アルマデル・オンライン(四)
『給電を確認。システム、再起動します』
知らない天井。
というより、薄汚れた天井が目に入る。
巨大な怪物に倒された後。輝夜が目覚めたのは、ボロボロの廃屋であった。
(何が、どうなった?)
輝夜は起き上がろうとするものの、上手く起き上がれない。
今まで感じたことのない”不自由さ”。
おまけに、軋むような音が全身から聞こえてくる。
「くそ、腕が」
起き上がれない理由。
それは”両腕”が存在しないから。
仕方がないので、輝夜は腹筋の力だけで起き上がった。
これも現実では不可能な芸当である。
輝夜は起き上がると、自分の体を見る。
相変わらずロボットの体だが、ボロボロの傷だらけであった。
周囲を見てみると、やはりここは見知らぬ廃屋。
不潔そうで、生身なら病気になってしまいそう。
そう思っていると、
「――お前さんは運が良い」
何者かに声をかけられる。
知らない男の声である。
声のした方に顔を向けると。
そこに居たのは、壁により掛かる”見知らぬロボット”。
マントのような、ボロ布を身に纏っていた。
「バッテリーは壊されたが、幸いにも”コアユニット”は無事だった」
ボロ布ロボットは自身の胸を、人間で言う心臓部分をつつく。
「腕は残念だが、下半身も何とか繋がったしな」
ロボットが輝夜のもとに近付いてくる。
その頭上には、黒文字で”ロビー”と表示されていた。
「俺はロビーだ。お前さん、名前はあるか?」
「あー」
この場合、なんて答えるべきか。輝夜が言葉に詰まっていると。
「ここに暮らす連中は、みんな自分に名前をつけるんだ。”ゆっくりと目を閉じて”、自分の名前を考えな」
「……はぁ」
それっぽい指示をされたので、輝夜は従ってみることに。
目を閉じて、数秒が経つと。
『システムモード、起動』
目を閉じた状態で、目の前に画面が現れる。
まるで、まぶたの内側に映像があるように。
おそらくはこれが、このゲームのメニュー画面なのだろう。
”目を閉じることで、メニューを起動できる”。
・ステータス
・メッセージ
・スリープモード(ログアウト)
ゲームとして最低限の機能を、このモードにすることで操作できる。
普通にプレイをしていて、目の前にメニュー画面が出現したら、このゲームの”世界観”と”没入感”が損なわれてしまう。
そのため、他プレイヤーとのメッセージ交換やログアウト機能などを、あくまでも”ロボット本来の機能”として表現していた。
『あなたの名前を入力してください』
メッセージが表示され。
輝夜は自分の名前を考える。
(……名前か。流石に本名はあれか)
少々悩んだ末。
輝夜は思考を送って名前を入力した。
”スカーレット・ムーン”。
絶対に、この名前を忘れないように。
◇
「ここは、”スクラップシティ”。俺たちロボットの暮らす街だ」
輝夜は、ロビーの後ろをついて行く。
廃屋の外には、彼の言う通り街が広がっていた。
スクラップシティという名前通り、ゴミを積み上げたような構造をしている。
周囲の建物は全てボロボロの廃屋で、突いたら壊れてしまいそう。
街には大勢のロボットが居た。
他のプレイヤーだろうか、どれも個性的なデザインをしている。装甲が分厚くて硬そうだったり、腕の先に銃や刀が装着してあったり。
強そうに改造したロボットだけでなく、輝夜のような”初期パーツ”とあまり変わらないプレイヤーもいた。
「お前を襲った生物は、”汚染獣”という怪物だ。その起源は分かってないが、この地上を支配していることは確かだ。奴らを殲滅しない限り、決して安息は訪れない」
ロビーからの説明を聞きつつ、輝夜は後ろをついて行く。
「周りの連中が気になるか? あいつらも、お前と同じように送り込まれたロボットだよ」
そういった説明も欠かさない。
「俺もそうだ。まぁ、地上に投下されたのは”何百年”も前だがな」
「ほ〜」
この話を全部聞かないと、チュートリアルは終わりそうにない。
そにため、輝夜は大人しくついて行く。
「汚染獣を滅ぼさない限り、俺たちの任務は終わらない。次から次に、お前みたいなロボットが送り込まれてくる」
「奴らは強大な生物だが、俺たちロボットにも戦う手段はある」
「”アップグレード”をするんだ。奴らの素材を利用して、武器やパーツに加工する」
ロビーの後ろをついて行って。
輝夜は、スクラップシティのど真ん中へとやってくる。
「お前さん、武器を握るなら、右と左どっちの手だ?」
「……”右”?」
輝夜がそう返事をすると。
「なら、こいつは”餞別”だ」
ロビーは自らの右腕を外し。
それを、輝夜の右肩にくっつけた。
『新しいパーツを確認しました』
「おお」
移植されたことにより、輝夜は貰った右腕を動かせるようになる。
思いもよらない”プレゼント”である。
「まぁ、後は頑張りな。なにか情報が欲しいなら、あそこの青いロボットと話せばいい」
ロビーはそう言うと、超人的な跳躍でどこかへ去っていった。
プレイヤーも改造を重ねれば、あれ程の跳躍力が手に入るのか。
そうして、チュートリアルは終了した。
◆
チュートリアルが終了し、片腕の輝夜は周囲を見渡してみる。
他のプレイヤー、多種多様なロボットが存在する。
敵を倒しまくれば、ああいった改造も出来るのだろう。
とりあえず影沢と合流してみたいが、彼女がどこに居るのか分からない。
(一旦、ログアウトするか)
目を閉じてシステム画面を起動すれば、”スリープモード(ログアウト)”を利用できる。
それをしようかと悩んでいると。
輝夜と同じく、”左腕のないロボット”が徘徊しているのを見つけた。
まるで、何かを探しているような動きをしている。
目を凝らして見てみると、ロボットの頭上には青文字で”マイ”と表記されていた。
「……あいつ、本名か」
少々、呆れつつ。
輝夜はロボットに近づく。
「おい。お前、舞か?」
「……もしかして、輝夜さんですか?」
予想通り、ロボットの中身は影沢であった。
こちらの名前は”スカーレット・ムーン”なので、気づかなかった模様。
「良かったです、もう会えないかと」
「たかがゲームで大げさだぞ」
とりあえず、2人は再会を喜び合う。
「それにしても、随分と時間がかかりましたね。チュートリアルの内容は同じだと思いますが」
「まぁ、デカい化け物相手に、最後まで粘ったからな。エネルギー切れが無かったら、あと30分は戦えたよ」
「エネルギー切れ、ですか」
影沢には、その意味が通じない様子。
「あぁ。お前、あの化け物に正面から殺られたのか?」
「そう、ですね。小さい方は倒せましたが、大きい方には刃が立たず」
大型の汚染獣を相手に、輝夜は異常なまでの粘りを見せた。
それ故、チュートリアルを終えるのにかなりの時間がかかっていた。
「もしも生身なら、あんな化け物には負けません」
「……お前は何を言ってるんだ?」
時折、影沢の言うことがよく分からなかった。
「それにしても、想像よりもハードなゲームですね。輝夜さんには、ちょっと刺激が強すぎたでしょうか」
「……いや、そうでもない」
輝夜は与えられた右手を握りしめる。
「現実よりもよっぽど動けるし。それに、”化け物を殺すのは気分が良い”」
「そ、そうですか?」
輝夜の言葉に、影沢は若干引く。
「とりあえず、左腕を手に入れるぞ。青いロボットに話しかければ、色々と情報が分かるんだろう?」
「そうですね。この腕をくれたロボットが言っていました」
チュートリアルキャラクター、ロビー。
全てのプレイヤーは、彼から片腕を貰うことでゲームをスタートする。
「行くか」
「はい」
片腕のロボットが2体、この世界で動き出した。
◆◇
「ただいま」
帰宅した朱雨が、リビングへとやってくる。
キッチンでは、影沢が夕食の準備をしていたが。
ソファを覗くと、誰も寝転がっていない。
「あいつは?」
「輝夜さんなら、ゲーム中です」
「ゲーム? 何か買ったのか?」
「ええ。パソコン一式と、アルマデル・オンラインというゲームを」
「……アルマデル? あれを買ったのか」
ゲーム好きな朱雨は、当然のように知っていた。
「朱雨さんも、プレイしているんですか?」
「いや、俺はやってない。というより、そもそもあれは”R18”のゲームじゃなかったか?」
「R18? 確かに、購入時に年齢確認は求められましたが」
「あのゲームは、チュートリアルで”本当に殺されるような体験”をするから、結構トラウマになる奴が多いんだよ。おまけにグロ描写も多い。絶対に、子供にやらせるようなゲームじゃないぞ」
「……すみません。それは盲点でした」
影沢は特に考えずにあのゲームを買ってきた。
もしも、”輝夜が普通の少女だったら”、一生もののトラウマである。
「それで、あいつはどうなんだ? 普通にやってるのか?」
「ええ、輝夜さんは非常に楽しんでいますよ。わたしは夕食の支度があるので、左腕を作った時点で終了しましたが」
「……左腕を、作った?」
実際にゲームをやらないと、理解不能なワードである。
「というよりあいつ、ちゃんとトイレは行ってるのか?」
「トイレ、ですか?」
影沢は首を傾げる。
「あのゲーム、没入感のために脳の信号をかなりカットしてるから、ゲーム中はトイレに行きたくならないんだよ。だからマジで、”プレイ中に漏らすゲームNo.1”って言われてる」
「……それは初耳でした」
「お前、ほんと説明書を読まないな」
正確には、説明書は読まず、店員の言うことは聞くタイプである。
「スマホのアプリで、ゲームの中にメッセージ送れるだろ? 一度、ログアウトさせたらどうだ?」
「そうしましょうか」
影沢はアルマデル・オンラインのアプリを使い、ゲーム内の輝夜にメッセージを送ることに。
それから、しばらくして。
影沢のスマホに、輝夜からの着信が来る。
「はい、もしもし」
『……舞』
電話越しの声は、やけにテンションが低かった。
「輝夜さん? どうかしましたか?」
『ちょっと、わたしの部屋に来てくれ。あと、風呂の準備を頼む』
「? わかりました」
指示に従って、影沢は輝夜の部屋へと向かう。
部屋の中に入ると、輝夜はベッドの上で起き上がっていた。
珍しく、”穏やかな表情”をしたまま。
「……”
輝夜の顔を見て、影沢は別の人物の顔を思い出す。
「……それは、”わたしの母親”だったか?」
「あっ、すみません。今の輝夜さんの表情が、とてもよく似ていたので」
「……そうか」
普段の彼女では見せない、妙に落ち着いた表情。
それが、輝夜の母親と重なった。
輝夜が落ち着いているのは、”とても残念な理由”だが。
「それで、ご要件は何でしょう」
「まぁ、そうだな。要件はいくつかあるが、一番大事なことを先に言う」
「は、はぁ」
部屋の中は、奇妙な雰囲気に包まれている。
ベッドの側には、”空のコップ”が置かれていた。
そこには輝夜の好きな”オレンジジュース”が入っていたが、ゲームを始める前に全て飲み干していた。
ある意味、それが”悲劇”の引き金になったのかも知れない。
「”朱雨には、絶対に内緒にしてくれ”」
「それは、どういう……あっ」
影沢は気づく。
輝夜の座っている場所、そこが”びしょ濡れ”になっていることに。
「……輝夜さん」
せめて、どちらか一方でも、説明書を読むタイプだったら。このような悲劇は回避できたであろう。
この日、輝夜は影沢の部屋で眠った。
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