白銀同盟(一)





 姫乃。

 そこは日本におけるロンギヌスの本拠地にして、鉄壁の要塞。

 街全体を覆う巨大な壁があり、検問所を通らない限り街には入れない。



 そんな姫乃の検問所に、一人の男がやってくる。

 鼻歌交じりで、顔のいたる所に大量のピアスを付けた男。


 男が検査機の中をくぐる。




「反応なし。どうぞ中へ」


「あ〜い」



(チョロいな〜)




 検問を通り、男は姫乃の街に足を踏み入れる。

 男の目の前には、ロンギヌスの塔を筆頭に、人の築き上げた叡智の結晶が広がっていた。




「さぁて、暴れますか」




 悪しき者が、姫乃に侵入した。

















「では、報告を」




 姫乃、ロンギヌスの塔。その上層階にある、”長官室”にて。


 スーツ姿の女性。紅月家の使用人である”影沢舞”が、上司に報告を行っていた。

 報告を受ける相手は、四十代ほどの男性。年齢は感じさせるものの、非常に整った容姿をしている。




「昨夜未明、安楽町の路地裏にて傷害致死事件が発生。現場に魔力痕跡はありませんでしたが、目撃者の証言と現場の様子からして、ほぼ間違いなく”悪魔”による犯行と思われます」


「そうか」




 悪魔による犯行。その言葉に、部屋の空気が重くなる。




「検問所はおろか、街中のセンサーにも反応はなし。当然、転移門ゲートの発生も確認されていません。我々の知らない、”新たな技術”が開発された可能性もあります」


「……特別な能力を持った単独か、あるいは氷山の一角か。中に入られたのは、間違いないんだな?」


「はい。遺体として見つかった被害者は、全身の”血液”を抜かれていました。そんな事をする生き物は、悪魔以外に存在しません」


「分かった、警戒はこちら側でしておく。この問題が解決するまで、お前は”子供たち”から離れるな」


「無論、そのつもりです」





 男の名は、”紅月龍一”。

 悪魔に対抗する組織、ロンギヌスの日本支部長官にして、輝夜たちの父親でもある。


 彼の左手の薬指には、”黄金に輝く指輪”がはめられていた。








 部屋を出ていく前に、影沢は龍一に声をかける。




「あの、龍一さん。輝夜さんに、お会いになりませんか?」


「その必要はない。お前が見ているなら、それで十分だ」


「……分かりました」




 影沢は長官室から出ていき。

 部屋の外で、拳を強く握りしめる。




「臆病者」




 最後に、小さくつぶやいた。










◆◇










 アルマデル・オンライン、崩壊都市エリア。

 かつて、高層ビルの建ち並ぶ巨大都市であったその場所は、今は残骸の山が存在するのみ。


 そんなエリアにある廃墟の上に、二体のロボットが立っていた。

 一体目の名は、スカーレット・ムーン。比較的癖のないノーマルタイプのボディに、剣一本を携えている。

 もう一体の名は、ヨシヒコ。スカーレットこと、輝夜による素材の提供を受けて、ボディパーツは新調。右腕に関しては、”キャノン砲”に改造されていた。


 スカーレットは、廃墟の上から地上を見下ろす。




「よし、あいつをターゲットにしよう」




 地上にいたのは、一匹の小型汚染獣。

 名前を見てみると、赤文字で”レヴァリー”と書かれている。

 ”チュートリアル”でも戦う、代表的な汚染獣であった。




「……あれ、ですか」




 輝夜は、チュートリアルでレヴァリーを瞬殺したが、ヨシヒコはそうではない。思いっ切り破壊され、恐怖を植え付けられた相手である。

 いくら装備を新調したとは言え、恐怖まで消えるわけではない。




「言っておくが、あれは弱いタイプの汚染獣だぞ? 右腕のキャノンを顔面に当てれば、簡単に倒せるはずだ」


「いや、でも」




 ヨシヒコは気持ちに踏ん切りがつかない。

 輝夜は、それに苛つきを覚えた。




「いいから、さっさとリベンジしてこい!」


「でぇ!?」




 思いっ切り背中を蹴られ、ヨシヒコは地面に落下していく。


 重い衝撃とともに、地表に激突した。




「いてて」



 ロボットなので痛みは感じないが、つい反射的に言ってしまう。



 ヨシヒコが起き上がると。

 離れた場所にいた汚染獣、レヴァリーと、目が合った。


 今の落下の音で、完全に気づかれていた。




「くっ」



 レヴァリーに向かって、ヨシヒコは右腕のキャノンを発射。

 しかし、簡単に避けられてしまう。




「うっ」




 動揺する彼のもとに、レヴァリーが接近してくる。


 鋭い牙で、喰らいつこうとしてくるも。

 ヨシヒコは、それをギリギリで回避した。





「おお」



 まさに間一髪。上から見ていた輝夜も、ついハラハラしてしまう。 





 ヨシヒコは、走りながら射撃を行う。

 何発かは敵の胴体に命中するものの、それだけでは致命傷になり得ない。




(地形を、利用しないと)




 ヨシヒコは壁に向かって跳躍した。

 高所から、キャノンで敵を狙うことに。



 しかし、相手も普通の生き物ではない。

 彼と同じように、壁を伝って登ってくる。




「くっ」




 汚染獣を相手に、一方的に楽な戦いはあり得ない。


 ヨシヒコは飛び降りながら体を捻り。

 レヴァリーの顔面に向けて、キャノンを発射した。










「はぁ、はぁ。……や、やった」


「まぁ、進歩はあったか」




 激戦の果てに、ヨシヒコはレヴァリーを倒した。


 とはいえ、ひどい泥試合だったため、レヴァリーの死骸は損傷が激しかった。

 基本的に輝夜は敵を瞬殺するため、これほどボロボロの死骸は見たことがない。




「とりあえず解体を――いや、その前に”もう一体”を片付けるか」




 瓦礫の山をかき分けて、巨大な汚染獣が姿を現す。


 その汚染獣は、まるで”巨大なカメ”のようだった。

 大きさも然る事ながら、四肢や頭部すらも硬質の皮膚に覆われている。

 特殊個体ではないものの、明らかに上位の汚染獣である。


 まさに怪物。

 ヨシヒコには、自力で倒せるビジョンが浮かばなかった。




「そこで待ってろ、”殺し方”の手本を見せてやる」




 それでも輝夜は、悠々と剣を抜いた。

















 無惨に殺され、ひっくり返ったカメ型の汚染獣。

 その四肢と首は、見事に切断されていた。




「分かったか? こうやって殺すんだよ」




 殺した汚染獣の頭部に、輝夜は剣をぶっ刺した。

 そのビジュアルに、ヨシヒコは思わず引いてしまう。




「こいつの素材なら、装甲の強化に使えるんじゃないか?」


「いいですね。防御力が上がるのは」




 輝夜は、ヨシヒコに解体作業をやらせる。

 面倒な雑用は全て彼に任せ、輝夜は汚染獣の頭部を足で転がしていた。



 すると、そこへ何者かがやってくる。





「――そいつの材料は、シールドに利用できるよ」





 やって来たのは、知らないロボットであった。

 輝夜たちと同じプレイヤーであり、剣と盾を装備している。




「ほら、僕も持ってる」


「……なるほど」




 知らないプレイヤーに話しかけられ。

 どう対応するべきか、輝夜は悩む。




(名前は、”アモン”か)




 上位汚染獣の素材で作れる盾と、輝夜も知らない剣。

 明らかに、かなりの経験を積んだプレイヤーである。




「君、強いね。敵の脆い箇所を、ほぼ100%の精度で狙ってた。現実でも、戦闘経験とかあるの?」


「いいや。たまに弟を叩くくらいだよ」


「ふふっ、面白いね」




 そう言って、アモンは輝夜に対して距離を詰めてくる。




(……こいつ、なんかキモいな)




 輝夜は、一歩下がって距離を取る。

 何とも苦手なタイプである。




「僕はアモン、よろしく」


「ああ」




 挨拶されるも、輝夜はあまりよろしくするつもりがなかった。




「……ねぇ君、”特殊個体”の討伐に興味ない?」



 特別個体の討伐、つまりはボス戦である。




「ああ、もちろんある。こいつがまともな援護役に育ったら、倒しに行く予定だ」


「へぇ。たった2人で、ねぇ」




 アモンは、2人を見る。

 堂々とした様子で、イライラを表面に出すスカーレットと。こちらに一切視線を向けず、黙々と解体を続けるヨシヒコ。

 明らかに、友好的ではない。




「実は僕たち、ボス攻略用の”クラン”を作ろうと思ってるんだ」


「クラン?」


「まぁ、このゲームにそんな親切な機能は無いから、なんちゃってクランなんだけど。前回、前々回と、”ボスを倒した連中”も集まってる。ちなみに、僕もそのうちの一人さ」


「なるほど」




 アルマデル・オンラインは、サービスを開始してからまだ日が浅い。

 ボスキャラに相当する特殊個体の汚染獣は、今回のアーク・バイドラで”三体目”。

 となれば、目の前にいるアモンというプレイヤーは、紛れもない初期勢ということになる。




「それで、話の要点は?」


「今度のボス戦、及びクランの創設にあたって、僕たちは戦力になりそうなプレイヤーを探しているのさ」




 戦力になりそうなプレイヤー。

 つまり、汚染獣相手に”正面から戦える”人材である。


 指先でコントローラーを操作する普通のゲームとは違い、アルマデル・オンラインでは絶対的なセンスが必要となる。

 強い人間は最初から強いが、才能のない人間はどれだけ努力しても強くならない。


 ゆえに彼は、輝夜に声をかけた。




「ユグドラシルにある喫茶店、”アイム・アライヴ”のルーム66。そこで、今日の午後4時からクランの集まりがある。ルームパスワードは、”シロガネ”」


「もしもボス攻略に興味があるなら、ぜひ仲間になってくれ。待ってるよ」




 そう言い残して、アモンは去っていった。








 知らない人が居なくなったことで、ようやくヨシヒコは口を開く。




「スカーレットさん、勧誘されたんじゃ」


「らしいな」




(……それにしても、気持ち悪い奴だった)




 輝夜は先程のプレイヤー、アモンを思い出す。

 何とも、苦手な距離感であった。



 とはいえ、ボス戦には興味がある。




「――それで、どうやったら行けるんだ? ”アイム・アライヴ”とやらには」




 輝夜は、クランの集いに参加してみることに。





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