愛の綻び






 電子精霊、”ニャルラトホテプMk-Ⅱ”を手に入れたことで、輝夜の生活は少しだけ便利になった。


 科学と魔法のハイブリッドである電子精霊は、現実世界に実体化することが可能であり。

 ちょっと物を運んで欲しい時など、歩けない輝夜にはちょうどよかった。





 そして現在、輝夜の自室では。


 実体化したマーク2に、”ハンドマッサージ”をしてもらいながら。

 ベッドに寝そべり、チョコレートケーキを味わう輝夜の姿があった。





「ぐぬぬぬっ」



 手のひらサイズのマーク2は、全身の力を使って輝夜の左手をマッサージしている。


 いい”小間使い”が手に入って、輝夜は大変ご満悦であった。




「ケーキを食べ終わったら、次は右手を頼む」


「……マスター、精霊使いが荒いにゃん」


「ふふっ」




 語尾にいちいち、”にゃん”が付くのは苛つくが。

 それ以外の点では、輝夜はマーク2の事を気に入り始めていた。



 手のひらサイズの電子精霊。

 大した力は持たないが。冷蔵庫の開け閉めや、ケーキの運搬など、丁度いい作業ならこなしてくれる。


 見た目も小さくて愛らしいため、輝夜はついイジメたくなってしまう。




「本当に便利な奴だな、お前は。……後で魂をよこせ、とか言わないだろうな?」


「にゃん! ミーに対価は必要ないにゃん」




 これだけ役に立って、しかも何の対価も必要ない。これが電子精霊というもの。

 人間界で流行っているとアモンが言っていたが。これほど便利なら、確かに納得できる。



 ”悪魔からの贈り物”。

 初めは警戒していたが、これなら信用してもいいだろう。




「ただ時々、”マスターに関する情報”を、アモンに送信する程度にゃん!」


「……あ?」




 流石にそれは、聞き捨てならない言葉であった。















「この妖精もどきめっ」


「許して欲しいにゃん!」




 手のひらサイズのマーク2を、指先でぐりぐりとイジメる。

 輝夜はわりかし、強めにやっているつもりだったが。いかんせん指の力も”弱々よわよわ”なので、あまり罰になっていない。

 傍から見たら、単なるお人形遊びであった。




「マスターは”ゲスト”で、アモンは”管理者”にゃん。だからアモンの命令には逆らえないにゃん!」


「やかましい! どうせ変なことを頼まれてるんだろ? 一体何が目的だ」


「変なことは頼まれてないにゃん! アモンからの命令は”二つ”。一つは、出来る限りマスターの役に立つこと。もう一つは、マスターの”人となり”を報告することにゃん!」


「人となり?」


「にゃん!」




 指先でイジメてくる輝夜に対し、マーク2は抵抗する。




「性格と身体能力に難があり、明らかにサディスティック。ゴロゴロしながら甘いものを食べるのが好き。交友関係が狭いが、人間嫌いではない。――とかにゃん」



 といった情報を、マーク2はアモンに送っていた。




「あと、動画や顔写真を送って良いかにゃん?」


「……良いわけないだろ。潰しちゃうぞ?」


「どうかお許しにゃん」




 人間の中では、非常に弱い部類に入る輝夜だが。電子精霊相手には強気であった。




「まったく、油断も隙もないな。寝ているうちに攻撃でもされたら、流石に危ないか」


「それは心配いらないにゃん! ミーたち電子精霊は、データ化するために容量を極限まで節約してるから、物理的な攻撃性能を持たないにゃん。手や指のマッサージが限界にゃん」



 マーク2は、必死に自分の弱さについて説明する。




「ミーたち電子精霊は、人間に握られた程度で実体化が解けちゃうにゃん。でも、マスターは赤ちゃんみたいに優しく握ってくれるから、とっても助かるにゃん!」


「……まぁな」




 輝夜からしてみれば、普通に握っているつもりであったが。

 ”赤ちゃん並みの握力”と言われて、輝夜は少しショックだった。







 まさかの情報漏洩を知り、輝夜はアモンと連絡を取る。




『お前、わたしの情報をどうするつもりだ?』


『……内緒』


『もしかしてお前、本格的な変態か?』


『あ〜。そういえば、君は女の子らしいね。てっきり、ヤクザか何かだと思ってたよ』


『ひどい勘違いだな。どちらかと言えば、わたしは上品なお嬢様だよ』




 ベッドに寝転びながら、輝夜はアモンとメッセージを送り合う。




「……この悪魔め」



 最終的に、輝夜は舌戦で負けた。






「マーク2、あいつに写真を送ったら許さんぞ」


「りょ、了解にゃん」



 憂さ晴らしに、マーク2はこねくり回された。















「そうだ。悪魔について教えてくれないか?」



 暇つぶしに、輝夜はマーク2とお喋りをする。




「悪魔と人間は、とってもよく似た種族にゃん」


「あぁ、知ってる」



 これまでに会った悪魔。それらはすべて、人間そっくりであった。




「魔法が使える以外に、違いはないのか?」


「にゃー、みんな”尻尾”が生えてるにゃん!」



 そう言って、マーク2はスカートをめくる。

 お尻付近からは、黒い尻尾のようなものが生えていた。




「ミーの尻尾は飾りだけど。本物の悪魔は、”尻尾の数”が多いほど強いにゃん。”魔王”と呼ばれるような強い悪魔には、尻尾が4本以上あるにゃん!」




 魔王。

 記憶が正しければ、アミーが目指している存在である。




「その魔王ってのは、複数いるのか?」


「にゃん。魔王というのは役職みたいなものにゃん。魔界に存在する72の階層、それぞれの階層で”一番強い悪魔”が、魔王を名乗れるにゃん」


「ということは、72人も魔王がいるのか」


「そういうことにゃん」


「……多いな」



 思ったより、魔王は多かった。








「人間には、魔法が使えないのか?」



 ベッドでゴロゴロしながら、輝夜はマーク2をつっつく。




「魔法が使いたいのかにゃん?」


「……使いたい」




 どういう仕組みなのかは分からないが。

 やはり、魔法には興味をそそられる。




「ちょっと調べてみるにゃん」



 ”人間に魔法を教える方法”を調べるため、マーク2はスマホの中へと入っていった。




「ふぅ」



 輝夜は退屈そうに、マーク2の帰りを待つ。




「そんなに大した魔法は必要ないぞ? 肩こりを治すとか、布団を畳んでくれるとか」


『……そんなのが目的にゃん?』



 スマホの中から、マーク2の呆れ声が聞こえてきた。








「ミーが調べた結果、人間は修行や瞑想をすることで魔法が使えるようになる。……かもしれないにゃん」


「あぁ、そういう系か」



 マーク2の話を聞いて、輝夜は一気にテンションが下がる。




「あれだろう? 精神統一とか、滝行とかするんだろう?」


「多分そうにゃん」




 輝夜は、自分が滝行する光景をイメージしてみる。

 残念ながら、”死ぬ未来”しか見えなかった。




「……なら魔法はいい」



 輝夜は魔法を諦めた。








 魔法を手に入れるのが難しいと知り、輝夜はひたすらにベッドの上でゴロゴロと。

 すると、あることを思い出す。




「マーク2、”イヤリング”を取ってくれ。机の上にある」


「了解にゃん!」





 善人に選んでもらった、月とうさぎのイヤリング。


 ”あの指輪”と一緒に買った代物なので、何か特別な物である可能性は高い。

 むしろ、その可能性しか無い。





「このイヤリング、何かパワーとか宿ってないか?」


「にゃん?」




 輝夜に言われて、マーク2はイヤリングを調べてみる。




「……どっからどう見ても、ただのアクセサリーにゃん」



 マーク2はそう断言した。




「本当に?」


「本当にゃん」


「絶対か?」


「絶対にゃん」




 どれだけ聞かれても、マーク2は考えを変えず。




「……そうか」



 輝夜は少し複雑そうに、イヤリングを見つめていた。

















 輝夜は学校にも行けず、マーク2で遊ぶことで暇を潰し。


 やがて、金曜日の夜となる。




「このギプスともお別れか」




 ベッドの上で、輝夜はバタバタと足を動かしてみる。

 ギプスが付いているものの、すでに痛みは存在しない。

 明日病院で最後の検査を受ければ、晴れて輝夜は自由になれる。




「両足を骨折するなんて、どんな事故に巻き込まれたにゃん?」



 マーク2が輝夜に尋ねる。




「……段差から飛び降りた」


「段差から!? 一体どれだけ高かったにゃん?」


「……1mくらい」




 1mの高さから降りて、両膝を骨折した。

 そんな輝夜の話を聞いて、マーク2は首を傾げる。




「お前、”呪い”とかには詳しいのか?」


「呪いにゃん?」


「わたしの心臓は、生まれた時から呪われていてな。その呪いが原因で、骨やら臓器が弱いらしい」




 骨折の根本的な理由。身体の弱さについて、輝夜は説明する。




「呪いというのは、強すぎて解除ができない魔法のことにゃん。”月の呪い”は、魔界でもかなり有名にゃん」


「月の呪い?」



 それを聞いて思いつくのは、人間のルナティック症候群である。




「月には特別な魔力が宿ってて、こっちでの悪魔の活動を阻害してるにゃん。だから2000年以上の間、悪魔は地上にやって来れなかったにゃん」




 人の心を惑わす月の呪い。

 それは本来、”悪魔に対する呪い”のはずであった。




「でも20年前、1人の強大な悪魔が地上に侵攻して、月を攻撃したにゃん!」


「……そりゃすごい」





 その事件の名は、”姫乃大災害”。


 流石に、月の破壊は不可能であったが。

 呪いには”変化”が起きた。



 悪魔に対する呪いが弱まり、代わりに人類に影響が出始めたのである。



 ルナティック症候群が誕生し。

 悪魔が、こちらに干渉できるようになった。





「もしもこの呪いを解きたいなら、月そのものを壊す必要があるにゃん」


「それは確かに、難しい話だな」




 全人類と、悪魔に降りかかる呪い。

 その原因である”月”は、あまりにも大きかった。




「でもマスターの呪いは、月とは無関係にゃん?」


「あぁ、たぶん」


「なら、呪いをかけた別の存在がいるはずにゃん。そいつを”ぶっ殺せば”、マスターの呪いも解けるにゃん」




 非常に簡単な方法である。




「……舞に、聞いてみるか」















「呪いをかけた元凶、ですか?」


「ああ。わたしに呪いをかけた犯人がいるはずだろ?」




 広い湯船に一緒に浸かりながら、輝夜は舞と話す。




「そういうのは、一切不明なんです。”歩美さんの妊娠が発覚した頃”から、呪いは確認されていたので」


「……なら、犯人なんて分からないか」




 呪いをかけた元凶を殺せば、輝夜の呪いは消え去る。

 しかしその正体が分からないのであれば、呪いの解きようもなかった。


 ならば仕方がないと、輝夜は諦めるも。




「あ」



 ”ある可能性”に、気がついてしまう。




「……母親のお腹にいた頃から、わたしは呪われてたのか?」


「は、はい」


「じゃあもしかして、”わたしの母の死因”は――」





――わたしの呪い、なのか?





「……それは」



 輝夜の問いに、舞は表情を曇らせる。



 それは、”真実”を物語っていた。




「ッ、輝夜さんに罪はありません。これは単に、”そういう運命”だっただけです」




 そういう運命だった、誰も悪くない。

 舞は、そう言うものの。



 輝夜の頭からは、”最悪の可能性”が離れない。





『これが最後の警告です。本当に、後悔はありませんか?』





 生まれ変わる前にやろうとした、ゲームの選択肢。

 ステータスのポイント配分を思い出す。



 あれが、関係してるんじゃないか?


 あれが原因でわたしは呪われて、その呪いが母親にも影響して。





(全部、わたしが悪いんじゃないか?)





 最悪の考えが、頭の中でぐるぐると駆け巡る。




「……輝夜さん?」




 ようやく足が治って、学校に行けるようになるのに。




(……きっつ)




 輝夜のメンタルは、史上最悪となった。





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