マフラー
霞上千蔭
第1話
朝自習中の静かな教室にキィ、と音が響く。
まだ開校20年目、新しい教室のはずなのにもう錆びついてでもいるのか。僕はいつものようにそんなことを考えながら、入ってきたクラスメイトを見る。
いつも皆より少し遅れて来る彼女の首元に白いものが光った。
マフラーだ。
確かに最近、寒くはなってきたがさすがに早くないかと思ったが、そういえば彼女は寒がりだった。
話したことはないので直接聞いたわけではないが、断じて盗み聞きをしたわけではない。友達と話していたのを聞いたことがある。
彼女の声が大きかったから聞こえてきたのだ。断じて盗み聞きをしたわけではない。覚えていたのも偶然だ。
「何ぼーっとしてんだ?」
後ろの席の友人が小声で話しかけてきた。
なんでもない、と返事をしたが、彼は立て続けに話を振った。
「なぁ、あいつって結構かわいいと思わないか?」
彼の視線の先には彼女…ではなく彼女と仲のいい友達がいた。
そのクラスメイトはかわいいと影で人気があったが、そもそも女子の顔立ちにあまり興味のない僕はあまりいいと思ったことはなかった。
「いや、むしろ僕は…」
僕たちと同じく小声で話す彼女たちを見て思わず口に出してしまいそうになった言葉を慌てて引っ込める。
「むしろ、なんだ?」
彼は不思議そうに聞き返すが、首を振るだけにとどめた。
彼にそんなことを言ったら、余計な誤解を生む上にそれが1日と経たないうちにクラス中に広まるのは言うまでもない。
人によってはその言葉だけで変な意味を感じ取るので、彼が深く考えない性格で良かったと思った。
日が経つうちにどんどん寒くなり、マフラーをする人も増えた。
自転車通学の僕には、もはや必需品とも言えるほどの季節となった。
今年は白いマフラーをしている女子が多いと感じる。
男子はまちまちだが女子は流行に乗ろうとする人が多い。この白いマフラーもきっとその「流行り」なのだろう。
だがその中でも、やはり彼女の白いマフラーが目を引く。
白といってもアイボリーやベージュに近い色味のものが多い中で、彼女のマフラーは純白。
彼女の白い肌と寒い朝に紅く染まった頬、ほんのり茶色のかかったスイートチョコレートのような髪によく映える。
その声も少し高いがうるさくなく心に染みわたるような雰囲気を持つ。
彼女はまるで、甘いスイーツのようだと思った。
「お前って朝自習のときぼんやりしてるよな。」
あるとき友人にそう言われた。
しかも、ドアをちらちら見ていたり、話している彼女たちのほうをよく見ていると指摘された。
自覚がなかったので、これは僕にとって衝撃だった。
確かによく遅れてくるので多少気にかかってはいたが、そこまでとは思っていなかったのだ。
それから意識的に考えてみると、確かによく見ていると思った。
だがそれに大した意味はないと、そのときはそう思った。
またある日の朝、いつものようにドアの音が響く。
珍しくロッカーのそばにある僕の席の近くに来た彼女と、僕は目が合った。
彼女はきょとんとしてその長い睫毛を瞬かせたが、すぐにゆっくりと口角を上げ微笑んだ。紅潮した頬が少し膨れ、目が細められる。
そして唇の動きだけでおはよう、と言った。
僕は突然に自覚した。
マフラー 霞上千蔭 @chikage_
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