#23 バイト、初めての本格的活動
事務所のドアを叩く音が聞こえた。続いて女性の声で質問された。
「あの、すいません。〈アザレア=エクスプローラーズ〉はここでしょうか!?」
レンが「はい、そうです」と言ってドアの方へ行く。
俺は急ぎ、食器を片付ける。
レンがドアを開けると、彼女より背が高い、大人の女性が息を切らし駆け込んできた。
ウェーブのかかったオリーブ色のミドルヘア。よほど慌ててやって来たのか少し乱れている。
少し切れ目なブラウンの瞳が目立つ整った顔が、不安を抱えているかのように眉を落としていた。
「……何かに追われているんですか?」
レンがストレートに尋ねた。
「違います。助けに行って欲しい人がいるんです」
女性はレンに救いを求めるように、彼女の顔を見ながら頼み込んだ。
「あなたがレン=アザレアさんですよね。浮島の都市で魔獣を倒したという!」
「あ……はい。そうですが……」
レンはいきなり両手を握られて困惑しているようだった。
魔獣を倒した人物の名前が〈レン=アザレア〉だ、ということが、噂に噂を重ねて広まるのはレンも承知していただろう。
しかしそのレンも、自分がウィンディーズの下町に便利屋の事務所を開いている事までは伝わっていないと思ったんじゃあないだろうか。
――レンはちら、と俺に目を向けた。
そう、犯人は俺!
街で話の種に、ここで事務所を開くレンが魔獣退治をした、という話をして回っていたのだ。アザレア=エクスプローラーズの宣伝になると思ったから。
いやあ、ちゃんと宣伝が機能したようで良かった。
……レンの「まさか君、何かしてないよね?」と言いたげな冷たい視線からは、素知らぬ顔で目をそらさせてもらうけど。
「どうかお願いです! 魔物の洞窟へ入っていったまま帰らないあの人を捜して下さい!」
「と、とりあえず落ち着いてください。
パティ、お茶をお出しして!」
「分かった」
『魔物の洞窟』とか物騒な単語が出てきたのが不安だが、レンに言われた通り女性にお茶を出すことにした。
「焦る気持ちは分かりますが、落ち着いて順を追って話して戴かないと、僕もどうすればいいのか分かりません」
「失礼しました」
ソファに招かれた女性は、俺の差し出した冷茶を口にして落ち着いたのか、静かに話し始めた。
「私はラントの村に住むハーサという者です。
あの、
ハーサさんは落ち着くと、村の人とは思えない程、品のいい感じを出す女性だった。
「魔物の洞窟に入った人を助けに、ですか」
「はい」
この世界の固有名詞はまだまだ把握しきれていない。マイナーなものは特に。なのでレンを頼った。
「ラントの村……知ってる、レン?」
「最近、薬草栽培で知られてきた、割と近くにある小さな村だよ」
「薬草栽培……で、洞窟?」
「村の近くの丘に、小さな洞穴があるんです。
その洞窟に、栽培が難しい、そこでしか採れない薬の素材があると言って出ていってしまって……。
洞窟には最近ゴブリンが住み着くようになったというのに!」
ゴブリン!
この世界では醜い子鬼の姿をしているらしい。
基本的に人になじまない連中と、とある本には書いてあったが……。
「中に入ったっていう人は、誰なんですか。何の為に?」
「私の婚約者です。
時には人里の外を歩き回らねばならない職業ですから、戦う力は多少あるのですが、もう2、3日も戻ってきていません」
「ゴブリンか……」
レンはつぶやきながら立ち上がった。
「分かりました。行きましょう」
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