そして誰もいなくなった
紅月家、とある夕食の風景。
二人の姉弟と、使用人の影沢が同じテーブルで食事をする。
少なくとも、朝と晩は決まってこの風景であった。
「なぁ、朱雨。お前の好きなタイプは?」
輝夜が朱雨に尋ねる。
「ほら。髪型とか、スタイルとか」
「……そういう部分は気にしない」
「なるほど、あくまでも秘密か」
口では気にしないと言いつつも、必ずこだわりは存在するはず。
「なら逆に、お前はどうなんだ?」
「んー?」
「初めての学校だろ。同年代の男子とかはどうだ?」
「そうだな。……”ガキには興味がない”」
輝夜はきっぱりと言い放つ。
「ガキだと? 精神年齢で言ったら、お前は5歳児と変わらんだろ」
「ああ? 5歳児が、こんなにマナーよく飯を食えるか?」
基本的に、輝夜と朱雨は喧嘩口調で会話をするため、このように衝突することが多い。
とはいえ、いつも通りの事なので、影沢は気にしていなかった。
「ちなみに、可愛い系とキレイ系なら、どっちが好みだ?」
「しつこいぞ」
朱雨が、一体どのような好みをしているのか、輝夜は情報収集を行う。
じーっと瞳を見つめて、彼の答えを引き出そうとしていた。
流石の朱雨も、それは鬱陶しいと思ったのか。
「……可愛い系だ」
「ほぅほぅ」
渋々と答え。
対する輝夜はご満悦な様子。
「ちなみにわたしは、どっち系になるんだ?」
輝夜がつぶやくも、朱雨はすでに無視を決め込んでおり。
代わりに、影沢が話に入ってくる。
「輝夜さんは、両方を併せ持つ存在だと思います」
「ふふっ、なるほど」
そんな会話を聞きながら、
「はぁ」
朱雨は、深くため息を吐いた。
◇
週末。
輝夜と栞は、とある美容院へと訪れていた。
ここへ来た理由は、もちろん栞の髪の毛を切るため。
輝夜は単なるアドバイザーである。
「えっと。……本日は、どうされます?」
ほぼオバケという栞のビジュアルに、美容師の女性も戸惑う。
「栞。あいつは、可愛い系が好きらしいぞ」
「なら、可愛い系で」
輝夜のアドバイスに従って、栞はヘアスタイルを決める。
「最近のトレンドだと、こういうのが人気なんですけど」
美容師からカタログのようなものを渡され、二人はそれに目を通してみる。
「えっ、なにこれ」
「ほぅ」
カタログに乗っていた内容に、二人は少々驚く。
「これが今流行りの、”ケモ耳パーマ”です」
特製のパーマ剤を用いて、髪の毛で”動物の耳”のような部位を作る技術。
カタログの写真を見てみると、確かに髪型として機能していた。
これこそが、今流行りの最新ヘアスタイル。
「これは流石に、攻め過ぎじゃ」
いくら何でも、ケモ耳パーマはハードルが高く。
栞は怖気づくも、
「栞。お前は、何のためにここに来たんだ?」
「……分かりました。これでお願いします」
輝夜の眼力によって説得され、この髪型を決意した。
「じゃあ、カラーは入れますか?」
「えっと」
「わたしは有りだと思うぞ」
「なら、明るめで」
栞の決心がついたら、その後はトントン拍子で話が進んでいった。
ある程度の方針が決まると、輝夜は店内のソファでくつろぐことに。
「……お前の言ってた猫耳、あながち間違いじゃなかったな」
『だから言ったにゃん!』
暇なので、スマホを弄って時間を潰すことに。
◇
「死ぬほどかかったな、時間」
「う、うん」
カットやパーマなど、合計で三時間ほどかかってしまった。
輝夜も栞も、まさかこれほど時間がかかるとは思っておらず。
若干疲れた様子で街をぶらつく。
「はぅ」
全く新しい自分に生まれ変わりながらも、栞は恥ずかしそうにうつむいていた。
今の彼女の髪型は、ボブカットの”スコティッシュフォールド系”。
ヘアカラーは明るめのブラウンと、完全に別人に変身していた。
当然、髪の毛で顔が隠れることもない。
「わたしから見ても、可愛いと思うぞ」
「……ありがとう、ございます」
その容姿から、輝夜と栞は二人揃って目立っていた。
恥ずかしそうに、栞は輝夜の後ろに隠れていたが。
「そういえばお前、普段からそういう喋り方なのか?」
「え?」
「つまり。同い年相手にも、そうやって敬語を使ってるのか?」
「……同い年?」
輝夜の言葉に、栞は首を傾げる。
「輝夜さんって、高校何年生ですか?」
「一年に決まってるだろ」
「えぇ!?」
まさか同い年とは思っておらず、栞は驚愕する。
「てっきり、年上かと」
「わたしと朱雨は双子の姉弟だぞ。あいつから聞いてないのか?」
「紅月くん、家族のことをほとんど話さないから」
「気難しい奴だな」
ここに居ない弟に、輝夜は悪態をつく。
「まぁ、そういうわけだから、わたしに敬語は必要ないぞ。名前も呼び捨てでいい」
「そっか。……ありがとう、輝夜」
「ああ。それじゃあ、飯でも食うか」
二人は、ファミレスで遅めの昼食をとることに。
栞は和風のシーフードパスタを注文。
輝夜は、ハンバーグとステーキを食べる。
「輝夜、結構食べるんだね」
「食える時に食っとかないと、命に関わるからな」
「……へ、へぇ」
そんなこんなで、二人は昼食を食べ終わり。
そのままデザートへと移行する。
他愛のない会話を行う二人であったが。
ある時、輝夜が窓の外に”見知った顔”を見つける。
ほぼ唯一と言っていい、輝夜の学友。
花輪善人と、竜宮桜。
その二人が、ショッピング帰りのような雰囲気で歩いていた。
(デートか? ……やるな、あいつ)
面白いものを見つけたと、輝夜は笑みを浮かべる。
輝夜は善人に電話をし、二人をこちらに気づかせることに。
その作戦は、上手く行ったのだが。
桜はこちらを見て、”しまった”、という表情をしていた。
「かぐっち、これは違うの! 単純に買い物をしてただけで、わたしとヨッシーには何もないから!」
「そ、そうか」
桜は必死に弁明を行い。
輝夜は若干引いていた。
「桜さんが、”デートで着れる服”を買えって、急に言ってきて」
善人が、持っていた紙袋を見せる。
「デートで着れる服? お前、誰かとデートの予定でもあるのか?」
「えっと、僕もよく分かってなくて」
「はぁ?」
「いやー、なんでだろうね〜」
元凶である桜は、すっとぼけていた。
「ところで、そっちの子は?」
桜が栞について尋ねる。
「あぁ、前に言っただろ? 片思いしてる奴がいるって。こいつがそうだ」
「え」
その言葉に、桜は固まる。
「片思いって、この子が? かぐっちじゃなくて?」
「……お前は何を言ってるんだ?」
桜がなぜ困惑しているのか、輝夜には分からない。
「ほんと、オバケみたいな髪の毛をしてたからな。美容院でカットしてもらったんだよ。ほら、結構可愛いだろ?」
「あ〜、なるほど」
桜は自分の勘違いを自覚する。
「ヨッシーごめん。多分、しばらくデートは無いわ」
「?」
せっかく買った服が無駄になったところで。
四人揃って、ファミレスのテーブル席で駄弁る。
「なぁ、善人。男目線から見て、こいつはどう思う?」
「えっと」
輝夜に言われて、善人は栞の顔を見てみる。
絶対に、視線を合わせようとしないものの。
個性的な猫耳ヘアに、大きな瞳と。
以前の善人なら、直視できないくらい可愛い少女に思えた。
「か、可愛いんじゃ、ないかなと」
「らしいぞ」
面と向かって可愛いと言われて、
「……うぅ」
栞は恥ずかしそうに顔を隠す。
「よし、これでお前の可愛さは証明されたな。これでもしも、朱雨の反応が悪かったら。それはもう、あいつの感性が腐ってるってことだ」
自信を持って、輝夜はそう断言した。
「でも、こうやって座ってると、ヨッシーのハーレムみたいじゃない?」
ここに揃った面子を見て、桜がつぶやく。
黒髪美人と、金髪ギャル、そして猫耳カット。
傍から見たら、善人は完全なハーレム状態であった。
「確かに、物凄くモテるやつみたいだな」
「いや、それは流石に」
善人が照れる。
「ちなみにこの中だと、誰が好みだ?」
「え」
他愛のない輝夜の一言に、善人は固まった。
同じテーブルに集う、三人の少女。
桜、栞、輝夜と、それぞれの顔を見ていって。
やはり、輝夜の顔に注目してしまう。
あの時に買ったイヤリングを、今も付けてくれて。
たったそれだけでも、善人には嬉しくてたまらない。
「……みんな可愛いから、ちょっと選べないかも」
とはいえ、善人は当たり障りのない回答を行った。
すると、
「まったく、どうしようもない奴だな」
「そーそー。やっぱ女子としては、一人に絞って欲しいよねぇ」
輝夜と桜には非難をされ。
栞は苦笑いをしていた。
『……耐えろ、善人。この戦いに勝ち目はないぞ』
右手の指輪から、ひっそりとエールが送られる。
◇
「やっぱり、そのエロゲ主人公みたいな髪型が良くないな」
「かぐっち、その言い方は下品だよ」
髪型に至るまで、善人はボロクソに言われる。
「……僕は別に、今の髪型で良いというか」
善人は、案外自分の髪型を気に入っている様子。
そんなさなか、
「ええええ!?」
栞が、急に叫び声を上げた。
「どうかしたのか?」
「輝夜、見て!」
栞がスマホの画面を見せてくる。
すると、そこには朱雨からのメッセージが届いており。
『お前と二人だけで話したい。今から会えないか?』
と、お誘いを受けていた。
「……マジか」
そのメッセージに、輝夜も驚く。
「ど、どうしよう」
「いや、行くしかないだろ。顔を見ても、正直気づかれないかも知れんが」
イメチェンと言うには、栞は変わり過ぎていた。
「すみません、ちょっと行ってきます」
「頑張れよ。あと、わたしの名前は出さないでくれ」
自分の分のお金を置いて、栞はファミレスを後にする。
その足取りは、かなり軽そうだった。
「……若いな」
「いや、どこ目線?」
自分には縁がないものの。
輝夜は他人の恋には関心があった。
「ざーんねん。ハーレムから一人抜けちゃったね」
「いや、ハーレムって」
「わたしをそこにカウントしたいなら、相当の貢物が必要だぞ」
栞が恋に走っていき。
いつもの昼食メンバーがファミレスに残る。
そんな、楽しい休日の一時であったが。
窓の外を見ながら、急に桜の表情が凍りつく。
「……”お兄ちゃん”?」
そう、小さくつぶやくと。
桜は急に立ち上がり、脇目も振らず外へと走っていった。
その突然の行動に、輝夜と善人は唖然とする。
「どう、したんだろ」
「明らかに、普通じゃなかったな」
事情も何も言わず、桜はほぼ衝動的に動いているように見えた。
友人として考えたら、流石に心配せずにはいられない。
「……僕、ちょっと見てきます」
「ああ、そうしてくれ。わたしも気になるが、走って追いかけるのは不可能だからな」
残念ながら、輝夜の身体は走れるように出来ていない。
桜のことは善人に任せ、輝夜はここで待機することに。
「そして誰もいなくなった、か」
一人、ファミレスで待機する。
これほど退屈なことはないだろう。
仕方ないので、輝夜がスマホを弄っていると。
弟の朱雨からメッセージが届く。
『出かけるのはいいが、あまり遅くなるなよ。影沢が心配するからな。』
優しいのかどうなのか、微妙なメッセージ。
輝夜も、すかさずメッセージを送り返す。
『そういうお前は、デートを楽しんでくれ』
『……急にどうした?』
『とぼけるなよ。姉には全てお見通しだ』
『残念ながら、今日は家から出る予定がない』
『ほう? なら、証拠の写真でも送ってくれ』
朱雨は、これから栞と会う予定があるはず。ならば、今家にいるはずがない。
だがしかし、
輝夜のスマホに、”中指を立てた朱雨の写真”が送られてくる。
ご丁寧に、その背後には時計まで映っていた。
『位置情報からして、朱雨は本当に家にいるにゃん』
「……じゃあ栞は、誰に呼び出されたんだ?」
その問いに答える者は、誰もいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます