#19 クリーナーズ

 レンが働いているという便利屋〈アザレア=エクスプローラーズ〉。

 その建物を見て俺と母さんは軽くショックを受けた。

 なぜなら事務所がある建物は、築何十年なのか非常に古ぼけていて、ひび割れやコゲ、コケなんかも多く、そこに人が住んでいるのかと思うぐらいに朽ちたビルだったからだ。


「え、ここに本当に人がいるの?」


 ビルを見上げながら目を丸くする。

 ……いや、だからといってバカにしたいわけじゃない。

 が……周囲の雑草も刈ってないし、ちょっと建物の扱いが雑じゃないだろうか、とは思う。


「看板にはちゃんと〈アザレア=エクスプローラーズ〉って書いてあるわね」


 母さんが入口の上に付けられた板切れを見て言った。

 そこには、この世界の共通語の文字でちゃんと〈アザレア=エクスプローラーズ〉と書かれていた。


 ……うん、書かれているだけだ。後はインクスの連絡番号が書かれているくらい。

 『ここは〈アザレア=エクスプローラーズ〉事務所ダヨ! ミンナ困りゴトがあったらウチに来てネ!』と見た人に知らせるための看板としては主張が弱いのが、素人しろうとの俺にも分かる。

 だから看板を見ただけでレンの仕事や生活などが色々と心配になってきた。



「中に入って確認しましょうか」


 母さんも、平然を装いながら顔にうっすら心配を浮かべている。

 俺も苦笑いを浮かべながら、心の中で、どうか中で痩せこけた死体を発見しませんように、と願いつつ母さんについて行った。



 まずドアベルを鳴らそうとしたら、そもそもドアベルが無かった。

 なのでノックする。……反応が無かった。


 それどころかドアが軋む音を立てて倒れた。


「え!?」


 まずドアの脆弱さに驚いた。

 ……次にドアの中に驚いた。


「「ええっ!?」」


 母さんも同じ反応をした。

 理由は簡単。中の部屋はゴミだらけだったからだ。


 本当にここにレンが居るのか?

 疑問に思いながら、事務所の中に入る。

 それでも部屋の中央は歩けた。なので歩いていく。



「――存在るわね、奴が」


 歩いていると、母さんの目が急に鋭くなった。

 母さんは懐に手を伸ばしながら、慎重に周囲を伺う。


 ……の存在を認めると、母さんは素早く取り出した銃の引き金を、躊躇なく引いた!

 一瞬の閃光と共には消し炭と化した。


 ……あれ、相手を痺らせる魔晄銃ショックガンじゃない。殺傷可能なハンドガンだよ。色々と殺せるヤツだよ。容赦ないよ。


「……下賤げせんの癖に、人目もはばからず姿を表すからよ」


 静かに言い放って、用心金トリガーガードに掛けた指を中心に、くるっと回しながら懐に銃を収める母さんの姿はカッコいい。そこは真似したい。


 けれど


「たかがゴキ……ごときに大げさじゃない?」

「奴らは病原菌を人にもたらす『大地這う漆黒の伝道師』なのよ。

 人類の宿敵。

 道を誤った滅ぼすべき存在なのよ!」


「しっ……滅ぼすって……。

 生物学者が言っていいことなの?」

「良いのよ。私、が専門だから」


 ……それは、本当に良い理由になるんだろうか。



 更に事務所の探索を進めようとする


 すると聞こえた。『漆黒の伝導師』とやらじゃない存在モノの足音が。

 2階へと続いているだろう上り階段から、レンが顔を出していた。


「あの……連絡も無しにいきなりやって来て、家主の許可無く何をしているんです?」


 レンはただ不思議そうに、そして不審そうに、こちらを見ていた。



 母さんは何をお怒りなのか、凄い気迫でレンに近づいた。

 レンも、母さんが何故怒っているのか分からずにオロオロしている。


「レンちゃん、ちょっと。はどういうことなの!?」


 そう言って母さんは事務所を指した。

 つまり事務所がゴミ屋敷になっていることにお怒りらしい。


「いえ、ウチは基本、インクスによる通信取引なんで……」

「だからって事務所は職場の顔! 汚れたままの顔をお客さまにお見せするつもりなの!?」


 母さんはレンを叱りつけると、魔法でほうきや軍手や袋などを呼び出した。

 そして2つ呼び出した箒のうち1つを俺に投げ渡してきた。


「え?」

「今からここを掃除するわ! パティ、あなたも手伝いなさい!」


 なんか母さんの主婦魂に火がついた。

 ……まあ、俺も『これは掃除した方がいいなあ』と思っていたので従うことにした。


「イエス、マム!」

「え、あの、ちょっと……」


 家主は狼狽うろたえるばかり。


 こうして俺と母さんの『〈アザレア=エクスプローラーズ〉事務所清掃作戦』が始まった。




 ……小一時間して。


「ふぅ、片づいた」


 なんということでしょう。あんなにゴミだらけだった事務所がピカピカに。

 前世だったら放っとく所だった。

 いつも面倒だと思っていた掃除が、こんなに気分がいいものだとは。母さんにつられてやってしまったが、ちょっと新たな快感に目覚めてしまったかもしれない。


「流石、我が娘。見事な腕前だったと褒めてあげましょう」

「ありがたき幸せ」


 何故か女王様と配下のようなやりとりをする母娘。

 でも母さんに褒めてもらうというのも気分がいい。



 一方、レンは棒立ちしたままだった。


「あー、うー、あのー。あの配置が僕にとって最適の置き方だったのに……」


 そう言って本棚に向かう。


「あれ? 探し易い……」


 振り返ったレンは、きっと満足そうな顔をした母さんを目にしたことだろう。


「どうよ、生物学者流整頓術の凄さは!」


 どうよ、ってどうよ……。

 ゴミ屋敷を見事、掃除しきった母さんは凄い。でもそれと生物学者とどう関係が……。


 俺は胸を張る母の姿を、尊敬しつつも白い目で見ていた……。

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