#15 vsチミセット・1

わたくしは放っといて早くお逃げなさい、ヘパティカさん!」

「いや、逃げない!」

「聞き分けのない!」

「いや、聞き分けたいけれど足が動かない……」


 恐怖が極まったせいで足がすくんで動かないのだ。

 ――本音を言えばサミーズ夫人を背負ってでも逃げたいのに。


 魔獣が俺とサミーズ夫人を捕まえようと、グフフと笑いながら、その長い腕を構えた。


「くそっ、こいつ女OKか! コボルドは男好きだったのに!」

「はあっ? 何を言ってるんですか!?

 って、キャー!」


 魔獣が手をこちらに寄せてくる!

 俺とサミーズ夫人を餌食にするために。



 その時、救い主は現れた。



 チューン! と光の筋が魔獣の頭の側を通り過ぎた。


 俺もサミーズ夫人も魔獣も、光が放たれた方向に目をやる。


「「レン!」」


 ――そう。そこにレンが立っていた。魔獣の方に向かって銃を構えていた。

 なんともヒーローチックな登場。頼もしい。


「遅すぎますわ! 死ぬかと思いました!」

「……ごめん。浮島の上では探知などの魔法が使えないから。

 まさか魔獣に追われているとも思わないし」

「……もういいわ。早くこいつをなんとかして下さいな」

「して欲しかったら、早くここから逃げて」

「言われなくても逃げたいですわよ。

 でも……」


 レンもサミーズ夫人が足を擦るのを見て、挫いていることに気がついたようだ。

 じりじりと足を擦りながらゆっくりと移動し魔獣の気を引き付けて、魔獣の気を俺たちから離そうとしてくれている。


 俺はサミーズ夫人に肩を貸しながら言った。


「レンが助けに来てくれたのはありがたいけど、魔獣をどうにか出来るのか?」

「あら、レンの剣の腕前を知りませんの?」


 サミーズ夫人は何故か自分のことのように誇らしく言った。不敵に微笑んでいる。


「知ってる。コボルド共が相手にならなかったぐらいには強かった。

 ――でも今度の相手は巨体の魔獣だぞ」

「レンが、そこらの兵士共より役に立たなかったら

「――え?」


 つまり、なにか? ということか?

 意外とくえない人かもしれない、サミーズ夫人。



 さて、そのレンだが射撃がやっぱりさっぱり全く当たらない。――あんなに大きい標的に、至近距離で、だ。


 それでもレンは気にしていないのか気にしていないように見せるためか、澄ました顔をしていた。


 ――あ、銃を捨てて光線剣を構えた。剣は青白い光を放って刀身を形作った


 っておい、あいつ物の扱い方が悪くないか?



「あの魔獣は確か〈チミセット〉だったな。

 特別な力は持っていなかったはずだから、剣でどうにか出来るはずだけど……」


 レンと魔獣は互いに距離を保ちつつ動いている。



 飛びかかって来たのは魔獣の方だった!

 両手の爪で、レンを引っ掻こうとする!


「くっ!」


 レンはそれを紙一重で避けた。

 そして相手が振り返ろうと姿勢を変えたその一瞬を狙い、剣を当てた!


「イビィッ!」


 バチッ、と魔獣を電気のようなものが包んだ。が


「ギェェェッ!」


 魔獣はそれを気合だけで振り払った!


「……やっぱり、これだけ大きな奴にはスタンモードじゃあ駄目か」


 レンは構え直すと、光線剣のモードを切り替えたようだ。

 刀身の光が青色から赤色に変わる。


「なるべく殺したくはないんだけれどな……」


 レンはつぶやいて、襲いかかる魔獣の爪を振り払っていく。



 ――そういえば昨夜「特定の魔物は殺してはいけない」とか言っていた。最初、麻痺スタンモードで戦おうとしていたということは、あの魔獣もその内に入るんだろうか。


 でも今はそんな事を言っている場合じゃあないと思う。

 平和な街中に現れた凶暴な魔獣。放っておけば被害が大きくなる。



 ――不殺のためらいがレンに大きな隙を作ってしまったようだ。


「うわっ!」


 レンは魔獣に剣を振り払われて落としてしまう!

 魔獣はそこを狙い、レンに一撃を……



 加えると思っていたら、こっちに来た!

 こっちには、俺だけならともかく足を挫いてるサミーズ夫人もいる!

 俺はサミーズ夫人を庇おうとくるっと回り……


「うぺッ!?」


 お前、邪魔。とばかりに魔獣にペチ、と平手で払われた。

 俺は石畳を転がる。


 魔獣はそのまま、俺という支えを失って倒れそうになったサミーズ夫人を片手に掴んだ。そして勝ち誇ったように声を上げた。


 ――ウホォォォォォッ!


 いや、それじゃあ熊じゃなくてゴリラじゃん。

 胸をドラムのように叩いてないだけで。

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