異世界来たのでなんかやってみた

ると

第1話 始まり

薄紅色の花の綻ぶ季節。

始まりを告げるその花の名は───


貴賓と呼ばれるような大人の挨拶が漸く終わりを告げた頃。

厳粛な空気に包まれた場内は躍動の時間に突入する。


「新入生代表による誓いの言葉。新入生代表リオーナ」


 返事をして立ち上がった少女は周囲の新入生と一回りほど小さく華奢だ。守ってあげたくなるような後ろ姿とは裏腹に、壇上に上がった彼女は酷く堂々としていた。


「本日は私達の為にこのような盛大な式を催して頂き、誠にありがとうございます。学園長先生をはじめ諸先生方、ご来賓の方々、先輩方に心よりお礼申し上げます。会場に向かう道すがら麗らかな木漏れ日の中の春の訪れを感じさせる景色。柔らかな陽射しを浴びて春の花々が蕾を開き、精霊たちが飛び交う様はまるで、私達を祝福してるかのように感じられました。」


 ほのかに漂っていた幻想的な光の粒子が縦横無尽に飛び回り出す。人前に好き好んで出てくることのない精霊がこの時ばかりは溢れかえらんばかり現れていた。

 例年通りとはいかない展開に淀めく会場の中、壇上の少女だけがその視線さえ動かすことなく前を見据えていた。


「学園長先生をはじめご来賓の方々のお言葉には大変感銘を受けました。人生という長い期間スパンで物事を考えるということの難しさを深く考えさせられるお言葉でした。そして、仲間と協力する、切磋琢磨するという大変貴い経験ができるということ、またそんな学園に入学できたことを感謝したいと思います。

きっとこれからたくさんの新しいことに出会うでしょう。幸運にも私たちにはそんな新しいことに挑戦するための時間も、舞台も十分に整えられています。そういったものに挑戦することを恐れず、己の可能性への期待感、積み上げた努力の量を糧に成功をつかんで行きたい。真に有限の時間の中で今この時しか出来ないことを学生という時間を最大限使って挑戦し尽くしたい、と思います」


 幻想的な景色と場を支配する独特の雰囲気。


 その幼い少女には、確かにカリスマと呼ばれる力が備わっていた。


「最後になりましたが、学園長先生をはじめ諸先生方、そして先輩方にはご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。この式をもって私達新入生は晴れてアルディア学園の生徒となります。私達一同、責任ある自由のを謳歌しつつ、学園生としての誇りとそれに恥じぬ品位ある行動で新たな伝統を学園と共に築き、価値ある学園生活を送ることを誓います。

以上を持ちまして宣誓の言葉とさせていただきます。

新入生代表、リオーナ」


 心地よい音色の声が終わりを告げたのはにも精霊たちが動き出したのとほぼ同時だった。


 精霊の用いる古語で書かれた光の文字は有名な一フレーズ、“祝福”と“始まり”を意味する経典の誕生の最初の一節。

 新たな精霊が入り口や窓から会場内に入り込み祝福の花として有名なミリリアの花弁が舞う。薄っすらと光を纏った小人のような姿に場内は一層ざわめいた。中位精霊と呼ばれる彼らは人を忌み嫌い、人の前に姿を表すことを厭うので有名だからだ。


 一礼し静かに壇上を後にする彼女に動揺は微塵もない。このざわめきの中では異質にする感じるほどであった。

 精霊の飛び交う幻想的とも言える光景に会場の興奮はピークに達した。


 それが彼女が席に戻り座った瞬間、まさに突風と呼べる風が吹き上げ散らばった花弁と共に外に飛び出して行った。

流れるようにして始まった精霊の躍動は唐突に終わりを告げたのだ。


「続きまして、生徒会による歓迎の言葉。生徒会代表ローラン」


 進行役が咄嗟に我に返ったことで呆然とした会場の落ち着きを取り戻すことができた


 壇上に上がるの長身の青年。ゆったりと歩く様は騒ぎの後でもあるため多くの視線を集めていた。


「新入生の皆さん、この度は入学おめでとうございます

内部生の人はご存知かもしれませんが、僕が生徒会長を務めているネフロスです。

高等部は中等部とは勝手が違い、戸惑われるかもしれません。実力主義を謳うこの学園は試験の成績を大変重視します。それは生徒に価値ある知識、技術を獲得して欲しいからに他なりません。

 また、学園では生徒全員が成人した大人として扱われます。なので教諭の方々が我々の行動を咎めることはほぼないと言っていいでしょう。だからと言って好き勝手にするのとは訳が違います。良識ある、人として当たり前の行いが当たり前のように求められます。

 新入生の皆さんはこれらのことを念頭に置いて、たくさんのことに挑戦して欲しいと思います。


 僕たち在校生一同、心より皆さんを歓迎します。一緒にこの学園で新しい歴史を創って行きましょう」


 昔は新入生挨拶と在校生挨拶の間に校歌斉唱が組み込まれていた。魔法学園アルディアの校歌は元々は国教だったマルニラ教の“祝福の歌”の一部であったのだが学園の規模が大きくなり、他国の留学生を受け入れるうちに生徒の信仰する宗教が雑多になったため工程から省かれたのだ。

 そして、校歌の代わりに式に入れられたのが生徒会による祝いの言葉と呼ばれる特殊なものだった。


「祝いの言葉。生徒会代表執行部」


 生徒会運営のトップに立つのが執行部。そのメンバーの会長、副会長、庶務を除く役員がそれぞれ経理、総務、風紀、広報の4組織の部長、副部長からなる。


 毎年の100人程が生徒会に在籍し学園の運営に携わる。総務部のほとんどは成績上位者からなり、それ以外の部は前任者もしくは教論による他薦からなる。会長のみ直接選挙によって選出され、会長が生徒会メンバーの中から各部長、副部長を任命。その選定の後に各部のメンバーが決定される。


「パンフレットにも載っている通り、この学園の生徒会の仕事内容は多岐に渡ります。その仕事を担い、学園の運営に携わるのはその中でも全校生徒の約1割です。ですが、学校行事そのものを成り立たせているのは彼らだけではなく我々一人一人なはずです。その意識はきっと各々の自信、誇りに繋がっていくでしょう。


新たな仲間の誕生を祝して───」


 言葉と共に新入生の席の左右から霧のような水飛沫と花びらが舞う。


 驚いたように立ち上がる新入生の前方から、降り注いだそれらを巻き上げるようにドラゴンのブレスのような火炎が新入生の上空を通り過ぎた。かと思うとその後を炎で模されたドラゴンが翔ける。その姿を目で追った先には水で模されたドラゴンが加わって二頭はいがみ合いのようにホールを旋回する。その間もお互いに体をぶつけあっては水煙を上げる。


 両者が距離を取り、とうとう決着となった。互いにブレスを放ちながら正面衝突。


 まるで降雨のように水滴がが会場内に降り注ぎ、ガラス板のような透明な板に弾かれて前方の壇上に流れていく。その水はローランの頭上で球体となって浮かび、固まっていく。パーツ一つ一つが細かく完成されたドラゴンの姿に新入生は息を飲む。咆哮が聞こえてきそうな程精巧な表情。口を開きかけた姿勢で前を見据えているのは図鑑に挿絵として載せられた正しく氷竜の姿。


静止した氷像は何処か神秘的でいつまでも見つめていたくなるような魅力を持っていた。


「今年の祝いの言葉として、我々から空を自由に翔ける天空の王者とさせて頂きます。新入生の皆さんはこの名に恥じぬ立派な大人となりこの学園を巣立ってください。生徒会執行部会長、ローラン=ネロフス」


 まだ学園に慣れない1年生に初めの3か月だけチューターとして3年生が付くのが学園の習わしであった。そのため、学園代表兼3年生代表として祝いの言葉(魔法)として新入生にこれだけすごい先輩がついているから安心して暴れなさい(?)という庇護のようなものであった。

 そしてその言葉を贈る代表はそれなりの見世物を披露しなければならないためある意味、この日一番実力が問われる。魔力量、制御能力、緻密な造形、ストーリー性、色合いなどを来賓客、在校生が見ているのだ。


 つまり、実力ある代表がいる年は新入生がはじける傾向にある、ということである。

 中でも今年は大当たりである。

 さらには中等部からの持ち上がり組の噂が広がっている教諭たちは苦笑いを浮かべながら、未だざわつく新入生を眺めていた。


 あり得ない数の精霊達が会場に押しかけ、眩い光を放つ。ほとんどの生徒に程度は違えど守護精霊がいるとはいえ、今まで守護地から離れることのなかった学園の精霊たちがわざわざこの会場に姿を現したのは学園内で愛子として名を轟かす彼女の存在故だろう。


 彼女の言葉に反応するかのように動き駆け巡る光の粒はその価値を知る者をどよめかせるには十分過ぎた。

 そんな新入生代表を生徒らは驚き半分恐縮半分で見ている。


 その点、生徒会長からの祝いの言葉は新入生代表を正しく表していた。

 天空の覇者たる飛竜は何者にも従わない、恐れない。


 これはそんな天才新入生ではなく、――その横で学園生活を送る転移者の物語。

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