愛の綻び
電子精霊、”ニャルラトホテプMk-Ⅱ”を手に入れたことで、輝夜の生活は少しだけ便利になった。
科学と魔法のハイブリッドである電子精霊は、現実世界に実体化することが可能であり。
ちょっと物を運んで欲しい時など、歩けない輝夜にはちょうどよかった。
そして現在、輝夜の自室では。
実体化したマーク2に、”ハンドマッサージ”をしてもらいながら。
ベッドに寝そべり、チョコレートケーキを味わう輝夜の姿があった。
「ぐぬぬぬっ」
手のひらサイズのマーク2は、全身の力を使って輝夜の左手をマッサージしている。
いい”小間使い”が手に入って、輝夜は大変ご満悦であった。
「ケーキを食べ終わったら、次は右手を頼む」
「……マスター、精霊使いが荒いにゃん」
「ふふっ」
語尾にいちいち、”にゃん”が付くのは苛つくが。
それ以外の点では、輝夜はマーク2の事を気に入り始めていた。
手のひらサイズの電子精霊。
大した力は持たないが。冷蔵庫の開け閉めや、ケーキの運搬など、丁度いい作業ならこなしてくれる。
見た目も小さくて愛らしいため、輝夜はついイジメたくなってしまう。
「本当に便利な奴だな、お前は。……後で魂をよこせ、とか言わないだろうな?」
「にゃん! ミーに対価は必要ないにゃん」
これだけ役に立って、しかも何の対価も必要ない。これが電子精霊というもの。
人間界で流行っているとアモンが言っていたが。これほど便利なら、確かに納得できる。
”悪魔からの贈り物”。
初めは警戒していたが、これなら信用してもいいだろう。
「ただ時々、”マスターに関する情報”を、アモンに送信する程度にゃん!」
「……あ?」
流石にそれは、聞き捨てならない言葉であった。
◇
「この妖精もどきめっ」
「許して欲しいにゃん!」
手のひらサイズのマーク2を、指先でぐりぐりとイジメる。
輝夜はわりかし、強めにやっているつもりだったが。いかんせん指の力も”
傍から見たら、単なるお人形遊びであった。
「マスターは”ゲスト”で、アモンは”管理者”にゃん。だからアモンの命令には逆らえないにゃん!」
「やかましい! どうせ変なことを頼まれてるんだろ? 一体何が目的だ」
「変なことは頼まれてないにゃん! アモンからの命令は”二つ”。一つは、出来る限りマスターの役に立つこと。もう一つは、マスターの”人となり”を報告することにゃん!」
「人となり?」
「にゃん!」
指先でイジメてくる輝夜に対し、マーク2は抵抗する。
「性格と身体能力に難があり、明らかにサディスティック。ゴロゴロしながら甘いものを食べるのが好き。交友関係が狭いが、人間嫌いではない。――とかにゃん」
といった情報を、マーク2はアモンに送っていた。
「あと、動画や顔写真を送って良いかにゃん?」
「……良いわけないだろ。潰しちゃうぞ?」
「どうかお許しにゃん」
人間の中では、非常に弱い部類に入る輝夜だが。電子精霊相手には強気であった。
「まったく、油断も隙もないな。寝ているうちに攻撃でもされたら、流石に危ないか」
「それは心配いらないにゃん! ミーたち電子精霊は、データ化するために容量を極限まで節約してるから、物理的な攻撃性能を持たないにゃん。手や指のマッサージが限界にゃん」
マーク2は、必死に自分の弱さについて説明する。
「ミーたち電子精霊は、人間に握られた程度で実体化が解けちゃうにゃん。でも、マスターは赤ちゃんみたいに優しく握ってくれるから、とっても助かるにゃん!」
「……まぁな」
輝夜からしてみれば、普通に握っているつもりであったが。
”赤ちゃん並みの握力”と言われて、輝夜は少しショックだった。
まさかの情報漏洩を知り、輝夜はアモンと連絡を取る。
『お前、わたしの情報をどうするつもりだ?』
『……内緒』
『もしかしてお前、本格的な変態か?』
『あ〜。そういえば、君は女の子らしいね。てっきり、ヤクザか何かだと思ってたよ』
『ひどい勘違いだな。どちらかと言えば、わたしは上品なお嬢様だよ』
ベッドに寝転びながら、輝夜はアモンとメッセージを送り合う。
「……この悪魔め」
最終的に、輝夜は舌戦で負けた。
「マーク2、あいつに写真を送ったら許さんぞ」
「りょ、了解にゃん」
憂さ晴らしに、マーク2はこねくり回された。
◇
「そうだ。悪魔について教えてくれないか?」
暇つぶしに、輝夜はマーク2とお喋りをする。
「悪魔と人間は、とってもよく似た種族にゃん」
「あぁ、知ってる」
これまでに会った悪魔。それらはすべて、人間そっくりであった。
「魔法が使える以外に、違いはないのか?」
「にゃー、みんな”尻尾”が生えてるにゃん!」
そう言って、マーク2はスカートをめくる。
お尻付近からは、黒い尻尾のようなものが生えていた。
「ミーの尻尾は飾りだけど。本物の悪魔は、”尻尾の数”が多いほど強いにゃん。”魔王”と呼ばれるような強い悪魔には、尻尾が4本以上あるにゃん!」
魔王。
記憶が正しければ、アミーが目指している存在である。
「その魔王ってのは、複数いるのか?」
「にゃん。魔王というのは役職みたいなものにゃん。魔界に存在する72の階層、それぞれの階層で”一番強い悪魔”が、魔王を名乗れるにゃん」
「ということは、72人も魔王がいるのか」
「そういうことにゃん」
「……多いな」
思ったより、魔王は多かった。
「人間には、魔法が使えないのか?」
ベッドでゴロゴロしながら、輝夜はマーク2をつっつく。
「魔法が使いたいのかにゃん?」
「……使いたい」
どういう仕組みなのかは分からないが。
やはり、魔法には興味をそそられる。
「ちょっと調べてみるにゃん」
”人間に魔法を教える方法”を調べるため、マーク2はスマホの中へと入っていった。
「ふぅ」
輝夜は退屈そうに、マーク2の帰りを待つ。
「そんなに大した魔法は必要ないぞ? 肩こりを治すとか、布団を畳んでくれるとか」
『……そんなのが目的にゃん?』
スマホの中から、マーク2の呆れ声が聞こえてきた。
「ミーが調べた結果、人間は修行や瞑想をすることで魔法が使えるようになる。……かもしれないにゃん」
「あぁ、そういう系か」
マーク2の話を聞いて、輝夜は一気にテンションが下がる。
「あれだろう? 精神統一とか、滝行とかするんだろう?」
「多分そうにゃん」
輝夜は、自分が滝行する光景をイメージしてみる。
残念ながら、”死ぬ未来”しか見えなかった。
「……なら魔法はいい」
輝夜は魔法を諦めた。
魔法を手に入れるのが難しいと知り、輝夜はひたすらにベッドの上でゴロゴロと。
すると、あることを思い出す。
「マーク2、”イヤリング”を取ってくれ。机の上にある」
「了解にゃん!」
善人に選んでもらった、月とうさぎのイヤリング。
”あの指輪”と一緒に買った代物なので、何か特別な物である可能性は高い。
むしろ、その可能性しか無い。
「このイヤリング、何かパワーとか宿ってないか?」
「にゃん?」
輝夜に言われて、マーク2はイヤリングを調べてみる。
「……どっからどう見ても、ただのアクセサリーにゃん」
マーク2はそう断言した。
「本当に?」
「本当にゃん」
「絶対か?」
「絶対にゃん」
どれだけ聞かれても、マーク2は考えを変えず。
「……そうか」
輝夜は少し複雑そうに、イヤリングを見つめていた。
◆
輝夜は学校にも行けず、マーク2で遊ぶことで暇を潰し。
やがて、金曜日の夜となる。
「このギプスともお別れか」
ベッドの上で、輝夜はバタバタと足を動かしてみる。
ギプスが付いているものの、すでに痛みは存在しない。
明日病院で最後の検査を受ければ、晴れて輝夜は自由になれる。
「両足を骨折するなんて、どんな事故に巻き込まれたにゃん?」
マーク2が輝夜に尋ねる。
「……段差から飛び降りた」
「段差から!? 一体どれだけ高かったにゃん?」
「……1mくらい」
1mの高さから降りて、両膝を骨折した。
そんな輝夜の話を聞いて、マーク2は首を傾げる。
「お前、”呪い”とかには詳しいのか?」
「呪いにゃん?」
「わたしの心臓は、生まれた時から呪われていてな。その呪いが原因で、骨やら臓器が弱いらしい」
骨折の根本的な理由。身体の弱さについて、輝夜は説明する。
「呪いというのは、強すぎて解除ができない魔法のことにゃん。”月の呪い”は、魔界でもかなり有名にゃん」
「月の呪い?」
それを聞いて思いつくのは、人間のルナティック症候群である。
「月には特別な魔力が宿ってて、こっちでの悪魔の活動を阻害してるにゃん。だから2000年以上の間、悪魔は地上にやって来れなかったにゃん」
人の心を惑わす月の呪い。
それは本来、”悪魔に対する呪い”のはずであった。
「でも20年前、1人の強大な悪魔が地上に侵攻して、月を攻撃したにゃん!」
「……そりゃすごい」
その事件の名は、”姫乃大災害”。
流石に、月の破壊は不可能であったが。
呪いには”変化”が起きた。
悪魔に対する呪いが弱まり、代わりに人類に影響が出始めたのである。
ルナティック症候群が誕生し。
悪魔が、こちらに干渉できるようになった。
「もしもこの呪いを解きたいなら、月そのものを壊す必要があるにゃん」
「それは確かに、難しい話だな」
全人類と、悪魔に降りかかる呪い。
その原因である”月”は、あまりにも大きかった。
「でもマスターの呪いは、月とは無関係にゃん?」
「あぁ、たぶん」
「なら、呪いをかけた別の存在がいるはずにゃん。そいつを”ぶっ殺せば”、マスターの呪いも解けるにゃん」
非常に簡単な方法である。
「……舞に、聞いてみるか」
◇
「呪いをかけた元凶、ですか?」
「ああ。わたしに呪いをかけた犯人がいるはずだろ?」
広い湯船に一緒に浸かりながら、輝夜は舞と話す。
「そういうのは、一切不明なんです。”歩美さんの妊娠が発覚した頃”から、呪いは確認されていたので」
「……なら、犯人なんて分からないか」
呪いをかけた元凶を殺せば、輝夜の呪いは消え去る。
しかしその正体が分からないのであれば、呪いの解きようもなかった。
ならば仕方がないと、輝夜は諦めるも。
「あ」
”ある可能性”に、気がついてしまう。
「……母親のお腹にいた頃から、わたしは呪われてたのか?」
「は、はい」
「じゃあもしかして、”わたしの母の死因”は――」
――わたしの呪い、なのか?
「……それは」
輝夜の問いに、舞は表情を曇らせる。
それは、”真実”を物語っていた。
「ッ、輝夜さんに罪はありません。これは単に、”そういう運命”だっただけです」
そういう運命だった、誰も悪くない。
舞は、そう言うものの。
輝夜の頭からは、”最悪の可能性”が離れない。
『これが最後の警告です。本当に、後悔はありませんか?』
生まれ変わる前にやろうとした、ゲームの選択肢。
ステータスのポイント配分を思い出す。
あれが、関係してるんじゃないか?
あれが原因でわたしは呪われて、その呪いが母親にも影響して。
(全部、わたしが悪いんじゃないか?)
最悪の考えが、頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「……輝夜さん?」
ようやく足が治って、学校に行けるようになるのに。
(……きっつ)
輝夜のメンタルは、史上最悪となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます