偽りの主人公

アルマデル・オンライン(一)






 輝夜はリビングのソファに寝っ転がり、だらけた様子でテレビを見る。

 キッチンの方では、影沢が夕食の準備をしている。


 テレビでやっている内容は、家事で役立つ最新グッズの紹介。若者というより主婦層向けの番組だが、輝夜は退屈せずに眺めていた。

 精神的には、家事をしないタイプの主婦である。


 そんな輝夜であったが、側に置いていたスマホがバイブで震える。


 何かと思い、スマホを手に取ると。

 思考を送って操作をする。




『――おめでとうございます! あなたは無料の”電子精霊”に当選しました。』




 スマホに送られてきたのは、よく分からない謎のメール。

 電子精霊など、聞いたこともない。



(……ウイルスか?)



 無料で何かに当選した。完全に、詐欺の手口である。

 メールを開くのも危なそうなため、輝夜はそのまま削除した。







 輝夜がだらだらとテレビを見ていると。

 お年頃な弟、朱雨が家に帰ってくる。



「あぁ、学校は楽しかったか?」



 ソファに寝転びながら、輝夜が声をかけるも。

 ”その姿”を見て、朱雨は固まる。



「……は?」




 ソファで寝ているのは、単にだらしないで説明がつくが。

 両足をガッチリと固定している、”鎧のような何か”は、流石に意味不明であった。




「足のそれは、何だ?」


「まぁいわゆる、”ハイテクギプス”ってやつだな。普通に風呂で洗えるから、衛生的らしい」



 ギプスの素晴らしさについて、輝夜は語るも。朱雨が知りたいのはそんなことではない。



「いや、なんでギプスを付けてる」


「……まぁ、なんだ」







 時は、今日の午前中に遡る。




「……う、くっ」


「だ、大丈夫ですか?」




 男子トイレの窓から飛び降り、輝夜が激痛に悶ていると。

 先程、個室の中にいた男子生徒が、心配して外にやって来る。




「……れ」


「えっ?」


「”向こうの段差”まで、運んでくれ」




 輝夜が指をさす場所には、少々高めの段差があった。




「でもその前に、先生とか呼んだほうが良いんじゃ」


「……いいから。”男子トイレから飛び降りた”なんて、言えるわけないだろ」




 骨折に関しては、流石に誤魔化せないが。”どこで”やったのかは誤魔化せる。

 男子トイレの窓から飛び降りたなど、口が裂けても言いたくはない。


 幸いにも、まだ他の人間には判明していないため。男子トイレではなく、単なる段差から飛び降りたことにしたかった。




「頼む、一生のお願いだ」


「えぇ……」




 結局、その男子生徒は輝夜の要望通りにしてくれた。


 輝夜の身体をゆっくりと引きずり、段差の下まで運び。

 その後に、教員を呼んでもらった。







 そして、紆余曲折を経て、現在に至る。




「――つまり、”はしゃいだ拍子に段差から飛び降りて”、足が折れたと」


「ああ、その通りだ」




 無論、嘘であるが。

 この真実は、墓場まで持っていくと決めた。




「それだけで、そんな有様になるのか?」


「まぁ、元々骨も身体も脆いからな。着地の瞬間に右足首が逝って。そのまま膝から倒れて、パリーンと」



 イメージは、お皿が2枚割れる映像である。



「見ての通り、歩行はおろか自分で立つのも不可能だ。おまけに膝も曲げられないから、車椅子にも乗れない」



 現状、移動の際は影沢に抱えてもらうしかない。



「なら学校は?」


「まぁ、しばらくは”家庭学習”になるだろ」



 せめて、骨折が足首程度であれば、なんとか学校に行けたであろうが。足首+両膝ともなれば、流石に登校は厳しかった。




「寝転んだまま授業を受けられるなら、行ってもいいんだけどな。ハハハッ」




 冗談交じりに、輝夜は笑うも。


 対する朱雨は、”完全に怒っていた”。




「なに笑ってる」


「……いや、そんなに怒るなよ」




 どうして、朱雨が怒っているのか。輝夜には理由が分からない。




(はしゃぐってことは、”学校が楽しみ”だったんじゃないのか?)



 それを無理して、やせ我慢で笑っている。

 そんな輝夜の態度に、朱雨は怒りを覚えていた。


 無論、それはとんだ”勘違い”であるが。




(……あの男子生徒、ちゃんとトイレのことを黙ってくれてれば良いが)



 輝夜は、それだけを気にしていた。















 お風呂場にて、影沢が輝夜の髪の毛を洗う。

 あくまでも使用人とお嬢様という関係だが。ある種、家族にも近い関係でもあるので、気兼ねなく裸の付き合いをする。

 輝夜は、ギプスを付けたままであるが。


 輝夜の髪の毛は腰に届くほど長く、手入れも大変である。

 とはいえ、本人は”美に対する意識”が皆無なので、こうして影沢がケアをしていた。




「朱雨とは、一緒に入ったりしてたのか?」


「そうですね。流石に、最近はありませんが。ちょうど5年前、輝夜さんが目覚めたあたりまでは、一緒に入っていましたよ」


「なるほど」



 存外、普通。あまり面白みがなかった。







「ふぅ」




 エレベーター付きの豪邸ということもあり、浴槽は2人が余裕を持って入れるほど大きかった。


 輝夜の長い髪の毛が、水面に広がっている。

 影沢による手入れの甲斐もあり、美しく艶のある髪の毛である。

 他人からの評判は、すこぶる良好な髪の毛だが。



(……なげぇ)



 輝夜本人は、かなり鬱陶しく感じていた。


 毛量的に”重さ”もあり、ちょっとでも引っかかると痛い。

 洗うのも乾かすのも時間がかかる(自分ではやっていない)。

 エレベータに巻き込まれたら死ぬんじゃないか、という恐怖が時々ある。


 本人的には、バッサリ切ってもいいのだが。

 影沢がいたく気に入っているので、切りたいとも言いづらい。



「……はぁ」



 髪の毛をくるくると触りつつ、ため息をついてると。




「すぐに良くなりますから、気を落とさないでください」



 なにか勘違いしたのか、影沢が優しく声をかけてくる。




「……そうだな」



 輝夜は反応に困った。


 何故なら、”何一つ落ち込んでいない”から。

 周囲が思っているほど、輝夜は学校に乗り気ではない。


 だがしかし、一つだけ心残りが。




「悪かったな、舞。入学式見たいって言ってたのに」



 それだけが、ほんの僅かな良心を痛めていた。




「……たしかに、残念ですが。学校にはイベントが盛り沢山なので、また機会はあります。ですので、頑張って治しましょう」


「……ああ」




 やはり、学校への興味は薄いが。

 影沢のためにも、治療を頑張ろうと思った。







 だが、しかし。




「……冗談だろ」




 お風呂上がり。テーブルに置かれていたのは、大量の飲み薬。

 輝夜が”普段から服用している物”と合わせると、おびただしい量となる。




「治療のためですから、我慢してください」




 自力では動けないので、この薬たちからは逃れられない。

 もはや、医療の暴力であった。






 水とともに薬を服用し、輝夜はソファの上でお腹を押さえる。

 あとは、吐き気との戦いである。




(とはいえ、明日から暇になるな)




 いくら自宅療養とはいえ、ダラダラしていたら病院と変わらない。

 学校から課題等が送られてくるらしいが、その量もたかが知れているだろう。




「……朱雨から、”ゲーム”でも借りるか」




 思ってもいないことを、輝夜はつぶやく。


 しかしその一言を、影沢は聞き逃さなかった。

















 翌日。




「ゲームを買ってきました!」




 輝夜が自室のベッドで寝転んでいると、影沢がテンション高めにやって来る。

 かなり、大きめな箱を抱えていた。




「ゲーム?」


「はい。正確には、パソコン一式も含まれますが」




 昨日の輝夜のつぶやきを聞き、影沢は朝一で必要なものを買いに行った。

 それが、この巨大なパソコン。廊下には、ディスプレイ等の入った箱も置いてある。




「ちなみに、このパソコンはいくらぐらいしたんだ?」


「そうですね。”100万”するかしないか、という具合です」


「……なるほど」




 このレベルの品物を躊躇なく買えるあたり、紅月家の財力が伺える。




「朱雨の使ってるパソコンも、それくらいするのか?」


「いえ、朱雨さんは”病院から支給された物”を使用しているので」




 朱雨は”ルナティック症候群”であり、悪夢の治療に必要な機材としてパソコンを支給されている。

 ドリームエディター等を起動するため、支給されているパソコンはかなりのハイスペックだが。


 今回、影沢が買ってきたのは、それを遥かに超える”怪物スペック”であった。




「物としては、こちらの方が上かと」


「そうか」




 本来、ゲームをするだけならそれほどのスペックは必要ない。

 だが、店員の口車に乗せられて、影沢は”店で一番高いパソコン”を買ってきた。




「あいつにマウント取れるなら、それで十分だ」



 ”それだけの理由”で、輝夜はパソコンを気に入った。








「わたしも自分の分を買ったので、一緒にやりましょう」




 輝夜と一緒にゲームをするために、影沢はすでに自分の部屋でセッティングを終えていた。


 影沢の買ったパソコンは、”店で二番目に高いパソコン”である。




「お前もやるのか」


「もちろんです」




 影沢はそう言って、輝夜にゲームのパッケージを手渡す。


 ゲームのタイトルは、”アルマデル・オンライン”。


 興味のない輝夜でも知っている、”話題の最新ゲーム”である。




「……これって確か、第2世代のインプラントが必要じゃなかったか?」




 なぜ、輝夜がこのゲームを知っていたのか。

 それはこのゲームが、ちょっとした”炎上騒ぎ”を起していたからである。


 このゲームはドリームエディター等の技術を更に発展させたものであり、当然ながら起動には第2世代の脳インプラントが必要となる。

 しかし、第2世代の脳インプラントは、現在”医療用目的”でしか施術を認可されていない。


 最新のゲームでありながら、第2世代インプラントがなければプレイが出来ない。

 そのため、ルナティック症候群じゃなくても施術をさせてくれ、という声が数多く上がっていた。




「ご心配なく、わたしも”第2世代”ですから」


「……お前がルナティックだとは、初耳だな」



 少なくとも、この5年間で聞いたことは一度もない。




「いえ、わたしはルナティック症候群ではありません。けどまぁ、”色々”とありまして」




 影沢には、色々とあった。








 ゲームの環境を整えるため、影沢がパソコンのセットアップを行い。

 輝夜はベッドに寝転びながら、ゲームのパッケージを眺める。


 輝夜が動かずともいいように、すぐそばには大好きな”オレンジジュース”が置いてあった。




(……アルマデル・オンライン、か)




 ゲームの表紙には、傷だらけのロボットが描かれている。

 軽く説明文を読んでみると、どうやら”ロボットを操作するゲーム”らしい。



(はー)



 輝夜はゲームに興味がない。そして、ロボットにはさらに興味がない。

 どんどん、やる気が削がれていく。



 ゲームを作ったメーカーの名前だろうか。一番下の部分に、”ユグドラシル”という名前が書かれている。

 その真横には、”ERゲーム”という文字が。




「……ERゲーム?」



 あまり、馴染みのない言葉である。




「店員の説明によると、このゲームは”現実を超えた体験”が出来るそうです。ゆえに、Virtual realityバーチャル・リアリティのその先、”Excess realityエクセス・リアリティ”であると」



「ほぅ」





 ”過剰現実《Excess reality》”。

 現実を超えた世界。


 何とも、期待させる話である。















「輝夜さん、パーソナルアダプターを貸してください」


「ああ」




 首にかけていたアダプターを影沢に渡す。

 影沢が、輝夜のアダプターをパソコンに接続すると。




「ッ」




 頭の中に、今まで感じたことのない”刺激”が走る。

 パソコンへの接続。ひいては、ネットワークへの接続を示す感覚である。




「他に、装置とかは必要ないのか?」


「はい。輝夜さんは、その場で寝ているだけで大丈夫です」


「……ハイテクだな」




 寝ているだけでゲームを体験できる。まったくもって、信じられないような技術である。

 ”それを可能にするだけの機能”が、自分の脳に埋め込まれているわけであるが。




「では、起動しますね」



 影沢がシステムを起動する。




「わたしもすぐに始めますので、お先に”仮想世界”を楽しんでください」


「ああ」




 初めてのゲーム体験。5年前、”こうなる前”の事を思い出す。

 あの時とは何もかもが違うが。




 インプラントが信号を受信し、頭の中を書き換えていく。




 輝夜は、眠るように意識を失った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る