正念場

(前話の翌週金曜、契約会議の最中のランチタイム。樹は相手会社の社長と高級料亭の個室で昼食)


丸角不動産社長「今回は、副社長が会議の席へおいでくださるとは。お若いのに優秀なご子息がいらっしゃって、神岡工務店は安泰ですな」

樹「先日お伝えしました通り、社長は所用が入りまして……ご無礼をお許しください」

社長「いやいや。このような堅苦しい場にあなたのようなお美しい方が同席してくださるのは実にいいものですなあ。日々じいさんたちばっかり見ながら仕事をする身にはいい目の保養ですよ、ふふっ(ニマニマ鼻の下が伸びる)」

樹「丸角不動産社長からそのようなお言葉、光栄です。

『……うーん、聞いてた通り一見頑固な堅物だが実はむっつりすけべなじいさんらしい。ものすごく嫌な仕事だが、効果はありそうだ』

 ……(テーブル越しにじりっと擦り寄る)そのように私を認めてくださるなら……私の希望を何とか汲み取ってはいただけないでしょうか。

 先日御社からご指摘のあった点は一旦反古にし、従来の案のままで契約を進めさせていただきたいのです。——あんな些細な一点のせいで、こんなにも魅力的なあなたと一緒に仕事ができなくなるなんて、嫌ですから……(ここぞとばかりに社長をじっと見つめ、ピンクのハートマークを撒き散らす)」

社長「……(樹を熱く見つめ返し)それほど強いご希望とあれば、あなたの仰る通りにいたしましょうか。

 その代わり、と言ってはなんですが——今後もプライベートでこのような時間を作っていただけるのであれば嬉しいですなあ(樹の手を取りニヤリと微笑む)」


樹「……(一瞬ぐっと黙る)……

 ……(すぐにキラキラな微笑を綻ばせ)ええ、喜んで。

 丸角不動産社長とこのようなご縁をいただけるなんて……こんな幸せはありません。

 ——そうとなれば、やっぱり子供が3人は欲しいですね、アナタ♪♪(社長の手を引き寄せ、スリスリと頬ずり)」

社長「……はい?」

樹「(そのままうっとり)ああでも、残念ながら私には子供が産めません……いやそれが何だというのか、愛さえあればなんでもできる……」

社長「(一気にビビって青ざめ)えっいやちょっ待っ……さすがにそれはムリなんじゃ……??」

樹「(酷く悲しげに社長を見つめ)無理?……それは、私のこの愛の告白をお受けくださらないという意味ですか? 愛の結晶などいらないと!?」

社長「(顔面蒼白)ええーっと、申し訳ないが私にはもう妻子も孫もっ……たっ大変残念ですが今回はご辞退を……!!」

樹「この愛を受け止めてくださらないなら、せめてこの契約だけでも……そんなに冷たく私を捨てないで……(縋るように瞳をウルウル)」

社長「(ざざっと大きく後ずさり)えっええそれは勿論!! あなたのご希望通りの内容で契約しましょう! さっサインが済んだら私は次の予定がありますので……!!」


樹「(ビジネスバッグからさっと契約書とペンを取り出し、凛々しく微笑む)ではここにサインを。

 因みに。ここでのやり取りは私達だけの秘密にした方が、お互いのために良さそうですね……いかがでしょう?」

社長「……(どこか口惜しげにサイン)」

樹「(にっこり)これで無事契約成立です。——いい仕事しましょう、社長♪

『……正念場の変人ってヤバいな我ながら……』」



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