ギリギリ学園生活(一)






 姫乃の中心にある”タワー”、その上層にある長官室にて。

 輝夜の父親である紅月龍一は、ある一枚の写真を見つめていた。




「彼の名は、”花輪善人”。輝夜さんと同じ高校に通う少年で、輝夜さんのゲーム友達でもあります」


「……」




 少年について、部下である影沢から説明を受ける。

 こころなしか、龍一の表情は普段よりも険しかった。




「そして、龍一さんと同じ、”王の指輪”を所持しています」


「……」



 険しい表情をする彼の手には、デザインこそ違うものの、善人と同じ黄金の指輪がはめられていた。




「彼が言うには、露店で普通に売っていた、とのことです。ですがわたしの方で調べた結果、その場所では露店の営業許可が下りていませんでした」


「つまり、そんな店は存在しないはずだと?」


「はい。少なくとも、足取りは掴めませんでした」




 禁断の遺物フォビドゥン・レリック、王の指輪。悪魔を自在に使役する力と、所有者の”潜在能力”を覚醒させる力を持つ。

 使い方によっては、巨万の富を得ることも可能であり。秩序を尊ぶロンギヌスとしては、何としても回収したい代物であった。


 それが一般に流通するなど、基本はあり得ない。




「彼が契約する悪魔の名は、アミー。軽く手合わせした感触からして、おそらくは無名の上位悪魔かと」


「制御は出来ていたのか?」


「はい。そもそもアミーという悪魔は危険思想の持ち主ではなく、どちらかと言うと”軍”とは敵対関係にありそうです。場合によっては、味方に引き込むことも可能かと」


「そうか」




 龍一は、仮面をつけて地上に下りた、”あの夜”のことを思い出す。

 実際にアミーと言葉を交わして、確かに危険な印象は抱かなかった。




「幸い、花輪善人は輝夜さんと同じクラスなので、学校内での護衛を依頼しました。どのように授業を受けているかなど、”毎日”報告をしてもらう予定です」















「はぁ……」



 学校の教室内で、善人はスマホを見ながらため息を吐く。

 彼を悩ませているのは、とある”知り合い”からのメッセージ。




『輝夜さんが学校でどのように過ごしているか、毎日報告をしてください。でないと指輪は没収です』




 軽い脅迫文である。

 まぁこの程度の要望なら、善人も大人しく従うのだが。



 善人は、問題の輝夜お嬢様の方を見てみる。



 輝夜の席は、一番前の廊下側で。善人の席は一番後ろの真ん中。

 観察する分には、悪くない立地なのだが。



 今現在、善人の席から輝夜の様子は見えない。





 朝のホームルームが終わり、輝夜はクラスメイトたちに囲まれていた。





「ねぇ、かぐやって本名? マジでぴったりじゃん」


「モデルとかやってる?」


「芸能人?」


「怪我はもう大丈夫なの?」


「耳につけてるのってピアス? それともイヤリング?」




 輝夜の席に集まっているのは、クラスの女子生徒たち。

 流石に男子には、すぐさま近づこうという勇気は無かった。


 とはいえ、相手が男子か女子かなど、輝夜には関係ない。

 同年代の人間に囲まれるのは初めてであり、思わず顔が引き攣ってしまう。




「……あぁ、うん。その」




 ただでさえ、ここ数日は”精神的なショック”で気分が悪く。

 それから急に、学校という慣れない環境に放り出され。


 周囲からの声を、声として認識できなくなる。




(人が多い。囲まれてる。うるさい。凄くうるさい。きつい)




 表情だけは、何とか笑顔に取り繕いながらも。

 内心、輝夜は軽いパニックに陥っていた。


 そんなことなど、つゆ知らず。




『輝夜さんの周囲には女子生徒が集まってます。人気者です』




 善人はのんきに報告を行っていた。






「ふぅ」



 影沢にメッセージを送り終え、善人は輝夜の席を見つめる。



 ゲームの中ならまだしも、現実世界では声をかけることすら出来ない。

 そんな自分のちっぽけさを自覚しつつも、”変わりたい”という願望が抑えられない。


 そうして、善人が右手の指輪に触れていると。




「――ねぇ。あの子、すっごい可愛いよね」


「えっ」




 突如、隣の席の女子に話しかけられる。




 派手な金髪をした、”いかにもギャル”という風貌の少女。

 記憶が確かなら、入学以来一度も話したことがない。

 そんな女子に話しかけられ、善人は思考が停止してしまう。




「実は芸能人で、3週間くらい海外に行ってたって噂だけど、どう思う?」


「いや、あの、ちょっと」




 輝夜とはまるでタイプが違うが、彼女も紛れもない”美少女”であり。

 善人が初めてのギャルに動揺していると、彼女はおかしそうに笑う。




「なーに? その反応」


「いや、その。僕たち、話すの初めてだから」


「あー、確かにそうかも! 花輪くんで合ってるよね?」


「う、うん。そっちは、”竜宮”さん、だよね?」


「そそ、竜宮りゅうぐうさくら。桜でいーよ」


「えぇ……」




 驚異的な速度で自陣に攻め込まれ、善人はギャルに圧倒される。




「花輪くんって、下の名前なんだっけ?」


「善人、だけど」


「なるほど、ヨッシーね。覚えた覚えた」


「あー」




 輝夜のことはもちろん心配だが。

 とりあえず今は、隣のギャルから目が離せない。




「ヨッシーてさ、最近雰囲気変わったよね」


「そう、かな」


「そーそー。ほら、”金ピカの指輪”つけてんじゃん」


「あぁ、うん」




 冷静に考えて。

 ”教室内で一言も喋らないキャラ”が、こんな指輪をつけるのもおかしな話である。




「その指輪ってさ、”何か”意識してたりする?」


「え、何かって?」


「……ほら、”ヤクザ”とか」




 桜は、小声でその名を口にする。




「えっ、何でこれがヤクザ?」


「知らないの? ”ある有名な組織”の幹部は、全員が右手に金の指輪をつけてるって話」


「ごめん、そういうのには詳しくなくて。この指輪は、単純に大切なものだから」


「……そっか、そういう感じね」




 指輪の話を聞いて、桜はどこか安心した様子だった。




「桜さんって、ヤクザとかに興味あるの?」


「いやいや、まっさか! ヤクザも悪魔も”大っ嫌い”だから、ほんとは口にもしたくないよ」


「だ、だよね」




 善人の右手にはめられた指輪。

 その中にいる悪魔が、静かにショックを受けていた。






(……やばい。目がチカチカしてきた)




 クラスの女子に囲まれて、生まれて初めての女子トークを強制され。

 危機感を覚えた輝夜は、助けを求めようと善人の方を見てみるものの。




「なっ」



 後ろを振り向いて、輝夜は驚愕する。




 僕は友達がいないんです。

 学校でも、いつも一人で。


 そんな事を言っていた善人が、金髪ギャルと楽しそうに話していた。




(あの距離感で、友達がいない?)



 輝夜は急速に頭を回転させる。




(……あぁ、そういうことか。友達は居ないけど、”彼女”は居ます的なノリか)



 考えを巡らせるほどに、なぜか”怒り”が湧き上がってくる。




(いい度胸だな、坊や)



 恐ろしいほど静かに、輝夜は善人を呪った。

















 午前の授業が終わり、学校は昼休みの時間へ。

 いつもなら、善人は一人で昼食を食べるのだが。




「ヨッシーって、お昼一人? 良かったら一緒に食べない?」


「あっ、はい」




 今日は、ギャルのお誘いを受けることに。

 それだけなら、まだ日常の延長線だったのだが。




「――おい善人。ちょっとツラを貸せ」



 ギャルに続いて、”お嬢様”からも誘われてしまった。






 輝夜と善人、そして竜宮桜の三人は、校舎の屋上までやって来る。


 階段を登るだけで、輝夜の体力は限界だったが。

 なんとか表情だけは取り繕っていた。




「えっと、紅月さん? 屋上には鍵がかかってるから、入れないと思うけど」




 階段を登ったところで、桜が屋上について説明する。


 生徒は屋上に入れない。

 しかし、輝夜にとっては好都合だった。




「……マーク2、裏から開けろ」




 輝夜がスマホに向かって呟くと。

 不思議なことに、屋上の鍵が勝手に開いてしまった。




「よし、貸し切りだな」


「えっ」


「うっそ、今のどうやったの!?」




 輝夜の手品によって、三人は屋上へと侵入した。








 お嬢様、ギャル、そして地味な少年と。

 たった三人で屋上を占領し、これからお昼を食べることになったのだが。





「あぁ、そんな関係だったのか」


「そーそー、今までは話す機会もなくてさ。”かぐっち”が女子に囲まれてるの見て、それを切っ掛けに話してた感じかな〜」


「なるほど。……かぐっち?」




 輝夜と桜は、案外すぐに話せるようになり。

 場の雰囲気は悪くなかった。



 善人が輝夜の”椅子”になっていること以外、何の問題もない。




「お前、ギャルなのに何でこいつと飯を食おうと思ったんだ?」


「いやいや、わたし別にギャルじゃないよ?」


「いや、どう見てもギャルだろ。その金髪は地毛か?」




 桜の髪の毛は、”非常に明るい金髪”だった。

 たとえ髪を染めるとしても、これは流石にやりすぎである。




「春にこっちに引っ越してきて、イメチェンで髪染めたんだけど。やっぱギャルに見える?」


「ああ、見える。先輩と付き合ってて、タバコも吸ってるタイプのギャルだな」


「うっそー、それほんと!?」




 女子二人は、非常に楽しそうに話しているものの。




「あのー、輝夜さん。僕はいつまで、こうしてればいいんですか?」



 輝夜の椅子になっている彼には、流石に限界というものがあった。

 主に、精神的な面で。




「わたしが女子に囲まれてる時、お前は何をやってたんだ? ”ちょ待てよ、その人が迷惑してるだろ”。みたいな気概は出せなかったのか?」


「ぷっ、おもしろ!」


「そんなぁ」




 結局の所、これは単なる八つ当たりである。

 しかし、”椅子になれ”と言われて、素直に従う方もどうかしていた。





 その後。


 10分以上椅子として扱うと、輝夜の中でイジメ判定になってしまうため。

 善人は普通に解放され、一緒にお昼を食べることに。





「輝夜さんの弁当、すっごい豪華ですね」


「うちの使用人は何でも出来るからな」


「かぐっちって、マジもんのお嬢様?」




 果たして、輝夜はお嬢様というカテゴリーに入るのだろうか。





「桜は、チーズが好きなんだな」


「えっ? よく分かったね〜」


「……まぁな」




 桜が食べているパンの名前は、”チーズ好きのためのもっちりパン”だった。





「ヨッシーの弁当って、自分で作ってるの?」


「いや、これはアミー……じゃなくて。一緒に暮らしてる、親戚の”アミさん”が作ってくれてて」


「へぇ、いいなぁ〜」


「……」




 マジか、という表情で。輝夜は善人の指輪を見つめていた。















 善人と桜は、すでに昼食を食べ終わり。

 妙にペースの遅い輝夜は、黙々と残りを食していく。




「あっ、そうだ。二人とも、ドリームエディタには詳しい?」




 桜からの質問を受け。

 輝夜は無言で、善人の顔を見る。




「あー、うん。一応、僕はそれなりに持ってるけど」


「なら、オススメの夢データとか教えてくれない? わたし、最近ルナティックになったばかりで、病院で貰ったやつしか持ってないんだよねぇ」


「うん、別に大丈夫だけど」




 夢データに関しては、数少ない善人の得意分野である。




「どうせなら、一緒に買いに行ったらどうだ?」


「あっ、それならめっちゃ助かるんだけど。――そうだ! かぐっちも一緒に行かない?」


「……あぁ、うん」




 ギャルはとにかく話が早く。

 輝夜には、竜宮桜という友達ができた。





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