初めての買い物
輝夜が退院した、記念すべき日から一夜明け。紅月家の面々は車に乗ってお買い物に。
運転席には使用人の影沢が座り、後部座席に輝夜と朱雨の2人が座っている。
家族揃っての初めての買い物だが、後ろの2人に笑顔はない。互いにそっぽを向き、別々の方向から外の景色を眺めていた。
なんてことはない、思春期の姉弟。
今年から高校生になることもあり、弟の朱雨もかなり落ち着いている。
そんな無言の時間に耐えきれないのは、意外にも輝夜の方であった。
「なぁ、最近もゲームやってるのか?」
輝夜がそう問いかけるも、朱雨は一切反応しない。
完全に無視を決め込んでいる。
「昨日やってたの、最近流行りのVRゲームってやつだろ? そんなに面白いのか?」
やはり、反応はない。
(……このクソガキめ)
せっかく、好きそうなゲームの話題を振ってやったというのに。無視を決め込む弟に、輝夜は内心キレる。
「……昨日、わたしの裸を見た感想は?」
「ッ!?」
輝夜からの衝撃の言葉に、運転席の影沢が動揺し、車の運転が乱れる。
「おっと」
輝夜はバランス感覚も弱いため、軽く座席に倒れ込む。
すると、無視を貫いていた朱雨が、僅かながら目を向けた。
しかし、またすぐにそっぽを向いてしまう。
そんな弟の様子を見て、輝夜はある単語を思い浮かべた。
「お前、もしかして”反抗期”なのか?」
「……黙ってろ」
反抗期かと尋ねられ、ようやく朱雨が口を開く。
その反応に、輝夜は愉快げに笑みを浮かべ。
朱雨の耳元に近づくと。
「いやだ」
そう、囁くように呟いた。
輝夜からのアプローチに、朱雨の表情が怒りに染まる。
「どういう嫌がらせだ?」
「いやいや、嫌がらせとは心外だなぁ。わたし達は姉弟だろ? もっとコミュニケーションを取ろうじゃないか」
「……性格の悪い奴め」
にやにやと笑いながら話しかける輝夜に、朱雨がイラつく。
数年前とは真逆の立場である。
ようやく仕返しが出来て、輝夜はご満悦であった。
◇
「”マリオネットモール”。姫乃で、一番大きな商業施設です」
目的地に着いた第一印象、”とにかく人が多い”。
急激なストレスから、輝夜は目元がピクピクと動き始める。
視界を埋め尽くすほどの大きな建物。この中身が全てお店だというのだから、規模の大きさが計り知れる。
家族連れ、カップル、その他。あらゆるタイプの人間が遊びに来ており、話し声が絶えることがない。
(……あぁ)
人の生命エネルギーに当てられ、輝夜は体勢を崩す。
それを、朱雨が無言で支えていた。
「とりあえず、何から買いましょうか」
「……スマホ」
朝食をリバースしそうな顔で、輝夜が声を絞り出す。
「あぁ。そういえば、持っていませんでしたね」
「……というより、スマホさえあれば十分。服とかは、3パターンくらいあれば良い」
「いいえ、良くはないです」
第一目標は輝夜のスマートフォンに決定し。
三人はショップに向かう。
(……ある程度、想像はしてたが)
モール内を歩きながら、弟の朱雨は”周囲の視線”に眉をひそめる。
普段なら、これほど視線を集めることはない。女性から遠巻きに見つめられることはあるが、気にならないレベルである。
しかし、姉の輝夜が一緒に歩いているだけで、まるで世界が変わったかのように思えてしまう。
例えるなら、生きた美術品。それほどまでに輝夜の容姿は優れている。
かつて、初めて会ったときから、綺麗だとは思っていたが。
この5年間の成長で、更に磨きがかかっている。
隣りにいるだけでも、かなりの視線を感じるのだから。
張本人である輝夜は、どれだけの視線に晒されているのか。
「チッ」
輝夜が舌打ちをする。
隣にしか聞こえないくらい、小さな音で。
「あまり気にするな」
「……”健康な人間”にジロジロ見られると、かなり気分が悪い」
「どういう基準だ」
入院中とはわけが違う。
病院にいるのは老人や病人ばかり。輝夜に熱い視線を送る余裕などないし、あったとしても数日経てば”輝夜に慣れる”。
しかし、こんな大勢のいる場所にやって来ては、輝夜の容姿はあまりにも目立ってしまう。
がっつり見つめてくる視線や、わざとらしい話し声。
病院のように、”守られる環境”ではない。
「すっかり失念してたよ。そう言えば、わたしは可愛いんだった」
「自覚があったのか?」
「あぁ、もちろん。”容姿以外に”、わたしに優れてる部分があるか?」
輝夜が、自虐気味に自分を語る。
「チッ」
何かが気に障ったのか、朱雨は舌打ちをする。
「……絡まれると面倒だ。俺と影沢から離れるなよ」
「はいはい」
そんなこんなで、輝夜たちはスマホショップへとやって来る。
「はぁ〜」
陳列された、様々な機種のスマートフォン。専用アクセサリ。その他諸々に囲まれて、輝夜はテンションが上がる。
人間に囲まれるのは不快だが、スマホに囲まれるのは構わない。
輝夜は思いっ切り深呼吸をした。
「テレビでやってたやつ、”最新モデル”が欲しい」
5年間の入院生活、輝夜はほぼ毎日欠かさずにテレビを見ていた。
テレビこそが唯一の情報源であり、CMで流れていた季節ごとの新作機種を、輝夜は全て記憶している。
早速、記憶を頼りに最新機種のコーナーへ向かう。
「……本体価格、25万円。結構しますね」
「流石に高いか?」
財布を持っているのは影沢である。
輝夜は予算というものを知らない。
「いえ、お金は問題ありません。ご要望なら、全ての機種を買っても平気です」
「それはいらん」
流石に、そこまでのスマホオタクではない。
「じゃあこれで」
「――待て」
最新機種を選ぼうとする輝夜を、朱雨がその手で制し。
一旦、カタログに目を通す。
「……やたらと高スペック。まぁ、それはいい」
続いて、置いてあるサンプル品を手に持ち、試しに操作してみる。
「案外重たいな」
「そうですね〜、パソコン並のスペックがあるので」
店員が近づき、商品に対する説明を行う。
「アダプターを繋げば、これ単体でドリームエディターが起動できます」
「流石にオーバースペック過ぎる。……おい輝夜、試しに触ってみろ」
サンプル品を朱雨に渡され、輝夜は試しに触ってみる。
すると、
「う」
かなりの重量感があり、両手でないと操作ができない。
「……ま、まぁ、インプラントで操作すれば、重さは関係ないだろ」
「だとしても、だ。――ほら、こっちの軽いやつにしとけ」
筋力のない輝夜のために、朱雨は別のモデルを紹介する。
だがそれを見て、輝夜は顔をしかめる。
「……それは、去年の夏のやつじゃないか」
機種の販売時期に関しては詳しかった。
「
「いいや、絶対にこっちだ」
輝夜のスマホに対して、2人が別々の主張をする。
そんな困った姉弟に、影沢はため息を吐いた。
◆
「くそったれ」
結局、影沢は去年発売した軽量モデルを選び、輝夜に買い与えた。
その決定は、輝夜にとって非常に不服なものであり。精神的に、年甲斐もなく不機嫌になるものの。
せっかくのスマホなので、輝夜は即開封して触りまくる。
すでに、自身の脳インプラントとペアリングを済ませていた。
「おい、歩きながらスマホを弄るな」
「……ったく、うるさい奴だな」
朱雨からの注意を受け。
輝夜は、立ち止まってスマホを弄る。
「そっちを優先するな!!」
そんなこんなで、続いて服屋へやって来る。
若者向けのアパレルショップ。
おしゃれな店内に、様々な服が売っている。
それだけで、輝夜のテンションは下がる。
「すみません、全部おまかせで」
「おい、少しは興味を持て。スマホのときの情熱はどうした?」
「服なんて見ても、面白くないだろ」
「お前、それでも女か」
「確かめてみるか?」
輝夜と朱雨は、互いに喧嘩腰である。
「まぁ、何でも似合うだろ、わたしなら」
冗談でも何でもなく、輝夜は本気でそう思っている。
「しかし、輝夜さん。せっかくなので、お洒落をなさったほうが」
「くっ」
影沢に頼み込まれ、輝夜は苦い表情をする。
反りの合わない弟と違い、影沢には本当に世話になっている。故に、気軽に暴言を吐けない。
「はぁ……舞、手伝ってくれ」
「かしこまりました」
輝夜の服を選べる。
それだけで、影沢は満足であった。
「朱雨、お前は飲み物でも買ってこい」
輝夜の一言に、静かに怒りを覚え。
それでも朱雨は、無言で飲み物を買いに行った。
朱雨は迷うことなく、自販機でオレンジジュースを買ってくる。
姉の好きな飲み物程度、彼にはもちろんお見通しである。
「――あぁ、気が利くじゃないか」
試着室の中から輝夜が出てくる。
影沢の趣味であろうか。
フリルの付いたブラウスとスカート、まるでお嬢様のような服装に身を包んでいる。
余程、容姿に自信のある人間でないと着こなせない服だが。
やはり、輝夜は様になっていた。
「どうだ? 感想は」
「まぁ、それなりだ」
たとえ、どれだけ似合っていようと、朱雨はそれ以上の言葉を言わないだろう。
「とても素晴らしいです。全部買いましょう!」
長年の夢が叶ったかのように、影沢はテンションが高かった。
影沢主導のもと、大量の衣類を購入し。
その後も、輝夜に必要なものを買い漁った。
買い物が終わる頃には、輝夜の顔からは覇気が失われ。
朱雨もしかめっ面をしていた。
ただ一人、影沢だけが元気に満ち溢れている。
だが、輝夜には気になることが一つ。
「……朱雨。お前、少しは持とうとか思わないのか?」
驚くべきことに、購入した大量の商品を”全て影沢が持っていた”。
大量の紙袋を両脇に抱え、体の面積を軽々と超えている。
それに対し、2人はほとんど手ぶらに近い。
貧弱な輝夜はまだしも、一番体力のありそうな朱雨も一切荷物を持っていない。
影沢だけが大量の荷物を持ち。
はたから見れば、まるでイジメのようである。
「……影沢、荷物は重たいか?」
「いえ、特に問題はありません」
朱雨に尋ねられても、影沢の声は軽かった。
数十キロはありそうな荷物だが、”まるで重さを感じていない”ように。
「だ、そうだ」
「んな馬鹿な」
とはいえ、輝夜も歩くだけで精一杯なので。
力強い影沢の背中を見守った。
◇
車に向かう一行であったが。
その道中、輝夜が突然立ち止まる。
「どうした?」
「……足が痛い」
朱雨に対して、輝夜は足の痛みを訴える。
「いや。子供か、お前」
朱雨が茶化すものの。
輝夜の顔は至って真剣である。
「そういうわけじゃない。ただ今までの経験上、これ以上歩くと”骨が折れそう”だ」
長年のリハビリで、輝夜は自分の体をある程度理解できるようになっていた。
故に、分かってしまう。
これ以上歩行を続けると、”疲労骨折”を起こしてしまうと。
「……くそ」
2秒ほど悩んだ末、朱雨は輝夜を背負うことにした。
なにか運動でもしているのか、その体つきはかなりしっかりとしており。
姉の体を軽々と支える。
「あぁ、持つべきものは弟だな」
輝夜の一言に、朱雨はムッとする。
「……お前、案外重たいんだな」
「まぁな。しっかり食べろと、まどかに散々言われたからな」
健康のために、食事を残すことは許されない。
「あと、わたしは”胸”もデカい」
そう言って、輝夜はわざとらしく朱雨の背中に胸を押し付ける。
「チッ」
朱雨の表情は、不機嫌そのものだった。
「こんな調子で、本当に”学校”に通えるのか?」
「……まぁ、何とかなるだろ」
紅月輝夜、15歳。
この春から、高校生活が始まる。
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