第5話 手をつないで眠る
俺がベージュのワンピースと裸をまちがえる以外は俺たちの同居生活は意外なくらいスムーズだった。
家具も家電も生活に必要な物は一通り揃ったアパートだから、特に不便も感じなかった。
俺とアイは荷物を置いて近くのスーパーに買い物に向かった。
高校からほど近い、文化祭のときとかは買い出しにいくと聞いているスーパーだ。
家庭科の調理実習のときの材料なんかも卸しているらしい。
なんでそんなことまで知っているかというと、俺とアイは文化祭の実行委員をしているからだ。文化祭実行委員って1年生であっても結構忙しい。
生徒の自主性を重視してくれているおかげで自由な部分も多いけれど、文化祭みたいな行事は最低限の安全性について以外は全部生徒に丸投げになっている。
広報用のポスターにSNSの更新から細かなルール作り。
文化祭実行委員の仕事は多岐にわたるが結構やりがいのある仕事だ。少なくとも教師とPTAにすべてお膳立てされていた中学までとはまったく違う。
「なんか、新婚さんみたいだね」
「もうすぐ、そうなるよ」
そう言いながら、俺たちはカートを押しながらスーパーで必要なものを買っていく。
一週間分の食料に必要な消耗品。
カートの中がいっぱいになっていくにつれて、俺とアイの新生活が始まることの実感に変わっていく。
レジでは結構な金額になっていて、生活するってこんなにお金がかかるんだと少しだけ驚いた。
普段、両親が負担してくれている買い物の手間や生活にかかる費用がこんなに大きいなんて、次に両親にあったときは改めてお礼を言おうと思った。
高校も近いこともあって部活の買い出しに来ているグループや自習室で勉強していたらしき人たちとすれ違った。
高校生らしい青春をしているって感じだった。
俺たちが今回の試験をクリアできたら、あんな風な青春は送ることがないのだろうと思うとちょっとだけ寂しくなった。
家に帰って、買ってきた材料で簡単なものを手早く作る。
切って炒めるだけだけど。
アイはその横で、夕食後のデザートを作って冷蔵庫で冷やしていた。
俺たちは本当に息ぴったりだった。
人生を共にすごそうというのだから全く不思議じゃない。
軽くお昼ご飯を食べた後は、買ってきたものを収納したり自分たちのもってきた服をクローゼットにかけたりして片付けた。
俺たちの生活はきわめて順調だった。
最初は緊張したけれど、これならやっていける。
というか、そもそもセックスが禁止ということ以外俺たちの望んでいた生活が先に始まっているだけじゃないか。
二人で助け合ってともに生活していく。
俺とアイが望んでいた二人の暮らしだ。
ベージュのワンピースを裸と勘違いするなんて俺はいったい何をそんなに焦っていたのだろう。
これなら一ヶ月なんてあっという間だ。
この一ヶ月が終われば俺たちは本物の夫婦になれる。
夜は二人で隣り合わせに布団を敷いて眠った。
「ねえ、子供の頃のお泊まり会のこと覚えてる?」
「ああ、アイってば夜中まで起きて眠れなくなっていたよな」
「うん、でもそれを知ってて私が眠るまで一緒に羊を数えてくれたね」
「幼稚園児にあんなに大きな数を数えさせられるなんてとんでもないワガママな女の子だった」
俺がそうやっておどけると、アイは「もうっ」と怒ったフリをしたあと、布団を被ってふふふっと照れたように笑った。
「あのね……今日も眠れないかも」
不思議なくらい静かな空白のあと、アイはそう言って彼女のか細い手が俺の布団の方に伸びてきた。
「だから、今日も手を繋ぎながら一緒に羊の数を数えてくれる?」
アイはまるで小さな女の子のように不安げだった。
俺はアイの手をそっと包み込み、
「もちろん」
と答える。
アイが望むなら、いつだって手を繋いで、ちゃんと眠れるように羊を数えよう。
そのために俺がいるのだから。
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