電子の海を越えて






 言いようのない不快感を感じながら、輝夜は目を覚ます。


 いつもと同じベッド、いつもと同じ部屋。

 いつもと違うのは、すでに時間が”昼過ぎ”になっていることか。




(寝すぎた、な)




 昨日、風呂の中で影沢と話をして。何かが決壊したように、思いっきり号泣してしまった。

 思い返しても、”羞恥心”がこみ上げてくる。




(……恥ずかしい)




 今までにないくらい、心が不安定になっていた。

 お風呂で泣くなんて。ましてや、他人がいる空間で。絶対にあり得ないはずなのに、何故か泣いてしまった。




(……舞)



 彼女にも、きっと負担をかけてしまっただろう。



 影沢舞。どうして彼女は、ここまで献身的に世話をしてくれるのか。単に金で雇われた使用人ではないのは、何となく理解できるが。


 輝夜の知らない、”もっと深い繋がり”が、そこにはある。


 頑なに姿を見せない父親と、亡くなったという母親。それと関係しているのだろうか。



 この人生で知り合った人間の中で、影沢だけが信頼できる。

 彼女だけが、純粋に”愛”を向けてくれるような、そんな気がした。





(順調に足が治れば、来週から学校か)




 学校に行くからには、本気で楽しまなければ。

 影沢がそれを望んでいるのなら、その気持ちを裏切りたくはない。


 誠意には誠意を。

 輝夜は、真面目に学校に通うことを決心した。








 ベッドの上でダラダラと。自分の心を整理しながら、輝夜はスマホを操作する。

 気がつくと、善人からのメッセージが数件来ていた。

 こちらをゲームに誘っていたようだが、昨夜は気分が悪かったので、スマホを弄る余裕すらなかった。




『すまん、寝てた』




 当たり障りのない返信を送ろうとして、その寸前で止まる。


 善人も、ある意味では影沢と同じであった。

 本心から心配してくれる相手に、雑な返しをするのは心が痛む。




『すまない、昨日は体調を崩していた。今日はログインできるから、都合が良ければ連絡してくれ』



 訂正し、しっかりと長めの文章を送信した。


 彼は学校に行っているので、流石にすぐに返信は来ない。






「さて、と」



 輝夜はベッドの上で起き上がると、ぐぐっと身体を伸ばす。

 気持ちに引きずられているのか、いつもより身体が重い気がした。




(ストレス発散のために、運動でもするか)




 現実世界では、まだ動けないため。

 別の世界で、輝夜は運動することに。















「ふぅ」




 汚染森林エリア。

 鬱蒼とした森の中、大量に積まれた”死骸の山”で、スカーレットはため息を吐く。




(現実でも、これくらい動けたらな)




 生身では無力だが。

 このロボットの身体を現実で動かせたら、あの”最低の悪魔”にも負けることはなかった。

 まぁ、輝夜は戦ってすらいないのだが。




 ここ数日のイライラと、慣れない感情の爆発。その諸々のストレスをぶつけた結果、輝夜は過去最大級に汚染獣を殺してしまった。


 ゲームの中とはいえ、もはや虐殺である。


 解体にかかる手間や、一人で持ち運べる量など。ソロプレイでこれだけの敵を倒しても、効率が悪いだけ。




 無駄な殺生を、輝夜が反省していると。

 空から現れた一体のロボットが、輝夜の側にやって来る。




「やあ」




 プレイヤーネーム、”アモン”。善人を除けば、唯一話せる相手である。

 以前と違い、彼の背中にはウィングパーツが装着されていた。




「君は、空を飛ばないのかい?」


「必要ないからな。例の討伐報酬も、善人にくれてやったよ」


「よしひと?」


「……ヨシヒコだ」



 ついつい、輝夜はリアルでの名前を呼んでしまった。

 ややこしいにもほどがある。





「それにしても、お前も暇な奴だな。平日の真っ昼間からゲームとは」


「そういう君はどうなんだい?」


「わたしには事情があるんだよ。まぁ、療養中といったところかな」


「なるほどねぇ」




 普通の人間なら、平日の昼間は仕事や学校へ行っている。

 こんなに堂々とゲームをするのは、どちらかといえば少数派であった。




「実は僕、すっごく遠い所に住んでるんだよね」


「遠い所?」


「ああ。君たちの暮らす地域とは、何もかもルールが違っていてね。必死に働く必要も無いのさ」


「そんな楽園みたいな場所があるのか」


「うん。君が想像するよりも、”ずっと遠く”にね」




 暇つぶしに、輝夜はアモンと話をするも。

 やはり、微妙に話が噛み合わない。




(……最近、変な奴ばっかだな)



 目の前のアモンを含めて、輝夜は最近の出会いを振り返る。



 ゲーム仲間の善人は、性格は良いが普通じゃない。

 善人が召喚したアミーは、世紀末スタイルの熱血野郎。

 路地裏で出会った悪魔は、殺したいほどのクズ。

 どこぞの屋根の上では、仮面をつけた不審者にも会った。



 まったくもって、普通の人間と知り合っていない。

 そんな最近の出会いを振り返って、輝夜の脳裏に”ある可能性”がよぎる。




「ひょっとしてお前、”悪魔”かなんかじゃないのか?」




 あくまでも冗談として。

 軽い気持ちで、輝夜は尋ねた。



 だがしかし。




「僕が人間だなんて、一言でも言ったっけ?」




 ロボットのアバターのため、その表情こそ見えないものの。


 アモンは確かに、笑っていた。




「ッ」



 その得体の知れない雰囲気に、輝夜は咄嗟に身構える。




「ふふっ、ここはゲームの世界だよ? そう怯える必要はないさ」


「……」




 アモンが優しく言葉を掛けるも、輝夜は警戒を怠らない。




「どうして、僕が人間じゃないと思ったんだい?」


「……ここ最近、変な奴と会うことが多くてな。そしてそのうち、二人が悪魔だった」


「へぇ。それと僕に、どういう関係が?」


「お前も、同じくらい”変な奴”だからだよ」




 別に、何か確証があったわけではない。

 そこはかとなく”変態っぽい雰囲気”の中に、人ならざる気配を感じただけ。


 得体の知れないという意味では、あの仮面の男にも匹敵する。




「いやぁ、まさかそんな理由で指摘されるなんてね」




 変な奴だから、人間じゃない。

 これほど失礼なことがあるだろうか。



 しかし、アモンは。





「――ご名答。僕は、”悪魔”だ」





 包み隠さず、その素性を明かした。

 対する輝夜は動じない。




「もっと、驚いてもいいんじゃない?」


「十分驚いてるよ。まさか、悪魔がゲームをやってるなんてな」


「あぁ、そっちか」



 冷静に考えれば、それもおかしな話である。




「お前も、誰か人間に召喚されてるのか?」


「いいや、普通に”魔界”にいるよ」


「は?」



 アモンの言葉に、輝夜は驚く。




「魔界からでも、ネットに繋がるのか?」


「もちろん、”ルシファーの光回線”を引いてるからね。人間界への干渉も朝飯前さ」




 その言葉の意味は、よく分からないが。

 どうやら魔界にもインターネットがあるらしい。






「しかし、悪魔がオンラインゲームか。もっとこう、原始的なのをイメージしてたが」


「それは心外だね」




 輝夜がまともに話した悪魔は、善人の召喚したアミーだけ。

 彼に関しては、筋肉隆々な体つきに、革のジャケットという”世紀末スタイル”であり。あまり文明が発達しているようには思えなかった。


 しかし、目の前にいるアモンは、非常に知性的である。




「君たちの扱ってる、インプラントやナノマシン。このゲームのような”最新テクノロジー”が、どこから来ているのか知ってるかい?」


「どういう意味だ?」


「……”魔界こっち”の方が、進んでるんだよ」





 アモンは語る。


 人間と悪魔は、非常によく似た種族であり。見た目も知能も、大して変わらない。しかし大きな違いとして、悪魔には”魔法”を使う力が備わっていた。


 科学と魔法。対極にあるようで、実はその相性は抜群であり。

 様々なアプローチを可能にすることで、魔界の技術力は飛躍的に進歩した。




 多くの人間が勘違いしているが。

 悪魔の暮らす魔界の文明は、人類のそれを遥かに凌駕している。




「人類の持つテクノロジーが、近年急速に進歩したのは。”こちら側からの流出”があったからさ」




 地上を脅かす、”恐ろしい化物”。

 そのイメージは、あくまで人類が勝手に想像したものに過ぎなかった。






「でも、どうか安心してくれ。魔界に暮らす悪魔の中でも、僕は”人類に友好的な部類”に入る」


「自分でそれを言うのは、胡散臭いと思わないのか?」




 今までに出会った二人の悪魔とは、全く異なるタイプ。

 一体何が目的なのか、まるで考えが読めない。




「人と悪魔の友好の証として、君にプレゼントを贈ろう」


「珍しいお菓子とかか?」


「あ、いや。別にお菓子じゃないけど。……そういうのが好みだったかな?」


「……忘れてくれ」




 つい、輝夜は気が緩んでしまった。

 これが生身の体なら、すでに顔が赤くなっている。




「最近流行りの”電子精霊”をプレゼントするよ。世界に一つしかない、特別仕様のね」


「電子精霊?」


「知らないのかい?」


「あー、うん」



 聞いたことがあるような、ないような。

 少なくとも、あまり馴染みのある単語ではなかった。




「人間界で流行ってるって、結構噂なんだけど」



 その噂を、彼はどこで聞いたのか。




「で、それはどういう代物なんだ?」


「一種の”人工知能”だよ。何でも頼み事を聞いてくれる」


「つまり、AIアシスタント?」


「まぁ、使ってみれば分かるよ。後でデータを送るから、ぜひとも活用してくれ」





 初めて会った悪魔は、悪魔らしい最低の奴で。

 次に会った悪魔は、暑苦しい熱血漢。

 そして三人目の悪魔は、掴みどころのないゲーマーと。


 輝夜の中で、悪魔という存在が分からなくなる。





「じゃあ、僕はこれで」



 翼を開き、アモンはその場を後にしようとする。

 だが、




「おい!」



 輝夜に呼び止められた。




「……なんだい?」


「長々と話を聞いてやったんだから、素材を運ぶのを手伝え」




 輝夜の足元には、大量の汚染獣の死骸があった。




「なるほど」















 ゲームからログアウトして。

 自室のベッドの上で、輝夜はスマホを操作する。


 通知を見るに、アモンからメールが来ているらしく。

 それを開いてみると。



 何かが、勝手に起動した。




「……あ」




 ウイルスに感染したかのような、明らかにアウトな挙動。

 開いてはいけないものを、開いてしまった。


 輝夜は慌ててスマホを操作するも、一切止めることが出来ず。

 何かが起動するのを、黙って見ていることしか出来ない。



 しばらくすると、その動作が終了し。

 スマホがホーム画面に戻ると。




 ひょっこりと、”可愛らしい少女”のキャラクターが現れた。




 ゴスロリ系の服を着た、黒髪ぱっつんの少女。

 その頭には、”猫耳”が装着されている。




『初めましてだにゃん!』




 画面の中で少女が両手を振り、スマホからボイスが聞こえてくる。

 このキャラクターが喋っているのだろうか。




『電子精霊の始祖であるミーを起動するとは、中々に見どころがあるマスターだにゃん』


「……」




 輝夜は反応に困ってしまう。

 これが、最新の人工知能なのかと。




『にゃんにゃん! 聞こえてないのかにゃん?』



 そのあざとい喋り方に、輝夜は苛立ちを覚える。




「にゃんにゃんうるさいぞ。次ににゃんって言ったら、お前を削除してやる」


『にゃん!? それは勘弁だにゃん!』


「……よし、消そう」


『にゃーん!!』




 この少女を削除しようと、スマホを操作するものの。

 なぜか、画面が動かない。




「ッ」



 仕方がないので、思考から手動操作に切り替えるも。やはり、スマホは一切反応しない。




『にゃはは! この端末は、すでにミーの支配下になったにゃん。消そうったってそうはいかないにゃん』


「……ウイルスよりもたちが悪い」




 悪魔からのプレゼント。

 それを素直に受け取ったのを、輝夜は後悔した。








『ミーはマスターと仲良くしたいにゃん。何でもお願いを言って欲しいにゃん』




 画面の中の少女、電子精霊は健気に懇願してくる。

 色々と思うことはあるが、それほど悪質なプログラムとも思えない。




「……」



 とはいえ、輝夜はイジメたくなってしまう。




「冷凍庫の中に、いちごのアイスが入ってるんだが。それを取ってきてくれないか?」




 少女に対して、輝夜は無理なお願いをしてみた。

 いくら高性能な人工知能でも、スマホのまま歩くことは出来ないだろう。


 だが、しかし。




『朝飯前にゃん!』




 そう言って、少女は画面の中から飛び出してきた。




「はぁ?」



 衝撃の光景に、輝夜は驚く。


 まるで意味が分からない。何らかの立体視か、それとも拡張現実なのか。




「いざ、冒険へ出発にゃん!」



 少女はふわふわと浮かんで、輝夜の願いを叶えるために、部屋から出ていこうと。




「ちょっと待て」


「にゃ!?」




 輝夜の手に、ギュッと掴まれてしまう。


 スマホサイズの大きさだが。驚くべきことに、少女には”実体”があった。




「お前、スマホから飛び出るのか?」


「にゃん! 電子精霊なら当然にゃん」



 少女は、誇らしそうに胸を張る。

 サイズ感からして、まるで妖精のようである。




「それと、ミーの事は”ニャルラトホテプMk-Ⅱ”と呼んで欲しいにゃん」


「……あー」




 確かに、単なるAIアシスタントとは一味違う。

 未知なるテクノロジーを、輝夜は手に入れた。





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