#21 我が社は経営方針を変更しました、とバイトが勝手に決めた
まあ、そんなこんなでなんやかんやとあって……。
翌日から俺のアザレア=エクスプローラーズでのバイト(ただし試験雇用から)が始まった。
始まったが……。
「客が来ない……」
じっとドアを見ても何も起きない。
ああ、そういやレンは『ウチは基本、インクスによる通信取引なんで』と言っていたな、と思い出し、レンを見たが、彼女はこんな世にも存在する新聞を、広げて見ているばかり。
机の上に置かれたレンの
仕方ないので事務所前を掃除していると、近所のオーガのおばちゃんが現れた。
おばちゃんと「おはようございます」「おはよう。あなた、今日からここで働くの?」「そうです。よろしくお願いします」とそんな、ただの挨拶を交わした。
「だから更に雇う必要なんか無かったんだけれどね。
でも今回は、形式としては依頼だし。マーシュさんから貰った依頼料には君の給料分が上乗せされているし」
接客用のソファに背をもたれかけながらレンが応えた。
じゃあなにか? 俺は母さんからレンを通して母さんから小遣いを貰っている、そういうことか?
「で、でもまあ、雇った甲斐はあったでしょう」
俺は手にした
「うん、家事をやってくれるのは助かる。
けれど、それじゃあ『便利屋のバイト』じゃあなくて『使用人として雇われた』事になるでしょう」
それを聞いて俺は、突き刺すように地面に箒を立てた。
「まあ僕としてはそれでも……」
レンがあまりにも
「じゃあ、そうならないように仕事、探してきてくれませんかねえ社長」
そう言ってレンの腕を引っ張り立たせて、ドアに向かって背を押し歩かせる。
「って、仕事は道端なんかに転がってないから!」
レンの反論は無視だ。
小一時間経って。
俺とレンはガチャリと事務所のドアを開けて帰ってきた。
「……レン、昼食は何がいい?」
「……カップ麺でいいよ」
「よくないよ! 昨日掃除した時、キッチンの方にあったのはカップ麺の容器が詰まった袋ばっかりだったじゃない! カップ麺ばかりの食事だなんて体に悪い!」
なんだかレンの食生活が前世の俺に似ているが、そこはそれ。
たった数日の『料理できない母さんの代わり』というスパルタ教育で、料理に目覚めてしまった俺には今や、不健康なカップ麺生活など到底許せないものになっていた。
――あ、この世界にもカップ麺が存在することには今更ながら一応、驚いた。
「……僕は『保母さん』を雇った覚えはないんだけれどなあ」
「私も『保母さん』として雇われた覚えはないよ。
――とにかく、私がいる限り粗雑な食事はさせないからね」
「え〜……」
レンが不満の声を上げる。
「この前、巨大猿だかゴリラの魔獣と戦った時に、剣を払い落とされたのって、もしかして偏食による栄養不足でコンディションが整ってなかったからじゃないの?」
ジト目でレンを見ると、ズバリ言い当てられたからか彼女はバツが悪そうに目を逸らした。
「……まあ、私もカップ麺は嫌いじゃあないし。
体調戻してからなら、たまになら食べてもいいわよ」
それを聞いてレンはほっとしたようだ。
「……それにしても、仕事なんて探せばあるものだね」
「そりゃあ、あるでしょう。――『水道管工事』だったけれど」
昼食を簡単にサンドイッチと野菜スープで済ませながら、お午前中の仕事について話し合う。
急ぎだったのか、配管工が他所に仕事に出向いていたらしい。おかげで依頼人のおじいさんは誰を頼ればいいのか分からず困っているようだった。
「……って、うぇ? レン、あなた今まで自分から仕事を探しにいったことないの!?」
「え? 仕事って探しにも行かなきゃいけないの?
こういうのって依頼する方から連絡してくるものとばっかり……」
俺は
俺も前世では世渡りが下手な方ではあったが、レンはそんな俺より更に下とは……。
任せれば『デキる女』だけに勿体ない……。
「よし! 午後からも仕事探しをしよう!」
「お、おう……」
俺が腕を上げて宣言すると、レンも戸惑いながら腕を上げた。
「パティ。君はウチのバイトだよね……?」
その甲斐あって、街でのアザレア=エクスプローラーズの知名度は数日でそこそこ上がった気がする。
昨日だって買い出しに出かけた時、果物屋のおばちゃんから
「ああ、便利屋さんトコロのお嬢ちゃん。今日も精が出るわねえ。
……あ、これオマケね」
「えっ、桃じゃないですか。これ高いんでしょう、いいの?」
「傷物で売り物にならないやつだから。
ああ、傷がついてるだけで食べるのには問題はないよ」
と、ちょっと得をした。
…………。
いや、何か違う。
こういう改善は〈アザレア=エクスプローラーズ〉の社名に合わない気がする。
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