第5話 会社凸

 「株式会社テンプレート・エンターテインメント」通称「テンプレート社」は、日本最大級の総合エンタメ企業だ。今では、どのテレビ局も出版社もゲーム会社も、すべてテンプレート社の傘下にある。


 お笑いも、小説も、ゲームにも、似たような型が存在する。その型の中で、クリエイターたちはオリジナリティを模索し、日々新しいネタを生み出していた。

 ちょうど今から100年前、「あらゆるエンタメですべてのネタが出尽くした」という研究結果を、当時駆け出しのベンチャー企業だったテンプレート社が発表した。


 そして、テンプレート社は提案した。もうこれ以上新しいネタが出ないのであれば、既存のテンプレートやネタを数字と記号で表現するのはどうか、と。

 

 例えば、漫才は「数字@manzai」、小説は「数字@novel」、ゲームは「数字@game」というように。


 記号化されたテンプレートは世界共通言語となった。わざわざ説明しなくても、記号を見るだけで誰もが笑い、感動し、冒険を楽しめるようになった。


 お笑い芸人は、適切な場面で適切な数字を叫べばウケる。間違った数字を叫べばスベる。下積み中の芸人は、何をどの状況で言えばウケるのかを数をこなして必死に覚えるのだ。


 それから100年。人々は、もう記号の元ネタなんて覚えていなかった。

 それでも、新しい記号は常に生み出され続けていた「3880962@novel」はミリオンセラーを記録し、「3880963@novel」は誰の目にも留まらなかった。


 何が売れて、何が売れないかはテンプレート社がよく知っていた。世界中のエンタメを売るノウハウがテンプレート社に集約されているのだ。


 有名お笑い芸人になってテレビにばんばん出るようになれば、もうどの記号が面白いのかなんて考えなくてもよくなる。テンプレート社が番組の台本をすべて考えてくれるから。

 

 僕は丸の内にあるテンプレート社の本社ビルに向かった。

 60回建ての巨大なビルが、夏の太陽をぎらぎらと反射している。


 ビルにはスーツの人たちが忙しそうに出入りしていて、Tシャツにジーパン姿の僕は少し恥ずかしくなった。


 入り口の自動ドアをくぐると、中には駅の改札みたいな機械があって、よそ者は入れないようになっていた。

 エントランスの脇の受付嬢に僕は声をかける。とはいえ、なんと言ったらいいかわからない。


「あの、えっと」


 と口ごもっていると、「ご用件の番号をお伝えください」と機械的な音声がする。

 受付嬢は人間ではなくヒューマノイドだった。よく見ると瞳に光がない。


「世界に『言葉』を返してください」


 僕はようやく声を絞り出した。


「それがあなたの望みですか?」


 ヒューマノイドはガラスの目で僕を見つめる。


「ああ」


「『挑戦者』を感知しました。バトルモードに入ります」


 世界がぐるりと動いて、気が付くと真っ白な空間に僕は立っていた。





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