狐の祓い師~狐の祓い師が呪いを斬る~

紀悠軌

祓い師と祓い魔

「はあ、はあ。どうして、どうして」


 荒い息を繰り返しながら、常磐ときわ航太こうたは階段を駆け上がる。

 その階段は最終的に神社に繋がっていた。

 神社はとくに普通だが、周りを囲む木には赤の提灯が吊るされていた。

 鳥居の前までやってくる頃には航太は疲れ果てていて、そのまま地面に倒れこんだ。

 足を広げて、地面に両手をついた航太はおそるおそる振り返った。

 するとそこには巨大なはえのような化物が迫っていた。

 蠅はたくさんの羽を超高速で動かして浮かんでいて、目は攻撃的な赤で塗り潰されている。口には恐ろしい牙が生えていて、奥の方には暗黒が広がっていた。


「どうして僕はあんな化け物に追われているんだ?」


 事の発端は少し前まで遡る。

 学校が終わった帰り道、友達と別れた後、間もなくあの怪物が現れて、航太を追いかけ始めた。

 そして、航太は命からがらここまで逃げてきたというわけだ。

 ぶううううん。

 蠅が航太に接近する。


「はあはあ、なんだって僕が狙われないといけないんだよ?」


 そこで航太はあることに気づいた。

 そういえば他の人にはこの化け物が見えていないのだろうか? 

 いや、そんな悠長なこと考えている場合ではないか。

 ぶううううん。

 蠅は徐々に距離を縮めてくる。


「くっ、来るな、化け物」


 もはや絶対絶命だった。

 僕はこのまま殺されるんだ。いや、生きたまま食われるかもしれない。

 恐怖でいっぱいになった航太が想像を巡らせていると、近くの木立から少女がバッと姿を現した。

 少女は金髪で、先端をカールで巻いていた。長い睫毛を持ち、整った美しい顔をしていた。制服のような格好で、赤と黒の線が交差した丈の短いスカートを履いていた。

 さらに驚くべきことに少女は日本刀のようなものを携えていて、なんとその刀で蠅を空中で切り裂いた。

 蠅の身体からどす黒い血が迸る。

 蠅が苦しんでいる様子を見せると、その少女が手を差し伸べてきた。


「大丈夫?」

「う、うん。お陰で……」

「それはよかった」


 彼女の協力で、航太はなんとか立ち上がることが出来た。

 それから航太は事情通らしい彼女に質問した。


「それよりあの化け物は?」

「化け物……って、君、見えるの?」


 少女は信じられないというように、ぱちぱちと瞬きをした。 


「見えるけど……」

「ふうん。まあ、後ででいいか」


 そう言うと、少女はぐっと腰を落として、肩の上あたりで刀を構えた。

 よく見ると、血を流しながら、蠅が二人のもとに突っ込んできていた。

 ぶうううううん。

 襲ってくる相手に対して、少女は刀で迎え撃つ。

 斜めに切り捨てると、蠅は再び血を宙に撒き散らした。

 すごい、化け物相手に一歩も引いてないなんて。

 航太は感心して、少女の戦いを見守っていた。

 ぶううううん。

 少女が刀についた血を払っていると、復活した蠅が後ろからものすごい速さで突進してくる。


「あ、危ない。後ろ!!」

「分かってるって」


 航太の注意など必要なかったようだ。

 少女は身体を大きく捻って、強烈な勢いを伴った回し蹴りを命中させる。

 ええー、蹴り!? 刀じゃなくて。

 航太は驚かずにはいられなかった。

 相当な破壊力の蹴りをその身に受けた蠅はヨロヨロと空に飛んでいく。

 だいぶ弱っている様子だ。


「さあ、そろそろ終わりにしようか」


 そう宣言すると、少女は一気に飛び上がった。


「ありったけの咒力を込めて、斬る」


 身体の中心に構えた刀が特殊な青いオーラをまとっていく。

 少女は敵を捕捉すると、青い輝きを帯びた刀で蠅の身体を両断する。

 きしゃあああああああ。

 蠅の断末魔が耳をろうする。

 やがて蠅は燃えて小さくなった紙のように身体が粉々になり、風とともに消えていく。

 消失を確認すると、少女は刀を鞘にしまい、航太のもとに駆けつける。


「平気?」

「うん。それより化け物はいなくなったの?」

「そう、あの怨呪おんじゅは私が倒したの」

「怨呪?」


 初めて聞いた言葉に航太は繰り返す。


「怨呪は人に仇なす邪悪な存在で、咒力じゅりょくによって、不可解な事象を引き起こしているの。

 で、咒力は負の感情を源としたエネルギーのことで、怨呪の大好物なの。怨呪はこれを目当てに人間を襲っているの。

 あと、怨咒にはそれぞれ成り立ちがあって、それはときに嫉妬だったり、恨みだったりするわ」


 説明を理解すると、航太はさっきの出来事を振り返った。


「じゃあ、僕が狙われたのは偶然だってこと?」

「違うわ。怨呪は普通の人には見えないの」

「えっ、そうなの?」

「そう、ある程度、咒力を持った人間じゃないと、確認することが出来ないわ」

「じゃあ、僕って普通の人よりも咒力があるのかな?」

「そうかもしれないわね」


 航太は無自覚にそんな力を手に入れていたらしい。


「でも、だったら君は何なの? 君も僕と同じなの?」

「違う」


 首を左右に振って、少女は打ち明けた。


「私は祓い師よ」

「祓い師?」


 また聞いたことがない言葉だと航太は思った。


「祓い師は怨咒を祓う存在のことよ。

 そして、祓い師は厳しい特訓により、自分で咒力をコントロール出来るの。だから人でありながら、あいつらと同じような力を使うことが出来るの」


 なるほど、だからあの化け物を倒すことが出来たのか。

 納得していると、少女の胸ポケットからキツネが顔をのぞかせた。


「こん」


 普通よりも小さいサイズのキツネはとてもかわいらしい顔をしていた。


「え、キツネ?」

「ただのキツネじゃないわよ。祓い魔っていう祓い師のサポートをしてくれる存在なの。 因みに名前はQちゃんだからよろしく」

「へえ、よ、よろしく」


 おそるおそる話しかけると、キツネは元気よく鳴いた。


「こんこん」


 反対に少女の方は困り果てた様子だった。


「しかし、困ったわ。今回の件もあるし、君はまた怨呪に襲われるかもしれない」


 確かに言われてみればそうだ。

 でも、今回は彼女が助けてくれたけど、毎回、そうなるとは限らない。

 思い詰めた表情になる航太の隣で、少女がポンッと手を叩いた。


「そうだ、いいこと思いついた。

 私が君を守ってあげるよ」

「えっ、いいの?」


 予想だにしない少女の言葉に航太は動揺した。 

 その提案は僕にとって願ったり叶ったりだけど……。


「いいよ。祓い師として私は怨呪を祓うけど、その目的とも矛盾しないし」


 本人がいいと言うならば、問題はないだろう。


「そうなんだ。じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「オーケー」

「あっ、そういえばまだ名前聞いてなかったね」


 今さらになったが、ここで二人は自己紹介をした。


「僕の名前は常磐航太」

「私の名前は雨旱あまでり天狐てんこ


 そして、二人はもう一度、握手を交わし合った。


「あと、さっきから気になってたんだけど、あれは何?」


 天狐はぶら下がっている赤い提灯を見て、質問する。


「ああ、地域のお祭りだよ。明日から始まるんだ」


 そう、明日からこの神社の周りでお祭りが催される。

 航太も毎年、それに参加している。


「ふーん、お祭りね」


 天狐は意味深に呟いた。

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