屈辱の時(四)
「はいっ、これがテレビですよ」
看護師が、テンション高めに紹介する。
輝夜の部屋に、テレビがやって来た。かなり大きな、薄型のテレビである。
素人目に見ても高価な品に思えるが、それほど予算が潤沢なのだろうか。
輝夜は起き上がると、ベッドの横にあるスイッチを押し。ベッドの角度が自動で動き、背もたれ代わりになる。
「少々お待ち下さい。輝夜さんのチップと、”ペアリング”を行うので」
看護師はテレビの電源をつけると、横にあるスイッチで簡単な操作を行う。
「――はい、完了しました。どうぞご覧ください」
起き上がった楽な姿勢のまま、輝夜はテレビを見る。
変えようと”念じる”だけで、テレビのチャンネルが変わり。同じく念じるだけで、音量の上げ下げも行える。
そうやって操作を行う輝夜を、隣で看護師が見つめている。
輝夜は適当にチャンネルを変え、お昼のワイドショーらしき番組を見る。
話題になっているニュースなどに対し、タレントがコメントする、よくある番組である。
しかし、元々輝夜もテレビを見る方ではなかったが。その番組に出ている人間は、誰一人として心当たりがなかった。完全に、知らない人たちである。
「……まどか、今日は何月何日?」
「えっと、8月の20日ですね。ちょうど、小学校は夏休みの時期です」
(なるほど。だからアイツは真っ昼間から病院に来るのか)
アイツ、つまりは弟の
「で、”何年”なの?」
「今年ですか? 今年は、20XX年です」
「ふーん」
(……未来ってわけでもないのか)
看護師から聞いた年号は、輝夜の知るものとそう大差がなかった。
しかし、この病院で使われている技術だけでも、明らかに輝夜の居た世界と違っている。考えるだけで電子機器を操作する技術など存在しないし、ましては一般への普及などあり得ない。
頭にチップを埋め込む、脳インプラントも同様である。
そんな事を思いながら、輝夜はぼーっとテレビを見る。知らない人たちが、知らないことについて話していた。
『じゃあその”ドリームエディター”っていうのを使えば、自分の好きな夢を見られるってことですか?』
『ええ、第2世代の脳インプラントをする必要がありますが。そう遠くない未来に、夢をお金で買える時代になりますよ。』
『へぇ、羨ましい話ですねぇ。』
番組を見ながら、輝夜は気になったことを看護師に聞く。
「第2世代インプラントって、わたしも?」
「はい。輝夜さんも第2世代です」
「ふーん」
好きな夢を見られる技術。普通に興味をそそられる内容である。
「まどかも、インプラントしてるの?」
「いいえ、わたしは”第1世代”のインプラントだけです」
「わたしのと違いは?」
「第1世代のインプラントは、脳から信号を”発信”することしか出来ません。つまり、テレビのチャンネルを変えたり、スマートフォンを操作したりすることは出来ますが。逆に、自分の脳に影響を与えることは無いんです」
看護師がインプラントについての説明をする。
「ですが、輝夜さんのような第2世代のインプラントは、発信だけでなく”受信”することも可能です。しかも、送れる情報量は第1世代とは比べ物にならないので。外から機械的に操作することで、見ている夢の内容を書き換えたり出来るんです」
「へぇ」
普通に説明されるも、中々にとんでもない話である。
機械に信号を送ったり、逆に機械から送られたり。そんなことを可能にする技術が、頭の中に埋め込まれている。
正直なところ、無条件で喜べる話ではなかった。
「インプラントって、誰でも出来るの?」
「そうですね。第1世代のインプラントは基本的に誰でも出来ますよ。対応した電子機器も増えてるので、みんな結構やっています」
「へぇ」
「でも第2世代のインプラントは、”ルナティック症候群”の患者じゃないと施術が出来ないんです」
「……ルナティック」
以前にも、聞いたことのある単語である。
「ルナティック症候群は、簡単に言えば”悪夢”を見る病気です。発症の原因は不明ですが、”月の光”を見ると症状が悪化するので、ルナティック症候群と呼ばれています」
看護師が、ルナティック症候群についての説明を行う。
ルナティック症候群は悪夢を見る病気。睡眠障害にも似ているが、薬などで治療することが出来ない。どれだけ治療を試しても症状が緩和できないため、”悪夢そのものを書き換える”という方法に行き着き。そのために、”脳インプラント”が開発された。
患者を苦しめる悪夢を、機械的に上書きすることで緩和する。
悪夢を上書きする技術のことを、”ナイトメアキャンセラー”と呼び。
その上書きする機能に娯楽性を追加したものが、先ほどテレビで紹介されていた、”ドリームエディター”である。
「時期的に、”悪魔”がこの世界にやって来た頃から、ルナティック症候群は確認され始めたので。”悪魔の呪い”だって言ってる人も、結構いるんです」
「……悪魔?」
「他の世界から来た、”恐ろしい怪物”です」
悪魔という思いがけない単語に、輝夜の頭の中で何かが繋がる。
”この世界が、一体何なのか”。
「でも、安心してください。この”
――”スカーレット・ムーン”
”こうなる前”に、やろうとしていたゲーム。
その内容が、鮮明に脳裏をよぎった。
◆
病室で、輝夜はテレビを眺めていた。
その隣には、弟の朱雨が座っている。
「なぁ輝夜、一緒にゲームやろうぜ」
朱雨の手には、スマートフォンらしきものが握られている。
しかし、輝夜は一切視界を動かさない。
「ゲームは嫌いだ」
「って、やったことないだろ!」
朱雨がツッコむも、輝夜は知らぬ存ぜぬ。
輝夜は、本当にゲームが嫌いだった。
元々、興味を持つこともなかった上。気まぐれでやろうとしたゲームが、”こうなった”全ての原因かも知れない。
テレビを見ながら、輝夜は手を握り、開いてを繰り返す。たった、それだけの動作で疲れてしまう。
言うなれば、”容姿以外カス”。それが今の自分の現状。まさに、ゲームで設定した通りのステータスである。
また、ゲームとの類似性はそれだけではない。
テレビを見てみれば、
――大量殺人事件。
――悪魔による犯行か。
そんな内容のニュースが、ごく当たり前のように流れている。
この世界は、元々暮らしていた世界とよく似ている。しかし、決定的に違う点が”2つ”あった。
あまりにも進んだ科学技術と、悪魔の存在。
記憶が確かなら。あのゲーム、”スカーレット・ムーン”の世界と同じである。そして自分の体も、設定した主人公のそれと酷似している。
ここまで類似性があれば、ほぼ確定であろう。
(あのゲームの世界か)
輝夜は記憶を辿り、ゲームの内容について思い出す。ほとんどプレイはしていないが、PVなどで大まかな世界観は知っている。
科学の発達した世界。ゲームの主人公は高校生。そして、”特殊な指輪の力”で悪魔と戦う。
とはいえ、”それを今考えても仕方がない”。
今現在、輝夜はリハビリ生活の真っ只中である。悪魔や戦いどころではない。
そんな事を考えてると、弟の朱雨に声をかけられる。
「なぁ輝夜、テレビ変えようぜ。ニュースとかつまんねーし」
「黙って見てろ」
何と言われようと、輝夜はチャンネルを変えるつもりはない。
テレビは貴重な情報源である。今のように、何も出来ない状態ではなおさら。
「ちぇー、つまんねーの」
ふてくされながら、スマホを弄る。
輝夜は、そんな弟の様子を見つめた。
初対面の時と比べ、随分と大人しくはなっている。あまり無理は言わず、どことなく話の分別もできている。
つまるところ、”許容範囲内”である。
「……朱雨、お前もインプラントしてるのか?」
「んー? してるぜ、第2世代のやつ」
とどのつまり、朱雨はルナティック症候群ということ。
「悪夢を見るのか?」
「まぁ、”Nキャン”使わなかったら見るけど」
Nキャンとは、ナイトメアキャンセラーのことであろう。
「……そうか」
色々と、話を聞いて。
輝夜は自分の中で、朱雨を弟として認め。自分の側に居座ることを許す。
とはいえ、ゲームを一緒にやるつもりはなかった。
輝夜はテレビを眺め、朱雨はスマホでゲームをする。
そんな空間に、看護師のまどかがやって来る。
「輝夜さん。申し訳ありませんが、本日のリハビリは中止です」
看護師から告げられた、リハビリの中止。
それを聞き、朱雨は笑顔になる。
「よっしゃ、ならゲームしようぜ!」
「……うるさいぞ」
やはり、子供は嫌いである。
◇
別室では。
「疲労骨折?」
”影沢舞”と、輝夜の”担当医”が話をしていた。
くたびれた中年の医師である。
「ああ。しばらく、リハビリは中止にしたほうが良いだろう」
そう言って、医師は影沢に資料を見せる。
輝夜の体に関するデータを。
「彼女の体は脆すぎるんだ。それに配慮しつつリハビリするとなれば、常人の数倍は時間がかかる」
「……そう、ですか」
その言葉に、影沢は少なからずショックを受ける。
なぜ彼女は、これほどまでの苦労をしなければならないのか。
どうしようもない現実に、影沢は無力さを感じていた。
「ゆっくりと、少しずつ。あの子が元気になるよう、僕たちもサポートに努めるよ」
「お願いします」
そして。
それから、”5年”の歳月が流れた。
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