ささげにすをかけ さしすせそ


「あのさ歌恋かれん



「ん? どうしたのいろちゃん」


 放課後の河川敷で発声練習をしていた私は彼女の声に振り向く。


「あめんぼって赤いのかな?」

「は?」


 何を言ってるのかよくわからない。


「だってアンタがいっつも口ずさむから気になって気になって」

「口ずさむって……あぁ!」


 発声練習の基本。

「あめんぼ赤いな」から始まる有名なうた


「そりゃあ、赤いんじゃない?」

「う〜ん。マジマジと見たことないんだよねあめんぼって」


 確かに。


「ってか歌恋が知らないってどういう事よ?」

「どういう事とは?」


「アンタがやってる発声練習」

「ふむ。それが?」


 それがどうしたのだろう。

 これは単に発声と滑舌を良くする為の練習でそれ以上の意味は。


「アンダが講師に言われてるのってそういう事じゃないの?」

「うむ? なんの事」


 この子は何が言いたいのだろうか。


「ちゃんと意味を理解しながら言ってるのかって事よ」

「……」


 意味、意味って言われても。


「見てないものの字ズラだけ追っても感情が着てこないんじゃないって事」

「っ!!」


 彼女の言葉は目からウロコだった。

 今までそんな事は考えもしなかった。

 ただの練習。

 ただの準備運動。

 ただの通過点。

 それよりも早く名のある役を演じたかった。


「私、今までそんな事気にしてこなかった」


貴女あなたの演技は薄っぺらいわね』


 講師の言葉がズンと私にのしかかる。

 そつ無くこなす事が演技ではないのだ。

 綺麗に言う事が役者ではないのだ。

 そこにはきっと、もっと大切なモノが必要だったんだ。


「色ちゃん……私」


 それがわかっても尚、どうすればいいのかわからない。私の心を知ってか知らずか彼女は一度大きくため息を吐いて河川敷の小石を手に取る。


「わからないなら……んんっ」


 ピッチャーのように構えた彼女は腕を大きく上げて対岸を見つめる。


「見に行けばいい……とりゃあっ!」


 アンダースローから放たれた小石は水面を何度も跳ねながら翔けてゆく。


「わぁ! すごい」


 投げ終えた彼女は満足気な顔で私を見る。


「暇だから付き合ってあげるわよ」


 文学少女とは思えない豪快な投球に私の目は釘付けになっていた。その言葉も嬉しかったし何より今は。


「……色ちゃん」

「なによ?」


 夕日に染まった白いキャンパスに百合の花が咲いていた。



「パンツ見えてる」

「はにゃらほにゃぁぁぁぁぁぁっ!」



 私の迷いを断ち切る花だ。


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声技の見方 トン之助 @Tonnosuke

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