恋する乙女






 姫乃にある進学校、”九曜高校”。

 そこに通う一人の少女が居た。



 九曜高校は姫乃でも随一の進学校であり、輝夜の通う神楽坂とはレベルも違う。

 そのため彼女も、非常に優秀な学生なのだが。


 少女はその”見た目”から、周囲から浮いていた。


 非常に長い髪の毛によって、顔の半分以上が隠れ。表情も見えずに、根暗で独特な雰囲気に包まれている。

 それ故に、男子も女子も彼女には声をかけず、逆に彼女から話しかけることもない。



 その少女の名は、”並木なみきしおり”。

 彼女は今、恋をしていた。






 栞には話し相手がおらず、学校の休み時間も基本的に読書で時間を潰している。

 そんな彼女であったが、




「あっ」



 廊下を横切る、一人の男子生徒に目を奪われる。




 鋭い目つきが特徴的な学校一のイケメン。

 その名も、”紅月朱雨”。


 勉強も運動も得意という、非の打ち所のないイケメンであり。校内における女子からの人気も高い。

 入学初日から上級生の”お姉様たち”に呼び出されるという、とんでもないモテっぷりを見せつけるも。彼は基本的に全ての告白等を断っていた。


 すでに恋人がいるのか、それとも硬派な性格なのか。もしくは、また別の理由でもあるのか。

 様々な憶測が飛び交うものの、彼の口から真実が語られることはない。




 女子たちの憧れの的、紅月朱雨。

 根暗で、クラスでオバケ呼ばわりされている栞には、まったくもって縁のない存在である。



 だが、そんな彼女のスマホに、一件のメッセージが届く。

 それを開いてみると、




『今日も放課後に集合できるか? 場所は、前と同じレンタルルームだ』



 そのメッセージの送り主は、紅月朱雨。




「ふふっ」




 学校一のイケメン男子が、こんな地味なわたしにメッセージを送ってきた。

 その事実に、栞は不気味に笑い。


 周囲の生徒たちは、そんな彼女の様子に戦慄する。




 みんなには内緒な秘密の関係。

 栞と朱雨には、ある繋がりがあった。















 ユグドラシル上にあるレンタルルーム。

 お洒落なマンションの一室のような部屋に、三人のメンバーが集まっていた。




 一人目は、紅月朱雨。

 ユグドラシル上ではあるものの、現実とさほど変わらない格好をしている。


 二人目は、並木栞。

 現実とは異なる見た目ながらも、フードで顔を隠して根暗な様子は変わらない。


 三人目は、片目を包帯で隠した、朱雨のクラスメイトの少年。

 本名は鈴木だが、自ら”フェイカー”と名乗っている。




 彼らこそ、九曜高校”悪魔研究会”のメンバーだった。




 研究会と名乗りつつも、その活動は学校に認可されているわけではない。いわゆる非合法なクラブ活動、学友の集いに近かった。


 元々は、紅月家のホームネットで活動していたものの。最近になって”朱雨の姉”が出没するようになったため、このようにレンタルルームに拠点を移していた。




 彼らの主な活動は、放課後にユグドラシル上で集まり、”悪魔”や”呪い”について調べること。




 そんな、たった三人だけの集まりに、何の因果か栞は参加していた。






 遡ること数週間前。

 ある日の学校の廊下で、栞は朱雨とフェイカーに遭遇した。


 悪魔研究会という部活を作りたい。二人がそう教師に頼み込んでる場面に、栞は居合わせた。

 しかし、扱う内容が内容だけに、教師からの許可は下りず。


 仕方ない、俺たちだけで活動するか。

 そう話す彼らに、栞は勇気を出して声をかけた。




――わ、わたしも、悪魔とかに興味がある!




 それが、この集いの切っ掛けであった。






 今日も今日とて、三人はユグドラシルで集まって、悪魔に関する情報交換を行う。

 まず最初は、フェイカーが話を始める。




「前に言った、この街に悪魔が入ったという話を覚えているか?」


「ああ」


「うちの兄の……いや、ハッキングで入手した情報だが、どうやらそれは事実らしい」




 悪魔による姫乃への侵入事件。前代未聞の事態ではあるが、その事実は公にはされていない。

 その情報を、フェイカーは裏のルートから仕入れていた。




「特殊部隊が動いて、実際に戦闘も行われたそうだ。残念ながら、悪魔には逃げられたらしいが」


「それって、この街も安全じゃないってこと?」




 一般市民に過ぎない栞にとって、それは聞き捨てならない情報であった。

 この日本において、姫乃ほど安全な場所は存在しないのだから。




「……絶対なんて、この世には存在しない」



 朱雨は知っていた。

 悪魔の持つ力を、人間に防ぎ切ることなど不可能であると。





 続いて、栞が持ってきた情報を提示する。

 テキストデータを本としてオブジェクト化し、それを二人に手渡した。


 朱雨が、渡されたデータに目を通す。




「よくこんなに集めたな」


「へへ」




 褒められて、栞はご満悦である。




「……”指輪”、か」


「うん。歴史を辿っても、悪魔という言葉の横には必ず指輪が登場してる。もしかしたら、”悪魔と関係する指輪”が、過去に存在してたのかも」




 栞の調べた資料を、他二人は興味深そうに読んでいき。

 フェイカーが、あることに気づく。




「途中から、急に空白になるな」


「悪魔と指輪に関しては、”8世紀”の途中から急に情報が無くなっちゃう。理由は、よく分かんないんだけど」




 大昔の伝説や言い伝えなど、悪魔は確かにこの世界に存在していた。


 しかし、いつしか歴史上から姿を消し。

 ほんの少し前まで、悪魔は”架空の存在”であると、多くの人々が考えていた。


 20年前、姫乃大災害が起こるまでは。





「……」



 朱雨は思い出す。

 たまに会う父親の指に、黄金の指輪がはめられていた事を。




(親父なら、あり得なくはないか)




 朱雨は無言で考え事をし。

 その顔を、栞はじーっと見つめる。




「……紅月くんって、どうしてそこまで悪魔に興味があるの?」



 それが、栞には疑問であった。

 なぜ朱雨が悪魔にこだわるのか。



 フェイカーに関しては理解ができる。彼はきっと、”そういう病気”なのだから。

 しかし、朱雨にはそういった様子は見られず、栞には不思議でたまらなかった。




「特に、理由はない」


「そっか」




 そうやってはぐらかすものの、それが真実とは思えない。


 女の勘が告げていた。

 彼が悪魔に知りたがるのには、何か”理由”があるのだと。




(……知りたい。紅月くんが、何を考えているのか)




 その好奇心は、もう止められない。

 気になる彼の秘密を知るためなら、どんな代償を払ってもよかった。















『――なるほど、紅月朱雨。彼について調べればいいんですね』


「うん、お願い」




 スマホの画面に映った、”若い執事のような電子精霊”。

 栞は、彼に頼み事をした。




『では、先に”対価”をいただきます』




 そう言って、電子精霊はスマホから姿を現し。

 彼に対して、栞は腕を差し出す。




「結構、採るの?」


「そうですね。今回も、”100ml”ほどいただきます」


「……わかった」




 栞からの了承を得ると。

 電子精霊は注射器のようなものを具現化させ、それを栞の腕に突き刺した。




 それこそが、電子精霊の行使に必要な対価。

 ”血液”を提供することで、所有者の望みを叶えてくれる。




 かなり、負担の大きい対価ではあるものの。

 それを踏まえても電子精霊は非常に便利な代物であった。


 あまりに多用しすぎると、すぐに貧血になってしまうが。




「それでは、調査を開始します」



 栞からの血液提供を受け、電子精霊はネットワークの海へと消えていった。

















 無数の障壁を突破して、電子精霊が”紅月家”の中へと侵入する。

 人類の扱う既存のシステムでは、彼らの侵入を阻むことが出来なかった。


 ゆえに、この程度の仕事など、電子精霊にとっては朝飯前。


 対象の所有する機器に侵入して、情報を抜き取ったり。実体化して、部屋の様子を調べたりなど。

 出来ることはいくらでもある。




 任務を遂行するため、電子精霊は朱雨の部屋へと向かっていく。


 そのさなか、





「ッ!?」



 背後から、槍のようなもので貫かれた。








「にゃはは! 曲者を捕まえたにゃん!」


「おお、ご苦労」




 執事のような電子精霊を。マーク2は槍でぶっ刺して、輝夜のもとへと戻ってきた。

 いくら万能の電子精霊とはいえ、”より性能の高い相手”には敵わない。




「そいつ、殺したのか?」


「にゃ、停止させただけにゃん」




 マーク2に干渉されて、執事型は完全に機能を停止していた。




「お前、案外強いんだな」


「にゃはは! ミーは特別な電子精霊にゃん。こんな量産型には負けないにゃん!」



 自らの有用性を示すように、マーク2は胸を張った。








「にゃ〜。やっぱり、他人が送ってきた奴にゃん」




 マーク2が、捕らえた電子精霊を調べ上げる。

 頭の中を切り開き、その脳みそを弄るように。




「ターゲットにされたのは、マスターの弟にゃん」


「朱雨?」




 果たして彼は、誰かに恨まれたりしているのだろうか。

 輝夜はそんな事を考えつつ。


 マーク2が、より細かな情報を調べ上げていく。




「これはっ、”恋の匂い”がするにゃん!!」


「はぁ?」




 意味不明な言葉に、輝夜は首を傾げる。

 恋の匂いなど、輝夜には全く縁のない概念であった。






「……つまり、朱雨のことを好きな女子がいて。あいつの家での様子とか、秘密とかを探るために、電子精霊を送ってきたと」


「その通りにゃん!」




 マーク2が調べたことにより。

 輝夜は電子精霊の送り主である”並木栞”の情報や、与えられた命令などについて知った。




(なんであいつが? 顔が良いからか?)




 なぜ朱雨がモテるのか、輝夜には理解が出来なかった。


 ”この自分”と血が繋がっているため、美形であるのは否定しないが。

 姉弟であるがゆえに、輝夜には朱雨の魅力が分からない。




(単なる反抗期のクソガキだろう)



 顔がどうこう以前に、性格への不満しか思いつかない。

 輝夜にとって、朱雨は生意気な弟でしかなかった。


 昔は、ゲームしようぜと騒がしかったのに、最近ではろくに会話をしようともせず。

 こちら側からゲームの話題を振っても、うんともすんとも反応しない。


 思い返せば、”ある時期”を境に病室にも遊びに来なくなっていた。

 もしかしたら、その頃から反抗期に移行したのかも知れない。




(……あいつも”善人”みたいに、もうちょっと可愛げがあればな)




 輝夜は、もっと”従順な弟”が欲しかった。


 だがしかし、




(とはいえ面白いな)




 朱雨のことを、好きだという女子がいる。

 ”姉”として、これほど愉快な事実はない。






「マーク2、この電子精霊は元に戻せるのか?」


「にゃん。お望みとあらば、痕跡一つ残さずに出来るにゃん!」


「なら、そうしてくれ。あいつの秘密くらい、好きに調べさせてやろう」




 朱雨の秘密が流出しようと、輝夜には関係ない。全くのノーダメージである。




「あともう一つ、”頼み”がある」



 これから先のことを考えて、輝夜は悪魔のように微笑んだ。















『並木栞さん、あなたが電子精霊を放ったのは知っています。バラされたくなければ、明日の放課後、これから指定する場所まで来てください。――紅月朱雨の姉より』


「……あ、え」




 送られてきたメッセージ、脅迫文を見て。

 この日、栞は眠れぬ夜を過ごした。





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