月に魅入られし者
僕は月が綺麗なのを知らない。
何故なら、月をまともに見たことがないから。
月を見ると意識を失い、僕は怪物になる。
だから月は見ない、見てはいけない。見たら、すべてを失ってしまう。
その少年は、ルナティック症候群だった。それも、前例のないほどに深刻な。悪夢を見るなど序の口で、病は少年の精神を蝕んでいた。
その”症状”のせいで、少年は学校での居場所を無くし。ルナティックの治療も兼ねて、姫乃の街へと移住した。
しかし、史上初の”ステージ3”と診断された彼には、ナイトメアキャンセラーも意味を成さず。最先端の姫乃でも、治療法は見つからなかった。
それから数年が経ち、少年は高校生になった。
登校初日に、トイレで”謎の美少女”に話しかけられるという珍事件には遭遇したものの、それ以外には変わったこともなく。少年は授業中も休み時間も、ひたすら睡魔と戦う日々を送っていた。
だが、少年は始めから孤独だったわけでなく、病気を自覚するまでは普通に友だちとも交友があった。だからこそ、”そういったもの”を諦めることが出来なかった。
そんなある時、少年はクラスメイトたちの会話を聞いた。
”アルマデル・オンライン”。
そのゲームの内容が凄く、みんなやっているらしい。
だから親に頼み込んで、少年はそのゲームを買ってもらった。
そして、
「うわぁぁ!?」
ゲームのチュートリアルの中で、少年は化け物に、小型の汚染獣に襲われていた。
驚きから、武器であるはずの剣を地面に落としてしまい。少年は一方的に汚染獣に襲われる。
わけが分からない。もっと簡単なゲームだと思っていた。
仲間と協力できる、楽しいゲームだと。こんなゲームだなんて、思っていなかった。
怖い。怖い。怖い。怖い。――怖い。
『甚大なダメージを検知。システム、停止します』
怪物に食い破られるような、最悪の体験。
恐怖の中に、少年は沈んでいった。
◆
アルマデル・オンライン、汚染森林エリア。
大型の汚染獣が二匹、一体のロボットを取り囲んでいる。
汚染獣は”真っ黒なワニ”のような姿をしており、ロボットを完全に敵視。
対するロボットは、背中に一本の剣を携え。
それを抜いて、戦闘態勢に入る。
「……雑魚どもめ」
加工の効いた、”野太い男の声”でつぶやいた。
二匹の汚染獣が、ロボットに襲いかかる。
大きな顎を開き、鋭い牙を尖らせながら。
ロボットは、それを真上に跳躍することで回避。
二匹の汚染獣は、激しく正面衝突をする。
ロボットは自然落下しながら、落ち着いて剣を構え。
一匹の脳天に、剣を突き刺した。
ピンポイントで弱点を貫かれ、汚染獣の瞳から光が消える。
ロボットは、そのままの流れで素早く剣を振るい。
もう一匹の顔面を斬り裂いた。
――ギャアアア。
顔面を攻撃され、汚染獣が怯む。
ロボットはその隙を見逃さず、すかさず距離を詰め。
「死ね」
汚染獣の顔面を剣で滅多斬りにする。
鼻を、眼球を、容赦なく斬り刻まれ。
やがて、もう一匹の汚染獣も息絶えた。
「……余裕だったな」
いつもの癖で、ロボットは汚染獣の死骸を踏みつける。
声は、野太い男の声。
そのロボットの名は、”スカーレット・ムーン”。
ロボットは、倒した二体の汚染獣を解体し始める。パーツの生産や改造に必要な、素材取りである。
そうやって、使えそうな部位を解体していると。
視線の先で、別のロボットの集団が歩いているのを発見する。
ロボットは四体。いわゆる、四人パーティというやつであろう。
彼らも汚染獣との戦いを終えた後なのか、素材のたんまり入った袋を抱えていた。
ロボットは解体をしながら、その集団を見つめる。食い入るように、じーっと。
「……はぁ」
そして、ため息を吐いた。
汚染獣の解体を終えると、ロボットは木の陰へと座り込む。
「トイレ行くか」
ロボットは瞳を閉じて、システムからスリープモードに移行する。
そうして、ゲームからログアウトした。
ベッドの上で、”輝夜”は目を覚ます。
眠っていたような、そうでもないような。相変わらず、脳インプラントというのは不思議な感覚である。
輝夜が骨折してから、数日が経過した。
あれから輝夜は連日ゲームをプレイし、すでにかなりのカスタマイズを行っていた。
”声帯パーツ”なる物を装着することにより、声もカッコいい男のものに変えている。
「さてと」
輝夜はベッドから起き上がり、ゆっくりと立ち上がる。
足には電動の歩行補助具を装着していた。
病院側の判断で、輝夜はようやく膝を曲げられるようになり。補助器具を使えば、少しだけ歩けるようになっていた。
トイレの行き来程度なら、介護なしでも可能である。
「くっ」
とはいえ、骨折は骨折。ハイテクな補助器具があっても、歩行はとても慎重に行う必要がある。
今日は週末であり、影沢は用事で出かけている。
朱雨は自分の部屋にいるらしいが、トイレの行き来のために弟の手を借りたくはない。
故に、輝夜は根性でトイレに向かう。
数時間おきのトイレ休憩。
そのために、いちいち移動をするのも面倒なため。
先日、輝夜は影沢に”ある提案”をした。
――知ってるか? ゲーマーの中には、”ボトラー”なる者達が存在するらしくてな。
それに関して、詳しい説明をしたら。輝夜は思いっ切り”激怒”された。
それはもう、信じられないほどに怒られた。
女子としてどうなのか。
というより、人としてどうなのか。
”初日のお○らし”という特大の弱みも握られているため、輝夜は逆らうことが出来なかった。
そんな事情もありつつ。
輝夜はトイレ休憩を終えて、すぐさまゲームの中へと戻った。
ゲーム内へと帰還。
先程の木の陰へと戻ってきた輝夜であったが。
「うわぁぁ!?」
”知らない少年”の叫び声が聞こえてくる。
何事かと目を向けると、一体のロボットが小型の汚染獣に追いかけられていた。
追われるロボットには左腕がなく、パーツの種類からしてチュートリアル終わりの初心者だと判断できる。
しかし、この汚染森林エリアはそんな初心者が来るような場所ではない。
彼を追いかける汚染獣は、”目のない犬”のような汚染獣。
このゲームでもトップクラスに弱い個体であり、初心者でも倒すのは不可能ではない。
それでも、そのロボットは走って逃げていた。
武器も何も持たずに。
そんな哀れな初心者を見ながら、輝夜は思い出す。先程見かけた、パーティで活動するプレイヤーたちを。
あれを見ながら、輝夜は思っていた。
自分にも”荷物持ち”が欲しいと。
「ふむ」
見たところ、無謀にもこのエリアにやって来た初心者プレイヤー。
颯爽と間に入って助けてあげれば、”なんかうまい感じで”、仲間に引き入れることが出来るのではないか。
そう考え、様子見をすることに。
だが、しかし。
「うっ、うわぁぁ!?」
ついに追いつかれ、ロボットが汚染獣に襲われる。
それを見つめる輝夜であったが。
「……こいつは、弱いな」
そのプレイヤーは、あまりにも弱かった。なぜそんな腕前で、武器も持たずにやって来たのか。
あまりの弱さに、仲間に誘うのは気が引けてしまう。
輝夜が、助けようかと悩んでいると。
汚染獣がロボットの首に食らいつき、衝撃で彼の頭部が吹き飛ばされてしまう。
「もうダメだな」
パーティプレイならまだしも、ソロで視界を失ったら助かる手段はない。
もうあの初心者には、倒される運命しか残っていなかった。
「……チッ」
助けようか悩んでいた輝夜であったが、その様子は見ていられず。
ようやく、重い腰を上げた。
全力で駆けながら、背中の剣を取り出し。
ロボットを襲う汚染獣、その首を切断する。
間一髪のところで、ロボットは助けられた。
頭部パーツは吹き飛んだが、完全に破壊されたわけではない。
「おい、ちょっと待ってろ。今修理してやる」
そうして、2人は出会った。
◇
「すみません。助けてくれて、ありがとうございます」
「気にするな」
輝夜によって修理され、ロボットは首がつながった。
まるで命を救われたかのように、彼は輝夜に感謝する。
「お前、初心者だよな?」
「そうです。えっと、スカーレット・ムーンさん」
「スカーレットでいい。お前は、”ヨシヒコ”だな」
ロボットの頭上には、青文字でそう書かれている。
「えっ、ヨシヒコ? 僕の名前、ヨシヒコになってます?」
「ああ。そうじゃないのか?」
「うわ、焦りすぎて間違えた」
その理由を、ヨシヒコが説明する。
よく分からないままチュートリアルを進めて、謎の化け物(小型の汚染獣)に殺されたこと。その後も焦りからチュートリアルをよく聞いておらず、”ログアウトの方法すらも分からない”。
他のロボットに話しかけるのも気が引けてしまい。思い切って街の外に出たら、先程の汚染獣に襲われてしまった。
何とも、どんくさい話である。
「お前、一人で始めたのか?」
「はい。実は僕、友だちがあまり、というか一人も居なくて。学校でクラスメイトがこのゲームの話をしてたから、始めたら話の種になるかと思って」
「それで、あのざまか」
「は、はい」
汚染獣相手に本気で恐怖を抱き。
チュートリアルを焦りながら進めた結果、ログアウト方法も分からず。
流れ流れて、こんな場所までやって来た。
「あの、よかったら”ログアウト方法”を教えて欲しいんですけど」
「それはまぁ、構わんが」
輝夜は、ほんの少し悩む。
「お前、このゲームはもう辞めるのか?」
「そう、ですね。こういうの、全然上手く出来ないし。一緒にやる仲間も出来そうにないので」
すでに、恐怖で打ちのめされた。
一緒にやる仲間も居ないため、これ以上無茶をする理由もない。
「……敵が怖いなら、遠距離武器を使えばいい。素材があれば銃も作れるぞ?」
「いや、でも」
「実はわたしも、今は一人でプレイしてるんだ。だがちょうど、”援護役”が欲しくてな」
仲間が欲しいと思っているのは、輝夜も同じであった。
影沢も、常に付き合ってくれるわけではない。とはいえ、弟の朱雨を誘うのはプライドが許さない。
いま目の前にいる初心者は、”絶好のカモ”に他ならない。
「よかったら、一緒にやらないか?」
故に、輝夜はヨシヒコに提案した。
「でも。あの、その」
思いがけない提案に、ヨシヒコは動揺するも。
差し伸べられたその手に、どうしようもなく惹かれてしまう。
「……よろしく、お願いします」
「ああ」
ヨシヒコは、その手を取った。
このゲームには、アイテムボックスやワープ機能などは存在しない。
プレイヤーはあくまでも、この世界で活動する一機のロボットに過ぎない。
”リアリティ”という名の不便さが、このゲームの醍醐味である。
そうして輝夜は、”ヨシヒコという
◇
「とりあえず、こいつを解体するぞ。お前の腕の材料に使えるだろう」
晴れて仲間となった、スカーレットとヨシヒコ。
街へと帰還する前に、殺したザコ汚染獣の解体をすることに。
解体を行うスカーレットを、ヨシヒコはまじまじと見つめる。
「そんな事できるんですね」
「お前、チュートリアルというか、NPCの話を聞いてなかったのか?」
「すみません。ほんとにテンパってて」
ヨシヒコは、初心者以下の知識量である。
「……なぁ、こういう事を聞くのは、マナー違反なのかも知れないが。お前、歳はいくつだ?」
「えっと、”15歳”です」
「なるほど。なら、高1か」
「はい」
スカーレットこと輝夜は、自分の声を野太い男の声に改造している。故にヨシヒコは、彼女を勝手に年上の男だと認識していた。
「だったら、敬語は必要ない。わたしとお前は、そんなに年齢は違わないからな」
それどころか、同い年である。
「わ、”分かりました”」
「……まぁいい」
敬語を使うな、と言おうと思ったが。
面倒くさかったので、スカーレットは解体を続けた。
諸々の荷物を、ヨシヒコに持たせて。
スカーレットは街へと向かう。
「それにしても、スカーレットさんって強いですね。あっという間に敵を倒しちゃって」
「というより、お前が弱すぎるだけだ。敵から逃げてどうする」
「いや、その。化け物がものすごくリアルなので。本当に殺されると思っちゃって」
「まぁ、気持ちはわかるが」
スカーレットも、チュートリアルで敵に倒された。だからこそ、リアルな恐怖というものは理解できる。
ずぶずぶ素人なヨシヒコに、スカーレットが知識を与えつつ。
ゆっくりと街へと歩く二体であったが。
ヨシヒコが、何かに気づく。
「スカーレットさん。ああやって、”飛んでる敵”もいるんですね」
「なに?」
スカーレットは空に目を向ける。
すると、遥か遠方の空に、巨大な”飛行型の汚染獣”が飛んでいた。
「ッ、不味いな」
輝夜は思わず舌打ちをする。
「おいヨシヒコ、ついてこい」
「あっ、はい」
二体は道を外れて、建物の残骸の影に隠れた。
「あの、どうしたんですか?」
なぜ隠れる必要があるのか、ヨシヒコには理解できない。
スカーレットは、物陰から敵を監視する。
「あの飛んでる奴は、”アーク・バイドラ”って呼ばれてる、”特殊個体”の汚染獣だ」
「特殊個体?」
「いわゆる、”ボスキャラ”ってやつだな。このゲームのボスキャラは、ああやってフィールドをうろちょろしてるんだよ。それでもって、プレイヤーに不規則に襲いかかってくる」
「な、なるほど」
「聞く話によると、あいつは弱い奴を優先的に狙うらしい。正直、お前じゃ瞬殺されかねん」
「確かに、そうですね」
今のヨシヒコは、最弱レベルのザコ汚染獣にも殺されてしまう。当然、ボスキャラなど論外である。
「まぁいい。いずれ、あいつはわたしが倒すつもりだ」
輝夜は空を見つめる。
「このゲームで
今回の特殊個体は、巨大な鳥のような汚染獣である。
「あいつは、このゲーム初の”飛行型汚染獣”だ。そいつの素材を使ったら、どんな改造が出来るようになると思う?」
「……空が、飛べるように?」
「ああ。そうに違いない」
それが、輝夜の目標。
このゲームで空を飛ぶことを夢見て、巨大な敵を睨んだ。
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