アルマデル・オンライン(三)






 わたしはロボット。

 わたしは人工知能。


 大量に造られたものの一つ。

 狭くて暗い宇宙船の中で、他の同胞と共に時を待つ。




 かつて、人類は地球を捨てた。企業による環境破壊の果てに、地上に住めなくなったのである。

 とはいえ、技術的に他の惑星への移住は難しく。地球環境が再び生存に適した状態に回復するまで、人類は月面でコールドスリープすることに。




 人類が眠りについてから、1000年後。

 わたしは地球環境の調査を行うために製造された、ロボット群の一つ。

 地球が人類の生存に適しているのかを調査するため、他の同型機たちと共に地球に送り込まれた。





(……いや、なんでだ)




 宇宙船の中で、膝を抱えるロボット。

 輝夜は混乱していた。















 周囲を見渡してみると、大量のロボットがすし詰め状態になっている。

 どれも膝を抱えて、微動だにしていない。


 動いているのは自分だけ。

 輝夜は、自分の体を見てみる。


 先程までのアバターとは違う。

 もちろん、現実の肉体とも違う。

 硬くて強い、鋼鉄の体である。


 周囲のロボットたちと、全く同じ。




(なるほど、凄いな)




 手を握って、開いてを繰り返す。

 生身の感覚とは何かが違う。触れているように認識できるが、脳に伝わる信号が生身のそれではない。


 もしも、ハイテクな義手があれば、こういう感覚なのだろうか。

 それが全身を形成している。


 何も状況が掴めないので。

 他のロボットと同様に、じーっと座っていると。




『大気圏に突入。調査ロボット、投下準備』


「はぁ?」




 何やら、不穏なワードが聞こえてくる。

 だが、量産型のロボットである輝夜に、拒否権など無い。




「おっと」



 床がスライドし、体が後ろに下がっていく。他のロボットたちも同じように。





『投下五秒前。四、三、二、一、――投下』





 一斉に、床が開き。

 ロボットたちは空中へと放り出される。


 当然ながら、輝夜も一緒に。




(嘘だろ!?)




 宇宙船から放り出されて、輝夜は人生初のスカイダイビングを味わう。


 強烈な風圧を、機械の体で感じ取る。





「ぐっ」




 遥か下に見える地面。そこへの墜落を予期し、輝夜は歯を食いしばるも。



 自動的に、パラシュートが作動。

 輝夜を含むロボットたちは、ゆっくりと地上に投下された。





 鋼鉄の足で、大地を踏みしめる。


 生身ではなく、ロボットなので。足裏の感覚が何とも言えない。





「ふぅ」



 輝夜は、周囲を見渡してみる。


 目に入るのは、朽ち果てた”廃墟”ばかり。周囲にある建物は、どれもこれも原型を留めておらず、植物の根が張っている。

 かつては町でも有ったのだろうが、今は見る影もない。



 輝夜はその場でしゃがんで、地面の草をむしってみる。

 葉っぱの柔らかさや、土の質感。どれも現実と変わらない。




(よく分からんが、植物があるなら人間も住めるんじゃないのか?)



 やるべきことも不明なので、輝夜が土いじりをしていると。





『――集結せよ』


「はぁ?」




 突如、頭の中に声が響く。

 機械音声のような、知らない男の声。


 何かと思って、輝夜は周囲を見渡すも。

 目に見える範囲には何も存在しない。


 そのまま、黙って突っ立っていると。




『命令に従え』


「う、ぐっ」




 輝夜は頭痛のような痛みを感じ取る。それと同時に、耳鳴りのような音も聞こえ。

 その場で、痛みに悶えていると。



 複数の足音が近付いてくる。



 顔を向けると、そこに居たのは数体のロボットたち。

 先程、一緒に投下された同型機である。





「お前、なぜ命令に従わない」




 先頭のロボットが話しかけてくる。

 いわゆる隊長機なのか、その機体だけカラーリングが異なっていた。




「レーダーの故障か? 腕を見せてみろ」


「はぁ」




 命令に従い、輝夜が右腕を差し出すと。隊長機が手首付近にあるスイッチを押した。

 すると、レーダーのような立体映像が飛び出してくる。




「動くじゃないか」


「隊長、こいつの知能に問題があるのでは」


「確かに、挙動がおかしいな」




 なぜ輝夜が命令に従わなかったのか。ロボットたちは、それを議論し始める。

 輝夜からしてみれば、たまったものではない。




「……くそが」



 相手がロボットだろうと、輝夜は余裕で怒る。




(ここで殴ったら、どうなるんだ?)



 これはゲームのチュートリアル。いくらなんでも、仲間のロボットを殴るのは正解ではないだろう。もしかしたら、ゲームオーバーになってしまうかも知れない。

 少々、悩んだ末。



 とりあえず輝夜は、殴ってみることにした。



 知能がどうこう言っていた機体を、思いっ切りぶん殴る。

 鉄と鉄がぶつかる感触、鈍い衝撃音が鳴り響いた。




「なんだ?」



 それに対するロボットの反応は、実に淡白なものであった。



 当然、それでは物足りないので。

 輝夜はもう一発殴る。




「なんだ?」



 もう一発。



「なんだ?」



 何度殴っても、ロボットは同じ事しか言わなかった。



 これはあくまでも、ゲームのチュートリアル。

 このロボットたちは敵でもないので、ダメージが入ることもない。




「……はぁ」



 輝夜が精神的な疲労を感じていると。




「まぁいい、調査に行くぞ。ついてこい」



 隊長機がそう言って、他のロボットたちもそれについて行く。




「……くそ」



 ロボット連中に従うのは、非常に不本意ではあるが。

 また、頭痛を感じるのも嫌なため。


 渋々、輝夜は後ろをついて行った。

















 他のロボットたちと一緒に、輝夜は廃墟同然の町並みを進んでいく。




「生命体を見つけたら報告しろ」


「「「了解」」」


「……はいはい」




 一応は、命令に従って行動する。

 あくまでもこれは、ゲームのチュートリアルである。



 ボロボロの町並みを、散歩気分で調査する。

 代わり映えしない、退屈な風景だが。


 ”この行為”自体は、輝夜は嫌いではなかった。


 なにせ、現実の肉体ではこのように散歩に興じることも出来ない。無理して歩くと、すぐに疲労骨折をしてしまい。現在に至っては、膝と足首が逝っている。


 それ故に、”歩く”という行為が無性に楽しく感じられた。

 今の自分はロボットで、周囲は廃墟だが。



 ほとんど、散歩気分で楽しんでいると。

 輝夜は仲間のロボットに声をかけられる。




「お前、製造番号は何だ?」


「はぁ? 知るかバカ」


「……理解不能。知能に不具合が発生しているらしい」


「くそ」




 理解不能は、こっちのセリフである。


 輝夜の沸点は非常に低く。

 怒りを込めて、再びロボットをぶん殴った。




「なんだ?」



 とはいえ、相手は同じ反応しかしないロボットである。




(……つまらんな)



 どうせなら、”泣き叫ぶような反応”を見てみたい。

 そう思う輝夜であった。










「――反応を探知。あの建物か」



 しばらく廃墟を散策していると、隊長機が何かを発見する。




「おいお前、中を調べてこい」


「……わたしに言ってるのか?」



 輝夜は喧嘩腰である。




「命令に従え」


「……はぁ」



 深々とため息を吐くと。

 輝夜は渋々、建物へと向かった。




 そこは、ボロボロの廃墟であった。

 元は民家だったのか、家具の名残のようなものが散乱している。

 建物としての強度は備わっているのか。

 鋼鉄のロボットが動き回ったら、簡単に崩れてしまいそうである。


 少し歩けば、大量のホコリが舞う。




(あぁ、ロボットで良かった)




 もしも生身の体だったら、かなり重めの咳が出てしまう。

 流石に大丈夫であろうが、それでも骨折しそうな予感がある。


 そんな事を考えつつ、輝夜は建物内を散策する。




「ん?」




 すると、行く先に”光る何か”が目に入る。


 何かと思い、近付いてみると。

 それは、”剣”のような物であった。




「おーおー」




 ようやく、ゲームらしい物体が出てきた。

 そのまま流れで、輝夜は剣を掴んでみる。




「ん?」



 だが、そのタイミングで輝夜は気づく。

 自分の足元に転がる、硬い何か。


 それが、”ロボットの残骸”であることに。




(……これは)




 その瞬間。



 深い振動と、衝撃。

 何かが”爆発”したような音が聞こえる。





「はぁ?」



 建物の外で、何かが起こった。

 いや、今も起こり続けている。


 激しく暴れるような、壊れるような音が聞こえてくる。




「……行くか」



 原因を確かめるべく、輝夜は剣を持って外へと向かった。










「……正体不明。正体不明」




 建物の外は、悲惨な状況であった。


 隊長機らしきロボットは地面に倒れ、首がどこかに吹っ飛んでいる。

 他のロボットたちも、胴体に穴が空いたり、潰されたり、完全に機能を停止していた。



 それを成したのは、一匹の”怪物”。



 狼のようにも見えるが、顎が異常に発達しており。鋭い牙と爪が、刃物のように尖っている。

 体毛は一切存在せず、毒々しい奇妙な体色をしていた。




「……まじか」




 さっきまで一緒に居たロボットたちが、揃いも揃って”物言わぬオブジェ”に成り果てている。


 その様子を見ながら、輝夜は右手に握った剣を強く握りしめる。




 こいつを倒せば、チュートリアルも終わり。



「――やってやる」




 輝夜が建物から出ると、怪物もそれに気づき。

 野太い、狼のような遠吠えをする。




「……ふぅ」




 得体の知れない怪物。その頭上には、”アンノウン”という表記がされている。


 もしもこれが現実なら、一方的に殺されて終わりだが。

 ”今の体なら怖くない”。




 怪物が、輝夜に向かって襲いかかってくる。


 輝夜は、それを横飛びで回避すると。

 華麗に地面に着地した。




(なるほど、これくらいの性能か)



 今の跳躍で、輝夜は自分の体、”マシンスペック”を確認する。




「行ける」




 怪物めがけて、輝夜は颯爽と駆ける。


 全身を駆動させた、出しうる最高の踏み込み。

 それに対し、怪物は爪を振るうも。


 輝夜は、それを紙一重でかわし。




「――死ね」



 怪物の喉元に、思いっ切り剣を突き刺した。



 一切の躊躇がない、その一閃。

 ”頭蓋もろとも”貫通させる。



 得体の知れない生き物だが、これで死なないわけはないだろう。





「よっと」




 喉から頭蓋を貫通され、事切れた怪物を蹴り飛ばすと。


 輝夜は、刺さっていた剣を抜く。




「……余裕だな」




 倒した怪物の上に、輝夜は足を乗っけた。















(動くのは楽しいが、案外拍子抜けだな)




 恐ろしい怪物が相手ではあるものの。まともな身体能力があれば、殺すのは容易い。

 少なくとも、輝夜はそう認識していた。



 ガシガシと。

 暇つぶし感覚に、輝夜は怪物の死体を蹴る。


 こういった野蛮な行為も、現実世界じゃ行えない。


 いつかは、生意気な弟も足蹴にしたいが。

 それも叶わぬ願いである。



 普段は出来ない事なので、輝夜は念入りに蹴り心地を堪能した。






 輝夜は知らなかったが。

 実は先程の怪物は、”倒す必要のない相手”であった。


 あくまでも、こういった敵が出てくるというのを説明するために用意されたモンスター。

 仮に倒せなくても、このチュートリアルは正常に終わる。



 これは普通のゲームではない。

 実際に体を動かし、全力を持って戦わなければ、敵には決して勝てない。


 故に多くのプレイヤーは、先程の怪物によって倒されてしまう。



 しかし輝夜は、ロボットの体を巧みに操り、逆に怪物を瞬殺した。



 現実の体が弱すぎるゆえに、今まで気づいていなかった才能。


 輝夜には、天才的な”戦闘センス”が備わっていた。





 とはいえ、これはゲームのチュートリアル。

 終わらなければ、ゲームは始まらない。






――ガアアアァァァッ!!






 凄まじい爆音。

 獣の咆哮が鳴り響く。




「くっ」




 ゲームの世界、ロボットの体だというのに、全身に震えが走る。

 現実以上の、リアルな恐怖を感じ取った。



 輝夜が振り返ると。




 そこに居たのは、”巨大な怪物”。

 獅子にも似た風貌だが、その大きさは車以上。


 鬼のような形相で、輝夜に敵意を向けていた。





「なるほど、こいつを倒せば終わりか」



 先程とはレベルの違う怪物が相手。

 とはいえ、やることは変わらない。


 恐れることなく、輝夜は剣を構えた。




 怪物が地面を蹴り、襲いかかってくる。


 全身の筋肉を躍動させ、巨体に似合わないスピードで突進してくる。




「ッ」



 だが、輝夜はそれにも反応し。



 横ではなく、斜めに踏み込むように回避すると。

 すれ違いざまに、怪物の腹に刃を突き立てた。



 まるで、金属同士がぶつかったかのような感触。

 相手の体に、傷一つ付けられない。



 それだけなら、まだしも。

 攻撃した拍子に、こちら側の剣が砕けてしまう。





「チッ」



 これでは勝負にならない、輝夜はそう判断し。

 地面を蹴って、怪物との距離を取る。



 相手の動きには対処できるものの、流石に攻撃手段がなければ勝ち目がない。



 だが、怪物はそんな事情などお構いなし、次に次にと攻撃を仕掛けてくる。


 輝夜はその全てを回避するも。

 避けるだけでは意味がない。




 そうやって、しばらく回避に専念していると。





『エネルギーレベル低下。残量10%』




 目の前に、そんな表示が現れ。

 すると途端に、輝夜は体が重くなる。




(……そういうことか)



 この体はロボット。

 つまりは電気で動いており、今まさにそのエネルギーが尽きかけている。



 こちらはすでに限界。

 相手にも一切のダメージを与えられない。


 この勝負には勝てないと判断し。


 輝夜は、先程の廃墟の中へと逃げ込んだ。





「ふぅ」



 壁を背にして、輝夜は一息つく。

 体は一切疲れていないが、精神的な疲労は感じている。


 どうしたものかと、考えていると。





「ぐっ」


 背中に、重い衝撃を受ける。




 ”壁をもろとも突き破る”、怪物の突進攻撃である。





(マジか)



 これは、ただのゲームではない。

 やれることは”現実以上”。

 そしてそれは、敵にも当てはまる。



 輝夜は思いっ切り吹き飛ばされ、反対側の壁に叩きつけられる。


 機械の体が、壁にめり込んでしまう。




「くそ」



 ロボットだから、痛みは感じない。

 だが、もう体が動かなかった。




 壁にめり込んだまま。

 背後から、怪物の咆哮が聞こえる。




 そのまま為す術なく、輝夜はもう一度攻撃を受けた。




 全身がバラバラになるような。

 痛みとも違う、不思議な感覚を身に受ける。




 気がつくと、目の前に自分の足が転がっていた。






『甚大なダメージを検知。システム、停止します』



 目の前が、真っ暗になっていく。




(……くそったれ)




 完全なる敗北。


 輝夜は、死ぬほどの”悔しさ”に沈んでいった。








 お助けメール『壊されたって大丈夫。またチャレンジしよう!』







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