#14 逃走劇

「ヘパティカさん! あなた、こんなところに座って何をしているのですか!」


 声のした方を振り向く。そこには俺より少しばかり年上のように見える少女が、腕を組んでこちらを睨んでいるのが見えた。


 目つきが鋭い、金髪の……あれ? こんな感じの容姿をどこかで見たことがあるぞ。えっと……


「あっ、夫人!」


 そうだ、前世のテレビで見たことがあるのを思い出した。

 懐かしいアニメ特集とかによく登場したナントカ夫人のような、縦ロールがよく目立つフサフサ金髪の……あれ、名前なんて言ったっけ?


とはなんですか! わたくし、まだ未婚ですのよ!」

「いや、『貴婦人』の『ふじん』だから」

「……そうですか」


 あ、なんとか誤魔化せた。夫人、ちょろい。


「それより、レンや皆さんが貴女のことを心配そうに捜していましたよ」

「あ……」


 やっぱり迷惑かけてたのか、申し訳なくなる。


「あれ? でもあの時あの場に居なかったよね夫人」

「彼女達が集団でうろうろしていた所に偶然通りかかったから声をかけたんですよ。――そうしたら」

「ああ、夫人も巻き込んでしまったのね。ごめんなさい」

「御免と思うのなら、さっさと皆さんの所に戻りなさいな」

「そう、だね……」


 自分が逃げ出した場所に目を向ける。



 ……と、ズシンズシンというこんな未来的で平和な街でするはずの無い音と共に土埃が上がるのが見えた。


「え?」

「何、何ですか!?」


 ……ビルの角から姿を見せたのは、熊!? しかし異様に大きいし、首が長いし腕も長い。


 ただパティの記憶でか、薄っすらと、あれがに分類されるものだと分かった。


「なんでこんな所に魔獣が!?」


 こんなに未来的なのに、この街の治安はどうなっているのか!


「逃げるわよ、ヘパティカ!」


 夫人に頷いて、差し出された手を取り、二人でその場を逃げ出した!



 ――そうしたら何故か魔獣もズシンズシンと派手な音を立てて走りながら追ってきた!


「あの魔物、どうして追ってくるのですか!?」

「ここに私たちがいるからでしょう!」


 二人、並んで街を駆けていく。

 夫人に足を合わせようと思っていたが、彼女、意外に足が早かった。

 ただ夫人が勝手に走る方向を決めるので、それにはついていかないといけない。

 ――まあ彼女の方が街の記憶が戻っていない俺より街の構造を理解しているだろう。

 逃げる方角は彼女に任せることにした。



 街に居た人たちはいつの間にか居なくなっていた。

 そりゃあそうだ、平和だった街で魔獣が暴れているとなると誰だって逃げ出す。俺だって逃げ出す――そして俺はその真っ最中だ。



 途中に三角錐コーンがあった。

 『Keep Out !』と書かれた柵があった。

 そして……


「「よっ、と!」」


 柵の先には蓋の開けられたマンホールがあったので二人とも、飛び越えた。


「なんで街中にマンホールが!? ……あるか」

「当たり前でしょう!」


 ちょっと頭の中がパニクっていたようだ。


「街は自然に生えてきませんわよ!」

「……そうだね」


 極超小型機ナノマシンで造られた都市なんてSF小説でも聞いたことがない。

 ――俺の見識が狭いだけかもしれんが。


「あの穴に魔獣、落ちてくれないかな?」


 ――魔獣は普通に穴を避けて通り抜けた。


「……ですよねー」




 逃走中、俺は閃いた。


「そうだ、思い出した!」

「何か名案でも思い浮かびましたか!?」

「夫人の名前〈サミーズ〉だ!」

「そんなの今はどうでもいいんですのよ!

 いえ、どうでもよくありませんけれど!

 ………っていうか、今の今まで忘れていたんですか!?」


「それともう1つ思いついた! あのデカブツが入ってこれなそうな小路に入ればいい!」

「それは名案ね!」


 名案、というか平時なら普通に思いつきそうなことだが。

 とにかく、それを実践するために俺とサミーズ夫人は小路を探し、そこに入り込む!


 案の定、魔獣には狭すぎて追ってこれない。


「よし、いいぞ!」


 ――よくなかった。

 なんと魔獣のやつ、周囲の建物をドカドカと殴って破壊しようとしている!


「手、痛くないのかしら!?」


 そんな余計な心配をしている場合じゃなかった!

 建物は頑丈で、殴った場所にヒビがはいる程度で済んでいる。

 が、なんか上からパラパラと落ちてきている。ミシミシとか聞こえてくる!


「ヤバい、ここを早く離れよう!」

「ええ!」



 幸い小路はビルの反対側の広場に抜けていた。

 小路を抜け出したはいいが、魔獣は近くに自分が通れる場所を見つけ、再び追ってきた!


「ああもう、しつこい!」

「しつこい男は嫌いですわ!」

「え? あいつ男なの?」

「知りませんけど!」


 まあ男だろうが女だろうが、俺もサミーズ夫人と同じくしつこい奴は嫌いだ。

 とにかく逃げる!


 すると足がもつれたサミーズ夫人がコケた。


「夫人!」


 俺は急ぎ、サミーズ夫人に駆け寄る!


「どうして逃げなかったんですか!?」

「ほっとけるわけ無いだろう。俺は薄情な人間じゃあない!」


 ――ただ臆病なだけだ。

 その証拠に俺は、魔獣の影が自分を覆ったことに気付いて震えている。


 魔獣は俺たちが動けないことに気づいたようだ。

 ようやく捕まえられる、とでも言うかのようにグルル……と喉を鳴らし笑みを浮かべている。――いや、魔獣の表情なんて分からないけど。

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