#11 浮島・1
レンが操縦する『フローター』とやらに乗せられて、俺は都市部へと向かった。
フローターというのはつまり、低空飛行するオープンカーだった。『フロートシューター』が正式名称で、『フローター』は俗称らしい。
「……それにしても、これ、デザインが古くない?」
ガラスのような半球状の
レンさんのフローターはまるで、ふっくらした楕円形の目玉焼きのよう。
……前世のアニメやイラストで見た、昔の人が考えた『未来の乗り物』を思い出す外見だ。
「中古だからね。それに僕はアンティーク好きだし、人目は気にしない。君は気にする方?」
「私もあまり気にはしないですけど……」
しかめっ面、とまではいかないけれど微妙な表情を浮かべた。
というか古臭い未来デザインとはいえ未知の乗り物に乗った興奮の方が強くて、多分、しばらくは人目も気になりそうにない。
――そういえば警備兵が『パティさんの分』と言っていた。このフローターというヤツは自転車感覚で未成年でも乗れるようなものなんだろうか。レンさんはハンドルで操縦しているが操縦は未成年でも安全にできるものなんだろうか。
まあいい。俺のもあるんなら帰ってから確認しよう。――デザインも。
「ああ、そうだパティさん」
「何ですか、レンさん?」
レンさんが、ハンドルを握りフローターの行く先を見ながら話しかけてきた。
「僕のことは『レン』と呼び捨てで構わないよ。同い年だから。
――それに、周囲に僕しか居ない時は、喋り方も気にしなくていい」
「じゃあ、そうさせてもらうよ、レン」
早速砕けた話し方をさせてもらった。
――あ、いや、ちょっと待て。あることを思い出した。
「いや、ごめんなさい。一人称はともかく、喋り方については『もっと女の子らしく喋りなさい』という母さんの言いつけがあるので……」
『母さんを怒らせるな』と俺の中のパティが怯えている。
「そう。それで君が窮屈じゃないのなら、それでいいけど」
「あと、私の方も『パティ』でいいよ。
――私の秘密を知る数少ない人物に『さん』付けされると、距離を置かれているようで落ち着かない」
「分かった、パティ」
更にしばらく進むと、都市部だろうか、街が見えてきた。
……低くながらも陸の上で宙に浮かんだ小島。その上に、島全体を覆うような傘のように超巨大な木が生えている。そして、その傘の下に小高いビル群が群がっている。
ビル群は中世の街並み、といった感じではなく、前世のビル街、いや、それよりもっと未来的な外見の建物だ。
「――レン、最後に魔王やらなんやらが倒されてから、どれぐらい経つんですか?」
「最後の魔王、あるいは侵略者……。
うーん、魔王ノスフェラトゥかな?
そいつが倒されてから……うーん、950年弱くらいかな」
950年……。歴史どころか成績全般がよろしくなかった俺には、世界にとって、それがどれだけの長さかは分からない。
けれど幕府が政府になって、そこからいくつかの戦争があって俺が生きていた時代になるまでの時間よりは長いことは分かる。
前世では、その間にビルが建った。けれど、ここまで未来的デザインをした外観は、一部ではあっても、街ごとでなんて、存在していなかった、はずだ。
もし前世でも、この世界と同じ年数が過ぎれば、街並みはこんな風になっていただろうか?
周囲を流れる景色を見ながら今となっては確かめようもない、どうでもいいことを考えた。
フローターは空を飛び、やがて島へと乗り込んだ。
『都市部』というだけあって街は、村のように周囲の自然と共存する雑然とした感じではなく、人工的なシャープさと曲面による整然さを感じさせる。
――まあ要するにカッコいい。男子的な感覚で。
「……パティ、パティ?」
レンの声が聞こえなくなる程に、フローターを降りても、俺は街並みに心を奪われていた。
「何が君の興味をそそっているのかは分からないけれど、とにかく病院に着いた。
認証してもらえるかな?」
「――あ、ゴメン。認証?」
「ほら、ドアの方に手のひらを向けて」
レンに言われた通りに手を突き出すと、ドアがパシュ、と開いた。
病院に入ると、カウンターの奥に立った受付の人が
「ようこそ、ヘパティカ=プリムラ様。どうぞ、3番診察室の前でお待ち下さい」
と迎えてくれた。
「――え、受付の手続きは?」
「キョロキョロしないの。それじゃあ、
受付なら、ドアの前で手をかざした時点で終わっている」
「あれで? 私は何にも伝えてないけど」
「来院の理由は先生に直接伝えればいいし、個人情報は『魔力認証』時に得られた君の『魔力波長』と
「へえ……」
レンの話を聞きつつ、手をグーパーさせながら見ていた。
『魔力認証』はつまり前世で言う『生体認証』のようなものだと理解した。
そして
俺は病院の窓から、街の中央にそびえる巨木を畏敬の目で眺めた……。
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