#24 家庭の事情

 即断即決即実行。


 人の命が掛かっていて緊急、ということもあり、レンのアンティークカーにハーサさんも乗せて、現場の洞窟へと急ぐことになった。



「ゴブリンか〜。まあ私でも何とかなるかな」


 助手席に乗った俺は、魔晄銃ショックガンを取り出して点検しながらつぶやいた。


 『ゴブリン』というのは、この世界では『コボルド』と『オーク』に並んで『3大最弱魔人』と冷やかされているような連中だからだ。

 『ゴブリンぐらい倒せる』という母さんの折り紙付きだし。


 だがレンの反応は冷たかった。

 エアリスを操縦しながら、淡白な態度で俺に言い放った。


「パティ、君はハーサさんと村で待機だ」

「えー、何でさ」


 俺が口を尖らせても、レンはエアリスの進む方を見たまま。表情一つ変えない。


「他にもハーサさんを襲う何かが潜んでいるかもしれない」

「じゃあハーサさんだけを先に村へ送れば……」

「それに。君にはやはり戦いは向いていない」

「向いてないって……見てたでしょう。私だって都市部で暴れてた、あのデカブツに一発お見舞いしてやったのよ」


 ごねる俺を、レンは睨みつけた。


「武器を持って出忘れた、出会った時の件を置いといても、だ」


 レンの強い口調に、ぐっ、と口を閉じた。


「ゴブリンを軽く見すぎだ。


 彼等は一人が相手でも、武器を持たなかったり戦闘技術を持たない人間にとっては厄介な相手だ。

 そして知恵の働く連中でもある。集団となれば、君じゃあ手がつけられない。却って僕の足手まといになりかねない」

「で、でも母さんが……」

「確かにマーシュさんは、君はゴブリンとも戦えるようなことを言っていたけれど……それはあくまでの話だ。今の君は未知数。

 ――今回の件、下手したらになるかもしれない。

 その時、君は戦える?」


 レンの目に力がこもって、恐かった。


 ――命のやりとり。そこまでは考えていなかった。

 俺は自分の甘さを知り、うつむいた。




 フローターから降りて、くだんの洞窟がある森へ入っていく。


「この辺ですか、ハーサさん?」

「はい。ここを真っ直ぐに行くと……あそこです」


 ハーサさんが指した先には崖があった。そのすそに、ぽっかりと穴が空いている。


 ――その前で小さな女の子が一人、うろうろしていた。


「あれが〈ゴブリン〉!? カワイイじゃない」

「違うでしょ」


 うん、実は俺もそう思っていた。レンが否定してくれたから、確信が持てた。


 だって彼女は角がなければ耳も尖ってない。『人間』の俺から見て変わった容姿ではなく、肌の色も人間として普通にありえる程度に白いのだから。


「スズちゃん!」


 急にハーサさんが女の子の元へ駆け寄って出す。


「ハーサさん!」


 俺とレンも後を追って駆け出した。



 女の子は声に気づいて、ハーサさんを振り向いた。

 そして一言


「こないで、バケモノ!」


 ……どこからどう見ても人間のハーサさんをバケモノ呼ばわりなんて。

 ――いや、バケモノか。胸の双丘とか。

 ……分かってる。そういうことじゃないよな。


「あんたなんかにパパは渡さないんだから!」


 そう言って女の子は駆け出した。――洞窟の方へ。


「スズちゃん!!」


 ハーサさんの悲鳴のような叫びに応える様に、レンがスズちゃんを追って飛び出した。



 なんか読めた、この一件。

 つまりスズちゃんは、ハーサさんが『婚約者』と言っていた人の娘で……父親の再婚に反対していたってところか。

 そして父親の失踪しっそうが不安で、自分で助けに行こうとして、でも中にいるだろうゴブリンが恐くて不安になって洞窟前をウロウロしていた。

 そこに気に食わなかった父親の再婚相手であるハーサさんがやってきて……この有り様か。


 ハーサさんにそう聞いてみると、俺の考えは当たっていた。


「……難しいものなんですね、再婚って」困り顔でふぅ、とため息をつくハーサさん。


 …………。


 ごめん。俺こんな時になんて言えばいいのか分からないんだ。

 今世ではもちろん、前世でも結婚なんかしてないし。それどころか恋愛すらしてないから。


「すみません、パティさん。様子を見て来てくださいませんか。私、好かれていなくてもあの子が心配で」


 しかし俺はさっき車中でレンからハーサさんの護衛を任された身だ。悩む。


 でもなー。他ならぬ依頼主の頼みだしなー。仕方ないかなー。(棒読み)


 ――それに真面目な話、レンが駆け出す時に一瞬見せた表情が気になっていた。

 あれは……なんていうか『ショックを受けた』というか『過剰に心配した』顔だったんだよなあ。

 俺に真面目に諭した時と違って、レンは不安定な感じを見せていた。

 何故だ?


 よく分からんが、とにかくスズちゃんはもちろん、レンも心配だ。


 当然、ハーサさんも心配。


「ハーサさんは……」

「私は……村も近いので大丈夫です」


 ハーサさんの目線の先には、村らしき屋根の群れがあった。

 魔除けさえ持っていれば、この距離ならたしかに大丈夫だろう。


 納得して洞窟の方を向く。


 レンは注意したが、今はそのレンの方が心配だ。

 下手に戦闘を仕掛けず、コソコソ行けスニーキングすれば大丈夫、だと思う。


「……分かりました、ハーサさん。あなたも気をつけて」


 俺もスズちゃんと、そしてレンを追って洞窟へと入っていった。

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