白銀同盟(一)
姫乃。
そこは日本におけるロンギヌスの本拠地にして、鉄壁の要塞。
街全体を覆う巨大な壁があり、検問所を通らない限り街には入れない。
そんな姫乃の検問所に、一人の男がやってくる。
鼻歌交じりで、顔のいたる所に大量のピアスを付けた男。
男が検査機の中をくぐる。
「反応なし。どうぞ中へ」
「あ〜い」
(チョロいな〜)
検問を通り、男は姫乃の街に足を踏み入れる。
男の目の前には、ロンギヌスの塔を筆頭に、人の築き上げた叡智の結晶が広がっていた。
「さぁて、暴れますか」
悪しき者が、姫乃に侵入した。
◆
「では、報告を」
姫乃、ロンギヌスの塔。その上層階にある、”長官室”にて。
スーツ姿の女性。紅月家の使用人である”影沢舞”が、上司に報告を行っていた。
報告を受ける相手は、四十代ほどの男性。年齢は感じさせるものの、非常に整った容姿をしている。
「昨夜未明、安楽町の路地裏にて傷害致死事件が発生。現場に魔力痕跡はありませんでしたが、目撃者の証言と現場の様子からして、ほぼ間違いなく”悪魔”による犯行と思われます」
「そうか」
悪魔による犯行。その言葉に、部屋の空気が重くなる。
「検問所はおろか、街中のセンサーにも反応はなし。当然、
「……特別な能力を持った単独か、あるいは氷山の一角か。中に入られたのは、間違いないんだな?」
「はい。遺体として見つかった被害者は、全身の”血液”を抜かれていました。そんな事をする生き物は、悪魔以外に存在しません」
「分かった、警戒はこちら側でしておく。この問題が解決するまで、お前は”子供たち”から離れるな」
「無論、そのつもりです」
男の名は、”紅月龍一”。
悪魔に対抗する組織、ロンギヌスの日本支部長官にして、輝夜たちの父親でもある。
彼の左手の薬指には、”黄金に輝く指輪”がはめられていた。
部屋を出ていく前に、影沢は龍一に声をかける。
「あの、龍一さん。輝夜さんに、お会いになりませんか?」
「その必要はない。お前が見ているなら、それで十分だ」
「……分かりました」
影沢は長官室から出ていき。
部屋の外で、拳を強く握りしめる。
「臆病者」
最後に、小さくつぶやいた。
◆◇
アルマデル・オンライン、崩壊都市エリア。
かつて、高層ビルの建ち並ぶ巨大都市であったその場所は、今は残骸の山が存在するのみ。
そんなエリアにある廃墟の上に、二体のロボットが立っていた。
一体目の名は、スカーレット・ムーン。比較的癖のないノーマルタイプのボディに、剣一本を携えている。
もう一体の名は、ヨシヒコ。スカーレットこと、輝夜による素材の提供を受けて、ボディパーツは新調。右腕に関しては、”キャノン砲”に改造されていた。
スカーレットは、廃墟の上から地上を見下ろす。
「よし、あいつをターゲットにしよう」
地上にいたのは、一匹の小型汚染獣。
名前を見てみると、赤文字で”レヴァリー”と書かれている。
”チュートリアル”でも戦う、代表的な汚染獣であった。
「……あれ、ですか」
輝夜は、チュートリアルでレヴァリーを瞬殺したが、ヨシヒコはそうではない。思いっ切り破壊され、恐怖を植え付けられた相手である。
いくら装備を新調したとは言え、恐怖まで消えるわけではない。
「言っておくが、あれは弱いタイプの汚染獣だぞ? 右腕のキャノンを顔面に当てれば、簡単に倒せるはずだ」
「いや、でも」
ヨシヒコは気持ちに踏ん切りがつかない。
輝夜は、それに苛つきを覚えた。
「いいから、さっさとリベンジしてこい!」
「でぇ!?」
思いっ切り背中を蹴られ、ヨシヒコは地面に落下していく。
重い衝撃とともに、地表に激突した。
「いてて」
ロボットなので痛みは感じないが、つい反射的に言ってしまう。
ヨシヒコが起き上がると。
離れた場所にいた汚染獣、レヴァリーと、目が合った。
今の落下の音で、完全に気づかれていた。
「くっ」
レヴァリーに向かって、ヨシヒコは右腕のキャノンを発射。
しかし、簡単に避けられてしまう。
「うっ」
動揺する彼のもとに、レヴァリーが接近してくる。
鋭い牙で、喰らいつこうとしてくるも。
ヨシヒコは、それをギリギリで回避した。
「おお」
まさに間一髪。上から見ていた輝夜も、ついハラハラしてしまう。
ヨシヒコは、走りながら射撃を行う。
何発かは敵の胴体に命中するものの、それだけでは致命傷になり得ない。
(地形を、利用しないと)
ヨシヒコは壁に向かって跳躍した。
高所から、キャノンで敵を狙うことに。
しかし、相手も普通の生き物ではない。
彼と同じように、壁を伝って登ってくる。
「くっ」
汚染獣を相手に、一方的に楽な戦いはあり得ない。
ヨシヒコは飛び降りながら体を捻り。
レヴァリーの顔面に向けて、キャノンを発射した。
「はぁ、はぁ。……や、やった」
「まぁ、進歩はあったか」
激戦の果てに、ヨシヒコはレヴァリーを倒した。
とはいえ、ひどい泥試合だったため、レヴァリーの死骸は損傷が激しかった。
基本的に輝夜は敵を瞬殺するため、これほどボロボロの死骸は見たことがない。
「とりあえず解体を――いや、その前に”もう一体”を片付けるか」
瓦礫の山をかき分けて、巨大な汚染獣が姿を現す。
その汚染獣は、まるで”巨大なカメ”のようだった。
大きさも然る事ながら、四肢や頭部すらも硬質の皮膚に覆われている。
特殊個体ではないものの、明らかに上位の汚染獣である。
まさに怪物。
ヨシヒコには、自力で倒せるビジョンが浮かばなかった。
「そこで待ってろ、”殺し方”の手本を見せてやる」
それでも輝夜は、悠々と剣を抜いた。
◆
無惨に殺され、ひっくり返ったカメ型の汚染獣。
その四肢と首は、見事に切断されていた。
「分かったか? こうやって殺すんだよ」
殺した汚染獣の頭部に、輝夜は剣をぶっ刺した。
そのビジュアルに、ヨシヒコは思わず引いてしまう。
「こいつの素材なら、装甲の強化に使えるんじゃないか?」
「いいですね。防御力が上がるのは」
輝夜は、ヨシヒコに解体作業をやらせる。
面倒な雑用は全て彼に任せ、輝夜は汚染獣の頭部を足で転がしていた。
すると、そこへ何者かがやってくる。
「――そいつの材料は、シールドに利用できるよ」
やって来たのは、知らないロボットであった。
輝夜たちと同じプレイヤーであり、剣と盾を装備している。
「ほら、僕も持ってる」
「……なるほど」
知らないプレイヤーに話しかけられ。
どう対応するべきか、輝夜は悩む。
(名前は、”アモン”か)
上位汚染獣の素材で作れる盾と、輝夜も知らない剣。
明らかに、かなりの経験を積んだプレイヤーである。
「君、強いね。敵の脆い箇所を、ほぼ100%の精度で狙ってた。現実でも、戦闘経験とかあるの?」
「いいや。たまに弟を叩くくらいだよ」
「ふふっ、面白いね」
そう言って、アモンは輝夜に対して距離を詰めてくる。
(……こいつ、なんかキモいな)
輝夜は、一歩下がって距離を取る。
何とも苦手なタイプである。
「僕はアモン、よろしく」
「ああ」
挨拶されるも、輝夜はあまりよろしくするつもりがなかった。
「……ねぇ君、”特殊個体”の討伐に興味ない?」
特別個体の討伐、つまりはボス戦である。
「ああ、もちろんある。こいつがまともな援護役に育ったら、倒しに行く予定だ」
「へぇ。たった2人で、ねぇ」
アモンは、2人を見る。
堂々とした様子で、イライラを表面に出すスカーレットと。こちらに一切視線を向けず、黙々と解体を続けるヨシヒコ。
明らかに、友好的ではない。
「実は僕たち、ボス攻略用の”クラン”を作ろうと思ってるんだ」
「クラン?」
「まぁ、このゲームにそんな親切な機能は無いから、なんちゃってクランなんだけど。前回、前々回と、”ボスを倒した連中”も集まってる。ちなみに、僕もそのうちの一人さ」
「なるほど」
アルマデル・オンラインは、サービスを開始してからまだ日が浅い。
ボスキャラに相当する特殊個体の汚染獣は、今回のアーク・バイドラで”三体目”。
となれば、目の前にいるアモンというプレイヤーは、紛れもない初期勢ということになる。
「それで、話の要点は?」
「今度のボス戦、及びクランの創設にあたって、僕たちは戦力になりそうなプレイヤーを探しているのさ」
戦力になりそうなプレイヤー。
つまり、汚染獣相手に”正面から戦える”人材である。
指先でコントローラーを操作する普通のゲームとは違い、アルマデル・オンラインでは絶対的なセンスが必要となる。
強い人間は最初から強いが、才能のない人間はどれだけ努力しても強くならない。
ゆえに彼は、輝夜に声をかけた。
「ユグドラシルにある喫茶店、”アイム・アライヴ”のルーム66。そこで、今日の午後4時からクランの集まりがある。ルームパスワードは、”シロガネ”」
「もしもボス攻略に興味があるなら、ぜひ仲間になってくれ。待ってるよ」
そう言い残して、アモンは去っていった。
知らない人が居なくなったことで、ようやくヨシヒコは口を開く。
「スカーレットさん、勧誘されたんじゃ」
「らしいな」
(……それにしても、気持ち悪い奴だった)
輝夜は先程のプレイヤー、アモンを思い出す。
何とも、苦手な距離感であった。
とはいえ、ボス戦には興味がある。
「――それで、どうやったら行けるんだ? ”アイム・アライヴ”とやらには」
輝夜は、クランの集いに参加してみることに。
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