二つの結末(一)
一人の少女が、雨に打たれていた。
ある凄惨な事件現場。
黄色いテープの向こう側を見つめながら、ただ立ち尽くす。
『また悪魔が出たらしいわよ』
『両親は惨殺されて、生き残ったのは娘が一人』
『兄と弟が居たらしいけど、両方とも行方不明ですって』
『かわいそうに』
湧き上がる様々な感情に、拳を震わせながらも。
その少女には何も出来なかった。
◇
竜宮桜は走る。
激しい心臓の鼓動、困惑の感情を抱きながら。
あり得ない。
見間違い。
そう思いながらも、可能性を否定することが出来ず。
感情の赴くままに、桜は走った。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
人通りも多い街中で、桜が叫ぶと。
前を歩いていた、二人の青年が歩みを止める。
桜よりも、少し年上だろうか。目付きの悪い青年と、メガネを掛けた青年。
メガネを掛けた方に、桜は瞳を奪われる。
見間違いじゃなかった。
「お兄ちゃん、だよね」
「あ、いや」
桜に兄と呼ばれて、メガネの青年は困惑した様子。
「人違いじゃないですか? 僕に妹は居ませんよ」
(……あっ、声が違う。)
聞き覚えのある、兄の声ではない。
ならば他人の空似かと、桜は思うも。
あることに気づき、メガネの青年に近づいた。
「この手の火傷、お兄ちゃんとおんなじ」
右手にある、特徴的な火傷痕を見る。
(わたしが花火を当てちゃったやつだ。何度も見たから、絶対に間違えない)
この火傷痕は、間違いなく兄のもの。
それを踏まえて、桜は青年の顔を見る。
(声は確かに違うけど、顔も手もお兄ちゃんと同じ。どういうこと?)
桜が混乱していると。
目付きの悪い青年が、メガネの青年に耳打ちする。
「厄介なのに見つかったな」
「ああ。この顔の欠点だ」
”想定外の事態”。
それに対し、彼らは対処を考える。
「君のお兄さんについて、少し話があるんだけど。ついてきてくれるかい?」
「あ、はい。もちろんです」
ただ、知りたいという一心で、桜は青年たちについて行くことに。
すると、
「――桜さん!」
善人が、その場に走ってやって来る。
必死に探したのか、かなり息を切らしていた。
「急に、どうしたの?」
「”行方不明のお兄ちゃん”に、すっごく似てる人を見つけて」
「へ、へぇ」
兄に似た人を見つけた。そんな桜の言葉に、善人はひとまず安心するものの。
”右手の指輪”が、激しく振動する。
善人以外が気づかないように。
静かに、指輪が警告していた。
「ッ」
初めての反応だが、善人は本能的に理解する。
目の前に立つ二人の男が、”人ならざる者”であると。
善人は冷静に動く。
「輝夜さんに、問題ないって連絡するよ」
そう言いながらスマホを操作し。
輝夜ではなく、”影沢舞”に連絡を入れた。
「それで、結局お兄さんだったの?」
「ううん、違うらしいんだけど。話があるから、ついてきてほしいって」
その話を聞き、善人は緊張した様子で青年たちを見る。
どこからどう見ても、普通の人間にしか見えない。普通の人間のように、今この場所に立っている。
「それって、僕もついて行っていいですか?」
「え、ヨッシー?」
「友達一人だと、ちょっと心配なので」
「……」
メガネの青年は、善人の姿を。
その手に存在する指輪を見て、眉をひそめた。
「ええ、もちろん。ついてきてください」
青年たちについて行って。
善人と桜は、人通りの無い路地裏へとやって来る。
どうしてこんな場所なのか、桜は純粋に疑問に思い。
善人は先ほどから、最大級の警戒をしていた。
行き止まりに辿り着き、青年たちが立ち止まる。
「あの、こんな場所で話すんですか?」
桜が問いかけるも。
青年たちは、それに対して何も言わず。
ただ、無表情で振り返った。
「君、さっきはどこに連絡したのかな?」
「え。……普通に、友達に」
「なるほど、友達ねぇ」
善人の話に、メガネの青年は微笑み。
「嘘が上手い」
目にも留まらぬ速さで、その拳を振るった。
◆
「はぁ、はぁ」
少し焦った表情で、輝夜は街中を進んでいく。
本当なら、全力疾走をしたいくらいだが。無理をすると”ポッキリ”いってしまうため、早歩きが精一杯だった。
「あいつ、どこだ?」
朱雨に呼び出されたと。そう思い込んでいる栞を探して、輝夜は歩き回る。
スマホでの連絡も試みたが、まるで反応がなかった。
それほど時間も経っていないというのに。
『位置情報が掴めないにゃん。たぶん、意図的に電波を切ってるにゃん』
「わざわざ、そんな必要があるか?」
闇雲に探しても、栞の姿は見当たらない。
おまけに、自分の足では移動範囲に限界もある。
『周辺の監視カメラから、栞を探してみるにゃん!』
「ああ、頼む」
何かがおかしい。
そう自覚しながらも、輝夜は歩き続けた。
(リアルで二人で会おうなんて、そんなの初めて)
スマホを手に持ちながら、栞は軽やかな足取りで歩いていく。気分的にはもう、スキップがしたいくらいに。
その歩行スピードは、輝夜よりよっぽど速かった。
(こんなに早く変化が来るなんて、やっぱり”勇気”だ)
勇気を出して髪を切って、すぐにこんなイベントが発生した。
これも全部、輝夜のアドバイスに従ったおかげだと。
栞はテンション高めに、その”目的地”へとやって来る。
「……ふぅ。近くで良かった」
指定された場所は、とあるレストラン。少々風変わりな、地下にあるお店であり。
栞はそこに繋がる階段へとやって来た。
(地下のレストラン、こんなお洒落なところ初めて。……ご飯食べてきちゃったけど)
ファミレスでパスタを食べたことを、栞が少し後悔していると。
彼女のスマホにメッセージが届く。
『俺はもう中にいる。名前を言えば通してくれるだろう』
送ってきたのは、もちろん”紅月朱雨”。
そう表示されているのだから、疑いようもない。
「緊張する」
胸を躍らせながら、栞は階段を下っていった。
「はぁ、はぁ。……あぁ、もう」
それから少し経って、輝夜がこの場所へとやって来る。
小突いたら倒れそうなほどに、体力は限界寸前であった。
「ここか」
絶対に転ばないように、輝夜は手すりを持って階段を下りていき。
地下にあるお店へとやって来る。
店の扉の前には、黒スーツ姿の男が立っていた。
「ご予約はお有りでしょうか」
「予約が、必要なんですか?」
「ええ」
その言葉を聞き、輝夜はどうしたものかと考える。
「ちなみに、どうやってここを知りましたか?」
「あぁ、いえ。友達がここに入ってくるのを見て。ちょっと、気になるなぁと」
正確には、監視カメラの映像を辿ってここまで来たのだが。
「まぁ、予約が必要なら出直します」
とりあえず、この店に栞がいるのは確かである。
ひとまずここは上に戻って、別のアプローチ手段を考えようと――
グッと、輝夜は腕を掴まれる。
「いっ」
普通に掴まれただけだが、輝夜はそれでも十分に痛かった。
「やはり、予約は結構です。どうぞ中にお入りください」
「……いや、その」
掴まれたその腕は、簡単に振り解けそうになかった。
◇
黒スーツの男に連れられて、輝夜は店の中へと足を踏み入れる。
「スマートフォンをお預かりします」
「え」
「店の規則ですので」
「……」
断ったら何をされるか分からないため、輝夜はスマホを渡すことに。
店の奥へと進むと。
そこには、”大勢の人々”が集められていた。
断じて、そこはレストランなどではない。
地下の空間には何もなく、人々が怯えた様子で固まっていた。
「さぁ、あなたも彼らのもとへ」
「……帰りたいって言ったら?」
「彼のようになりたいなら、構いませんが」
男が指し示す場所には、一人の男が”髪の毛を掴まれた状態”で立たされていた。
無理やり立たされて、暴力を受けている。そんな光景のようにも見えたが。
輝夜はすぐに、それが間違いだと気づく。
男の首は、体とは逆方向に回転していた。
”そんな状態”ならば、確かに自力で立つことは不可能であろう。
黒スーツを着た別の男が、首の回転した男を持ち上げて。
それを人々に見せつけている。
こうはなりたくないだろう。
そう恐怖を刻むように。
「人間相手でも、女子供をいたぶるのは気が引けるので。どうか」
「……」
その脅迫に乗って、輝夜は他の人々のもとへと向かう。
そこにはやはり、栞の姿もあった。
「あ、輝夜」
「……無事だったか」
ひとまず元気そうな顔を見て、輝夜は一安心する。
「ここに紅月くんが居るって、思ってたんだけど」
「そうか」
どういう理屈なのかは分からないが。
2~30人は居るであろうここの人々も、全員同じような手口で誘い出されたのかも知れない。
(……これは、かなり周到だな)
今の現状について、輝夜が冷静に考えていると。
「――さて、そろそろ始めようか」
スーツ姿の数人の男たち。
その中で、白スーツを着たリーダーらしき男が話し始める。
「まだ、メンバーが二人来ていませんが」
「その時点で問題なんだよ。狂いが僅かでも生じたら、この計画はお終いだ」
男は冷静に、集められた人々を見つめる。
「――プライヤみたいに、逆に狩られたくないだろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます