初めての買い物






 輝夜が退院した、記念すべき日から一夜明け。紅月家の面々は車に乗ってお買い物に。


 運転席には使用人の影沢が座り、後部座席に輝夜と朱雨の2人が座っている。

 家族揃っての初めての買い物だが、後ろの2人に笑顔はない。互いにそっぽを向き、別々の方向から外の景色を眺めていた。


 なんてことはない、思春期の姉弟。

 今年から高校生になることもあり、弟の朱雨もかなり落ち着いている。


 そんな無言の時間に耐えきれないのは、意外にも輝夜の方であった。




「なぁ、最近もゲームやってるのか?」




 輝夜がそう問いかけるも、朱雨は一切反応しない。

 完全に無視を決め込んでいる。




「昨日やってたの、最近流行りのVRゲームってやつだろ? そんなに面白いのか?」




 やはり、反応はない。




(……このクソガキめ)



 せっかく、好きそうなゲームの話題を振ってやったというのに。無視を決め込む弟に、輝夜は内心キレる。




「……昨日、わたしの裸を見た感想は?」




「ッ!?」



 輝夜からの衝撃の言葉に、運転席の影沢が動揺し、車の運転が乱れる。




「おっと」



 輝夜はバランス感覚も弱いため、軽く座席に倒れ込む。


 すると、無視を貫いていた朱雨が、僅かながら目を向けた。

 しかし、またすぐにそっぽを向いてしまう。


 そんな弟の様子を見て、輝夜はある単語を思い浮かべた。




「お前、もしかして”反抗期”なのか?」


「……黙ってろ」




 反抗期かと尋ねられ、ようやく朱雨が口を開く。

 その反応に、輝夜は愉快げに笑みを浮かべ。


 朱雨の耳元に近づくと。




「いやだ」




 そう、囁くように呟いた。 


 輝夜からのアプローチに、朱雨の表情が怒りに染まる。




「どういう嫌がらせだ?」


「いやいや、嫌がらせとは心外だなぁ。わたし達は姉弟だろ? もっとコミュニケーションを取ろうじゃないか」


「……性格の悪い奴め」




 にやにやと笑いながら話しかける輝夜に、朱雨がイラつく。

 数年前とは真逆の立場である。


 ようやく仕返しが出来て、輝夜はご満悦であった。















「”マリオネットモール”。姫乃で、一番大きな商業施設です」




 目的地に着いた第一印象、”とにかく人が多い”。

 急激なストレスから、輝夜は目元がピクピクと動き始める。



 視界を埋め尽くすほどの大きな建物。この中身が全てお店だというのだから、規模の大きさが計り知れる。


 家族連れ、カップル、その他。あらゆるタイプの人間が遊びに来ており、話し声が絶えることがない。




(……あぁ)




 人の生命エネルギーに当てられ、輝夜は体勢を崩す。

 それを、朱雨が無言で支えていた。




「とりあえず、何から買いましょうか」


「……スマホ」




 朝食をリバースしそうな顔で、輝夜が声を絞り出す。




「あぁ。そういえば、持っていませんでしたね」


「……というより、スマホさえあれば十分。服とかは、3パターンくらいあれば良い」


「いいえ、良くはないです」




 第一目標は輝夜のスマートフォンに決定し。

 三人はショップに向かう。










(……ある程度、想像はしてたが)



 モール内を歩きながら、弟の朱雨は”周囲の視線”に眉をひそめる。



 普段なら、これほど視線を集めることはない。女性から遠巻きに見つめられることはあるが、気にならないレベルである。


 しかし、姉の輝夜が一緒に歩いているだけで、まるで世界が変わったかのように思えてしまう。



 例えるなら、生きた美術品。それほどまでに輝夜の容姿は優れている。

 かつて、初めて会ったときから、綺麗だとは思っていたが。

 この5年間の成長で、更に磨きがかかっている。



 隣りにいるだけでも、かなりの視線を感じるのだから。

 張本人である輝夜は、どれだけの視線に晒されているのか。




「チッ」



 輝夜が舌打ちをする。

 隣にしか聞こえないくらい、小さな音で。




「あまり気にするな」


「……”健康な人間”にジロジロ見られると、かなり気分が悪い」


「どういう基準だ」




 入院中とはわけが違う。

 病院にいるのは老人や病人ばかり。輝夜に熱い視線を送る余裕などないし、あったとしても数日経てば”輝夜に慣れる”。


 しかし、こんな大勢のいる場所にやって来ては、輝夜の容姿はあまりにも目立ってしまう。


 がっつり見つめてくる視線や、わざとらしい話し声。

 病院のように、”守られる環境”ではない。




「すっかり失念してたよ。そう言えば、わたしは可愛いんだった」


「自覚があったのか?」


「あぁ、もちろん。”容姿以外に”、わたしに優れてる部分があるか?」




 輝夜が、自虐気味に自分を語る。




「チッ」



 何かが気に障ったのか、朱雨は舌打ちをする。




「……絡まれると面倒だ。俺と影沢から離れるなよ」


「はいはい」










 そんなこんなで、輝夜たちはスマホショップへとやって来る。




「はぁ〜」




 陳列された、様々な機種のスマートフォン。専用アクセサリ。その他諸々に囲まれて、輝夜はテンションが上がる。

 人間に囲まれるのは不快だが、スマホに囲まれるのは構わない。

 輝夜は思いっ切り深呼吸をした。




「テレビでやってたやつ、”最新モデル”が欲しい」




 5年間の入院生活、輝夜はほぼ毎日欠かさずにテレビを見ていた。

 テレビこそが唯一の情報源であり、CMで流れていた季節ごとの新作機種を、輝夜は全て記憶している。


 早速、記憶を頼りに最新機種のコーナーへ向かう。




「……本体価格、25万円。結構しますね」


「流石に高いか?」




 財布を持っているのは影沢である。

 輝夜は予算というものを知らない。




「いえ、お金は問題ありません。ご要望なら、全ての機種を買っても平気です」


「それはいらん」




 流石に、そこまでのスマホオタクではない。




「じゃあこれで」


「――待て」




 最新機種を選ぼうとする輝夜を、朱雨がその手で制し。


 一旦、カタログに目を通す。




「……やたらと高スペック。まぁ、それはいい」




 続いて、置いてあるサンプル品を手に持ち、試しに操作してみる。




「案外重たいな」


「そうですね〜、パソコン並のスペックがあるので」



 店員が近づき、商品に対する説明を行う。




「アダプターを繋げば、これ単体でドリームエディターが起動できます」


「流石にオーバースペック過ぎる。……おい輝夜、試しに触ってみろ」




 サンプル品を朱雨に渡され、輝夜は試しに触ってみる。

 すると、




「う」



 かなりの重量感があり、両手でないと操作ができない。




「……ま、まぁ、インプラントで操作すれば、重さは関係ないだろ」


「だとしても、だ。――ほら、こっちの軽いやつにしとけ」




 筋力のない輝夜のために、朱雨は別のモデルを紹介する。

 だがそれを見て、輝夜は顔をしかめる。




「……それは、去年の夏のやつじゃないか」



 機種の販売時期に関しては詳しかった。




まい、これを買ってくれ」


「いいや、絶対にこっちだ」




 輝夜のスマホに対して、2人が別々の主張をする。


 そんな困った姉弟に、影沢はため息を吐いた。

















「くそったれ」




 結局、影沢は去年発売した軽量モデルを選び、輝夜に買い与えた。

 その決定は、輝夜にとって非常に不服なものであり。精神的に、年甲斐もなく不機嫌になるものの。



 せっかくのスマホなので、輝夜は即開封して触りまくる。

 すでに、自身の脳インプラントとペアリングを済ませていた。




「おい、歩きながらスマホを弄るな」


「……ったく、うるさい奴だな」




 朱雨からの注意を受け。

 輝夜は、立ち止まってスマホを弄る。




「そっちを優先するな!!」










 そんなこんなで、続いて服屋へやって来る。


 若者向けのアパレルショップ。

 おしゃれな店内に、様々な服が売っている。


 それだけで、輝夜のテンションは下がる。




「すみません、全部おまかせで」


「おい、少しは興味を持て。スマホのときの情熱はどうした?」


「服なんて見ても、面白くないだろ」


「お前、それでも女か」


「確かめてみるか?」




 輝夜と朱雨は、互いに喧嘩腰である。





「まぁ、何でも似合うだろ、わたしなら」



 冗談でも何でもなく、輝夜は本気でそう思っている。




「しかし、輝夜さん。せっかくなので、お洒落をなさったほうが」


「くっ」




 影沢に頼み込まれ、輝夜は苦い表情をする。

 反りの合わない弟と違い、影沢には本当に世話になっている。故に、気軽に暴言を吐けない。




「はぁ……舞、手伝ってくれ」


「かしこまりました」




 輝夜の服を選べる。

 それだけで、影沢は満足であった。




「朱雨、お前は飲み物でも買ってこい」




 輝夜の一言に、静かに怒りを覚え。


 それでも朱雨は、無言で飲み物を買いに行った。










 朱雨は迷うことなく、自販機でオレンジジュースを買ってくる。

 姉の好きな飲み物程度、彼にはもちろんお見通しである。




「――あぁ、気が利くじゃないか」




 試着室の中から輝夜が出てくる。


 影沢の趣味であろうか。

 フリルの付いたブラウスとスカート、まるでお嬢様のような服装に身を包んでいる。


 余程、容姿に自信のある人間でないと着こなせない服だが。

 やはり、輝夜は様になっていた。




「どうだ? 感想は」


「まぁ、それなりだ」




 たとえ、どれだけ似合っていようと、朱雨はそれ以上の言葉を言わないだろう。




「とても素晴らしいです。全部買いましょう!」



 長年の夢が叶ったかのように、影沢はテンションが高かった。










 影沢主導のもと、大量の衣類を購入し。

 その後も、輝夜に必要なものを買い漁った。



 買い物が終わる頃には、輝夜の顔からは覇気が失われ。

 朱雨もしかめっ面をしていた。

 ただ一人、影沢だけが元気に満ち溢れている。


 だが、輝夜には気になることが一つ。




「……朱雨。お前、少しは持とうとか思わないのか?」




 驚くべきことに、購入した大量の商品を”全て影沢が持っていた”。

 大量の紙袋を両脇に抱え、体の面積を軽々と超えている。


 それに対し、2人はほとんど手ぶらに近い。

 貧弱な輝夜はまだしも、一番体力のありそうな朱雨も一切荷物を持っていない。


 影沢だけが大量の荷物を持ち。

 はたから見れば、まるでイジメのようである。




「……影沢、荷物は重たいか?」


「いえ、特に問題はありません」




 朱雨に尋ねられても、影沢の声は軽かった。

 数十キロはありそうな荷物だが、”まるで重さを感じていない”ように。




「だ、そうだ」


「んな馬鹿な」




 とはいえ、輝夜も歩くだけで精一杯なので。

 力強い影沢の背中を見守った。















 車に向かう一行であったが。

 その道中、輝夜が突然立ち止まる。




「どうした?」


「……足が痛い」




 朱雨に対して、輝夜は足の痛みを訴える。




「いや。子供か、お前」




 朱雨が茶化すものの。

 輝夜の顔は至って真剣である。




「そういうわけじゃない。ただ今までの経験上、これ以上歩くと”骨が折れそう”だ」




 長年のリハビリで、輝夜は自分の体をある程度理解できるようになっていた。

 故に、分かってしまう。


 これ以上歩行を続けると、”疲労骨折”を起こしてしまうと。




「……くそ」





 2秒ほど悩んだ末、朱雨は輝夜を背負うことにした。



 なにか運動でもしているのか、その体つきはかなりしっかりとしており。

 姉の体を軽々と支える。




「あぁ、持つべきものは弟だな」




 輝夜の一言に、朱雨はムッとする。




「……お前、案外重たいんだな」


「まぁな。しっかり食べろと、まどかに散々言われたからな」




 健康のために、食事を残すことは許されない。




「あと、わたしは”胸”もデカい」



 そう言って、輝夜はわざとらしく朱雨の背中に胸を押し付ける。




「チッ」



 朱雨の表情は、不機嫌そのものだった。




「こんな調子で、本当に”学校”に通えるのか?」


「……まぁ、何とかなるだろ」





 紅月輝夜、15歳。


 この春から、高校生活が始まる。





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