かぐや姫の夢






 とある喫茶店、そのテラス席にて。


 輝夜は、非常に真剣な表情でメニューを眺めていた。

 そんな彼女の様子を、善人が見つめている。




「……なんだ?」


「あっ、い、いえ」



 善人は、すぐさま目線をそらす。




(女子と2人で、カフェなんて)



 生まれて始めての体験に、善人は完全に浮ついていた。

 緊張するというよりも。言語化できない、不思議な感覚。




(でも、あんなイカれたプレイしてるのが、こんな綺麗な子だなんて)



 善人には、不思議でたまらなかった。




「でも、よかったんですか? てっきりスカーレットさんは、和菓子が好きなのかと」


「あぁ? いやまぁ、別に嫌いじゃないが。……あれか? わたしが、”大福のきぐるみ”を着てたからか?」


「はい」


「あれはまぁ、なんだ。持ってる衣装が、あれしかなかっただけだ」


「……ずっと、あれを使ってるんですか?」


「いやいや、そういうわけじゃない。ユグドラシル自体、使うようになったのは最近なんだよ。アバターとか、衣装とか、システムがよく分からん」



 ゆえに、弟にきぐるみを着せられた。



「じゃあ、ルナティックになったのって、つい最近なんですね」


「いや、わたしはルナティック症候群じゃない」


「え?」


「まぁ、ちょっと事情があってな。わたしは、生まれた時からずっと眠ってて、初めて目が覚めたのは5年前。だから色々と検査をするために、脳インプラントが埋め込まれてる」


「そんな、事情が」


「ああ」



 ルナティック症候群でないのなら、悪夢を見ることはない。

 悪夢を見ないのなら、ユグドラシルを使う必要もない。



「なら、本当に最近」


「そうだよ。足が折れて、家でもやることがないからな。ゲームの一つもやりたくなる」




 もしも、骨折というきっかけがなければ、ゲームやユグドラシルに興味を示すことはなかっただろう。

 輝夜と善人の出会いも、それと同じ。




「よし、決めたぞ」



 ようやく、輝夜はメニューを選んだ。















「アントルメ・ショコラです」


「おおー」




 テーブルに置かれたのは、小さなチョコレートケーキ。

 輝夜の目が、キラキラと輝く。




「なぁヨシヒコ、アントルメとはどういう意味だ?」


「さ、さぁ」




 2人とも、こういった店には縁がないため、名前の意味などよく分からない。

 ともかく、輝夜はひとくち食べてみる。




「ん! うま」




 ケーキは口に合ったようで、輝夜は機嫌よく食べていく。

 そんな彼女の様子を、善人はまたもや観察していた。




(か、可愛い)




 ゲームの中では、笑いながら血しぶきを浴びているのに。

 本当に同じ生き物なのか、疑問で仕方がない。




「スカーレットさん、本当に甘いのが好きなんですね」


「……そうでもない」




 甘い物好きを指摘され、輝夜はしかめっ面で反論する。

 見た目の可愛らしさを褒められるのは良いが、内面までは言われたくない。

 せめて、魂だけは男らしく。




「あとそれから、わたしのことは輝夜でいい。今はゲームの中じゃなくて、ただのクラスメイト同士だろう?」


「そ、そうですね。……か、輝夜さん」



 下の名前で呼ぶのは、善人にはまだ刺激が強かった。



「お前はそのまま、ヨシヒコでいいんだよな?」


「あ、いえ。僕の名前は、”善人よしひと”です。花輪善人」


「……ヨシヒト? ヨシヒコじゃなくて?」


「はい、善人です」



 改めて名前を言われて、輝夜は首を傾げる。



「……なんで、微妙に名前を変えてるんだ? 紛らわしい奴だなぁ」


「あー、その。最初のチュートリアルで、入力ミスしちゃって」


「いやいやまて。名前の入力って、思考で入力するタイプだろう? 間違えるのか?」



 キーボード入力ならまだしも、思考や音声でミスする事があるのだろうか。



「すっごく、テンパってたので」


「ふっ、変な奴め」




 変な奴が、変な奴を笑っていた。






「そういえばお前、ユグドラシルは長いのか? その、インプラントを付けてから」


「そうですね。僕の人生は、これがないと成り立たないので」



 そう言って、善人は自分の頭を指差す。




「なら、丁度いい。わたしの買い物に付き合ってくれ。ちょっと”欲しいもの”があるんだ」















 2人がやってきたのは、少し離れた場所にあるPCショップ。

 影沢が、ハイスペックPCを購入したお店である。


 とはいえ、今日の目的はパソコンではなく、ソフトウェアの方であり。

 店内の一角にある、”ドリームエディター”のコーナーへやって来る。




 ナイトメアキャンセラーと、その派生品であるドリームエディター。

 ルナティック罹患者の悪夢を打ち消し、好きな夢を見せるためのソフトウェアである。


 ルナティック症候群ではない輝夜には、必要のない代物だが。




「なるほど、いっぱいあるな」




 とりあえず輝夜は、目についたパッケージを手に取ってみる。

 こういったソフトウェア、いわゆる”夢データ”の購入は初めてであり、物珍しそうに見つめる。




「これは、シンデレラか?」


「そうですね。いわゆる、おとぎ話シリーズです。夢の中で、お姫様になれますよ」


「ふむ」



 これは必要ないと、パッケージを棚に戻した。





「ほら、大人気アニメの夢もありますよ」



 そう言って善人が持ってきたのは、”バームクーヘンマン”というタイトルの夢データ。

 対象年齢、0〜5歳と書かれている。




「おい、これは幼児向けアニメだろ」


「まぁ、子供もルナティックになるので」




 様々な年代に合わせた、多種多様な夢データ。

 好きな映画を選ぶように、今の人々は自分の見る”夢”を選ぶ。



 色々な商品を眺めて。

 輝夜は、気になったパッケージを取ってみる。




「”ドラボンゴール”か」




 大人気バトル漫画、ドラボンゴール。たまにテレビでも放送していたので、輝夜は内容を知っている。

 というより、実は先程のバームクーヘンマンに関しても詳しいのだが、恥ずかしいので口には出さない。




「そういうのにも、興味あるんですか?」


「まぁ、暴力は好きだからな」


「へ、へぇ」



 爽やかな表情で、なんて言葉を口にするのか。

 善人は恐ろしかった。






「ひとまず今日は、”空を飛ぶ”系の夢が欲しい」


「空、ですか?」


「ああ」




 空を飛ぶ夢が欲しいと、輝夜は言う。

 ”その理由”が、善人には何となく分かってしまう。




「あの。やっぱり、ウィングパーツは返したほうが」


「……うるさいぞ」




 ゲームの中で飛べなかったから、せめて夢の中で。そんなことは断じて思っていない。

 絶対の絶対に、羨ましくもなんともない。



 ということで、2人は空を飛ぶ夢を探すものの。イマイチ、しっくり来るものが見つからない。




「やっぱり、ここじゃ種類が少ないですね」


「そうか?」


「はい。ユグドラシルにある専門店だと、もっといっぱいありますよ。在庫も無限におけるので、むしろあっちのほうが本場です」


「なるほど」




 確かにデジタルデータなら、現実よりも仮想世界で売ったほうが合理的である。

 現に善人も、基本的にはユグドラシルで購入している。




「まぁ、でも。初めてなら、これでもいいような」



 そう言って善人が手にしたのは、先程の”バームクーヘンマン”の夢データ。




「……本気か?」


「はい。子供向けなら、刺激も少ないですし。これなら空も飛べますよ」


「まぁ、確かにそうだが」




 いくらなんでも、バームクーヘンマンはハードルが高い。

 これは、幼稚園児が見る夢である。




「とりあえず、一度これを試してみて。夢の感覚を掴んだら、ユグドラシルで買うのが一番です」


「……はぁ。お前がそう言うなら、試してみるか」




 輝夜が買った初めての夢は、幼児向けのバームクーヘンマン。

 レジで会計する時に、謎の羞恥心を感じたとか。

















「あ」




 買い物を終える頃には、すでに日が沈みかけており。

 空は、真っ赤な夕焼けに染まっていた。




「すみません。ちょっと、コンビニに寄ります」


「ああ」




 用があると言って、善人はコンビニに入り。

 しばらくすると、一本の”黒い傘”を買って戻ってきた。




「もうじき、夜なので」




 善人は、買ったばかりの傘を差した。

 ルナティック罹患者には必須となる、”月光避け”の傘として。



 傘を差したまま、善人は車椅子を押していく





 昼間の時間は終わりを告げ、恐ろしい”夜”がやって来る。


 驚くべきことに、通行人の半数近くが月光避けの傘を差しており。輝夜は、物珍しそうにそれを見つめる。





「随分と、多いんだな。傘を差す人間は」


「そうですね。この街には、ルナティックの人が多いので」


「……らしいな」




 今まで、外を出歩く機会が少なかったため。輝夜には、知らない常識が山ほどあった。




「なぁ、善人」


「はい?」


「今日は、その。……楽しかったぞ、まぁまぁ」


「あ、いや、……その」



 慣れない言葉に、善人はつい動揺してしまう。



「僕の方こそ、すっごく楽しかったです」


「……そうか」




 それなら、なにより。

 輝夜は静かに微笑んだ。






「今夜はバームクーヘンマンか」




 初めて購入した、ドリームエディター。

 未知なる技術ということもあり、輝夜はかなり楽しみであった。




「ああいう店で買ったやつなら、安心して使えますね」


「どういう意味だ?」


「ユグドラシルでは、違法な”夢データ”も売っているので。そういうのに手を出すのは、絶対にダメですよ」


「そういうのもあるのか」



 違法な商品。そういったものは、どんな業界にも存在する。



「違法な夢というのは、具体的にどういうのだ?」


「……えっと、その。アダルト系の夢だったり、刺激が強すぎたり、とか」


「ほぅ。お前も、そういうのに興味があるのか?」


「いえ、そんな!  買う方法だって知らないです」


「ふっ、そう慌てるなよ」




 ちょっと刺激の強い話を振られ、善人は顔を真っ赤にしてしまう。

 そんな、弄りがいのある反応に、輝夜は大変ご満悦である。





 人通りの多い繁華街を、あてもなく移動する。

 特にプランもないので、ブラブラとしているだけだが。




「――ちょっと、そこのお二人さん」




 2人は、怪しい老婆に声をかけられる。

 占い師のような格好をした、いかにも怪しい老婆。


 どうやら路上販売を行っているらしく、台の上には様々なアクセサリーが置いてあった。




「デートかい?」


「違う」


「ほっほっほ」



 輝夜の即答に、老婆は笑う。




「お二人にお似合いのアクセサリーがあるんじゃが、見ていかんかの?」



 そう問いかけられ。

 輝夜と善人は、互いに目を合わせる。



「まぁ、少し見てみるか」


「ですね」



 断るのもあれなので、2人は品物を見てみることに。





 老婆が売っているのは、手作りのアクセサリー類。

 指輪やネックレスなど、多種多様。

 手作りとは思えないほど、作りの良い物ばかりであった。




「ふむ」




 値段も、かなり良心的であり。

 おかしなインチキ商品にも見えない。




「こういうのは、輝夜さんに似合うんじゃないですか?」




 善人が見つけたのは、満月の形をしたイヤリング。

 満月の中に、うさぎの模様が刻まれていた。




「そうか?」


「はい。輝夜さんって、月が好きそうだし」


「うん? いや、そうでもないぞ」


「そうですか? ゲームの名前も、”スカーレット・ムーン”だから。てっきりそうかと思って」


「ああ。あれは別に、そういう意味じゃない」




 スカーレット・ムーンという名前。

 別に、月が好きというわけではない。

 紅月という名字を、そのまま訳したわけでもない。


 決して説明できない理由が、その名前にはあった。







「だがまぁ、悪くはないな」




 輝夜は、”月とうさぎのイヤリング”を手に取ってみる。




 月に対する思い入れなど、輝夜には微塵もない。

 名前が”かぐや”とはいえ、月には何の縁もない。




 だがしかし。



 その瞳からは、静かに”涙”が零れていた。



 本人でさえも、気づかぬまま。







「じゃあ、これをください」


「はい、ありがとね」



 善人が会計を行い、輝夜にイヤリングをプレゼントした。





「そういう、ことなら」



 ただプレゼントを貰うだけでは、輝夜も落ち着かないため。

 善人へのお返しを探すことに。




「……お前には、これを買うとしよう」




 選んだのは、一風変わった”黄金の指輪”。

 瞳を模した、石のようなものが埋め込まれている。




「はい、ありがとう」



 老婆に代金を支払うと、輝夜は買った指輪を善人に渡した。




「えっと。どうして、この指輪を?」



 この指輪を選んだ理由が、今ひとつ理解できない。




「ほら、変な石が付いてて、”中二病”っぽいだろう? お前にぴったりだ」


「……僕、中二病に見えますか?」



 善人には自覚が無かった。




「ああ。お前のユグドラシルでのアバター、見るからに中二病だからな」




 善人が使っているアバターは、”王冠を付けたドクロ”という、ちょっとイタいセンスをしていた。

 輝夜的には、余裕で中二病である。



 

「……カッコいいと、思ってたのに」



 自分のセンスを中二病と言われ、善人は若干傷ついた。






「じゃあ、また来ておくれよ」



 何故か、互いにアクセサリーを購入し、2人はその場を後にした。






 輝夜は、左耳にイヤリングを。

 善人は、右手の人差し指に指輪をはめる。



 黄金に煌めく、不思議な指輪を。















「こうやってブラブラするのも、意外に楽しいな」


「そうですね」




 土曜日ということもあり、時間を気にすることなく、2人は遊び呆け。

 いつしか空は真っ暗に。重度のルナティック症候群である善人は、絶対に傘を手放せない時間帯になっていた。




「今、タクシー呼んだので」


「ああ、ありがとう」




 輝夜を家に送るため、善人がタクシーを呼ぶ。

 そんな、さなか。




「……ん?」




 輝夜は何かに反応し。

 くんくんと、鼻を利かせる。




「なぁ、すっごく”いい匂い”がしないか?」


「え? そ、そうですか?」




 輝夜の言葉を聞き、善人も周囲の匂いを嗅いでみるも。

 特に、変わった匂いは感じられない。




「ほら、向こうの方から」




 そう言って輝夜が指差すのは、人気のない”路地裏”。

 どう考えても、いい匂いの出どころとは思えない。




「本当、ですか?」


「ああ、間違いない。ほんのちょっとだけでいいから、向こうに連れてってくれ」


「……そこまで言うなら、行きましょうか」


「おぅ、頼んだ」






 ”少年”は押しに弱く、”姫様”の命令には抗えない。


 そうして2人は、地獄の入り口へと足を踏み入れた。





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