恋する乙女
姫乃にある進学校、”九曜高校”。
そこに通う一人の少女が居た。
九曜高校は姫乃でも随一の進学校であり、輝夜の通う神楽坂とはレベルも違う。
そのため彼女も、非常に優秀な学生なのだが。
少女はその”見た目”から、周囲から浮いていた。
非常に長い髪の毛によって、顔の半分以上が隠れ。表情も見えずに、根暗で独特な雰囲気に包まれている。
それ故に、男子も女子も彼女には声をかけず、逆に彼女から話しかけることもない。
その少女の名は、”
彼女は今、恋をしていた。
栞には話し相手がおらず、学校の休み時間も基本的に読書で時間を潰している。
そんな彼女であったが、
「あっ」
廊下を横切る、一人の男子生徒に目を奪われる。
鋭い目つきが特徴的な学校一のイケメン。
その名も、”紅月朱雨”。
勉強も運動も得意という、非の打ち所のないイケメンであり。校内における女子からの人気も高い。
入学初日から上級生の”お姉様たち”に呼び出されるという、とんでもないモテっぷりを見せつけるも。彼は基本的に全ての告白等を断っていた。
すでに恋人がいるのか、それとも硬派な性格なのか。もしくは、また別の理由でもあるのか。
様々な憶測が飛び交うものの、彼の口から真実が語られることはない。
女子たちの憧れの的、紅月朱雨。
根暗で、クラスでオバケ呼ばわりされている栞には、まったくもって縁のない存在である。
だが、そんな彼女のスマホに、一件のメッセージが届く。
それを開いてみると、
『今日も放課後に集合できるか? 場所は、前と同じレンタルルームだ』
そのメッセージの送り主は、紅月朱雨。
「ふふっ」
学校一のイケメン男子が、こんな地味なわたしにメッセージを送ってきた。
その事実に、栞は不気味に笑い。
周囲の生徒たちは、そんな彼女の様子に戦慄する。
みんなには内緒な秘密の関係。
栞と朱雨には、ある繋がりがあった。
◇
ユグドラシル上にあるレンタルルーム。
お洒落なマンションの一室のような部屋に、三人のメンバーが集まっていた。
一人目は、紅月朱雨。
ユグドラシル上ではあるものの、現実とさほど変わらない格好をしている。
二人目は、並木栞。
現実とは異なる見た目ながらも、フードで顔を隠して根暗な様子は変わらない。
三人目は、片目を包帯で隠した、朱雨のクラスメイトの少年。
本名は鈴木だが、自ら”フェイカー”と名乗っている。
彼らこそ、九曜高校”悪魔研究会”のメンバーだった。
研究会と名乗りつつも、その活動は学校に認可されているわけではない。いわゆる非合法なクラブ活動、学友の集いに近かった。
元々は、紅月家のホームネットで活動していたものの。最近になって”朱雨の姉”が出没するようになったため、このようにレンタルルームに拠点を移していた。
彼らの主な活動は、放課後にユグドラシル上で集まり、”悪魔”や”呪い”について調べること。
そんな、たった三人だけの集まりに、何の因果か栞は参加していた。
遡ること数週間前。
ある日の学校の廊下で、栞は朱雨とフェイカーに遭遇した。
悪魔研究会という部活を作りたい。二人がそう教師に頼み込んでる場面に、栞は居合わせた。
しかし、扱う内容が内容だけに、教師からの許可は下りず。
仕方ない、俺たちだけで活動するか。
そう話す彼らに、栞は勇気を出して声をかけた。
――わ、わたしも、悪魔とかに興味がある!
それが、この集いの切っ掛けであった。
今日も今日とて、三人はユグドラシルで集まって、悪魔に関する情報交換を行う。
まず最初は、フェイカーが話を始める。
「前に言った、この街に悪魔が入ったという話を覚えているか?」
「ああ」
「うちの兄の……いや、ハッキングで入手した情報だが、どうやらそれは事実らしい」
悪魔による姫乃への侵入事件。前代未聞の事態ではあるが、その事実は公にはされていない。
その情報を、フェイカーは裏のルートから仕入れていた。
「特殊部隊が動いて、実際に戦闘も行われたそうだ。残念ながら、悪魔には逃げられたらしいが」
「それって、この街も安全じゃないってこと?」
一般市民に過ぎない栞にとって、それは聞き捨てならない情報であった。
この日本において、姫乃ほど安全な場所は存在しないのだから。
「……絶対なんて、この世には存在しない」
朱雨は知っていた。
悪魔の持つ力を、人間に防ぎ切ることなど不可能であると。
続いて、栞が持ってきた情報を提示する。
テキストデータを本としてオブジェクト化し、それを二人に手渡した。
朱雨が、渡されたデータに目を通す。
「よくこんなに集めたな」
「へへ」
褒められて、栞はご満悦である。
「……”指輪”、か」
「うん。歴史を辿っても、悪魔という言葉の横には必ず指輪が登場してる。もしかしたら、”悪魔と関係する指輪”が、過去に存在してたのかも」
栞の調べた資料を、他二人は興味深そうに読んでいき。
フェイカーが、あることに気づく。
「途中から、急に空白になるな」
「悪魔と指輪に関しては、”8世紀”の途中から急に情報が無くなっちゃう。理由は、よく分かんないんだけど」
大昔の伝説や言い伝えなど、悪魔は確かにこの世界に存在していた。
しかし、いつしか歴史上から姿を消し。
ほんの少し前まで、悪魔は”架空の存在”であると、多くの人々が考えていた。
20年前、姫乃大災害が起こるまでは。
「……」
朱雨は思い出す。
たまに会う父親の指に、黄金の指輪がはめられていた事を。
(親父なら、あり得なくはないか)
朱雨は無言で考え事をし。
その顔を、栞はじーっと見つめる。
「……紅月くんって、どうしてそこまで悪魔に興味があるの?」
それが、栞には疑問であった。
なぜ朱雨が悪魔にこだわるのか。
フェイカーに関しては理解ができる。彼はきっと、”そういう病気”なのだから。
しかし、朱雨にはそういった様子は見られず、栞には不思議でたまらなかった。
「特に、理由はない」
「そっか」
そうやってはぐらかすものの、それが真実とは思えない。
女の勘が告げていた。
彼が悪魔に知りたがるのには、何か”理由”があるのだと。
(……知りたい。紅月くんが、何を考えているのか)
その好奇心は、もう止められない。
気になる彼の秘密を知るためなら、どんな代償を払ってもよかった。
◇
『――なるほど、紅月朱雨。彼について調べればいいんですね』
「うん、お願い」
スマホの画面に映った、”若い執事のような電子精霊”。
栞は、彼に頼み事をした。
『では、先に”対価”をいただきます』
そう言って、電子精霊はスマホから姿を現し。
彼に対して、栞は腕を差し出す。
「結構、採るの?」
「そうですね。今回も、”100ml”ほどいただきます」
「……わかった」
栞からの了承を得ると。
電子精霊は注射器のようなものを具現化させ、それを栞の腕に突き刺した。
それこそが、電子精霊の行使に必要な対価。
”血液”を提供することで、所有者の望みを叶えてくれる。
かなり、負担の大きい対価ではあるものの。
それを踏まえても電子精霊は非常に便利な代物であった。
あまりに多用しすぎると、すぐに貧血になってしまうが。
「それでは、調査を開始します」
栞からの血液提供を受け、電子精霊はネットワークの海へと消えていった。
◆
無数の障壁を突破して、電子精霊が”紅月家”の中へと侵入する。
人類の扱う既存のシステムでは、彼らの侵入を阻むことが出来なかった。
ゆえに、この程度の仕事など、電子精霊にとっては朝飯前。
対象の所有する機器に侵入して、情報を抜き取ったり。実体化して、部屋の様子を調べたりなど。
出来ることはいくらでもある。
任務を遂行するため、電子精霊は朱雨の部屋へと向かっていく。
そのさなか、
「ッ!?」
背後から、槍のようなもので貫かれた。
「にゃはは! 曲者を捕まえたにゃん!」
「おお、ご苦労」
執事のような電子精霊を。マーク2は槍でぶっ刺して、輝夜のもとへと戻ってきた。
いくら万能の電子精霊とはいえ、”より性能の高い相手”には敵わない。
「そいつ、殺したのか?」
「にゃ、停止させただけにゃん」
マーク2に干渉されて、執事型は完全に機能を停止していた。
「お前、案外強いんだな」
「にゃはは! ミーは特別な電子精霊にゃん。こんな量産型には負けないにゃん!」
自らの有用性を示すように、マーク2は胸を張った。
「にゃ〜。やっぱり、他人が送ってきた奴にゃん」
マーク2が、捕らえた電子精霊を調べ上げる。
頭の中を切り開き、その脳みそを弄るように。
「ターゲットにされたのは、マスターの弟にゃん」
「朱雨?」
果たして彼は、誰かに恨まれたりしているのだろうか。
輝夜はそんな事を考えつつ。
マーク2が、より細かな情報を調べ上げていく。
「これはっ、”恋の匂い”がするにゃん!!」
「はぁ?」
意味不明な言葉に、輝夜は首を傾げる。
恋の匂いなど、輝夜には全く縁のない概念であった。
「……つまり、朱雨のことを好きな女子がいて。あいつの家での様子とか、秘密とかを探るために、電子精霊を送ってきたと」
「その通りにゃん!」
マーク2が調べたことにより。
輝夜は電子精霊の送り主である”並木栞”の情報や、与えられた命令などについて知った。
(なんであいつが? 顔が良いからか?)
なぜ朱雨がモテるのか、輝夜には理解が出来なかった。
”この自分”と血が繋がっているため、美形であるのは否定しないが。
姉弟であるがゆえに、輝夜には朱雨の魅力が分からない。
(単なる反抗期のクソガキだろう)
顔がどうこう以前に、性格への不満しか思いつかない。
輝夜にとって、朱雨は生意気な弟でしかなかった。
昔は、ゲームしようぜと騒がしかったのに、最近ではろくに会話をしようともせず。
こちら側からゲームの話題を振っても、うんともすんとも反応しない。
思い返せば、”ある時期”を境に病室にも遊びに来なくなっていた。
もしかしたら、その頃から反抗期に移行したのかも知れない。
(……あいつも”善人”みたいに、もうちょっと可愛げがあればな)
輝夜は、もっと”従順な弟”が欲しかった。
だがしかし、
(とはいえ面白いな)
朱雨のことを、好きだという女子がいる。
”姉”として、これほど愉快な事実はない。
「マーク2、この電子精霊は元に戻せるのか?」
「にゃん。お望みとあらば、痕跡一つ残さずに出来るにゃん!」
「なら、そうしてくれ。あいつの秘密くらい、好きに調べさせてやろう」
朱雨の秘密が流出しようと、輝夜には関係ない。全くのノーダメージである。
「あともう一つ、”頼み”がある」
これから先のことを考えて、輝夜は悪魔のように微笑んだ。
◇
『並木栞さん、あなたが電子精霊を放ったのは知っています。バラされたくなければ、明日の放課後、これから指定する場所まで来てください。――紅月朱雨の姉より』
「……あ、え」
送られてきたメッセージ、脅迫文を見て。
この日、栞は眠れぬ夜を過ごした。
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