アルマデル・オンライン(二)






 気がつくと、輝夜は見覚えのない、”真っ白な部屋”に立っていた。




(どこだ、ここ)




 部屋の中にあるのは、ベッドと机と、おまけに姿見。

 初めて見たときの自分の部屋と、負けず劣らずの質素さである。


 ”とてもゲームとは思えない”、リアルな空間。

 それに呆気にとられていると。




『――ようこそ、”ユグドラシル”へ。』




 自身の目の前に、謎の文字が現れる。


 まるで立体映像のようであり。輝夜が一歩離れると、文字もそれについて来る。




『ユグドラシル・アカウントの作成のために、”あなたの記憶領域”へのアクセスを許可してください。』


「……は?」




 あなたの記憶領域。

 思いもよらない単語に、輝夜は言葉を失う。



 輝夜が驚いていると、目の前にまた別の文字が表示される。



 YES / NO



 おそらく、これを指で触れれば選択されるのであろう。

 わかりやすい表示だが。”YESとNO”という文字を見て、輝夜は嫌な記憶を思い出す。




(思えば、”あの時YESを選んだから”、こんな事になってるんだろうな)




 この世界に生まれることになった原因。絶対に忘れられない、”スカーレット・ムーン”というゲーム。

 同じく、ゲームをプレイしようとしていることもあり、記憶が鮮明に蘇る。




(……まぁ、いいか)




 とはいえ、今よりも状態が悪くなることはないだろうと。

 輝夜はYESを選択する。




 すると、甲高い音が聞こえ、頭の中に電気が走る。


 瞳の奥に、映像が流れ出す。

 この5年間に起きた全ての出来事、記憶が、一瞬の内に走り過ぎた。




『読み取りを完了しました。』




 不思議な感覚に、輝夜は頭を抱える。

 紛れもなく、”記憶”に干渉されていた。




『ユグドラシルへようこそ、”カグヤ様”。』



 なにも入力していないのに、システムに名前を呼ばれる。




(……気持ち悪い)



 YESを選択したことを、今更ながら後悔した。




『あなたの記憶に従って、ユグドラシルにおける”初期アバター”を生成します。』



 すると、また不思議な感覚に包まれる。自分の体が、なにか変わったかのように。




『そこの姿見にて、アバターの確認をお願いします。』



 メッセージに従い、姿見に近づいてみると。




「おお」




 そこにあったのは、”現実と変わらない”輝夜の姿。

 まさに、”記憶通り”の見た目をしている。


 服装は、初期アバターらしい白Tシャツだが。


 シャツの胸元を引っ張って、Tシャツの中身を確認してみる。




「……おお、凄い」




 身体の形も、現実と何ら変わらない。


 記憶領域の読み取り。

 脳インプラントの恐ろしさを、輝夜は実感した。















『ホームネットワーク【紅月あかつき家】を確認しました。接続してもよろしいですか?』




 ホームネットワーク。それが何なのかはよく分からないが。

 紅月家なのは確かなので、とりあえずYESを選択する。




「うっ」



 だがその際に、若干ながら”指が震えており”。

 輝夜は、YESに対する恐怖心が芽生えていた。




『ホームネットワークへの接続を確認。』



 なにもなかった部屋の隅に、新しく扉が出現する。




「さて」




 意を決して扉を開けてみると。

 その先に広がっていたのは、”見知らぬ家のリビングルーム”。

 今までいた場所が個人の部屋なら、ここは家族の部屋といった印象である。


 何もない輝夜の部屋とは違い、このリビングルームには”生活感”があった。




「はぁ」




 明るい壁紙や家具の感じなど、どことなく現実のリビングと似ている。

 この部屋も、記憶から読み取ったのだろうか。そう思ったが、明らかに”人の手”が加わった形跡がある。




「……ん?」




 部屋の様子を眺めていると、テーブルの上に何かが置いてあるのに気づき、近寄ってみる。


 それは、箱に入った”大福”であった。




(なるほど、あいつか)



 大福を見て、輝夜は誰がこの部屋をカスタムしたのかを理解する。


 弟の朱雨は和菓子好き。それが、まさかゲームの世界でも変わらないとは。




「ふむふむ」




 果たして、この大福は食べられるのか。試しに手に取ってみる。

 持った感覚は”非常にリアル”。大福特有の、何とも言えない柔らかさすら感じられる。


 食べるため、包装を破ろうとしていると。




「――おや、輝夜さん」




 見知った声が聞こえ、輝夜は振り返る。


 そこには案の定、影沢が立っていた。

 現実と変わらない、いつも通りの姿をしている。

 例によって、輝夜と同じ白Tシャツ姿であるが。


 影沢は、いつの間にか出現した”別の扉”を通ってやって来た。




「舞か」




 ようやく、一人ではなくなり。輝夜は僅かながら安心する。

 この大福を食べるのは、また今度の機会に。








「それにしても、凄いな、ここは」


「ええ。現実よりも、若干身体が重たいですが」




 見た目は現実と変わらないが、どうやら運動能力の再現まではしていないらしく。

 影沢には、アバターの体は不満げであった。


 だが、輝夜にとっては違う。




「わたしは、”逆”だな」




 軽く手を動かし、開いて、閉じてを繰り返す。

 いつもやっている動きだが、滑らかさが段違いである。


 その場で飛び跳ねてみても、何の不安も抱かない。

 システムで設定されていない以上、怪我をする心配もない。




「よっと!」




 普段では絶対にできないこと。

 思い切って、”逆立ち”をしてみることに。




「おお!」



 その様子に影沢は驚き、言葉を失くす。




「どうだ? 舞」


「す、素晴らしいです」




 現実世界では、絶対に逆立ちなどは出来ない。頭ではイメージできても、それに身体が追いつかない。

 だが、仮想世界では別である。

 輝夜たちに与えられたアバターは、標準的な人間と同じような能力をしている。


 この世界でなら、現実でのハンデは関係ない。




(……こりゃいい)



 同じ土俵でなら、戦える。








「どうやらここは、同じWi-Fiに繋がっている”共有スペース”のような場所かと」


「わかりやすいな。なら、”あそこ”は朱雨の部屋ってことか」




 輝夜、影沢がやって来た部屋の他に、ここにはもう一つ扉があった。

 誰の部屋かと考えたら、もちろん一人しかいない。


 朱雨のパーソナルスペース。

 どんなものかと、輝夜は扉を開こうとするものの。




『アクセスが許可されていません。』


「くそ」



 流石に、部屋はセキュリティで守られていた。






「それで、あそこの”玄関”から出ると、どこに繋がってるんだ?」




 ここは、家のようなもの。

 ならばもちろん、外も存在する。




「このユグドラシルに存在する、”全てのエリア”に繋がっているはずです」





 正確に言えば、ここはまだ”ゲームの世界”ではない。


 オンライン上に存在する仮想世界。

 ”ユグドラシル・ネットワーク”。


 第2世代のインプラント所有者と、コンピュータ。

 ”世界中のそれらが”全てが繋がることで出来上がった、もう一つの現実世界である。





「個人だけでなく、企業なども参入していますから。ショッピングをしたり、自然の中を散歩したり。アイドルのライブにだって行けますよ」




 出来ることは、ほとんど現実と変わらない。




「招待すれば、この家に”友だち”を連れてくることも可能です」


「それは凄いな」




 果たして、その機能を使う日が来るのかは疑問だが。




(……これが、仮想世界なのか)




 想像していたものとは、少し違う。

 現実の世界と、ほとんど変わらない。


 むしろ身体が強いという点では、”現実世界よりも素晴らしい”。




「とはいえ、ここは単なる入り口です。早速、本題の”ゲーム”をやってみましょう」


「……ああ」















「これを」




 影沢に渡された物。それは現実にもあった、”ゲームのパッケージ”である。

 質感も現実と似たような感じで、”アルマデル・オンライン”の文字が書かれていた。




「これを開けると、ゲームが起動するそうです」


「なるほど」




 影沢の指示に従い、パッケージを開いてみる。

 すると、中から立体映像が飛び出してくる。





『アルマデル・オンライン』



 タイトルの下に、大きく”ゲームスタート”と書かれている。

 おそらくこれに触れると、ゲームが本当に始まるのだろう。



 だが、





 注意!!


 このゲームはチュートリアルを終了するまで”ログアウトが出来ません”。時間に余裕のない場合は起動をお控えください。





「……こわ」



 流石に、その表記には驚いてしまう。



 とはいえ、幸いにも時間はいくらでもあるので。

 躊躇しつつも、輝夜はゲームを起動する。





「ッ」



 まるで、ゲームの中に引きずり込まれるような感覚。






――Excess realityエクセス・リアリティ


 究極の没入体験を、あなたに。






 ”アルマデル・オンライン”の世界へと、輝夜は旅立った。





 ※没入体験の仕様上、ERゲームの起動中は”尿意”を感じません。定期的にトイレ休憩を挟むことをオススメします。



 ある意味で、一番重要な文章を見落としたまま。





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