空の覇者






「くっ、お前」




 ベッドの上で、うつ伏せになりながら、輝夜は苦悶の声を上げる。

 そんな姉の様子を見下ろしつつ、弟の朱雨は得意げな表情をしていた。




「おい、いつもの無駄口はどうしたんだ?」


「……弟のくせに、生意気だぞ」




 朱雨に好き勝手言われても、今の輝夜は何も言い返せない。

 枕に顔を埋めながら、輝夜は”マッサージ”をされていた。




 とても不幸な事故により、両足を骨折し。輝夜は現在、自力で歩行を行うことが出来ない。

 適度な運動をしなければ、血行も悪くなってしまうため。輝夜は毎日マッサージをしてもらっていた。



 いつもなら、お世話係である影沢がマッサージを行うのだが、今日は家を留守にしており。

 その代わりとして、弟の朱雨がマッサージをしていた。




「それにしても、悪いな。お前も学校で疲れてるだろうに」


「そんなことはない。普通の人間は、学校に行った程度じゃ疲れないんだよ」




 流石の輝夜も、弟にマッサージしてもらうのはどうかと思ったが。

 輝夜の予想と反して、朱雨は文句の一つも言わずに応じてくれた。




「それにしても、お前。……あ、案外、上手いな」




 朱雨にマッサージしてもらいながら、輝夜はその腕前に感心する。

 というより、気持ち良すぎて、”変な声”が出そうになる。




「なにか……け、経験とかあるのか?」


「あるわけ無いだろ」




 そう言いつつも、朱雨は的確なマッサージを行っていく。

 優しく丁寧に、かなり集中した表情で。




「いやいや、普通に舞より上手いし。お前、そういう勉強とか――」


「黙ってろ」


「ッ!?」




 ギュッと、変なポイントを押されて。

 輝夜は、声にならない悲鳴を上げた。









「……はぁ、はぁ」




 マッサージが終了し、輝夜は若干呼吸が乱れたまま。

 弟の朱雨も、少々疲れた表情をしていた。




「……それにしてもお前、最近はゲームやってないのか?」


「そんな暇は無いからな」




 アルマデル・オンラインにも、朱雨は手を出していない。

 設備的には、何の問題も無いはずである。


 というより、輝夜は最近、朱雨の口から”ゲームの話題”を聞いていない。




「ゲームはもう、卒業したんだ」


「……そうか」




 年月が経ち、高校生になった朱雨は、今が最も多感な時期である。

 輝夜のように、止まっているのか進んでいるのか、よく分からない人間とは違う。




「つまらんな」



 輝夜は小さくつぶやいた。








 今日は水曜日。

 白銀同盟による、アーク・バイドラ討伐戦が決行される。

















 アルマデル・オンライン。

 汚染森林エリア。



 鬱蒼とした森の広がる広大なフィールドであり、多数の汚染獣が生息する場所でもある。

 その森林エリアの中に、多くのプレイヤーが集結していた。



 集まったメンバーは、合計で”29人”。一応は、全員が白銀同盟に所属するプレイヤーである。


 集まったメンバーのうち、大多数である25人は、ボディの色を周囲に紛れる”迷彩カラー”に変えており。

 残る4人のプレイヤーは、変わらずの”ノーマルカラー”。


 スカーレット・ムーンこと、輝夜は、その4人のうちの1人であった。





「スカーレットさん」


「ヨシヒコか」




 作戦開始前、輝夜のもとにヨシヒコがやって来る。

 ヨシヒコのボディは迷彩カラーであり、いつもならキャノン砲があるはずの右腕には、”別の装備”が装着されていた。




「おそらくは大丈夫だろうが。ヤバくなったら、普通に逃げろよ」


「はい!」





 集まった29名のメンバーのうち。輝夜を含む4人は、アーク・バイドラをおびき寄せるための”囮部隊”。ゆえに、迷彩ではなくノーマルカラーである。


 ヨシヒコを含む15名のメンバーは、アーク・バイドラを拘束するための”トラップ部隊”。

 彼ら全員の右腕には、一発しか撃てない強力な”ワイヤークロー”が装着されていた。

 15人のマシンパワーを持って、敵を拘束する役目である。


 残る10名のメンバーは、拘束したアーク・バイドラに攻撃を仕掛ける”主力部隊”。

 一番最後まで姿を隠し、敵を拘束し終わってから攻撃し始める、”袋叩き部隊”とも言える。



 3つに分けられた部隊の中で、輝夜は”最も生存率の低い部隊”に配属されていた。








 森林エリアのど真ん中。

 今回のために作られた空き地、”待ち伏せ地点”にて、輝夜は他の3人のプレイヤーと共に待機する。


 アーク・バイドラの行動パターンを調べた結果、この場所の上空を通る可能性が極めて高いとのこと。

 ゆえに、静かにその時を待っていた。




「それにしても、退屈だね」


「……そうだな」




 基本的に輝夜は、クランの他のメンバーとは話さない。

 だが、同じ囮部隊の仲間、”アモン”に関しては別である。

 というより、彼が一方的に話しかけてくるだけだが。




「そうだ、君に耳寄り情報を教えてあげよう」


「耳寄り?」


「ああ。特殊個体の討伐において、”最も多くのダメージを与えたプレイヤー”には、ちょっとした”ご褒美”があるんだ。いわゆる、MVP賞ってやつかな」


「……その情報は初耳だな」


「お得な情報は、みんな独り占めしたいのさ」




 誰だって、ご褒美は欲しいもの。

 本当に重要な情報は、他人に教えたりはしない。




「それで、なんでわたしに教えたんだ?」


「ふふっ。いや、深い意味はないさ。君の実力が”本物”なら、十分その可能性はあると思ってね」



 アモンは笑う。

 その真意を、決して表に出さぬまま。



「そのMVP、前回は誰だったんだ?」


「このクランの”リーダー”さ」


「なるほど」



 例の袋叩き作戦。

 それで一番叩いたプレイヤーが、このクランのリーダーである。



「それで、前々回は?」


「……ふふっ。さあ、どうだろうね」



 アモンは何故かはぐらかす。

 すると輝夜は、あることを思い出した。




「そういえば、”お前の持ってる剣”、他で見たことがないな」




 アモンの所持している剣。それは真っ黒で、見たことのないデザインをしている。

 基本的に、このゲームはカラーリングこそ弄れるものの、武器のデザイン変更は不可能である。

 よっぽど、なにか”特殊な素材”でも使わない限りは。




「まぁ、お互い死なずに頑張ろう。どれだけ頑張っても、死んだらボーナスは貰えないからね」


「なるほど。だからリーダーたちは、生存率の高い主力部隊なのか」


「正解。確かに、一番ダメージを与えられる可能性があるのは、僕たち囮部隊だけど。その分、死ぬ確率も高い。だから彼らは、撃破されるのを恐れて、後方の――」




 輝夜とアモンが、そんな話をしていると。





「――来たぞ!!」


「ッ」




 仲間の1人が、叫び声を上げる。

 輝夜が上空に目を向けると、




 遙かな視線の先に、翼を広げる巨大な影があった。

 この空の覇者、”アーク・バイドラ”である。




「あらら、これって不味いんじゃない?」




 大空に見えるアーク・バイドラ。

 その姿が、”どんどん大きく”なっていく。




「逃げろー!!」





 翼を広げ、威嚇しながら。

 アーク・バイドラの巨体が、地面に衝突した。



 凄まじい衝撃が発生し、囮部隊の面々は吹き飛ばされる。





「……まったく」



 輝夜は上手く回避をして、無事に着地。

 同じく、アモンも無傷であった。




 残念ながら、残る2人のメンバーは避けられなかったらしく。

 粉々になったパーツが、周囲に散乱していた。


 出来ることなら、こんな死に方はしたくない。






「アーク・バイドラ、か」



 輝夜は、初めて間近でその姿を見る。



 今まで戦ったどの汚染獣よりも大きく、異質な存在。


 鳥なのか、それともドラゴンなのか。

 現実では絶対にあり得ない、正真正銘の”化け物”であった。




 輝夜が、その大きさに見惚れていると。





「全員、撃て!」




 リーダーの号令により。

 隠れていたトラップ部隊が、一斉にワイヤークローを射出する。



 15名のトラップ部隊。

 その射撃が、アーク・バイドラに”全弾命中”。


 ワイヤーをくくりつけ、動きを拘束することに成功する。




――ギャアアア




 特殊個体とはいえ、アーク・バイドラは飛行型の汚染獣。前回の特殊個体のような、デタラメな怪力は有していない。

 ロボットが15体も合わされば、行動の抑制は十分に可能であった。




「総員、攻撃開始だ!」




 隠れていた、残り10人の主力部隊が姿を現し、一斉に攻撃を開始する。




 剣を使う者や、槍を使う者。巨大な大剣をぶん回すプレイヤーも。

 アーク・バイドラの巨体に、一斉に斬りかかる。



 分厚い外殻に覆われているものの、彼らの武器ならば多少のダメージは入る。


 飛べない鳥に対して、これでもかと攻撃を浴びせていた。






「ふぅ」



 面白みのない戦い。

 そう思いつつも、MVP賞のために輝夜は攻撃に参加していた。





 15体のマシンパワーによって、アーク・バイドラは動きを封じられ。

 このまま攻撃を加え続けていけば、いずれは討伐も終わるだろう。




 この調子で行けば、余裕で勝てる。

 あとは、誰が”最も多くのダメージ”を与えられるか。


 攻撃に参加するプレイヤーたちは、そんなことを考えていた。





 だが、しかし。





――キェアアアアアア!!




 拘束されたアーク・バイドラが。

 耳をつんざくような、激しい叫び声を上げる。





「くっ」



 何か、超音波のようなものが出ているのか。プレイヤーたちは、一瞬たじろぐ。 

 それだけなら、何の問題も無かったのだが。




 今の叫び声に、何か特別な効果でもあったのか。

 汚染森林エリア全域に、アーク・バイドラの叫びが伝わり。


 それを聞いた大量の汚染獣たちが、一斉に待ち伏せ地点へと集結してくる。





 その総数は、軽く”100体”を超えていた。





 1体倒すだけでも、大変な労力が必要な汚染獣。それが100体以上も。

 数という優位性を失っては、もはや彼らに勝てる道理はない。




「うわぁぁ!」



 汚染獣の襲撃により、トラップ部隊は一瞬にして瓦解。


 同時に、ワイヤークローも無効化され。





 ”空の覇者アーク・バイドラ”が、再び自由を手に入れた。

















「失敗だ! 逃げなきゃ死ぬぞ!」




 それはもはや、戦いですらなかった。


 自由を手にしたアーク・バイドラと、押し寄せる大量の汚染獣。たとえ一方が相手でも、勝つことの不可能な相手である。

 一度瓦解した部隊では、抗うことは到底不可能であり。

 生き残ったメンバーたちは、逃げることだけを考えていた。




「うわぁぁ!?」



 一方的に、蹂躙されていくプレイヤーたち。


 先程までとは真逆の立場。

 圧倒的な暴力によって、袋叩きにされていた。







「に、逃げないと」



 木の陰に身を潜めながら、ヨシヒコは脱出のタイミングを伺う。


 彼を含めたトラップ部隊は、ワイヤークロー射出のために武装を外しており、対抗する手段すら持っていなかった。

 ゆえに、すでに詰んでいるような状況だが。




「やあ、君も運が無いね」




 スカーレット以外で、唯一交流のあるプレイヤー、アモンがやって来る。


 余裕綽々と、”無傷”で汚染獣を殺しながら。


 その実力は、明らかに他のプレイヤーたちとは次元が違っていた。




「ここに居ても死ぬだけだ。僕と一緒に逃げるかい?」


「えっと、その。もちろん逃げますけど」




 ヨシヒコが気にするのは、仲間であるもう一人のプレイヤー。




「スカーレットさんは?」


「……どうやら彼は、”一人”でやりたいらしい」









――ギャアアアア




 自由を手に入れ、歓喜のような叫び声を上げる、”空の覇者アーク・バイドラ”。

 もはや誰も、その怪物に挑もうとはしていない。


 たった一人、彼女を除いて。





「さて、と」



 輝夜は一本の剣を構え、アーク・バイドラと正面から対峙する。





 その構図は、正真正銘の一対一。

 他の汚染獣たちも、空気を読んでか襲ってこない。



 アーク・バイドラvsスカーレット・ムーン。

 その一騎打ちが幕を開けた。





 アーク・バイドラが翼を広げ、それを勢いよくはためかせる。

 衝撃波のようなものが、輝夜に向かって放たれた。



 実体の見えないそれを、輝夜は”勘のみ”で回避し。

 勢いよく駆けると。





「ッ」



 足元を斬り裂きながら、アーク・バイドラの背後に回り込み。

 その背中に、飛び乗った。





「ふぅ」



 剣を逆手に持って、輝夜が狙うのは、敵の”頸椎”部分。

 そこだけが、他の部分と僅かに質感が違っており、輝夜はそこが弱点であると判断。




 迷いなく、剣を突き刺した。





――ギャアアアア





 剣は深々と突き刺さり、おびただしい量の血液が溢れ出る。


 確かにそこは、アーク・バイドラの弱点であった。


 だが、敵を背に乗せたまま、一方的にやられるほど軟な生き物ではない。





 頸椎をぶっ刺されながらも、アーク・バイドラは翼を広げ。



 上空へと羽ばたいた。

 その背中に輝夜を乗せたまま。



 自分のテリトリーである大空へと、戦いの舞台を移すために。









(……ッ、落ちたら死ぬな)



 剣に掴まりながら、輝夜は下を見る。


 すでに数百メートルは上昇しており、地上の様子すら確認できない。


 振り落とされないように、輝夜は必死にしがみつくも。





 力づくで落とそうと、アーク・バイドラが空中で回転をし始めた。





「チッ」



 凄まじい遠心力により、頸椎に刺さった剣が抜け始める。



 このままでは、呆気なく振り落とされてしまう。

 だが輝夜も、ここまで来て負けるつもりはなく。





 剣が抜けると同時に、自身の”左手”を、思いっきり傷口へと突き刺し。


 振り解かれないように、”傷口の中の肉”を掴んだ。




 まさに、鬼のような所業。

 だがこれで、振り落とされる心配は無くなった。





「……落ちるのは、お前だよ」




 ”最高に楽しい気分”で、輝夜はアーク・バイドラの翼を斬りつけていく。


 何度も何度も、執拗に。


 向こうも輝夜を振り落とそうと、必死に体を回転させるも。

 ガッチリと傷の内側を掴まれ、振り落とすことが出来ない。





 そうして、何度も何度も斬り刻まれ。

 ついに、羽根を動かすのに必要な骨を切断されてしまう。





――ギャアアアア





 羽根を動かせなくなったことで、アーク・バイドラは揚力を失い。

 その巨体も相まって、凄まじい勢いで地上に落下していく。





(……マズいな)



 思ったよりも、落下の勢いが凄まじい。

 だがしかし、こうなったらやれることもないので。



 輝夜は歯を食いしばり、衝撃の瞬間に備える。







 そうして、アーク・バイドラは地面に墜落した。










◆◇










 その墜落現場は、あまりにも悲惨な状況であった。



 頭から地面に衝突したことで、アーク・バイドラは即死。


 血と肉が、周囲に四散している。



 そしてその側には、スカーレットの左腕が落ちていた。





 双方ともに、墜落の衝撃によって死亡。

 そうとしか思えない現場である。



 だが、しかし。







「……気持ち悪い」



 付近の木の枝に絡まって、”宙吊り”になった状態ながらも。


 輝夜のボディは、しっかりと原型を留めていた。





 左腕はもぎ取れ、全身はズタボロだが。

 紛れもない、”輝夜の勝利”であった。





 逆さまになりながら、輝夜が勝利の余韻に浸っていると。





「――やるな、お前さん」




 声をかけられ、振り向くと。

 近くの木の上に、1体のロボットが座っていた。


 他のプレイヤーかと考えるも、輝夜はそのロボットに見覚えがある。




「”ロビー”、だったか」




 ボロ布を纏ったロボット、チュートリアルキャラのロビー。

 全てのプレイヤーに片腕を譲ることで有名だが、今の彼には両腕があった。




「……戦いを見ていたが、文句のつけようがない。お前さんが、No.1アタッカーだ」


「そりゃどうも」




 どうやらこのロビーが、MVP賞を教えてくれる存在らしい。

 だが激戦を終え、逆さま状態の輝夜には、わりかしどうでも良い話であった。




「しかし驚いた。まさか”人間”に、あれ程の動きが出来るとは」


「なんだって?」


「……いや、なんでもない」




 思わず、失言を漏らしてしまう。

 それほどまでに、”彼”はテンションが上がっていた。




「なにはともあれ、これからはお前さんが、この空の覇者だ。街の職人に話しかければ、”相応しい翼”を見繕ってくれるだろう」




 相応しい翼。

 おそらくはそれが、MVPのご褒美なのだろう。




「では、また会おう。――スカーレット・ムーン」



 そう言って、ロビーはどこかへ消えていった。










 空の覇者は大地に倒れ。


 アーク・バイドラ討伐戦は終結した。







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