ギリギリ学園生活(一)
姫乃の中心にある”タワー”、その上層にある長官室にて。
輝夜の父親である紅月龍一は、ある一枚の写真を見つめていた。
「彼の名は、”花輪善人”。輝夜さんと同じ高校に通う少年で、輝夜さんのゲーム友達でもあります」
「……」
少年について、部下である影沢から説明を受ける。
こころなしか、龍一の表情は普段よりも険しかった。
「そして、龍一さんと同じ、”王の指輪”を所持しています」
「……」
険しい表情をする彼の手には、デザインこそ違うものの、善人と同じ黄金の指輪がはめられていた。
「彼が言うには、露店で普通に売っていた、とのことです。ですがわたしの方で調べた結果、その場所では露店の営業許可が下りていませんでした」
「つまり、そんな店は存在しないはずだと?」
「はい。少なくとも、足取りは掴めませんでした」
使い方によっては、巨万の富を得ることも可能であり。秩序を尊ぶロンギヌスとしては、何としても回収したい代物であった。
それが一般に流通するなど、基本はあり得ない。
「彼が契約する悪魔の名は、アミー。軽く手合わせした感触からして、おそらくは無名の上位悪魔かと」
「制御は出来ていたのか?」
「はい。そもそもアミーという悪魔は危険思想の持ち主ではなく、どちらかと言うと”軍”とは敵対関係にありそうです。場合によっては、味方に引き込むことも可能かと」
「そうか」
龍一は、仮面をつけて地上に下りた、”あの夜”のことを思い出す。
実際にアミーと言葉を交わして、確かに危険な印象は抱かなかった。
「幸い、花輪善人は輝夜さんと同じクラスなので、学校内での護衛を依頼しました。どのように授業を受けているかなど、”毎日”報告をしてもらう予定です」
◇
「はぁ……」
学校の教室内で、善人はスマホを見ながらため息を吐く。
彼を悩ませているのは、とある”知り合い”からのメッセージ。
『輝夜さんが学校でどのように過ごしているか、毎日報告をしてください。でないと指輪は没収です』
軽い脅迫文である。
まぁこの程度の要望なら、善人も大人しく従うのだが。
善人は、問題の輝夜お嬢様の方を見てみる。
輝夜の席は、一番前の廊下側で。善人の席は一番後ろの真ん中。
観察する分には、悪くない立地なのだが。
今現在、善人の席から輝夜の様子は見えない。
朝のホームルームが終わり、輝夜はクラスメイトたちに囲まれていた。
「ねぇ、かぐやって本名? マジでぴったりじゃん」
「モデルとかやってる?」
「芸能人?」
「怪我はもう大丈夫なの?」
「耳につけてるのってピアス? それともイヤリング?」
輝夜の席に集まっているのは、クラスの女子生徒たち。
流石に男子には、すぐさま近づこうという勇気は無かった。
とはいえ、相手が男子か女子かなど、輝夜には関係ない。
同年代の人間に囲まれるのは初めてであり、思わず顔が引き攣ってしまう。
「……あぁ、うん。その」
ただでさえ、ここ数日は”精神的なショック”で気分が悪く。
それから急に、学校という慣れない環境に放り出され。
周囲からの声を、声として認識できなくなる。
(人が多い。囲まれてる。うるさい。凄くうるさい。きつい)
表情だけは、何とか笑顔に取り繕いながらも。
内心、輝夜は軽いパニックに陥っていた。
そんなことなど、つゆ知らず。
『輝夜さんの周囲には女子生徒が集まってます。人気者です』
善人はのんきに報告を行っていた。
「ふぅ」
影沢にメッセージを送り終え、善人は輝夜の席を見つめる。
ゲームの中ならまだしも、現実世界では声をかけることすら出来ない。
そんな自分のちっぽけさを自覚しつつも、”変わりたい”という願望が抑えられない。
そうして、善人が右手の指輪に触れていると。
「――ねぇ。あの子、すっごい可愛いよね」
「えっ」
突如、隣の席の女子に話しかけられる。
派手な金髪をした、”いかにもギャル”という風貌の少女。
記憶が確かなら、入学以来一度も話したことがない。
そんな女子に話しかけられ、善人は思考が停止してしまう。
「実は芸能人で、3週間くらい海外に行ってたって噂だけど、どう思う?」
「いや、あの、ちょっと」
輝夜とはまるでタイプが違うが、彼女も紛れもない”美少女”であり。
善人が初めてのギャルに動揺していると、彼女はおかしそうに笑う。
「なーに? その反応」
「いや、その。僕たち、話すの初めてだから」
「あー、確かにそうかも! 花輪くんで合ってるよね?」
「う、うん。そっちは、”竜宮”さん、だよね?」
「そそ、
「えぇ……」
驚異的な速度で自陣に攻め込まれ、善人はギャルに圧倒される。
「花輪くんって、下の名前なんだっけ?」
「善人、だけど」
「なるほど、ヨッシーね。覚えた覚えた」
「あー」
輝夜のことはもちろん心配だが。
とりあえず今は、隣のギャルから目が離せない。
「ヨッシーてさ、最近雰囲気変わったよね」
「そう、かな」
「そーそー。ほら、”金ピカの指輪”つけてんじゃん」
「あぁ、うん」
冷静に考えて。
”教室内で一言も喋らないキャラ”が、こんな指輪をつけるのもおかしな話である。
「その指輪ってさ、”何か”意識してたりする?」
「え、何かって?」
「……ほら、”ヤクザ”とか」
桜は、小声でその名を口にする。
「えっ、何でこれがヤクザ?」
「知らないの? ”ある有名な組織”の幹部は、全員が右手に金の指輪をつけてるって話」
「ごめん、そういうのには詳しくなくて。この指輪は、単純に大切なものだから」
「……そっか、そういう感じね」
指輪の話を聞いて、桜はどこか安心した様子だった。
「桜さんって、ヤクザとかに興味あるの?」
「いやいや、まっさか! ヤクザも悪魔も”大っ嫌い”だから、ほんとは口にもしたくないよ」
「だ、だよね」
善人の右手にはめられた指輪。
その中にいる悪魔が、静かにショックを受けていた。
(……やばい。目がチカチカしてきた)
クラスの女子に囲まれて、生まれて初めての女子トークを強制され。
危機感を覚えた輝夜は、助けを求めようと善人の方を見てみるものの。
「なっ」
後ろを振り向いて、輝夜は驚愕する。
僕は友達がいないんです。
学校でも、いつも一人で。
そんな事を言っていた善人が、金髪ギャルと楽しそうに話していた。
(あの距離感で、友達がいない?)
輝夜は急速に頭を回転させる。
(……あぁ、そういうことか。友達は居ないけど、”彼女”は居ます的なノリか)
考えを巡らせるほどに、なぜか”怒り”が湧き上がってくる。
(いい度胸だな、坊や)
恐ろしいほど静かに、輝夜は善人を呪った。
◆
午前の授業が終わり、学校は昼休みの時間へ。
いつもなら、善人は一人で昼食を食べるのだが。
「ヨッシーって、お昼一人? 良かったら一緒に食べない?」
「あっ、はい」
今日は、ギャルのお誘いを受けることに。
それだけなら、まだ日常の延長線だったのだが。
「――おい善人。ちょっとツラを貸せ」
ギャルに続いて、”お嬢様”からも誘われてしまった。
輝夜と善人、そして竜宮桜の三人は、校舎の屋上までやって来る。
階段を登るだけで、輝夜の体力は限界だったが。
なんとか表情だけは取り繕っていた。
「えっと、紅月さん? 屋上には鍵がかかってるから、入れないと思うけど」
階段を登ったところで、桜が屋上について説明する。
生徒は屋上に入れない。
しかし、輝夜にとっては好都合だった。
「……マーク2、裏から開けろ」
輝夜がスマホに向かって呟くと。
不思議なことに、屋上の鍵が勝手に開いてしまった。
「よし、貸し切りだな」
「えっ」
「うっそ、今のどうやったの!?」
輝夜の手品によって、三人は屋上へと侵入した。
お嬢様、ギャル、そして地味な少年と。
たった三人で屋上を占領し、これからお昼を食べることになったのだが。
「あぁ、そんな関係だったのか」
「そーそー、今までは話す機会もなくてさ。”かぐっち”が女子に囲まれてるの見て、それを切っ掛けに話してた感じかな〜」
「なるほど。……かぐっち?」
輝夜と桜は、案外すぐに話せるようになり。
場の雰囲気は悪くなかった。
善人が輝夜の”椅子”になっていること以外、何の問題もない。
「お前、ギャルなのに何でこいつと飯を食おうと思ったんだ?」
「いやいや、わたし別にギャルじゃないよ?」
「いや、どう見てもギャルだろ。その金髪は地毛か?」
桜の髪の毛は、”非常に明るい金髪”だった。
たとえ髪を染めるとしても、これは流石にやりすぎである。
「春にこっちに引っ越してきて、イメチェンで髪染めたんだけど。やっぱギャルに見える?」
「ああ、見える。先輩と付き合ってて、タバコも吸ってるタイプのギャルだな」
「うっそー、それほんと!?」
女子二人は、非常に楽しそうに話しているものの。
「あのー、輝夜さん。僕はいつまで、こうしてればいいんですか?」
輝夜の椅子になっている彼には、流石に限界というものがあった。
主に、精神的な面で。
「わたしが女子に囲まれてる時、お前は何をやってたんだ? ”ちょ待てよ、その人が迷惑してるだろ”。みたいな気概は出せなかったのか?」
「ぷっ、おもしろ!」
「そんなぁ」
結局の所、これは単なる八つ当たりである。
しかし、”椅子になれ”と言われて、素直に従う方もどうかしていた。
その後。
10分以上椅子として扱うと、輝夜の中でイジメ判定になってしまうため。
善人は普通に解放され、一緒にお昼を食べることに。
「輝夜さんの弁当、すっごい豪華ですね」
「うちの使用人は何でも出来るからな」
「かぐっちって、マジもんのお嬢様?」
果たして、輝夜はお嬢様というカテゴリーに入るのだろうか。
「桜は、チーズが好きなんだな」
「えっ? よく分かったね〜」
「……まぁな」
桜が食べているパンの名前は、”チーズ好きのためのもっちりパン”だった。
「ヨッシーの弁当って、自分で作ってるの?」
「いや、これはアミー……じゃなくて。一緒に暮らしてる、親戚の”アミさん”が作ってくれてて」
「へぇ、いいなぁ〜」
「……」
マジか、という表情で。輝夜は善人の指輪を見つめていた。
◇
善人と桜は、すでに昼食を食べ終わり。
妙にペースの遅い輝夜は、黙々と残りを食していく。
「あっ、そうだ。二人とも、ドリームエディタには詳しい?」
桜からの質問を受け。
輝夜は無言で、善人の顔を見る。
「あー、うん。一応、僕はそれなりに持ってるけど」
「なら、オススメの夢データとか教えてくれない? わたし、最近ルナティックになったばかりで、病院で貰ったやつしか持ってないんだよねぇ」
「うん、別に大丈夫だけど」
夢データに関しては、数少ない善人の得意分野である。
「どうせなら、一緒に買いに行ったらどうだ?」
「あっ、それならめっちゃ助かるんだけど。――そうだ! かぐっちも一緒に行かない?」
「……あぁ、うん」
ギャルはとにかく話が早く。
輝夜には、竜宮桜という友達ができた。
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