三度目の出会い






 アルマデル・オンライン、崩壊都市エリアにて。

 ひっくり返ったカメ型の汚染獣、タートクスを斬り刻みながら。

 輝夜は、考え事をしていた。




 このゲームを始めて、自分に訪れた心境の変化。

 最近やたらと、”気分が良い”ということ。




 アルマデル・オンラインは、非常にシンプルなゲームである。化け物を殺して、その素材で自分を改造して、また化け物を殺して、やっていくことはその繰り返し。

 ”過剰現実”という名の通り、体感としては本当に戦っているのと変わりがなく。敵をなぶり殺しにする感覚も、恐ろしいほどにリアルである。



 ゲームの難しさと、リアル過ぎる残酷描写。そのため、アルマデルは非常に人を選ぶゲームである。

 しかし輝夜にとっては、”最高のストレス発散法”となっていた。



 5年間の入院生活と、思い通りに動かない体。それによって溜まったストレスと、”暴力的衝動”。

 弟を定期的に殴りたくなるのも、おそらくはそれが原因であろう。


 現実の肉体では、暴力行為を行うことが出来ない。法律どうこうは関係なく、身体が脆弱すぎるがゆえに。

 もしも人並みの身体能力があれば、すでに弟を屈服させているはずである。それだけの行動力が、輝夜にはある。

 ただ、心に体がついていけないだけ。


 だが、そんな暴力衝動も、最近は収まりつつある。

 剣を振るって、敵を殺す。殺した死体を蹴る。思いっきり蹴る。これでもかと蹴る。それによって、輝夜の精神状態は安定していた。


 この世界でなら、思い通りに体を動かせる。




「ふははは!!」


「あの、スカーレットさん。解体できる部位が……」




 タートクスの死体蹴りをする輝夜を、ヨシヒコが止めに入る。

 そんな彼の背中には、”巨大な翼”が装着されていた。








 アーク・バイドラが討伐されると。

 その汚染がフィールドに”拡散”し、通常種のバイドラが現れるようになった。


 バイドラの素材から製作できるのは、翼の形をした飛行用パーツ。

 これの登場により、アルマデル・オンラインの世界は新たな領域へと足を踏み入れた。


 とはいえ、一般に普及するようになったのは、通常種の飛行用パーツに過ぎない。

 特殊個体アーク・バイドラの素材によってのみ製造可能な、”この世界に一つだけの翼”。それを得る権利は、No.1アタッカーの輝夜にあったのだが。


 なぜか今現在、その翼はヨシヒコの背中に装着されている。





「でも、本当に良かったんですか?」


「……何がだ?」




 汚染獣の解体はヨシヒコに任せて、輝夜は死体の上で寝っ転がる。




「このウィングパーツですよ。特殊仕様で、性能も凄いのに」


「いいんだよ。射撃型のお前が使えば、戦闘も有利だろ? それに、わたしはそれが無くても十分強い」


「確かに、そうですけど」



 せっかくの飛行用パーツを、輝夜が譲渡した理由。

 ヨシヒコの戦力アップというのは、確かに理にかなってはいるが。



「もう少しだけ、”チャレンジ”してみませんか?」


「……そう、だな」



 それには、悲しい事情があった。







『新しいパーツを確認しました。』



 ヨシヒコの外した翼を、自身の背中に装着して。

 輝夜は深呼吸をする。



「よし」



 勢いよく翼を広げ、大空へと羽ばたこうと。


 するものの。





「ぬあっ!?」




 地面から離れた直後に、輝夜は思いっきり体勢を崩し。

 逆さまになりながら、顔面が地面に衝突。

 ガリガリと地面を削っていく。



 しかも、その状況でも翼の動きは止まらず。

 物凄い勢いで、顔面が地面に叩きつけられていき。


 グシャリと、首がへし折れた。




「スカーレットさーん!!」








 ボスを倒した証。

 他より優れた性能。

 空を飛ぶことへの憧れ。



 翼を手に入れた時は、それはもうウキウキであった。



 だがしかし。

 ”どうやって、羽根を動かすんだ?” 


 空を飛ぼうとして、輝夜が最初に思ったのはそれであり。

 今現在においても、答えが出ていない。 




 オンラインゲーム等で、新たな要素が追加された場合。普通ならそれに対する説明が行われるはずである。

 だが、このゲームにそんな親切心は存在せず。やってみろとばかりに、翼を与えただけだった。


 そして、輝夜が丸一日訓練に費やして。

 その成果が、先程の顔面クラッシュである。




 輝夜は、これをゲームの不具合だと思い、ヨシヒコにウィングパーツを貸したのだが。

 驚くことに、ヨシヒコは”一発”で飛行に成功した。


 まるで、元々翼を持っていたかのように。

 それほどまでに、自然で鮮やかな飛行を披露した。




――はぁ〜




 そして、輝夜は過去最大のため息を吐き。

 ヨシヒコに翼を譲ったのであった。















 廃墟の上で、輝夜とヨシヒコは雑談をする。




「それにしても、明日のオフ会、楽しみですね」


「そうか? 正直、行っても楽しくないと思うぞ」




 明日行われることになった、白銀同盟のオフ会。

 姫乃で行われる事もあり、ヨシヒコはすでにテンションが上っていた。

 しかし、輝夜は興味すら示さない。




「なんでそんなこと言うんですか。スカーレットさんが、一番の立役者じゃないですか」


「いやまぁ。そこは正直、どうでもいいんだが」




 輝夜が気にしているのは、もっと根本的な部分。



――実は僕、友達が一人も居なくて。



 ”この哀れな坊や”が、果たして本当に馴染めるのか。




「……まぁ、行けたら行くよ」


「そんな。絶対に来てくださいよ」


「はいはい」






 このところ、輝夜の心には”ゆとり”があった。足が折れて、学校に行くことが出来ないものの。それ以外の部分では不満がない。

 学校から送られてくる課題も、”実質2周目”なので簡単に終わる。動けないことでストレスは溜まるが、ゲームで十分に発散できている。


 ゆえに、今の輝夜にはゆとりがあり、他者に意識を向ける事もできた。


 ヨシヒコ。

 一緒にプレイを始めて一週間。若干ビビリだが物覚えは良く、一緒に居て不快な気持ちにならない。そしておそらくは、同年代の少年。

 ゲーム仲間としては、これ以上無い相手である。


 未だ、リアルで顔を合わせたことはないが、”だからこそ”信頼ができる。




(……様子だけでも、見に行くか)




 果たして、孤独な少年に友達は出来るのか。

 輝夜は、重い腰を上げることを決意した。










◆◇










 プレイヤーネーム、ヨシヒコ。

 チャームポイントは、目元を隠すほどの前髪。


 本名、花輪はなわ善人よしひとは困っていた。




(……どうしよう)




 クラスメイトと話すきっかけ、あるいは友達をつくるために始めたゲーム、アルマデル・オンライン。

 紆余曲折を経て、白銀同盟という新設されたクランのオフ会にやって来たのだが。


 その会場の隅っこで、善人よしひとはうつむきながらスマホを弄っていた。

 別に、弄る必要があるわけではない。ただ、今の自分に出来る行為が、それしかないだけ。




(思ってた感じと、なんか違う)




 オフ会が行われているのは、カラオケ店のパーティルーム。

 薄暗い照明にミラーボールと、善人はそれだけで気が引けてしまう。



 他のメンバーは、リーダーを中心としてカラオケで盛り上がっていた。


 テーブルの上に置かれているのは、”お酒やタバコ”。

 初めの自己紹介の時に、善人以外にも”未成年”が居たはずだが。他のメンバーに流されてか、普通に手を出してしまっている。


 ”そういうノリ”のオフ会。

 もはや、大学生の新歓コンパである。




(……やっぱ、お酒を断ったのが。いや、自己紹介がマズかったのかな)




 善人は、まったくもって馴染めず。

 すでに来たことを後悔し始めていた。








「てか、結局男だけ?」


「あぁ。ほとんど集まってるけど、見事に全員男だわ」



 メンバーたちは、そんな会話を口にする。



「やっぱ、ユグドラシルのアバターは糞だな」


「いや、お前もネカマだろ?」


「しゃーない。女はこのゲームやんねーもん」



 何人かが、そんな話をしていると。


 扉を開け、遅れてきたメンバーが部屋にやって来る。





「――すみません。ここって、白銀同盟のオフ会で合ってます?」





 電動の車椅子に乗った、黒髪の美少女が。










「……なんだろ」



 隅っこにいた善人にも、その異変は感じ取れた。

 未だにカラオケが流れているのに、誰も歌わず。ドアの方に参加者たちが集まっている。




(デザートでも、来たのかな)



 無論、そんなわけはないが。

 ピュアな善人には、それくらいの想像力しかなかった。




 目を凝らして見てみると、どうやら車椅子に乗った女性がやって来たらしい。

 薄暗い照明のせいで、ほとんど顔は見えないが、それくらいは判別できる。




(女の人でも、こんな怖いゲームできるんだ)



 女性の参加者。それに対して、興味がないわけではないが。

 自分とは話すこともないだろうと、善人はスマホに視線を戻す。




(……スカーレットさん。あと、アモンさんは?)



 頼みの綱は、ゲーム内で交流がある2人のプレイヤーのみ。

 だがしかし。



『悪いね。実は僕、結構遠いところに住んでてね。そっちに行くのは、物理的に不可能なのさ。』



 アモンは、そもそも不参加。

 スカーレットに関しては、メッセージに返信すらない。




「……はぁ」



 孤立無援、おまけに馴染めない最悪の状況で、善人はため息を吐いた。










「――こほこほ。すみません、わたし喘息持ちで。タバコの煙とかが苦手なんです」


「えっ、そうなの?」




 わざとらしく、車椅子の少女は咳をする。




「隅っこの方で、少し休憩させてください」



 そう言って、少女は車椅子を動かし、部屋の隅へと向かっていく。




「あっ、飲み物とかは?」


「結構でーす」




 半分真顔になりながら、少女は部屋の隅へと。


 善人の側へとやって来る。




「え」


「はじめまして」




 目の前にやってきた車椅子の少女。

 ”紅月輝夜”に、善人は言葉を失う。


 どこかで、見たことがあるような。

 学校というか、トイレというか。




「あっ、入学式の日、男子トイレで――」


「”はじめまして”」




 善人の言葉を、輝夜が遮る。

 強い言葉と、突き刺すような視線で。




「わたし、足を怪我しているので。座るのを手伝ってくれませんか?」 


「あっ、はい」




 善人に支えられながら、輝夜は席に座った。



 隣に女子が座ったことで、善人はなおさら緊張し。

 スマホを弄るでもなく、うつむいてしまう。


 そんな様子を、輝夜はじーっと見つめており。

 善人はなおさら緊張してしまう。




「あ、あの」


「お気になさらず。わたしは休憩してるだけなので、どうぞスマホを弄ってください」


「は、はい」




 輝夜に促され、善人は再びスマホを弄りだす。


 とはいえ、元々意味もなく弄っていただけなので、非常に困ってしまう。

 相変わらず、スカーレットからは連絡もない。




「あなたは、他の人と楽しまないんですか?」


「いや、その。……ちょっと、」




 頭が、真っ白になってしまう。

 馴染めない空気に、やってこない仲間。

 どこか見覚えがあるような、黒髪の美少女。


 スマホを持つ手が、震えていた。






「だから言っただろ? 面白くないって」


「……え」




 口調が変わった輝夜に。

 善人は、ある名前が頭に浮かぶ。




「スカーレットさん!?」


「はっ、こっちはすぐに分かったぞ。お前は見るからにボッチだからな」




 輝夜は、機嫌良さげに笑う。




「……それで、馴染めてないのか?」



 そう尋ねながら、輝夜は置いてあった飲み物を口にする。




「あの、それ。僕のコーラ」


「気にするな」



 輝夜は、コーラを飲み切った。




「ここまで来るのは大変だったぞ? うちの使用人は朝から留守だし、タクシーの乗り降りはしんどいし、スマホは家に忘れるし」




 電動車椅子を用いての、初めての外出。

 それはもう、踏んだり蹴ったりであった。




「で、このオフ会は楽しいか?」


「……えっと、その」



 善人は言葉が見つからない。



「このオフ会が、というよりも。僕自身が、駄目な気がして」


「なるほど」



 輝夜は頬杖をつき、善人の話に耳を傾ける。




「僕が思ってたのと、雰囲気も違うし」


「お前、想像できなかったのか? 集会の時の様子からして、このクランは”こういう雰囲気”だろ。確かにお前と同じで、”出会い”が目的かも知れんが。お前の求める出会いと、こいつらの求める出会いは違うんだよ」


「……そういう、ものですか?」


「ああ。友達が欲しくて、背伸びするのは結構だが。そこまで無理する必要はないと思うぞ? もっとこう、身近なクラスメイトに声をかけてみるとか、挨拶をちゃんとするとか」




 紅月輝夜、15歳。精神年齢的には、三十路に近づきつつあるため。

 悩める少年に、慣れないアドバイスを送ってみる。




「……ならスカーレットさんは、どうしてゲームを?」


「わたしは単なるストレス発散だよ。ご覧の通り、”あれ以降”自由に動けないからな」




 あれ以降、とは。

 この2人だけが知っている、秘密の出来事。




「それじゃあ、わたしはもう帰るよ。ここはタバコ臭くて最悪だ」















「えっ、帰っちゃう?」


「はい。やっぱりどうしても、こういう場所だと症状が悪化しちゃうみたいで」




 自分が抜けることを、輝夜はリーダーに説明する。

 話を円滑に進めるために、こういう場合は敬語を使う。




「いや。何なら、会場を変えてもいいけど」


「そんな、迷惑はかけられませんから」



 会話が続くたびに、笑顔の仮面が崩れていく。



「じゃあ、僕が送っていくよ。車椅子じゃ大変だろうし」


「いえ、それもちょっと」



 過度のストレスで、まぶたがぴくぴくと動き始める。


 すると、






「あの、スカーレットさん!」



 意を決した様子で、善人が駆け寄ってくる。






「――よかったら、僕と一緒に。あ、甘いものでも、食べに行きませんか?」






 ひどく緊張しながらも、善人はそんな提案をし。


 輝夜は、思わず微笑む。




「あー、いやいや。彼女さ、マジで気分悪いみたいだからさ。きみ、空気読もうよ」




 他のメンバーが間に入るも。

 もう善人は止まらない。




「大丈夫です! 彼女は、僕の”クラスメイト”なので」




 言われた通りに、勇気を出してみる。




「ふっ」



 輝夜は、思わず笑った。




「なら丁度いい。車椅子を押してくれないか? バッテリーの節約になる」


「わかりました」




 そんなこんなで。

 善人が輝夜の車椅子を押し、2人は別のお店へ向かうことに。




 正真正銘、ゲームのオフ会を行うために。








「というかお前、わたしと同じクラスなのか?」


「あ、はい。紅月さん、ですよね。ずっと欠席してる」


「ほぅ……」





 始まりは、学校のトイレ。


 二度目の出会いは、ゲームの中で。


 運命の歯車が、ようやく回り始めた。





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