ACT.2 整頓する

#18 アザレア=エクスプローラーズ

「よし、決めたわ。

 ……パティ、今日は〈アザレア=エクスプローラーズ〉の事務所に行くわよ」


 転生にも馴れ、のん気に朝食をとっていた時の事だ。

 唐突に母さんが両手をパン、と叩き合わせて何か言い出した。


「〈アザレア=エクスプローラーズ〉?

 ……どこだっけ?」

「ほら、レンちゃんの会社よ。便利屋さん」

「ああ!」


 彼女、学生じゃなくて社会人だったのか。学校へ通えない程、頭が悪くはなさそうだったのにな。


 この国の教育事情はまだ思い出せてないが、ほぼ前世と同じだったと思う。

 つまり彼女は、通うことが出来ていれば、年齢からすると高校生にあたる『ハイスクール』に通えるわけで……。

 なのに通っていない、ということは家庭や金銭上の問題で学校に行けないんだろうか。それとも行かなくていいから行かないだけなのか。……それともそれとも行かなくても、やりたい仕事に就けたからだろうか、だとしたら少しうらやましい。


 それはともかく。


「何の用事で?」


 デザートのリンゴを一欠ほお張りながら聞いた。


「……あなた、本当に検査は問題なかったのよね?

 お母さん、あなたの居る所でレンちゃんに向かって言ったでしょう。護衛をお願いするって」

「そういえば言ってた……え、今お願いするの!?」

「お願いするの。レンちゃんの実力はあなたも知ってるでしょう?」

「うーん……」


 今、護衛の必要があるかというと、そんな気がしない。コボルドに襲われてから数日、森を歩いても誰かに狙われるような感じを受けなかったからだ。


 まあ、森に出て散歩した時間よりも、家に引きこもって、ここがどういう世界かを知るために読書にふけっていた時間の方が圧倒的に多かったからというのもあるが。


 とにかく、母さんの言うことに従っていいのかどうか悩む。


「この間のこともあるし、母さん自分の研究もあるし。

 パティあなたの世話を焼いてくれる人がいると助かるのよねえ、母さん」


 いや、ウチの家事はがしてたよねえ……そう反論したくても反論ができない。

 『魔除け』は無くすしコボルドには襲われるし。そりゃあ母さん、心配するよな。


 俺は俺で、この前、病院に行った時のようなことがあるかと思うと……やっぱり頼りになる知り合いは欲しい。

 ……いや、あんなこと、そうそうあって欲しくはないが、ここは異世界。起きないとは言えない。




 というわけで〈アザレア=エクスプローラーズ〉の事務所へ出発。

 母さんの動かす運搬車コンパルに乗って都市部に向かう。


 眼の前には世界樹とビルがそびえる、宙に浮かぶ島の姿。


 けれど今日の目的地はそこじゃない。

 この間は、あの島にばかり目を捕らわれて、あまり意識していなかったが、その島の下、周囲には幾つかの街がある。


 今日はそのうちの1つ、レンが働く〈アザレア=エクスプローラーズ〉の事務所がある〈ウィンディーズ〉という街に向かっているのだ。



 周囲には米だか麦だかの田畑が広がっている。


「あんなに文化が発展しても、田畑は無くならないんだなあ」


 何故だか無性むしょうに感慨深い気持ちになった。


 ……田畑の周りを警備しているらしきゴーレムだかロボットだかは無視する。




 田園地帯を抜けて石と木組みの古そうな街〈ウィンディーズ〉へ入った。

 一本の曲がりくねった筋に並ぶ、店とか住居のビルのような建物の群れ。

 島の上の都市部よりも、こちらの方が余程ファンタジー世界な感じがして安心する。


 レンが言っていた通りだ。ポータルなんて便利なものが無いせいか、浮島の上よりも人通りが多い。


 その、通っていく人たちの顔ぶれというのが、また凄い。

 人間はもちろん、耳の長いエルフや小人がいる。うん、その辺はまだいい、ファンタジー世界だからね。


 ……他に居るのは身長3mくらいの大男とか角生えたやつとか、豚人や猫人、犬人まで……って犬人って、この間俺を襲ってきたコボルドと同種族だろ!?


「か、か、か、母さん。こぼ、こぼ、コボルドが!」

「歩いているわねぇ」


 慌てる俺とは逆に、母さんはのんきに落ち着いていた。


「別に驚くことは無いでしょう。人間にだって善い人もいれば悪い人もいる。

 コボルドの人たちだってそうよ。この間あなたを襲ったのは悪いコボルド。今、歩いていたのは善い人……かもしれないわね」

「『かもしれない』って」

「人は見かけでは判断出来ないからね」


 『人は見かけでは判断出来ない』……うん、前世でも散々思い知らされたことだ。


ルールの縛りがきつい上層の島とは違って、下層の町は緩いの。

 だから色んな人が集まってくる。上層の人達にはあまり良い目では見られない〈魔人〉の人達とかね」

「魔人?」

「『かつて魔族に協力した人種』――それで。さっき見た鬼人オーガ小鬼ゴブリン豚人オークや《猫人フェルパー、それに犬人男性コボルドもそうね」

「ふーん……」


 もう一度、街に目を向けるとコボルドがエルフの旅人と楽しそうに話をしていた。

 ……あと、誘うオークにツンデレていそうな鎧を着込んだ人間の女性なんかもいる。いや、特に深い意味はない。




 しばらくの間、街中をゆっくりコンパルで進んでいると、やがて特に古い建物が並ぶ場所で止まった。


「ここがウィンディーズの住宅街。〈アザレア=エクスプローラーズ〉の事務所はここにあるそうよ」


 降りたあと、母さんがコンパルに魔法で施錠しながら言う。


 人通りは繁華街より減っているが、それでも充分賑やかだ。――特に子供の声が。


「パティ、インクスで事務所の詳しい場所を調べてちょうだい」

「はーい」


 ……この数日間で、この世界の文化について大体のところを調べた。


 レンと出会った夜に彼女も使っていたこの板は〈インクス〉という情報端末らしい。要はこの世界でのスマホだということ。俺がそうじゃないかと思ったのは間違っていなかった。

 だから大体の使い方はすぐにわかった。

 しかもバッテリーは一般人が持つ程度の微弱な魔力。なんてエコ!


 そのインクスを使い事務所のある場所へはすぐにたどり着いた。

 そこにあったのは……。


「え、これ人が居るの?」


 そう思わせてくる、古びた街の建物の中でも、更に古い朽ちた石のビルだった。

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