お祭り

 翌日。

 航太は学校で人に囲まれながら生活していた。

 しかし、楽しく話しているはずなのに、ときどき暗い顔を浮かべた。


 移動教室の休み時間、航太が教科書を持参して、廊下を歩いていると、何者かの視線を感じた。

 はっとして振り返るが、誰の姿も見られない。

 どういうことなんだ?

 疑問に思いながら、航太はその場を後にした。


 放課後、航太は仲のいい男二人組と下校していた。


「なあ、航太。もちろん、お前もお祭り行くだろ?」

「一緒に行こうぜ、な?」

「ああ、うん……」


 航太は気後れした返事をする。

 すると向かい側から話しかけてくる人物がいた。


「よ」


 そこにはなんと天狐が腰に手を当てて、立っていた。

 航太は驚愕に打たれた。


「って、ええ?」


 学校で姿を見ないと思ったら、こんなところで……でも、タイミングが悪すぎる。

 頭を抱えていると、航太の友達である二人が揃って反応する。


「えっ、誰?」

「もしかして航太の彼女?」


 汗が身体から吹き出す。

 航太は焦りを感じていた。 

 やばい、とにかく彼女を引き離さないと。


「天狐さん、こっち」


 航太は天狐の腕を無理やり引っ張って、離れて行こうとする。


「ええ、いきなり何?」


 目を白黒させる天狐。

 男友達が慌てて声をかけてくる。


「航太、祭りは?」

「また今度」


 軽く手を振って、二人はその場からいなくなった。

 しばらく走った後、航太は天狐を解放した。

 息を切らした天狐は航太を非難した。


「ちょっと何よ? びっくりしたじゃない」

「それはこっちのセリフだよ。

 どうして今、現れたんだよ? 護衛するって言ったくせに」


 約束を無視したことを航太は詰るが、天狐にはそのつもりがなかった。


「何言ってるの? 私はずっと君のこと、見てたのに」

「えっ?」


 思わず間抜けな声が漏れる。


「まさか私がサボってるとでも?」

「じゃあ、学校にもいたの?」

「いたよ、気づかなかった?」


 天狐によれば、変装してちゃんと見張っていたらしい。

 航太はまるで信じられなかった。

 気づかなかった。いや、廊下で何かの気配がしたけど、もしかしたらあれが天狐だったのか?


「それはそうと、君って意外と人気者なんだね。周りに人たくさんいるし」


 天狐が鋭い指摘をしてくる。

 そのとき、航太の中で彼女・・の記憶が頭を過った。

 だが、それを無視して、航太は震えた声で返す。


「そ、そうだよ。僕は人気者なんだ」


 確かに航太は人気者だった。

 いつも周りには友達がいて、話し相手には事欠かなかった。


「へえ、でも、そうは見えないんだよなあ」


 天狐はファッションデザイナーのように航太の全身を上から下まで観察した。

 ボサボサの髪。

 ダサい眼鏡。

 低い身長。

 果たして航太のどこに人気者になれる要素があるのだろうか?

 天狐は気難しい顔で首を捻った。

 そんな彼女に対して航太は憤懣やる方ない様子だった。


「し、失礼な!」

「そうだね。あと、ときどき暗い顔してたけど、何かあった?」

「べ、別に」


 何かを誤魔化すように航太が即答すると、天狐が顔の前でお願いのポーズをした。


「そ。あと、物は相談なんだけど……」


*     *     *


 夜の足音が聞こえてくる夕刻時ゆうこくどき

 航太は電柱の前で時間を潰していた。

 ここが天狐との待ち合わせ場所になっている。


「はあ、まさかこんなことになるとは……」


 ため息を漏らすと、天狐が走ってやってきた。


「やあやあ……って、浴衣? 気合い入ってるねえ」


 天狐は思わず感嘆する。

 そう、航太は浴衣姿だった。黒い浴衣はかっこよさを演出し、足元は下駄で涼しさを感じさせた。


「やっと来た……って、普通だし!」


 逆に航太は何も変わっていない天狐を見て、衝撃を受ける。

 そのことに対して天狐は弁明をした。


「いやいや、だって浴衣だと動きづらいじゃん。もし怨呪との戦闘になったとき、それじゃ困るでしょ」


 確かにごもっともだけど、これはこれで恥ずかしい。

 周りの視線を気にして、航太は小さく縮こまった。


「なに、もじもじしてんの? 

 じゃあ、揃ったことだし。行こうよ、お祭り」


 元気よく告げると、天狐はダッシュで駆け出した。


「あっ、待ってよ」

「急げ」


 航太は急いで後を追いかけようとするが、たびたび躓きそうになる。

 もうこっちは下駄で走りにくいのに。

 文句を覚えつつも、航太は懸命に食らいついていった。

 祭りの会場に移動すると、すでにすごい賑わいだった。

 多種多様な出店が列をなし、参加者もたくさん集まっていた。


「うわあ、出店がいっぱい……」


 感動した天狐は目をキラキラと輝かせている。

 本人はかなり興奮しているらしい。


「あっ、りんご飴」


 そう言うなり、天狐は屋台へと急行した。


「ちょっと……」


 航太は慌ててついていく。

 屋台の店主が天狐の前にリンゴ飴を差し出す。


「お嬢ちゃん、一つどうだい?」

「いいの? わあ」


 それを受け取った天狐は近くでじっくり観察する。

 彼女の目にはそれが磨かれたルビーのように輝いて見えた。

 続いて店主は再び掌を天狐に向ける。


「はい、お代」

「?」


 頭の上に疑問符を浮かべている天狐に航太はまさかと思い、話しかけた。


「えっ、もしかしてお金持ってないの?」


 こくんと頷く天狐。

 嘘だろ?

 航太は驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。

 そんな二人のやり取りをジーッと見つめてくる店主。

 流石に居たたまれなくなり、航太は浴衣のポケットから財布を取り出す。

 仕方がない、ここは僕が払うしかなさそうだ。

 代金を支払った後、今度は天狐は金魚すくいに挑戦していた。

 集中するためなのか、天狐はポイを顔にぐっと近づける。


「むー……今だ」


 居合のような勢いで、天狐は水槽の中の金魚を捕まえにいった。

 けれど、金魚は紙を破って、逃げてしまった。

 使い物にならなくなったポイを見ながら、天狐は嘆いた。


「あーん」

「残念」


 店主のおじさんが目に皺を寄せる。

 それから天狐は僕にすがりついてきた。


「絶対、いけたと思ったのに。もう一度いい?」

「いや、僕を見て言わないでよ」


 航太はすでに天狐のこれまでの失敗の証である破れたポイをたくさん所持していた。


「はあ、どれだけ下手なんだよ」


 仕方なく、天狐のお願いを受け入れるが、その後も失敗に失敗を重ねた。

 挑戦を終えた天狐はぐっと伸びをした。

 

「惨敗ね。金魚って、怨呪と一緒で手強い」

「あんな化け物と一緒にしないでよ!」


 航太はたまらず突っ込んでいた。

 次に二人は射的の屋台にやって来ていた。


「次は射的ね。さあ、覚悟しなさい」


 天狐は弾の入った銃を構えた。

 狙いはキツネのソフビ人形である。

 それはなかなかかわいらしいデザインをしていた。

 ところが天狐の弾は悉く外れて、一つも命中しなかった。


「はあ、刀と違って、銃の腕はダメダメなんだね」


 呆れている航太を天狐は黙らせる。


「うるさい、もう。

 ちょっとこれ、細工してあるんじゃないの? 一回も当たらないなんてどう考えてもおかしいでしょ」


 その場で文句を垂れると、店主がカンカンになって、腕まくりをした。


「なんだと、てめえ。俺の店にケチつけるのか?」

「ああ、ああ。もう天狐こっち」


 航太は天狐の手を引いて、店の前からそそくさと立ち去る。

 危なかった。あと少しで大きな騒ぎになるところだった。

 ほっと一息ついた航太。

 他方、天狐はさっきキツネのお面を買ってもらって、ご機嫌の様子だ。


「お腹減っちゃった」

「ええ、さっきりんご飴食べたじゃないか」

「あんな小さいのじゃ足らないでしょ」


 航太が眉間を寄せていると、天狐がとある出店を発見した。


「あっ、お稲荷さん。私、好物なんだ。ねえ、買って、買って」


 その言動を見て、航太は子供かよ、と感想を抱いた。

 ていうか、なんで祭りの出店にお稲荷屋さんがあるんだ?

 不思議に思いながら、航太は白い割烹着姿の店主に話しかけた。


「あの一つ下さい」


 お稲荷さんを買った後、航太と天狐は二人が出会った場所である神社前に移動した。

 そこは誰もおらず、しんと静まり返っていた。

 二人は神社の木製の階段に並んで腰かけていた。


「んぅ~、やっぱりお稲荷さんは上手い」


 膝の上にお皿を載せた天狐が頬に手を当てて、悶絶する。


「航太は食べないの?」

「僕はいいよ、お腹空いてないから」


 航太は軽く断った。

 だが、本当の理由は金欠で、お金がないからだった。


「じゃあ、一個あげようか? はい、あ~ん」


 すると天狐が箸でお稲荷さんを摘んで、航太に近づける。

 予期せぬ展開に航太は顔を赤らめた。


「ええっ、ちょちょちょ!!」

「何赤くなってるの? もしかして恥ずかしいの」

「そ、そんなわけないじゃないか」


 からかってくる天狐に航太は言い返す。

 それからゴホンと咳払いをして、遠慮がちに口を開いた。


「あーん」


 だが、そこで航太は異変に気づいた。

 あれ、おかしいな。いつまで経ってもお稲荷さんがやってこない。

 確認すると、天狐がお稲荷さんを自分で食べていた。


「……って、全部食ってるし。ひどい」


 落ち込んでいると、あのときの記憶が頭に蘇った。

 はあ。

 思わずため息を漏らすと、天狐が航太の顔を覗きこんできた。


「暗い顔」

「ち、近いってば」


 航太の言う通り、二人の距離は僅かだった。

 しかし、天狐がそのことを気にしている様子はなかった。


「学校でもそうだったけど、何か後ろめたいことでもあるの?」


 優しく聞いてくる天狐に航太の中で迷いが生じていた。

 うーん、僕を助けてくれた天狐なら話してもいいか。

 最終的に航太は話す決断をして、天狐に昔話を始めた。

 

 航太には亡くなった同級生がいて、名前は姫路ひめじ高穂たかほという女子生徒だった。

 彼女は明るくて、皆から人気があった。一方で昔の航太は根暗で、友達もいなかった。だから彼女みたいに人気者になりたいと思っていた。

 すると彼女の側から手をさしのべてくれた。

 彼女は言った、あなたを人気者にしてあげる、と。

 それから姫路は航太を人気者にするためにいろいろ手回ししてくれた。

 お陰で航太は晴れて人気者になることが出来た。

 だけど、それで調子に乗ってしまった航太は姫路を蔑ろにしてしまった。

 そのことに彼女は腹を立てたけど、それでも航太は無視した。

 そして、運命の日がやってきた。

 放課後、姫路はいつものように突っかかってきたが、航太は知らんぷりして、彼女に背中を向けたその瞬間──

 姫路は車に跳ねられた。

 即死だった。

 そこで航太は自分のしでかしたことの大きさを知ることになった。

 そう、航太が彼女を殺したといっても過言ではなかった。航太が彼女と向き合うことを拒否したばかりに、姫路は死んだのだ。


「全ては僕の責任だ。抑も今の地位だって僕が自分の力で手に入れたわけじゃない。彼女に与えられたものなんだ。なのに僕は勘違いして、調子に乗って……」

「じゃあ、君は今でもそのことを悔いているわけ?」

「そうだよ。ああ、ほんとなんてことをしてしまったんだ、僕は」


 航太は背中を曲げて、両側から頭を抱えていた。

 顔は見えないが、唇だけがわなわなと震えていた。


「……」


 どうすべきか天狐が思い悩んでいると、航太が跳ねるように立ち上がった。


「いや、ごめん。お祭りの日にこんな暗い話しちゃって。僕、トイレ行ってくるね」


 そう告げると、航太は近くのお手洗いへと向かった。

 小便器で用を足しながら、航太は激しく後悔する。 

 

「はあ、こんなつもりじゃなかったんだけど……そうだ、もっと明るい話を──」


 そんなとき、ザザッという物音が聞こえてきた。

 何だ、と思いつつ、航太は水道で手を洗い流す。

 ……いや、待てよ。この気配は学校で感じたものに似ている。

 そのまま、外に出ると、信じられない光景が待ち受けていた。

 なんと目の前に化物がいて、白い腕を航太に伸ばしていた。

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