二つの結末(一)






 一人の少女が、雨に打たれていた。


 ある凄惨な事件現場。

 黄色いテープの向こう側を見つめながら、ただ立ち尽くす。




『また悪魔が出たらしいわよ』


『両親は惨殺されて、生き残ったのは娘が一人』


『兄と弟が居たらしいけど、両方とも行方不明ですって』


『かわいそうに』




 湧き上がる様々な感情に、拳を震わせながらも。

 その少女には何も出来なかった。















 竜宮桜は走る。

 激しい心臓の鼓動、困惑の感情を抱きながら。


 あり得ない。

 見間違い。


 そう思いながらも、可能性を否定することが出来ず。

 感情の赴くままに、桜は走った。





「お兄ちゃん!」


「ん?」




 人通りも多い街中で、桜が叫ぶと。

 前を歩いていた、二人の青年が歩みを止める。


 桜よりも、少し年上だろうか。目付きの悪い青年と、メガネを掛けた青年。

 メガネを掛けた方に、桜は瞳を奪われる。


 見間違いじゃなかった。




「お兄ちゃん、だよね」


「あ、いや」



 桜に兄と呼ばれて、メガネの青年は困惑した様子。




「人違いじゃないですか? 僕に妹は居ませんよ」


(……あっ、声が違う。)




 聞き覚えのある、兄の声ではない。

 ならば他人の空似かと、桜は思うも。


 あることに気づき、メガネの青年に近づいた。




「この手の火傷、お兄ちゃんとおんなじ」



 右手にある、特徴的な火傷痕を見る。




(わたしが花火を当てちゃったやつだ。何度も見たから、絶対に間違えない)




 この火傷痕は、間違いなく兄のもの。

 それを踏まえて、桜は青年の顔を見る。




(声は確かに違うけど、顔も手もお兄ちゃんと同じ。どういうこと?)



 桜が混乱していると。

 目付きの悪い青年が、メガネの青年に耳打ちする。




「厄介なのに見つかったな」


「ああ。この顔の欠点だ」




 ”想定外の事態”。

 それに対し、彼らは対処を考える。




「君のお兄さんについて、少し話があるんだけど。ついてきてくれるかい?」


「あ、はい。もちろんです」




 ただ、知りたいという一心で、桜は青年たちについて行くことに。

 すると、




「――桜さん!」




 善人が、その場に走ってやって来る。

 必死に探したのか、かなり息を切らしていた。




「急に、どうしたの?」


「”行方不明のお兄ちゃん”に、すっごく似てる人を見つけて」


「へ、へぇ」



 兄に似た人を見つけた。そんな桜の言葉に、善人はひとまず安心するものの。




 ”右手の指輪”が、激しく振動する。




 善人以外が気づかないように。

 静かに、指輪が警告していた。




「ッ」



 初めての反応だが、善人は本能的に理解する。

 目の前に立つ二人の男が、”人ならざる者”であると。


 善人は冷静に動く。




「輝夜さんに、問題ないって連絡するよ」



 そう言いながらスマホを操作し。

 輝夜ではなく、”影沢舞”に連絡を入れた。




「それで、結局お兄さんだったの?」


「ううん、違うらしいんだけど。話があるから、ついてきてほしいって」




 その話を聞き、善人は緊張した様子で青年たちを見る。

 どこからどう見ても、普通の人間にしか見えない。普通の人間のように、今この場所に立っている。




「それって、僕もついて行っていいですか?」


「え、ヨッシー?」


「友達一人だと、ちょっと心配なので」


「……」




 メガネの青年は、善人の姿を。

 その手に存在する指輪を見て、眉をひそめた。




「ええ、もちろん。ついてきてください」








 青年たちについて行って。

 善人と桜は、人通りの無い路地裏へとやって来る。


 どうしてこんな場所なのか、桜は純粋に疑問に思い。

 善人は先ほどから、最大級の警戒をしていた。



 行き止まりに辿り着き、青年たちが立ち止まる。




「あの、こんな場所で話すんですか?」



 桜が問いかけるも。

 青年たちは、それに対して何も言わず。


 ただ、無表情で振り返った。




「君、さっきはどこに連絡したのかな?」


「え。……普通に、友達に」


「なるほど、友達ねぇ」



 善人の話に、メガネの青年は微笑み。




「嘘が上手い」



 目にも留まらぬ速さで、その拳を振るった。

















「はぁ、はぁ」



 少し焦った表情で、輝夜は街中を進んでいく。

 本当なら、全力疾走をしたいくらいだが。無理をすると”ポッキリ”いってしまうため、早歩きが精一杯だった。




「あいつ、どこだ?」



 朱雨に呼び出されたと。そう思い込んでいる栞を探して、輝夜は歩き回る。


 スマホでの連絡も試みたが、まるで反応がなかった。

 それほど時間も経っていないというのに。




『位置情報が掴めないにゃん。たぶん、意図的に電波を切ってるにゃん』


「わざわざ、そんな必要があるか?」




 闇雲に探しても、栞の姿は見当たらない。

 おまけに、自分の足では移動範囲に限界もある。




『周辺の監視カメラから、栞を探してみるにゃん!』


「ああ、頼む」




 何かがおかしい。

 そう自覚しながらも、輝夜は歩き続けた。








(リアルで二人で会おうなんて、そんなの初めて)




 スマホを手に持ちながら、栞は軽やかな足取りで歩いていく。気分的にはもう、スキップがしたいくらいに。

 その歩行スピードは、輝夜よりよっぽど速かった。




(こんなに早く変化が来るなんて、やっぱり”勇気”だ)




 勇気を出して髪を切って、すぐにこんなイベントが発生した。

 これも全部、輝夜のアドバイスに従ったおかげだと。


 栞はテンション高めに、その”目的地”へとやって来る。




「……ふぅ。近くで良かった」




 指定された場所は、とあるレストラン。少々風変わりな、地下にあるお店であり。

 栞はそこに繋がる階段へとやって来た。




(地下のレストラン、こんなお洒落なところ初めて。……ご飯食べてきちゃったけど)




 ファミレスでパスタを食べたことを、栞が少し後悔していると。

 彼女のスマホにメッセージが届く。




『俺はもう中にいる。名前を言えば通してくれるだろう』



 送ってきたのは、もちろん”紅月朱雨”。

 そう表示されているのだから、疑いようもない。




「緊張する」



 胸を躍らせながら、栞は階段を下っていった。








「はぁ、はぁ。……あぁ、もう」



 それから少し経って、輝夜がこの場所へとやって来る。

 小突いたら倒れそうなほどに、体力は限界寸前であった。




「ここか」



 絶対に転ばないように、輝夜は手すりを持って階段を下りていき。

 地下にあるお店へとやって来る。


 店の扉の前には、黒スーツ姿の男が立っていた。




「ご予約はお有りでしょうか」


「予約が、必要なんですか?」


「ええ」




 その言葉を聞き、輝夜はどうしたものかと考える。




「ちなみに、どうやってここを知りましたか?」


「あぁ、いえ。友達がここに入ってくるのを見て。ちょっと、気になるなぁと」



 正確には、監視カメラの映像を辿ってここまで来たのだが。




「まぁ、予約が必要なら出直します」




 とりあえず、この店に栞がいるのは確かである。

 ひとまずここは上に戻って、別のアプローチ手段を考えようと――




 グッと、輝夜は腕を掴まれる。




「いっ」



 普通に掴まれただけだが、輝夜はそれでも十分に痛かった。




「やはり、予約は結構です。どうぞ中にお入りください」


「……いや、その」




 掴まれたその腕は、簡単に振り解けそうになかった。















 黒スーツの男に連れられて、輝夜は店の中へと足を踏み入れる。




「スマートフォンをお預かりします」


「え」


「店の規則ですので」


「……」




 断ったら何をされるか分からないため、輝夜はスマホを渡すことに。







 店の奥へと進むと。

 そこには、”大勢の人々”が集められていた。


 断じて、そこはレストランなどではない。

 地下の空間には何もなく、人々が怯えた様子で固まっていた。




「さぁ、あなたも彼らのもとへ」


「……帰りたいって言ったら?」


「彼のようになりたいなら、構いませんが」





 男が指し示す場所には、一人の男が”髪の毛を掴まれた状態”で立たされていた。

 無理やり立たされて、暴力を受けている。そんな光景のようにも見えたが。

 輝夜はすぐに、それが間違いだと気づく。




 男の首は、体とは逆方向に回転していた。

 ”そんな状態”ならば、確かに自力で立つことは不可能であろう。




 黒スーツを着た別の男が、首の回転した男を持ち上げて。

 それを人々に見せつけている。


 こうはなりたくないだろう。

 そう恐怖を刻むように。





「人間相手でも、女子供をいたぶるのは気が引けるので。どうか」


「……」




 その脅迫に乗って、輝夜は他の人々のもとへと向かう。


 そこにはやはり、栞の姿もあった。




「あ、輝夜」


「……無事だったか」




 ひとまず元気そうな顔を見て、輝夜は一安心する。




「ここに紅月くんが居るって、思ってたんだけど」


「そうか」




 どういう理屈なのかは分からないが。

 2~30人は居るであろうここの人々も、全員同じような手口で誘い出されたのかも知れない。




(……これは、かなり周到だな)



 今の現状について、輝夜が冷静に考えていると。





「――さて、そろそろ始めようか」



 スーツ姿の数人の男たち。

 その中で、白スーツを着たリーダーらしき男が話し始める。





「まだ、メンバーが二人来ていませんが」


「その時点で問題なんだよ。狂いが僅かでも生じたら、この計画はお終いだ」



 男は冷静に、集められた人々を見つめる。




「――プライヤみたいに、逆に狩られたくないだろ」





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