来る。
「輝夜さんは?」
「喫茶店で待ってます」
「なら、大丈夫ですね」
悪魔をその手で捕らえたまま、影沢はスマホを操作する。
すると、
『――悪魔の侵入が確認されました。安全が確認されるまで、市民の皆様は屋内への避難をお願いします』
彼女の通報によって、街中に緊急放送が流れ始める。
白昼堂々と戦う以上、もうその存在を隠すわけにはいかない。
「こうなれば戦争です。あなた方も、”お仲間”を呼んだらどうですか?」
「……あいにく、こっちは二人だけなので」
メガネの悪魔が立ち上がる。
「気をつけろ。この女、”サイボーグ”だ」
「見れば分かる」
前方には、得体の知れないサイボーグ女。
背後には、悪魔と人間のコンビと。
どう見ても勝ち目のない状況だが、彼にもプライドがあった。
「人体改造は”こちら側”の技術だ。コピー品が、本物に勝てると思うな!」
まずは仲間を助けるべく。
影沢に接近すると、右の拳を放った。
対する影沢は、持っていたスマホを投げ捨てると。
空いた左の拳で、相手の拳を迎え撃つ。
影沢と悪魔、双方の拳が激突。
すると、
パワーの差が如実に表れ。
悪魔の拳が、一方的に破壊された。
「があぁぁッ」
ひしゃげた右の拳、破れた皮膚の間から、”真っ赤な粒子”が溢れ出る。
その内側を、晒してしまったがために。
「……やはり、皮ですか」
苦しむメガネの悪魔を見ながら、影沢はつぶやいた。
なぜ、悪魔がこの街に侵入できたのか。
基本として、悪魔は人間界で普通に活動することが出来ない。
月の呪いから受ける影響が人間の比ではなく、体中から生命力が抜けて、最終的には死んでしまう。
それを克服する唯一の手段は、”人間の血液”を纏うこと。
人間の血液をフィルターとして利用することで、彼らは月の呪いを軽減し、地上での活動が可能になる。
血液を纏う方法は、いくつか存在する。
一つは、血液を”鎧や外殻”のように加工し、全身を覆う手段。この方法を使うことにより、悪魔は地上でも十分な戦闘を行うことが可能となる。
悪魔が地上で暴れる場合、大抵はこの手段を用いるため、必然的に人類には悪魔=”赤い化物”というイメージがついた。
とはいえ、鎧のように纏う方法は、自分が悪魔であると言いふらしているようなものであり。
もっと自然に溶け込めるように、血液を”薄い膜”のように纏う方法が開発された。
その性質上、戦闘行為には向かないものの。人間のふりをして紛れ込むには、十分過ぎる技術であった。
しかし、それらの方法を用いたとして、悪魔が姫乃に侵入することは不可能である。
街への出入りには検問所を突破する必要があり、僅かでも”血の匂い”がすれば弾かれてしまう。
また、街中の至る所に”魔力検査器”が設置されており、悪魔が悪魔である以上、その存在を隠すことは出来ない。
ならば、彼らはどうやってこの街に侵入したのか。
なぜ検査器に引っかからないのか。
「殺した人間の皮を、被ってるんですね」
影沢が口にした言葉に、善人たちは衝撃を受ける。
それが本当ならば、あまりにも。
「”人の皮を被った悪魔”と、昔から言いますが。まさか文字通りの存在が現れるとは」
「……何を、言ってるの?」
突きつけられる現実に、桜は理解が追いつかない。
「とはいえ、戦闘には不向きですね。被った皮膚に損傷を受ければ、途端に呪いの影響を受けてしまう」
ひしゃげた拳から、生命力が抜けていく。
このメガネの悪魔は、放っておいたら死んでしまうだろう。
「ここの本部には、月の呪いを遮断できる部屋があります。大人しくしてくだされば、そこへ連れていきましょう」
「ッ、テメェ」
もう一人の悪魔は、影沢に首を掴まれつつも対抗心が剥き出しであった。
そうやって、影沢と二人の悪魔が話していると。
「――ちょっと待ってよ!」
居ても立っても居られず、桜が話に割って入る。
「どういうこと? どういうことなの? 殺した人間の皮を被ってるって。じゃあ、そこにいるお兄ちゃんは?」
それが意味する事実を、桜は直視できなかった。
「……そういう、事情でしたか」
なぜ、この悪魔たちを発見できたのか、影沢はその理由を察し。
「
「ぐっ」
悪魔を掴むその手の力が、自然と強くなる。
「この街へ来た理由は? 一体何を企んでいる」
「……」
問いただされても、二人の悪魔は口を割らない。
首を掴まれようと、呪いに晒されようと。
彼らの中には、確かな信念とプライドがあった。
「テメェら、もう終わりだぞ」
首を掴まれた悪魔が、嘲笑うように言葉を発する。
「どういう意味ですか?」
「ハッ、言うかよバカ」
人が人を思うように。
悪魔もまた、強い結束で結ばれている。
「この街も、世界も、――俺たち悪魔のもんだ!!」
絶対に、相容れることのない。
心からの憎しみを叫んだ。
◆
「やめてくれぇ!」
悲痛な叫びを上げながら、人々が魔法陣の中へと消えていく。
回収されたスマートフォンと、”電子精霊”の集めた情報を元に。
”社会的地位”の高い人間から優先的に転送されていた。
「最後に連れてきた少女は、素性がはっきりしませんが」
「気にするな。どのみち、あれは計画には使わない」
白スーツを着たリーダー、”レパード”が。
想定外の客である、輝夜を見つめる。
「”オークション”に出せば、かなりの高値がつくだろう」
「……ですね」
聞こえてくる会話に、輝夜は最悪の未来を予見した。
「魔界に連れて行かれて、食べられちゃうんじゃ」
「……心配するな。必ず助けは来る」
不安に震える栞を、優しく励ましながら。
影沢や善人など。
必ず助けが来ると、輝夜はそう信じて。
無情にも、時間は過ぎていった。
「とりあえず、これでノルマは達成だな」
「ええ」
すでに、半数以上の人間がこの場から消え。
残されたのは、女や子供ばかり。
「計画に必要なのはこれで全部だ。今から、”おまけのおもちゃ”を送る」
リーダーのレパードが、スマホで向こう側と連絡を取る。
「そこの一番可愛いお嬢さん、こっちへ来なさい」
「……あぁ、くそ」
生まれて初めて、輝夜は自分の美しさを呪った。
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