#6 森の家
今世での我が家の玄関扉の前に立って、硬直した。
――緊張する。
自分の家に入るのに、こんなに緊張することはあっただろうか、いやない。
前世でも、何かやらかして家に入り辛い時だって、ここまでは緊張しなかった。
理由は分かっている。ヘパティカとしてはここが我が家でも、前世の俺にとっては他人の家、それも女の子の家だからだ。
「……何をしてるの?」
俺の背後でレンが冷淡にそう言った。
俺が転生者だと知っていても、今の俺の感情は分からないか。……分からないだろうなあ。
ひょっとしたらこの気持ちは、もし俺と同じく転生した者がいたとしても、そいつらにも分からなくて、俺だけが抱いている感情なのかもしれない。
そうやってまごまごしていると扉の方が勝手に開いた。
中から出てきたのは、年上のスマートな美人。俺の中にあるヘパティカの記憶のおかげで分かった。この人が、今世での俺の母さんだ。
「パティ! ……よかった、無事だったのね」
俺を見るなり母さんは目に涙を浮かべて俺を抱きしめた。
「あれ程、夜の森は危ないって言ってたでしょう! 本当にもう、この娘は……!」
そう言ってきつく抱きしめる母さんに、俺は何も言えなかった。
言えるはずなかった。
……ベアハッグきつい。母さんの細腕のどこにこんな力が……。
あと、俺の後ろにいたレンの視線も気になって恥ずかしい。
その感情が上回って、ふかふかな母さんの抱き心地を味わえなかった。
部屋に戻って一休み。
晩御飯は、俺もレンも風呂に入ってからだそうだ。
――ま、俺はゴミ捨て場に寝てたし、レンもコボルドと戦った後だし、しょうがないね。
……それにしても。
今、自分の部屋に戻って風呂が空くまで椅子に座って待機しているわけだが、落ち着かない。
流石、生物学者の娘さんだけある。本棚に並べられているのは真面目な本ばかりだ。マンガは、ほとんどない。
――あ、本棚を見て思い出した。亡くなった父さんは考古学者だった。
……学者のハイブリッドかよ、
――とにかく。そんな無骨な部屋でも落ち着かないのは、ここが
……いつか慣れるんだろうか、この感じ。慣れてもらわないと困る。
とりあえず一旦、部屋を出て家の中の様子を見て回ることにした。なぁに、この家は今の俺には自分の家。見て回っても問題ないさ。
――数分後。
俺は廊下の壁に両腕をつき、跪いていた。
「トイレ、どーすんだよ……」
というシンプルかつ重大な問題に気がついたからだ。
悩む。
1分ぐらい悩んで、気がついた。
「
自分の家の構造を覚えていたんだ。『トイレの仕方』というもっと基本的な事ぐらい覚えているだろう。
――今すぐトイレに行きたかったわけじゃあなかったけれど、溜めに溜めて大惨事になる前にやり方を確認するつもりでトイレに向かった。
トイレのドアを開けた時に事件は起こった。
ガチャリ
ドアを開けると、そこには風呂あがりなのか裸一つ、タオルで髪を拭いていたレンがいた。
「!?」
俺は驚きのあまり声を出して叫びそうになった。
レンの方は驚いて目を丸くしていたが、驚きのあまり硬直しているようだった。
「す、スンマセンしたーっ!」
「う、うん……」
レンの声を聞くか聞かないかのうちに、俺はドアを閉めた。
――ここは脱衣所。トイレのドアは隣。
俺は気持ちを落ち着ける意味でも、確認した。
……どうやらパティの記憶、まだ完全に自分のモノに出来ていないようだ。
精度を高めるためにも、しばらくは色々と確認して回った方がいいな。
俺は当分の活動方針を、そう決めた。
…………。
あれ? さっきレンの様子がおかしくなかったか?
気になって、俺は再び脱衣所のドアを開けた。
――やっぱり、目を丸くして俺を見ながら、レンが硬直していた。
気にせずレンを確認する。……うん、やっぱり有って無い。
――もうちょっと正確に言うと、上が有って、下が無かった。
「えっ、あ、あの、パティ、さん……」
俺を呼びかける上擦ったレンの声に、俺は正気に戻った。
「あっ、ゴメン!」
慌ててドアを閉める。
閉めてから俺は恥ずかしくなり顔が赤くなった。
――まさかレンが女の子だったとは!
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